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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第28話  紅影鬼

【登場人物紹介】

伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。


甚左じんざ━━━━

 伊賀組の中忍。江戸から京都へ派遣された四人の忍のうちの一人。鎌足かまたりの京都での補佐役を務め、鎌足かまたりからの信頼も厚い。剣の腕も立ち、いつも優しい人格者。


紅影鬼こうえいき━━━━

 紅鬼あかおにの上級鬼『修羅しゅら』の一鬼。紅鬼あかおにの総大将 紅皇鬼こうおうきの命令で江戸からの援軍の実力を探る。地獄の針の山から召喚した狂気の武器と、殺した人間の魂を奪って本人に成りすます葬魂そうこんの術を用いて、鎌足かまたりたちを急襲する。


 ━━━━《ふふふ⋯⋯、身共みどもは七十年前の戦いを知る者。この七十年で人がどれだけ強くなったのか、来たるべき日本ひのもと侵攻への妨げとなるような力を秘めているかどうか⋯⋯。その手の内、甚左じんざとやらに続き、身共みどもに存分に見せてもらおうか。伊賀の女忍よ》


 鎌足かまたりの前に現れ出た、托鉢たくはつ笠をかぶった雲水うんすい姿の紅鬼あかおに⋯⋯紅影鬼こうえいき

 そのまとう法衣の白は既に甚左じんざの血でくれないに染まり、托鉢たくはつ笠の下から垣間見えるあかの目と銀の瞳を、更に狂わしく際立たせていた。

 そして江戸で鎌足かまたりを襲った甲賀こうが忍に化けた蒼鬼あおおにとは、人形ひとがたであるという点では同じだが、蒼紅あおあかの目の色以外にも明らかに異なる点が一つあった。


「⋯⋯ッ!? ⋯⋯な、⋯⋯何が? 何が起き⋯⋯、⋯⋯え、そ、“葬魂そうこんを解いた”だって⋯⋯!?」

 

 この紅鬼あかおには、人である甚左じんざの身体を抜け出ても尚、まだ人の姿を保っていたのだ。


「⋯⋯あ、紅鬼あかおに⋯⋯、⋯⋯まさか、これが、『修羅しゅら』⋯⋯」

 

 鎌足かまたりが身体を震わせながら呟く。



 『羅刹らせつ』と呼ばれる中級の鬼たちは、たった一度しか葬魂の術を使えないが、更に妖力を高めた鬼『修羅しゅら』は、何度でも葬魂そうこんの術を繰り返す。

 そして、人の姿であり続ける。

 ⋯⋯確か綾麿あやまろはそのようなことを言っていた。


 あの綾麿あやまろの話がもしも正しいとするならば、この紅鬼あかおには少なくとも『羅刹らせつ』ではなく、『修羅しゅら』ということになる。


 鬼の中でも最高の位に位置する『修羅しゅら』。

 その恐るべる敵が今、鎌足かまたりの前に初めて姿を現し、狂気の牙を剥いていた。



《⋯⋯御主たち四人の中、落ち着きもあり年長に見えたこの甚左じんざという男、当然に一番の使い手かと思い”いの一番“に襲ってはみたが、⋯⋯残念至極、とんだ見込み違いだったわ》


 江戸の伊賀屋敷における甲賀こうが忍の追跡で、蒼鬼あおおにとは奇しくも一度遭遇し、更に戦ってもいる。

 鬼の異形いぎょうさもおぞましい変化も恐ろしい技も、鎌足かまたりはその身をもって経験はしていた。


 だが今回は状況がまるで違った。

 苦楽を共にしてきた大切な伊賀組の一人⋯⋯仲間である甚左じんざ体内なかから鬼が現れたのだ。

 しかも、蒼鬼あおおにではなく、初めて見る紅鬼あかおに

 その動揺の大きさに、鎌足かまたりの頭は全くと言ってよい程、目の前の現実を受け止めることができていなかった。



 ⋯⋯何故なぜ蒼鬼あおおにではなく紅鬼あかおになのか。

 ⋯⋯何故なぜ自分たち伊賀者を狙うのか。

 ⋯⋯そして何故なぜ自分の名前を知っているのか。


 頭の中で幾つもの”何故なぜ“が繰り返される。



《⋯⋯身共みどもの針や錫杖しゃくじょうをかわした動き、そして他の二人との会話、そしてこの甚左ものの今に至るまでの記憶を覗くに、援軍四人の中では御主が一番の使い手のようだ。しかもあの鬼切丸おにきりまるの現所有者⋯⋯、『修羅』である身共みどもと戦う資格はあると見た》


「⋯⋯き、記憶を覗く⋯⋯、だと!?」


《⋯⋯まあ、剣腕うでいずれにしろ、追っ払った残りの平次大吾ふたりも同じ運命。遅かれ早かれ全員死んでもらうがな》


 ⋯⋯記憶を覗く。

 江戸を発つ前、百地翁ももちはこう言っていた。

 

 ⋯⋯『⋯⋯殺した人間ものの魂を奪い取り、鬼の体内に取込む事で、その人間ものの顔も、声も、記憶も、極めてきた剣技すらも、全てを模倣もほうしてしまうのじゃ」⋯⋯



(⋯⋯記憶、⋯⋯模倣もほう、⋯⋯⋯⋯殺した?)



 鎌足かまたりの顔から一気に血の気が引く。

 鎌足かまたりの名を知っている”何故なぜ“は解けた。

 しかし、沸き上がってくる一つの大きな疑問が、鎌足かまたりの中の他の全ての“何故なぜ”を吹き飛ばしていた。



 ⋯⋯紅鬼あかおにが仕掛けたのは葬魂そうこんの術。

 ⋯⋯つい先程まで甚左じんざの姿をしていたという事実。

 ⋯⋯百地翁ももちの言葉。


 ⋯⋯それが意味するものとは。



「⋯⋯お、おいッ、ちょ、ちょっとまて、⋯⋯そ、葬魂そうこんの術だと⋯⋯、⋯⋯じ、甚左じんざは? ⋯⋯甚左じんざはどうなったんだ!? 本物の甚左じんざ何処どこに居るんだ!? 何処どこに隠したんだ? ⋯⋯だ、⋯⋯出してくれッ、さ、先に甚左じんざを返してくれよ!!」


 鎌足かまたりは半ば錯乱したように、紅影鬼こうえいきに対して感情を激しくぶつけていた。


《⋯⋯ふふふ、甚左じんざと申す者の身体から身共みどもが現れた⋯⋯、この現実に驚き、心を乱すのも無理はない。身共みどもに課せられた任務は御主ら伊賀者の力試しと抹殺⋯⋯》


「⋯⋯そんなこと聞いてないッ!! ⋯⋯じ、甚左じんざは⋯⋯、甚左じんざ何処どこにい⋯⋯」


《⋯⋯よって、あの男は腕を試した後に、殺し申した。何処どこに居るか?⋯⋯と問われたならば、その御霊みたまは既に“無間地獄むげんじごく”に堕ち申しそうろう


「⋯⋯は? ⋯⋯な、何だって⋯⋯!?」


 紅影鬼こうえいきは悪びれずもせず淡々と言葉を返すと、胸や腹に大きな空洞を開けて道の真ん中に横たわる甚左じんざ亡骸むくろに向けて、仰々しくも手を合わせて合掌した。


《⋯⋯南無阿弥陀仏なむあみだぶつ。すぐにこの小頭こがしら女子おなごも後を追うゆえ、寂しくはない。迷わず地の底で永遠に苦しみ続けるがよい》


 托鉢笠たくはつがさの下に覗かせるその口からは、冷酷な微笑みが垣間見えた。


「⋯⋯ッ! ⋯⋯う、うそ、⋯⋯だ、ずっと一緒に居た、そんなはずはない、⋯⋯そんな、⋯⋯そんな!!!!」


《⋯⋯ふふふ、本当に四六時中、一緒に居た、と言えるか? ⋯⋯かわやに立った時は付いていったか? ⋯⋯御主がのんびりといびきをかきながら眠りについている間も、その姿を確認できたか? ⋯⋯その下にまとう忍装束を誤魔化す衣を求めに、御主を残して外には出なかったか? ⋯⋯御主が意気揚々と御所に潜り込んでいる間、この男は一人で行動はしなかったか?》


「⋯⋯うッ、それは⋯⋯」


《先程の夕刻、都合良く一人で歩いている所を襲ったのかもしれん、⋯⋯いや、それよりもずっと前から御主と身共みどもは寝食を共にしていたのかもしれんぞ? ⋯⋯ふふふ、その礼服に色々と細工をこしらえてやったのも身共みどもかもな? ⋯⋯いやはや、あの時、御主の希望を叶えるのは大変だったぞ、小頭こがしら?》


「⋯⋯な、何言って⋯⋯、ち、違う、あの時は甚左じんざだ、あの笑顔は違う、御前なんかじゃない⋯⋯、じ、甚左じんざの記憶を盗み見て言っているだけだろう⋯⋯、うっ⋯⋯」


《⋯⋯ふふふ、いつから化けていたのか。知りたいか、知りたかろう、知りたかろう。⋯⋯だが、真実は決して言わぬ。これぞ『修羅しゅら』の仕掛ける葬魂そうこんの極意。死人しびとへの懐かしき思い出は、全て真赤まっかな嘘や真紅しんくの疑念に変わり果てる。⋯⋯さあ、怒れ、怒るのだ。⋯⋯怒り⋯⋯すなわち”じん“の煩悩ぼんのうを抱き、真実を得られぬまま、慚愧ざんき苦悶くもんにも囚われて、死ぬるがよい》


「⋯⋯⋯⋯ッ、うそだ、そんな」


 鎌足かまたりは両の膝からその場に崩れ落ちた。

 

 その目からは涙が溢れて止まらなかった。

 

「⋯⋯私が京都に誘ったばっかりに! 私がもっと早く御所から出てきていれば⋯⋯、私がずっと一緒に傍に居てあげれば⋯⋯! 私が身代わりになっていれば⋯⋯、私が⋯⋯、私が⋯⋯.私がッ!!」


 鎌足かまたり狼狽ろうばいした。

 言葉にならない声で、空に向かって叫んでいた。

 後悔と自責の念に駆られた涙が、とめどなく溢れた。

 爪の間から血が滲むくらい地の砂利を強く握りしめ、激しく噛み締めた唇からも血が顎を伝い滴り落ちた。

 そして何度も何度も、握り拳を地に叩きつけた。


 そんな鎌足かまたり紅影鬼こうえいきが再び嘲笑あざわらう。


《⋯⋯これ、鎌足かまたりとやら。その身体と技、次の葬魂そうこんの術に使わせてもらうつもりぞ。その前にやたら痛めつけるのは止めてもらおうか。余計な傷までも移るのでな》


「⋯⋯な、⋯⋯なん⋯⋯だっ⋯⋯て⋯⋯」


《⋯⋯それにしても御主を誘い出すための仕方ない仮の身体だったとはいえ、この甚左じんざと申す者、その剣腕うであまりにもつたなすぎてな、術中はもう反吐へどが出そうであった。こんな未熟者に身をやつしてしまったは、誉れ高き『修羅しゅら』の恥よ。いかんいかん、ふふふ⋯⋯、会話や所作しょさの節々に、ついつい身共みどもの素が出てしもうたわ》


「⋯⋯⋯亡骸じんざを、⋯⋯馬鹿にするな」


 紅影鬼こうえいきが舌舐めずりをする。


《⋯⋯しかしこの甚左じんざとやらの記憶の中を探り散らし、御主の女体にょたいや技の数々をじっくりと舐め回してみるに、女子おなごながらにその剣腕うでと鎌の術、そしてその勝ち気な性格。⋯⋯葬魂そうこんを仕掛けたならば、そこそこは愉しめそうだ。女体にょたいなれば、紅斬鬼こうざんきたち女鬼との会話も弾もうて》


「⋯⋯す」


《⋯⋯ん? ⋯⋯今、何と申されたかな?》


「⋯⋯ろ、す」


《⋯⋯? ほう、まさか?》


「⋯⋯⋯⋯殺す」


《⋯⋯殺す、と聞こえ申したが、身共みどもの聞き間違いかな》


「⋯⋯ッ!、御前だけは!! 此処ここで殺す!!!! ⋯⋯って、言ってんだよ!!!!!!」


 凄まじい復讐の念と怒りを滾らせた鎌足かまたりは、まとっていた羽織を脱ぎ、そしてすぐに外せるように細工をしてあったはかまを裂いて、羽織もはかまそらに無造作に投げ捨てた。

 満月の月明かりの下、解き放たれた鎌足かまたりの忍装束の文庫結びの帯が、蝶の羽根のようにたなびく。


《⋯⋯敵と遭遇した急の時、すぐに脱げるように身共みども⋯⋯甚左じんざが仕込んだそのはかま、⋯⋯まさか当の甚左じんざに対して脱ぐことになろうとは、思わなかったであろう。何という運命、何という皮肉よ、⋯⋯しかし愉快、⋯⋯ふふふふ》


「⋯⋯あの時は絶対に御前じゃないッ、甚左じんざだ!! ⋯⋯ッ、それ以上、何も言うなッ!! 生臭坊主なまぐさやろうッ!!」


 戦闘用の忍装束へと戻った鎌足かまたりは、腰と脚に巻き付けていた鎖を即座に外した。

 じゃらりと地に落ちた鎖が、鎌足の流した涙と血を新たにまとう。


伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま! 壱ノ鎖刃いちのさじん天渡あまわたりッ!!」


 鎌足の投じた鎖と分銅がまるで生き物のように宙を舞い、鎌足かまたりの巧みな手元の操作によって、空中で左に右に角度を何度も変えながら紅影鬼こうえいきに向かっていく。


《⋯⋯ほぅ、これが伊賀秘伝という鎖鎌の技か》


 紅影鬼こうえいきは微動だにしない。

 様々に角度を変え、勢いを増した鎌足かまたりの鎖の先端の分銅ふんどうは、最後は左前方の角度から紅影鬼こうえいきの胸にめり込んだ。


「⋯⋯捉えたッ!」


 明らかな手応えがあった。


 鎌足かまたりがそう思った瞬間。



 ⋯⋯分銅ふんどう紅影鬼こうえいきをすり抜けていた。



 揺らめく残像と共に紅影鬼こうえいきが、鎌足かまたりの眼前から消える。


「⋯⋯なッ!?」



《⋯⋯愚かな。伊賀の鎌足かまたり。それは我が影法師かげぼうし。⋯⋯ふふふ、今宵は身共みどもの妖力を最大に発揮できる満月の夜ぞ。御主に微塵みじんも勝ち目は無いと知れ》



 どこからとも無く響き聞こえる紅影鬼こうえいきの声。

 鎌足は前後左右の全てに視線を流し、慌てて紅影鬼こうえいきの気配を探る。

 しかしその視界や五感からは、何一つ感じ取れるものが無かった。


(⋯⋯読めない、くそっ、何処どこへ消えた!?)


 その時、警戒を強める鎌足かまたりの背後に伸びる影が、突如として揺らめき盛り上がっていく。


 紅影鬼こうえいきの挑発の言葉と気配を辿る事に気を取られ、鎌足かまたりは再び自身に起きた影の異変に、まだ気付いてはいない。

 その影の色は黒から灰へと薄まっていき、徐々に輪郭を際立たせ、黒灰以外の様々な色を纏いながら、錫杖しゃくじょうを持つ紅影鬼こうえいきの姿が浮き上がってきた。

 そして背後の至近距離から鎌足かまたりに向けて、錫杖しゃくじょうでの突きの一撃を繰り出してきた。


「⋯⋯ッ!? 後ろかッ⋯⋯!?」


 不意を突いて猛烈な勢いで繰り出された錫杖しゃくじょうの突き。

 そして間髪入れず続けざまに横に薙ぎ払う第二撃。

 どちらも鎌足かまたりすんでの所でかわし身をひるがえしていた。


 何とか後方に退いたものの、反撃態勢がまだ整わない鎌足かまたりに、紅影鬼こうえいきは攻撃の手を緩めない。

 雲水うんすいの法衣の両袖をだらりと垂らした後、その腕を肩の位置にまで上げる。

 そして法衣の袖の中⋯⋯覗く漆黒の闇から、三寸(※約9cm)程の長さのおびただしい数の針を、まるで鉄砲の弾丸の様に鎌足かまたりに向けて発射した。


《ほうれ、地獄の針山からの土産だ。受け取れ》


 鎌足かまたりに襲いかかってくる針の雨。


(⋯⋯ッ! これは!? 避けれない⋯⋯かッ!?)


 鎌足かまたりは、咄嗟とっさに鎖で防御の型を取る。


伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま、十壱ノ鎖刃といちのさじん鎖防陣さぼうじんッ!」


 鎌足かまたりを中心に高速で回転する鎖の壁。


 しかし鎖で旋回の壁を作っても、向かってくる細く鋭い針の雨、その一本一本全てをさばき切ることは不可能に近かった。

 鎌足かまたりの防御の隙をすり抜けた三本の針が、鎌足かまたりの左肩、左脇腹、そして右上腕に相次いで突き刺さり、忍装束の下の柔らかな肉をえぐっていた。


「⋯⋯ッ、ぐっ!!」


 鎌足かまたりの左右の腕、身体に猛烈な痛みが走った。

 すぐに三本の針を抜いた鎌足かまたりは、激痛と出血に顔をしかめながらも、懐に忍ばせていた手裏剣や苦無くないを投じていく。

 たがその飛び道具全てが、やはり鎖鎌の攻撃同様に、紅影鬼こうえいきをすり抜けてしまう。


(⋯⋯距離を取ると不利! これは接近戦しかない!)


 傷を負った肩や腕をかばいながらも、鎌足かまたりは手裏剣を投じ、左に疾走はしり抜けていく。

 すると奇怪きっかいにも針の雨もまた、一本一本が命を宿した追跡者のように、鎌足かまたりの後を追いかけ襲いかかった。


 廃屋の壁際を駆け抜けていく鎌足。


 その駆け抜けた直後の壁に、次々と無数の針が突き刺さっていく。


(⋯⋯ッ! 手裏剣や苦無くないも尽きてしまった)


 それでも何とか針雨の波状攻撃をしのいだ鎌足かまたりは、廃屋の並びを鎖鎌を構えて全速で疾走はしり抜け、そして廃屋の壁を蹴って飛んだ。


「⋯⋯鎖鎌、飛び道具。通じないなら、これはどうだッ!! これが鬼を斬る刀⋯⋯鬼切丸おにきりまるだッ!!」


 鎌足かまたりは、そら鬼切丸おにきりまるを素早く腰から抜いた。

 狙いは針を投じ終わったばかりの紅影鬼こうえいきふところ

 鬼切丸おにきりまると鎌を交差させて✕⋯⋯十字の字を作る。


伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま二十八にはち鎖刃さじん二重斬ふたえぎり!!」


 狙いのふところに身体ごと飛び込んだ鎌足かまたりは、この二つの刃を同時に紅影鬼こうえいきの喉元に勢いよく押しやった。


(本来なら鎌と刀で左右から攻撃する技、⋯⋯しかし此度こたびの鎌はあくまで力添え! 鬼切丸おにきりまるの刃ならば、喉元をある程度、えぐる事さえ出来れば、鬼にとっては十分な致命傷にはなるはず!)


 紅影鬼こうえいきの喉を、鬼切丸おにきりまると鎌の二重ふたえの刃は確かに捉えた。


 ⋯⋯ように見えた。



 しかし無情にもこの攻撃もまた、まるで形の無い幻影でも相手にしているように、鎌足かまたりの体ごと鬼切丸おにきりまるも鎌も紅影鬼こうえいきをすり抜けていく。


「⋯⋯ぐッ! またか!? ⋯⋯何で!? 何故なぜ捉えられない!?」


 動揺して狼狽ろうばいする鎌足かまたり嘲笑あざわらうように、闇の中から紅影鬼こうえいきの声が響いた。


《無駄だ。これぞ身共みどもの真髄、影法師かげぼうしの術。ふふふ、それが七十年前に紅鬼あかおにの同胞を苦しめ、伝説ともなった鬼切丸おにきりまるか。⋯⋯しかし案外と他愛の無いものよ。出来るものなら時を戻し、七十年前に相見あいまみえたかったぞ。⋯⋯七十年を経た今はその程度の力しか無いとはな。それとも操る御主の腕が拙いだけかな。⋯⋯ふはははははは》


(⋯⋯くそっ、幻影ばかり斬っても駄目だ! 本体を⋯⋯、敵の本体を斬らないと! ⋯⋯ッ、何処どこだ! きっと本体は何処どこかに潜んでいる、何処どこだ!?)


《⋯⋯とは言え、その鬼切丸おにきりまるは言わずもがな、その鎖鎌の術⋯⋯、身体⋯⋯、我が物とするのが楽しみだ》


 鎌足かまたりは前方だけでなく後方にも

、そして四方八方にも更に意識を高めて集中し、紅影鬼こうえいきの声の位置を探る。


 ⋯⋯しかしやはり何の気配も感じることができない。

 感じるのは、自分自身の心臓の鼓動の乱れと、限りの無い困惑。


(⋯⋯何処どこだ、何処どこにいるッ!?)


《⋯⋯此処ここだ》


 その心を見透かしたのか。

 鎌足かまたりの後方から、錫杖しゃくじょうを振りかざした紅影鬼こうえいきが不意に飛びかかった。


「⋯⋯ッ!?」


 戦いの本能が鎌足かまたりの身体を動かす。

 鬼切丸おにきりまるの刃をかざし、咄嗟とっさ錫杖しゃくじょうを受け止める鎌足かまたり

 ⋯⋯しかしその瞬間、錫杖しゃくじょうは粉々に砕け散り、その中から巨大な長針が姿を現した。


「⋯⋯ッ、こ、これは、針の槍!?」


 紅影鬼こうえいきは余裕の笑みを浮かべながら、鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるの刃をものともせずに弾き返した。

 そしてその妖気漂う錫杖しゃくじょうの真の姿⋯⋯長針の槍で凄まじい突きを繰り出してきた。


 鎌足かまたりは再び鬼切丸おにきりまるで受け止める。

 しかしこの至近距離から見舞われた強烈な一撃、その人外な力に鎌足かまたりの身体は遥か後方へと吹っ飛ばされていた。

 弾かれた勢いのまま、道沿いに建ち並ぶ燈籠とうろうに背中からぶつかり、三基の燈籠とうろうを立て続けに破壊した所で、鎌足かまたりの身体は激しく地に何度も跳ねた。


「⋯⋯が、がはッ!?」


 横たわる鎌足かまたりの苦悶の呟きが、夜の闇に無情に響く。

 紅影鬼こうえいきはそんな鎌足かまたりを冷たく嘲笑うと、ふっ⋯⋯とその姿を消した。


(⋯⋯消えた?)


 苦悶で目を細め、顔を歪ませた鎌足かまたりが呟いた瞬間だった。

 目の前の倒壊した燈籠とうろうの土煙の中から、消えた紅影鬼こうえいきが地を駆けるように再び姿を現し、凄まじい速さで鎌足かまたりに向かって迫ってきた。

 追撃の針は止まらない。

 鎌足かまたりを刺し殺そうと、紅影鬼こうえいきが長針の槍を振りかざす。

 

「⋯⋯ぐぅッ、⋯⋯ぅぅううおおおおおっ!!」


 力を振り絞り、身を起こした鎌足かまたりは身体を即座に回転させ、まさに薄皮一枚の差⋯⋯忍装束の袖を大きく斬り裂かれながらも、間一髪に長針の槍の突きを避けきった。

 そしてすれ違いざまに、逆手に持った鬼切丸おにきりまる紅影鬼こうえいきの胸を突き刺した。


 ⋯⋯はずだった。

 ⋯⋯手応えはあった。


 しかし結果は同じだった。

 またかすみのように紅影鬼こうえいきは揺らめき、鎌足かまたりの目の前から消えていく。


「⋯⋯なッ、⋯⋯これもまた幻影か!? くそっ」


 斬っても斬っても、紅影鬼こうえいきは倒れない。

 全てが幻。

 まさに幻影と戯れるだけの、鎌足かまたりの一人舞台となっていた。


 息をつく暇も無く、紅影鬼こうえいきは闇の中から次々と更なる追撃⋯⋯無尽蔵の針の雨を降らせた。

 紅影鬼こうえいきの本体の居場所も、打開策も見つからない。


(⋯⋯うぅぅ⋯⋯、ど、何処どこにいるんだ!? ⋯⋯卑怯者ぉ、⋯⋯くそっ、くそおっ!!)


《ふはははは⋯⋯、どうした、御主の力はそれまでか》


 打つ手が無く、半ば“やけ”になったように鎖を振り回す鎌足かまたりだったが、そんな鎖分銅くさりふんどうが捉えるのは、やはり全てが紅影鬼こうえいきの幻影。

 捉えたと思った姿はすぐに跡形も無く消え去り、後に響くのは紅影鬼こうえいきの嘲りの笑い声と、勝ち誇った得意気な台詞だけだった。


「(⋯⋯落ち着け、まずは落ち着け。一度体勢を立て直さなくては⋯⋯)、⋯⋯くっ、伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま、十三ノ鎖刃さじん砂霞すなかすみっ!」


 鎌足かまたりは鎖を手元に引き寄せると、物凄い早さで鎖を旋回させた。

 自分の足元の地面に鎖で円を描く。

 地面から巻き上がる砂煙が、鎌足かまたりの周辺を包んでいく。


 この鎖刃さじんの型は、状況に応じて攻めにも転じることの出来る、同じような防御の型『鎖防陣さぼうじん』とは違い、相手の目をくらまし、その隙にその場から身を隠したり場合によっては退いたりする技⋯⋯言わば基本逃走用に用いる技だった。

 しかし今、甚左じんざかたきを取り無念を晴らす⋯⋯そんな熱くたぎる誓いを胸にしている鎌足かまたりには、この場から一旦退くや逃げるという選択肢は一切無かった。


 砂煙を一時の盾や目眩ましとして、降り注ぐ針の雨を避けた鎌足かまたりは、再び疾走かけた。

 紅影鬼こうえいきの本体を探るときを得るため、砂のかすみの中に紛れて、まずは何処どこかに身を隠す必要がある。

 鎌足かまたりは廃屋の庭、たけの高い茂みの中に飛び込んだ。


 身を低くし、気配を消し、完全に夜の廃屋や道の草木に心を同化し、左右上下に目を凝らす。


(よしっ、砂霞すなかすみによって紅影鬼こうえいきには私の動きや隠れている場所は見えていないはず! この位置から紅影鬼あいつの本体の居場所を探ることができれば⋯⋯)


 しかしそんな鎌足かまたりの一縷の希望かんがえを無残に打ち砕くように、今度は頭上から更に数を増した、まさに文字通りの”針の雨“が降り注ぐ。


(⋯⋯ッ、また? 上から!? 何故なぜだ!?)


 鎌足かまたりの視界に入った、廃屋の引き戸。

 針雨からの脳天串刺しを何とか避けた鎌足かまたりは、咄嗟とっさにその引き戸に体当たりし、廃屋の内へと転がり逃れた。


(⋯⋯ッ! ⋯⋯はぁはぁはぁ⋯⋯、完全に紅影鬼あいつの目をくらましたはず、⋯⋯気配も消した、⋯⋯が、何故なぜ、私の位置がこんなに素早く、しかも正確に分かる!?)



 ⋯⋯静まりかえった真っ暗な廃屋の中。



 鎌足かまたりは転がるようにして土間から上がり、廃屋中央の囲炉裏いろりの側で片膝をつき、呼吸を整えた。

 そして鬼切丸おにきりまるを眼前で右斜めに添え、左手には鎌や分銅を堅く握りしめたまま、紅影鬼こうえいきの次の針の攻撃に身構えた。

 その左右の手は、小刻みに震えていた。


「⋯⋯はぁはぁはぁ、⋯⋯はぁはぁ、⋯⋯きっとまたすぐに攻撃が来る、次は何処どこからだ? 左か、右か、⋯⋯それとも天井からか?」


 瞳を上下左右に慌ただしく移ろわせながら、鎌足かまたりが重々しく呟く。


 狭い廃屋の内部。

 もうどこにも逃げ場は残されていない。


 針で受けた肩や腕の傷からは、まだ血が流れていた。

 燈籠とうろうに直撃した背中にも、鈍くて重い痛みが響く。


 自分から廃屋の中に飛び込んだとは言え、それは⋯⋯「なぶり殺し用の狭い牢獄に閉じ込められた」⋯⋯そう言っても過言ではなかった。


 呼吸が整うことはなかった。

 今、訪れる者を一切拒むように、しんと静まりかえったこの廃屋内には、まるで悲痛な叫び声にも聞こえる、鎌足かまたりの荒々しい呼吸音だけが響いていた。


(⋯⋯くそっ、⋯⋯これまでか。甚左じんざの仇も取れず、任務も果たせず、そしてこの身体も魂も鍛えた技も、鬼切丸おにきりまるまでも⋯⋯、何もかもがあんな外道の紅鬼おにに奪われるのか!? ⋯⋯うぅ、うおおおぉぉぉおおおッ、⋯⋯畜生おぉッ!!)



 鎌足かまたりの目に悔し涙が滲む。



 鎌足かまたりは京都に来て初めて、そしてその人生においても初めて、⋯⋯“死”を覚悟していた━━━━。




第28話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、お待ちしています!

改稿履歴は全て誤字脱字等の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪

(前回第27話、中盤のとある一部のシーンだけは、とある事情があって投稿の後にカットしました。物語の展開や設定には全く影響はありません♪(*^^*))

次回第29話「蒼炎鬼」は2月26日の昼頃公開予定です。

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― 新着の感想 ―
伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま! 壱ノ鎖刃いちのさじん、天渡あまわたりッ!!」 (๑ᵒ̴̶̷͈̀ ꇴ ᵒ̴̶̷͈́๑)ᤊᤊᤊ!!これは羅生門怪鬼譚2の声劇のセリフ!!!
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