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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編

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第25話  決裂

【登場人物紹介】

不知火綾麿しらぬいあやまろ━━━━

 従三位じゅさんみ中将ちゅうじょう不知火しらぬい流という恐るべき剣の使い手。謎の妖刀『村雨むらさめ』を時の帝から拝領し、御所警備の西番を任されている。江戸の徳川政権を何故か激しく憎んでいて、鎌足かまたりたち御庭番衆の援軍を快く思ってはいない。奥座敷で鎌足かまたりと対談する。


伊賀の鎌足かまたり━━━━

 江戸城の公儀御庭番こうぎおにわばん伊賀組の小頭こがしらの女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎げんさいに授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸おにきりまる』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。内裏だいりでは男装をしている。


くち麒麟きりん━━━━

 従四位下じゅしいのげ少将しょうしょう紙垂しで付きの白鞘しろさやの刀を手にする少年公家。謎の剣技を操り、御所警備の北番と南番を務める。執念深く自己中心的、かつ残虐な性格で、些細な出来事をきっかけに鎌足かまたりに因縁をつける。自分よりも位が下の者には容赦はしない。


 ━━━━『麒麟きりん

 龍の頭、鹿の体、牛の尾、馬のひずめ、そして黄色に輝く体を持ち、背中はうろこたてがみに覆われた、異国のいにしえの神話に登場する伝説の霊獣である。

 国に吉兆を運ぶことで知られているこの霊獣は、日本ひのもとの歴史においても、良いまつりごとが行われている時にのみ現れる縁起の良い存在として、時の権力者たちからも安寧の政権の象徴としてあがめられる存在だった。

 そして人間世界と異世界とを繋ぐこの霊獣の額には、鬼と同様に鋭く尖った、”つの“が生えていた⋯⋯。

 



 ⋯⋯夜を徹して行われる内裏だいりの警備。

 その役を担う武官や警備兵たちの、待機場の一つにもなっている大広間。

 警備の番が始まる暮れ六つ前、薄暗くなりつつあるこの広間の中央で、まだ齢十五から十六程の少年公家が、広間の中央に置かれた大きな鎧飾りを前にして、右手にだらりと刀を下げて立ち尽くしていた。

 その足元には、紙垂しで付きの白いさやが無造作に転がっている。


 僅かに何枚かの雨戸が開いてはいるものの、暮れ六つを迎える直前の慌ただしい御所とは隔離されたような、閉ざされた空間せかい

 外にも中にも、この少年以外の人影は見当たらなかった。


 少年はつい今しがたまで、手にしているその刀を振っていたのだろうか。

 まと狩衣かりぎぬははだけ、露わになったその上半身からは、まるで闘気とうき瘴気しょうきの波を代わりに身にまとったように、白い湯気を妖しく漂わせている。


 少年の口元には、まだ幼さが残る八重歯やえばが覗く。

 その口から漏れ出る息は荒い。

 だが、これはただの疲れの息ではなかった。

 たかぶる気持ちを抑えきれない息だった。

 既に春が訪れているとは言え、まだほんの少しだけ冬の寒さが残っている、このがらんとした静寂の広間の中で、その吐息もまた薄っすらと白く変わった。



「⋯⋯あの江戸から来た男女おとこおんな、絶対に許さねぇ」


 少年が怒りと憎しみがこもった声で呟く。

 少年は手にした刀を、伝説の霊獣『麒麟きりん』の角に見立てるように、⋯⋯下から上へ。

 肩の位置に水平になるまで、ゆっくりと上げていく。


 ⋯⋯そうして握る刀が鎧飾りの胸元を指した時、少年の目は、獲物を捕らえた“けもの”の目となった。


 手首をしならせるように、素早く数度回転させた、次の瞬間⋯⋯。

 目の前の鎧飾りの胴の部分は、まるで柘榴ざくろのように粉々に切断されて弾け飛び、数え切れない無数の欠片かけらとなって広間の床に降り注いだ。

 そして胴体を失った他の鎧部分もまた、そんな欠片かけらの後を追うように、がらがらと床へと崩れ落ちていった。


「⋯⋯必ず殺す、殺してやる、⋯⋯殺してやるぞ」



 僅かに開いた雨戸の隙間から、西日が射し込む。

 少しずつ少しずつ照らされていく、その少年の背中には、いにしえの霊獣━━『麒麟きりん』の大きな入れ墨があった。


 全身から立ち上る湯気。

 ⋯⋯それはまるで呼気や吐息のようだった。


 荒々しく伸縮する背中。

 ⋯⋯それはまるで心臓の鼓動のようだった。


 遠くの山際に沈んでいく、血のように赤い日輪にちりん

 その光を浴びてきらめく麒麟きりんの入れ墨は、まるで生命を宿したように激しく脈打ち、黄金こがね色に輝いていた。


 伝説の霊獣『麒麟きりん』は、虫も殺せない程に穏やかな性格と伝えられている。

 しかし、この少年の”背中の麒麟きりん“は、まるで違っていた。

 見るもの触れるもの、その全てを破壊し尽くすような、凄まじい怒りに満ち溢れていた。



「⋯⋯見ていろ。東番初日の明日が、鎌足おまえの命日だ。⋯⋯せいぜい最後の夜を楽しんでおくがいいさ」


 少年は振り返り、沈んでいく陽を睨みつけた。

 そして再びゆっくりと腕と刀を上げていく。

 少年の刀と目は、陽の向こうに確かに次の獲物を捉えていた。

 西日にしびに輝くその瞳に映るのは、鎧飾りのようにばらばらになった血肉の塊と、その横に転がる半刃はんじんいびつな刀。


 逸る気持ちが抑えきれず、西日にしびを獲物に見立ててかざされた鋭いやいばは今、六つ鐘を待つ虚空こくうを突き刺していた。


「⋯⋯死ね」


 ⋯⋯刺されたあかねの空、その血の色が更に濃くなる。



 ━━━━まもなく暮れ六つ。






 綾麿あやまろ鎌足かまたり

 二人の対談の刻限おわりが近づいていた━━━━。






 ━━━━徐々に陽が沈んでいく奥座敷。

 残された時間はあまり無かった。

 しかし鎌足かまたりは、綾麿あやまろが今しがた口にした『六歌戦ろっかせん』という言葉が、どうしても心に引っ掛かっていた。


 口に出すことは無かったが、鎌足かまたりはこの京都への旅の間中、『六歌戦ろっかせん』と呼ばれる六人の剣士たちについて、ぼんやりと想いを巡らせていた。

 しんを極めたという、日本ひのもとの守護者『六歌戦ろっかせん』。

 そんな彼等はどんなに素晴らしい人間なのか。

 鬼が現れ出した京都をどのように守っているのか、どんな大切な任務を任されているのか。

 そしてその剣の実力はどれ程のものなのか。

 鎌足かまたりは密かに興味や期待を抱き続けていた。


(⋯⋯もし京都から江戸にまで鬼の侵略が飛火とびひした場合、『六歌戦ろっかせん』たちは、江戸を守る助けになってくれるだろうか)


 人外の強敵、鬼との戦い。

 幻斎げんさい綾麿あやまろには強気を貫いたものの、やはり“もしも”の事態も考えずにはいられなかった。

 もし自分たちが任務に失敗した時、この『六歌戦ろっかせん』たちに、江戸の平和と徳川政権の守護の想いを、代わりに託す事が出来るかどうか。

 ”救い“という心の拠り所の一つとして、それを心から知りたかったのだ。



(⋯⋯折角の機会だ、もしかしたら『六歌戦ろっかせん』について、何か知っているかもしれない)


 幻斎げんさい存命の話を聞いて上機嫌な綾麿あやまろの高笑いを、鎌足かまたりさえぎるようにして問いかけた。


「⋯⋯あ、あの、先ほど中将ちゅうじょう様が口にされました、日本ひのもとの守護者⋯⋯京都の『六歌戦ろっかせん』たちの事なのですが⋯⋯、今の『六歌戦ろっかせん』たちについて、もし何か知っていることがあれば、是非お教え頂けませんか?」

 

 鎌足かまたり綾麿あやまろを真っ直ぐに見つめた。

 その純粋な瞳の中に映るのは、大切な人たちの顔。

 ⋯⋯百地翁ももち御頭おかしら半蔵はんぞう甚左じんざ平次へいじ大吾だいご、伊賀の仲間たち、江戸城の顔馴染みたち、江戸でいつも世話になっている人々⋯⋯。

 江戸に暮らす人々だけではない。

 まだほんの僅かばかりの滞在にもかかわらず、京都で出会った人々の顔までもが映っていた。

 ⋯⋯さく美桜みお、大将の兼季かねすえ、茶店のおばさん、すれ違った子供や母親、宿の女将おかみ、案内役に門番、京都の町で笑顔を見せる人々⋯⋯。


 今はただひたすらに平和な日本ひのもとの未来を願いながら、見知った顔から一度しか会っていない者の顔まで、走馬灯そうまとうのように次々と、瞳の中に浮かんでは重なっていく。

 純粋で感情的で真っ直ぐな性格の鎌足かまたりは、自然と胸が熱くなっていた。


日本ひのもとまもってくれているという事は、江戸も、京都も、幕府も、朝廷も、東も西も関係無く、彼等はこの国に暮らす全ての者をまもってくれているはず、⋯⋯そう私は願い、信じているのですが⋯⋯」


 鎌足かまたり真摯しんしで熱の籠もった瞳と声を前に、綾麿あやまろの笑い声がぴたりと止まる。

 綾麿あやまろは無言で、鎌足かまたりをじっと見つめた。


 そしてしばらくののち、ゆっくりと口を開いた。

 

「⋯⋯鎌足かまたり殿は情熱的な御方だ。⋯⋯今の麿まろは機嫌が良い。百地ももち殿の話を聞かせてくれた礼に、鎌足かまたり殿が気になっている、その『六歌戦ろっかせん』の話、⋯⋯少しだけだが教えよう」


「えっ、本当ですか、嬉しいです」


「⋯⋯『六歌戦ろっかせん』たちは、京都及びその周辺にてそれぞれに大事な任務を帯びている。⋯⋯ある者は、京都から鬼が出ることを防ぐ防衛線として、⋯⋯またある者は、秘密の山寮さんりょう羅生門らしょうもんの探索を続け、⋯⋯またある者は、その類稀たぐいまれなる神秘性をもって、各地の荒んだ人の心に救いを施している」


「⋯⋯わぁ、やっぱり立派な方々なんですね」


「⋯⋯そしてこの『六歌戦ろっかせん』の決定は、全会一致。常に六人全員の賛成をもって動く。⋯⋯誰か一人でも意を唱えれば、鎌足かまたり殿の江戸を憂う、その切実な願いは叶わぬ事になる」


「⋯⋯わ! 良かった⋯⋯、誰の反対もなく、六人全員が賛成するだけで良いんですよね」


 感情がたかぶりすぎて、ほんのり涙目にすらなっていた鎌足かまたりの目が、一瞬にして明るさを取り戻してきらきらと輝く。


「これで胸の心配つかえが一つ無くなりました、良かった」


「⋯⋯鎌足かまたり殿。『六歌戦ろっかせん』は日本ひのもとの未来のために生きる憂国ゆうこくの志士ばかり。江戸の守護に反対する者など出るはずがない。『六歌戦ろっかせん』は必ず江戸も守ってくれる、手をたずさえて共に戦える、⋯⋯そう思っているのか?」


「あ、はい、そうなれば良⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯ほほほ、それは、⋯⋯絶対に無い」


 勇んで言葉を続けようとした鎌足かまたりを、綾麿あやまろが嘲笑まじりの冷ややかな声で制止する。


「⋯⋯え?」


鎌足かまたり殿。全会一致と言ったではないか。その願いだけは天地がひっくり返っても有り得ぬことだ。諦めよ」


「⋯⋯え、何で? 何故なぜですか? 何故なぜそんなにはっきりと言い切れるんですか」


「⋯⋯そろそろ良い頃合ころあいか。鎌足かまたり殿がどの様な強さや考えの者かはよく分かった。剣腕うで体捌たいさばきも問題外。⋯⋯ならばせめて少しは頭が切れて、使える目処めどが立たないかとは思ったが⋯⋯、⋯⋯ただただ失望した」


「⋯⋯は?」


道化どうけは肩がこるゆえ、叶わぬ夢物語を聞かされたり、つまらない質問を受けるはこのくらいで終わりとしようか。⋯⋯さて、しからば此処ここからが本題。⋯⋯逆に鎌足かまたり殿に麿まろの話を聞いてもらうとしよう」


「⋯⋯は!? 失望? 道化どうけ? 夢物語? ⋯⋯え?」


「⋯⋯まずは先程の麒麟きりんとの腕試しの件だが、麿まろ麒麟きりんを止めたこと、そして何一つ麒麟をとがめぬことを少なからず疑問に思ったであろう。まずその理由わけを答えよう。⋯⋯麒麟きりんは出世が早く、まだ心幼きゆえくらいや身分への執着は人並み以上。また時折、悪戯いたずらも過ぎてな。自分より上のくらいの者には過剰な程の従順さを見せるが、その反面に自分より下の位の者には、人を人とは思わぬ態度を取ることがある」


(⋯⋯ッ! そんな理由が! なんてふざけた奴だ、やっぱりさっき斬るべきだったか)


「江戸でも有数の武芸者であろう鎌足かまたり殿の前でも、腕試しと称したあの過ぎた悪戯いたずらよ。麿まろが止めていなければ、間違いなく死んでいたはずだ」


「え⋯⋯、と⋯⋯、そうか、やはり綾麿あやまろ様は全部お見通しだったのですね。でもそんな⋯⋯、少しだけ頭に来たからと言っても、流石に少将しょうしょう殿を、御所内で死ぬまで痛めつけたりなんて、そこまではしませんよ」


(止めなかったら、殺してたかもしれないけど)


 内心苦笑いを浮かべつつ鎌足かまたりが言葉を返した後、綾麿あやまろは手にしていた扇子を何かを否定するように左右に激しく振りながら、音を立てて一気に閉じた。

 そして鎌足かまたりにとって予想外の言葉を投げかけた。


「⋯⋯いな。死んでいたのは、鎌足かまたり殿、そなたよ」


 そして扇子の天で鎌足かまたりを指した。


「⋯⋯!? ⋯⋯なッ!」


麒麟きりん麿まろの直属の配下のうちでも随一の手練てだれ。伊賀のしのびごときの剣技わざたおされることは絶対にありえぬ。⋯⋯麒麟きりんの使うは、刀要かたないらず型要かたいらずの秘剣、天衣無縫流てんいむほうりゅう


(⋯⋯ッ! ⋯⋯忍如しのびごとき!? ⋯⋯天衣無縫流てんいむほうりゅう?)


 『六歌戦ろっかせん』を語る最後あたりから、綾麿あやまろの物腰や声色が、会談当初から明らかに変わり始めていた。

 今の綾麿あやまろから伝わってくるのは、落ち着きを遥かに通り越した、尋常ではない冷たさと重さ。

 そして麒麟きりんと同じように、人を見下したようなあざけり。

 そんな綾麿あやまろの変化に戸惑い狼狽うろたえ、鎌足かまたりの表情が強張っていく。


「良いか、鎌足かまたり殿。麒麟あやつの剣はまさに天賦の才。三年前の春の宴席にて、僅かよわい十二にして、剣の師匠をも自らの手で斬っている。もし剣の師匠を桜の枝でたおせたら、帝の世話役、従六位じゅろくい侍従じじゅうに取り立ててやる、そんな右大臣うだいじん殿の酔いの戯言ざれごとを真に受けてな⋯⋯、本当に木の枝で師匠を一刀両断、文字通り真っ二つだ。⋯⋯その思わぬ急な出世と、生来の貧しかった生活との反動で、今の麒麟あやつが生まれた。⋯⋯麒麟きりんは人並み以上の出世への欲と降格への恐れ、その苦楽の狭間はざまに日々囚われ揺らめきながら生きている」


(⋯⋯ッ! ⋯⋯師匠を、斬った!?)


「⋯⋯あの者の秘剣はな、木の枝でなくとも、その気になれば紙きれででも人を斬れるだろう。⋯⋯あの白鞘しろさやの刀は、麒麟きりんの真の力を禁じた麿まろが持たせているもの。位が上の麿まろへは、まだ無意識に心の奥底に自制が働き暴走を抑えきれているが、自制のたがが外れた本気の麒麟きりん)を前にしては、麿まろとて不覚を取るやもしれん。⋯⋯忍び返しの鶯張うぐいすばりの床すら満足に歩けぬ、鎌足かまたり殿のつたなき腕では、結果は火を見るより明らかというもの」


「⋯⋯!? 私をつたないと!? ⋯⋯そ、そんなこと、最後までってみないと分からないじゃないかッ!!」


 我慢の限界点を迎えた鎌足かまたりが吠えた。


「⋯⋯では聞こう。鎌足かまたり殿。麒麟きりん白鞘しろさや、何と見た?」


「⋯⋯え、何、って⋯⋯、刀に決まってるじゃないですか、他に何があるんですか!」


「刀と見たか。⋯⋯それがつたない、という事だ」


「⋯⋯ッ!? それはどういう意味ですか!?」


「あれは一月ほど前だったか。⋯⋯麒麟きりんの北番の時に現れた蒼鬼あおおに三鬼、⋯⋯勢い余って警備の兵十人もろとも、肉も骨も何もかも柘榴ざくろのように斬り刻んたことがあってな」


「⋯⋯なッ!? 蒼鬼あおおにを三鬼も⋯⋯!?、しかも人を⋯⋯警備兵を十人も巻き添えに!?」


麿まろが駆け付けた時は、麒麟あやつ、⋯⋯鬼と人の肉塊にくかいの山、血の海の中で、ひたすら愉しそうに笑っておった」


「⋯⋯うっ」


「⋯⋯それからというもの、麒麟きりんには紙垂しでふうとした、あの白鞘しろさや一本しか得物ぶきを使うことを許してはいない。麒麟きりんはまだ子供だが、それ程までに恐ろしい剣客だ。⋯⋯鎌足かまたり殿よ、白鞘しろさやの本質は、東番で居る限りはいずれ分かる日が来るだろうが、鬼切丸おにきりの刃をまじえながら見抜けなかったようでは、その腰に忍ばせた鎖鎌を使ったとしても、麿まろどころか麒麟きりんの足元にすら及びはせぬ」


(⋯⋯ッ! 何だ!? 白鞘しろさやの本質って!? ⋯⋯そして綾麿こいつッ、⋯⋯まさか私が隠し持つ鎖鎌のことも見抜いていたのか!?)


「身体に隠し通せる所を見ると、通常の鎌よりも小振りに精巧してあるな。だがその鎌は基本防御が中心、小柄な体躯でも活かせる、遠心力を活用しての鎖や分銅ふんどうによる攻撃の方を得意とする、⋯⋯そう、腰や脚に巻き付けているだろうその鎖を使って、だ。⋯⋯違うか?」


(⋯⋯がッ!? ⋯⋯な、何で、其処そこまで正確に⋯⋯!?」


 鎌足かまたりの頬を、生温い“嫌な”汗が伝う。

 握り拳を作り、身体をわなわなと震わせる鎌足かまたりを、綾麿あやまろは鼻で笑った。

 そして動揺と怒りが入り混じった鋭い視線で睨みつけてくる鎌足かまたりに対して、綾麿あやまろは全く遠慮を見せずに、とげのある言葉を続けた。


「そして此度こたびわざわざ御所へ入ったのも、朝廷の動向の偵察だろう。⋯⋯そして表向きはのちの援軍を匂わせながらも、援軍など差し伸べる気はつゆほどもないのであろう? ⋯⋯しかもそれだけに留まらず、隙あらば麿まろを含め、朝廷側の要人の暗殺まで行おうとする企みすらも匂ってくるわ。⋯⋯本当ほんに愚かで浅はかな者よ。この従三位じゅさんみ不知火中将しらぬいちゅうじょう綾麿あやまろに、下手な小細工は通じぬ」


「⋯⋯ッ!? な⋯⋯、⋯⋯ッ」


「⋯⋯ふっ、図星か。⋯⋯麿まろは鬼を憎んでいるが、その憎しみに次いで、江戸や徳川もまた心底嫌っている。徳川に味方する者は全て誰であろうと、⋯⋯斬る」


「⋯⋯き、⋯⋯斬る、⋯⋯だとぉ!?」


「⋯⋯麒麟きりんとがめなかった理由りゆう、それは御主が憎いからだ、鎌足かまたり殿。⋯⋯ふふふ、⋯⋯我等われらの京に土足で忍び込み、東番頭ひがしばんがしらていよく紛れ込む、徳川の溝鼠どぶねずみ一匹。⋯⋯今、此処ここで始末する事など造作も無いわ」


 綾麿あやまろの明らかな侮辱の言葉、暴言の数々に、短気な性格の鎌足かまたりの怒りは既に最高潮に達していた。

 

(⋯⋯くそっ! くそっ!! 黙って聞いていれば!! ⋯⋯そうか、離れの此処ここに私を誘ったのも、全ては私を面と向かって愚弄し脅迫し、潰すためか!? ⋯⋯江戸や伊賀衆を馬鹿にされたのも許せない。⋯⋯御前の思い通りにさせてたまるか!!)


 鎌足かまたりの手が、鬼切丸おにきりまるつかに伸びる。



「⋯⋯振るうか? ⋯⋯鬼切丸おにきり



 綾麿あやまろは戦闘態勢を取る事も無く悠然と、ただ余裕に挑発的に微笑んだ。


 そして鎌足かまたりに聞こえない程の小さな声で、もう一言だけ短く呟いた。



(⋯⋯振るったらしまいだ。⋯⋯此処ここで死ね、徳川のねずみ




 怒りに満ちた鎌足かまたり鬼切丸おにきりまるつかを握りしめた⋯⋯。




 ⋯⋯その瞬間。




「⋯⋯⋯⋯中将ちゅうじょう様、輝里てるさとです、もう間もなく暮れ六つ。刻限こくげんになりましたので、御連絡に参上致しました」



 ⋯⋯座敷の外からの、別な男の声。



 その声に気を削がれた鎌足かまたりは、鬼切丸おにきりまるを振るおうとする寸前で、その手が止まった。


 ときを知らせに来た男の声が掛かるのが、あと僅かばかり遅れていたら、鎌足かまたりは怒りに任せて、恐らく綾麿あやまろに斬り掛かっていただろう。


 綾麿あやまろは片膝をついたまま微動だにせずに、障子の向こうの輝里てるさとの影を一瞥いちべつし、残念そうに溜め息を一つだけ吐いた。

 そして肩に掛けていた村雨むらさめを手に立ち上がり、まだ自分を鋭く睨み続けている鎌足かまたりに向けて言った。


「⋯⋯刻限こくげんだ。命拾いしたな、鎌足かまたり)殿。御所ここ三度みたびも抜刀したら、その場で即斬り殺されても文句は言えない大問題となる所だ。⋯⋯折角今日二度も生き延びたのだ、明日の東番はせいぜい励まれよ。⋯⋯さて、仲間が待っているだろう正門まで見送ろう。⋯⋯輝里てるさと鎌足かまたり殿がお帰りだ。夕闇に紛れて御所内⋯⋯特に清涼殿せいりょうでん夜御殿よんのおとどあたりをちょろちょろと嗅ぎ回られてはかなわぬ。⋯⋯鎌足かまたり殿を正門へ案内あないしろ」


「⋯⋯? ⋯⋯わ、分かりました、綾麿あやまろ様。⋯⋯では、鎌足かまたり殿、此方こちらへ」


 障子を開けて輝里てるさとが座敷の中へと入る。

 そして鎌足かまたりを廊下へといざなった。

 この輝里てるさとと言う若い公家の男は、本当に今この座敷に来たばかりで、これまでの綾麿あやまろ鎌足かまたりのやり取りは、全く知らないように見えた。


「⋯⋯うッ、⋯⋯くっ」


 高まっていた戦意を不意に折られた鎌足かまたりは、座敷を出て廊下へと歩き出した綾麿あやまろ輝里てるさとの後ろを、ただ黙って付いていくしかなくなっていた。



 ⋯⋯遠くから聴こえてくる、暮れ六つの鐘の第一鐘だいいっしょう



(⋯⋯っ、この綾麿おとこに、何もかも、全部、全部⋯⋯見破られていた⋯⋯、何一つ騙せなかった⋯⋯、くそっ⋯⋯、何が”つたない“だ、何が“溝鼠どぶねずみ”だ、そして何が”中将ちゅうじょう“だ。⋯⋯やはり此処ここ、京都御所は伏魔殿ふくまでんだった)


 前を歩く綾麿あやまろの背中を睨みつけ、肩を震わせて無言で歩く鎌足かまたりの胸に、まだ先程の火種が熱くくすぶり続ける。

 そしてその火種ひだねが生み落としたのは、確固たる一つの新たな決意だった。


(⋯⋯不知火中将しらぬいちゅうじょう綾麿あやまろ、そして口少将くちしょうしょう麒麟きりん。⋯⋯確信した。⋯⋯私が京都で警備の番をしている間に、必ず斬らねば。⋯⋯この二人は紛れもなく、伊賀御庭番と徳川政権の、敵⋯⋯!)━━━━。








 ━━━━暮れ六つの鐘が既に鳴り終えた頃、綾麿あやまろ輝里てるさとに先導された鎌足かまたりは、固く閉ざされた正門の扉の前に着いていた。


 鬼が最も出現しやすいとされる暮れ六つを迎え、門番たちの姿は既に無かった。

 その代わり警護兵が何人も、門の内外を出入りし警備を開始していた。

 いつもは賑やかな正門前の通りも、今はもうほとんど人は歩いてはいない。


 そんな状況でも甚左じんざたち三人は約束を守ってくれていた。

 正門と裏門、どちらから出てくるか分からない鎌足を、二手に分かれて今までずっと待っていてくれたらしかった。

 あまりにも鎌足かまたりが遅いのを、心から心配してくれていたのだろう。

 正門の端で待っていてくれた平次へいじ大吾だいごは、出てきた鎌足かまたりの無事な姿に心から安堵の表情を浮かべている。

 甚左じんざはわざわざ遠い裏門にまで回ってくれていた。

 鎌足かまたり出門しゅつもんから少し遅れて甚左じんざは姿を見せると、遠くから笑顔で手を振りながら走り寄って来てくれた。


「⋯⋯一度正門の様子を見ようと戻ってきた所です。ちょうど良かった」


「ありがとう、甚左じんざ平次へいじ大吾だいごも⋯⋯、改めて、皆、ごめん。本当に待たせたね、約束の暮れ六つを過ぎちゃった」


 内裏だいりでの麒麟きりんとの交戦や綾麿あやまろとの不快な会談に、少しうつな気持ちになっていた鎌足かまたりにとっては、いつもの見慣れた顔⋯⋯三人の笑顔を見れた事が、本当に嬉しくてたまらなかった。


「⋯⋯小頭こがしら、あの方たちは?」


 甚左じんざたち三人は、正門前に佇んでいる見慣れない二人の公家⋯⋯綾麿あやまろ輝里てるさとの存在に気が付いた。


 綾麿あやまろは、相変わらずの無表情で伊賀衆の四人の姿をじっと見つめ、一方、隣の輝里てるさとは愛想の良い性格なのか、此方こちらに向けてにこにこと笑顔で手を振っている。

 

小頭こがしら、良かったですね。早くも知り合いができたんですか? どちらも凄く格好良いじゃないですかぁ?」


 大吾だいごは笑顔でおどけ、預かっていた脇差の忍刀と手裏剣を鎌足かまたりに返しながら、鎌足かまたりの脇をひじで小突いた。

 しかし大吾だいごの予想とは正反対に、鎌足かまたりの反応は冷ややかなものだった。


「⋯⋯違う、殺さなきゃいけない敵、だよ。少なくとも片方はね」


 鎌足かまたりは淡々と呟き、そして膨れっつらで唐突にきびすを返すと、綾麿あやまろ輝里(てるさと)に別れの会釈をする事も無く、二人に背を向けたまま無言で歩き出してしまった。

 甚左じんざたち三人は顔を見合わせ、各々に困惑した表情を浮かべ、そして鎌足かまたりの後ろに続いた。


「⋯⋯小頭こがしららしくないな、どうしたんだろう」



 その場を去ってゆく伊賀衆四人の姿。

 綾麿あやまろは無言で眺め続けていた。



 ⋯⋯沈む陽に照らされた四人の影。



 それがまたばたきよりも早い、そんなほんの刹那せつなの一瞬だけ、まるで蝋燭ろうそくの灯りが揺らめく様に五つに変わった。



 ⋯⋯ように見えた。



 それは目の錯覚さっかくか、陽の悪戯いたずらか。



 この場で起こったその一瞬の不思議な現象を、綾麿あやまろの眼だけが捉えていた。



「⋯⋯輝里てるさと


「はい、中将ちゅうじょう様」


「一つ頼まれてはくれぬか」


「はい、私でよければ何なりと」


「⋯⋯悟られずにあの鎌足かまたりの跡を付けよ。もし途中で四人が道をわかっても、鎌足かまたりだけを追え。そして目の前で何が起きても一切手を出さず、その一部始終を見届け、麿まろに報告せよ。⋯⋯麿まろは鬼の迎撃げいげきに向かえるよう、正門(ここ)か屋敷で待っている。⋯⋯それと、必ず相当の安全な間合いを取れ。よいな」


「鬼の迎撃げいげき⋯⋯? 安全な⋯⋯? ⋯⋯か、かしこまりました。しかし、付けるのは鎌足かまたり殿だけで良いのですか。他の者への追跡も必要ならば、青龍せいりゅう様や朱雀すざく様らに繋ぎを取りましょうか」


「⋯⋯いな、その必要は無い。追うのは鎌足かまたりというかしらの男だけでいい。任せたぞ、輝里てるさと


「⋯⋯男? ⋯⋯あの、綾麿あやまろ様⋯⋯」


「急げ、見失うな」


「⋯⋯あ、はい、只今」


 直ぐに身をひるがえした輝里てるさとは、鎌足かまたりたち四人の向かった道、その方角に向かって急いで駆けていった。



 輝里(てるさと)の背中はすぐに見えなくなった。

 いつしか警備兵たちの姿も内裏だいりへと消え、静寂が訪れた大通りと正門(せいもん)の前には、綾麿あやまろただ一人がたたずんでいた。


 その綾麿あやまろの口元が、にやりと緩む。


「⋯⋯鬼切丸おにきりまる、そして、伊賀御庭番小頭いがおにわばんこがしら鎌足かまたりか⋯⋯。この麿まろ村雨むらさめに斬られるか、それとも先に『修羅(おに)』に喰われるか⋯⋯。⋯⋯ふ、⋯⋯ふふふ、⋯⋯ほほほ、ほほほほほほ⋯⋯⋯!」


 妖しい高笑いに彩られる綾麿あやまろ

 その顔は既に薄墨うすずみ色となり、雲間に顔をのぞかせる今宵のきらびやかな満月が生み出す影が、綾麿あやまろの背後にも長く伸びていた。



 陽は完全に沈みかけ、夜のとばりが下りようとしていた━━━━。




第25話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、お待ちしています!

改稿履歴は全て誤字脱字等の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください♪

次回第26話「影法師」は2月18日昼頃に公開予定です。

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― 新着の感想 ―
【鬼が最も出現しやすいとされる暮れ六つ】 開かれし時、戦いが幕を開けるということですね⸜(o ˙˘˙)⸝
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