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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編 弐

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22/106

第22話  少将 麒麟

【登場人物紹介】

伊賀の鎌足(かまたり)━━━━

 江戸城の公儀御庭番(こうぎおにわばん)伊賀組の小頭(こがしら)の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎(げんさい)に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸(おにきりまる)』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。


 ━━━━樋(ひ)ノ口(くち)少将麒麟(しょうしょうきりん)。


 怯えた表情の案内役からそう呼ばれた少年公家は、当初に見せていた笑顔から一変、今は狂気に満ちた眼(まなこ)で、中庭へと飛び退(の)いた鎌足(かまたり)を睨みつけていた。


「見慣れない奴だな⋯⋯、誰だ、御前?」


(⋯⋯ッ! 此奴(こいつ)! この若さで少将(しょうしょう)だと!? それに、何だ!? この得体の知れない邪(よこしま)な氣は!? ⋯⋯此奴(こいつ)、⋯⋯間違いなく、⋯⋯強い。だがそれよりも何よりもこの“眼(め)”だ、⋯⋯これは何十人と“人”を斬ってきた奴の眼だ!)


 これまでの任務に於いて、鎌足(かまたり)は何度も邪悪な思考を持つ相手と巡り合い、幾多の死闘を経験してきた。

 その歴戦の忍としての本能的な直感が、この目の前に佇む少年が相当な危険人物であることを知らせていた。


 その感覚は、正門前で不知火中将綾麿(しらぬいちゅうじょうあやまろ)と村雨(むらさめ)を見た時に感じたものとは、似て非なるものだった。

 感じるのは、凄まじいまでの嫌悪感。

 そして押し寄せてくる、底の知れない強さ。

 自分に向けられているその鋭い眼光からは、江戸で戦った蒼鬼(あおおに)を遥かに上回る、深い闇と狂気すら感じた。


「⋯⋯おい、此処(ここ)は位階(いかい)が高い者たちの中でも、特に選ばれた者しか足を踏み入れることができない神聖な場所だ。身分の卑しい者どもが気安く近づける所じゃねえ。 御前等(おまえら)、名は? 官職は? 官位は? ⋯⋯答えろ」


 少年公家は怒りの言葉と共に、鎌足(かまたり)から一旦目を逸らし、次は廊下に平伏している案内役を睨みつけた。


「⋯⋯も、申し訳ありませんッ! しょ、少将(しょうしょう)様! ⋯⋯こ、⋯⋯この御方は江戸から参られた、東番を新たに担当されることになりました、か、鎌足(かまたり)様で⋯⋯!」


 自分よりも相当に歳下の男を相手に、声を震わせ額を床に擦り付け、ひたすら謝り続ける案内役の姿を見て、鎌足(かまたり)はハッと我に帰った。

 廊下の角で出会い頭にぶつかってしまったことに加えて、ふと口にしてしまった先程の軽い挨拶が、この若き少将(しょうしょう)の怒りを買ってしまったのかもしれない。

 鎌足(かまたり)はその場を取り繕うため、即座に床に片膝をつき、少将(しょうしょう)に向けて改めて丁寧な挨拶と共に謝罪の言葉を述べた。


「少将(しょうしょう)麒麟(きりん)様、大変に失礼致しました。先程の無礼、心よりお詫び致します。明日より新たに東番を任されました、伊賀の鎌足(かまたり)と申します。どうかお見知り置きを」


 鎌足(かまたり)の言葉が終わるや否や、この少年公家、少将(しょうしょう)麒麟(きりん)は、二人の頭の上から荒々しく言葉を吐き捨てた。

 それは位の低い者を見下した、蔑(さげす)みの声だった。


「あん? 伊賀? ⋯⋯鎌足(かまたり)だぁ? ん⋯⋯、⋯⋯あぁ、昨日俺が非番の日に江戸からやって来て、紫宸殿(ししんでん)で暴れた男か女かよく分からない“忍”⋯⋯ってのが御前か! そうか、そうだったな、めでたく東番頭(ひがしばんがしら)に決まったんだったなあ。⋯⋯ん?」


「⋯⋯は、はっ」


「⋯⋯ったく、援軍なんぞ要らねえのに。調子に乗って江戸からのこのこ出てきた上に、東西南北警備四番にも割り込んできやがって。御前のせいで、今日の夜の警備は急遽、俺の担当する南番になったんだぞ? 分かってんのか? はっきり言って”迷惑“なんだよ。⋯⋯それに東番は明日からのはずなのに、何で今日もまた御所に来てるんだ? ⋯⋯え?」


(⋯⋯此奴(こいつ)、歳下のくせに何様だ)


 遠慮の無いずけずけした物言いと嘲(あざけ)り笑い。

 その麒麟(きりん)の生意気な態度に、短気な鎌足(かまたり)の中に不快感と苛立ちが即座に湧き上がってきた。


「余所者(よそもの)の此奴(こいつ)を、此処(ここ)まで連れてきたのは御前か?」


 麒麟(きりん)の不満の矛先が案内役にも向けられる。

 案内役は、ただ廊下に頭を伏せているだけは謝罪は受け入れてもらえない、と思ったのだろう。

 この視線と問いかけに、何の躊躇(ちゅうちょ)も無く廊下から中庭にまで降り、そして地面に額を付けて謝っていた。


「⋯⋯す、すみません! ⋯⋯こ、此処(ここ)まで、も、勿論(もちろん)案内(あない)するつもりは、な、無かったのですが、⋯⋯事の成り行きで、⋯⋯や、止むをえなかったのです、⋯⋯お、お、お許しください、しょ、しょ、少将様(しょうしょう)様ッ!」


 案内役の謝罪は、半分涙まじりの懇願の言葉となっていた。

 この謝罪で、案内役がどれだけこの麒麟(きりん)を恐れているかが伝わってくる。

 相変わらず眼を鋭くぎらつかせたまま、麒麟(きりん)は呆れ果てたような大きな溜め息をついた。

 そして鎌足(かまたり)を完全に無視して、案内役に対して怒りの言葉をまくし立てた。


「今しがた定例の評議で、より一層の警備の強化を話し合ったばかり。それで意気揚揚(いきようよう)と出てきてみたら、⋯⋯これだ。⋯⋯俺たち上級の武官が帝の守護にいくら尽力しても、手足となって働く奴等が弱っちくて使えねぇ、決まりもろくに守らなねぇ、そんな雑魚(ざこ)どもばかりなら全く以て意味が無ぇ。此処(ここ)は立ち入り禁忌(きんき)の清涼殿(せいりょうでん)。勝手に御所の決まりを破って、得体の知れない男か女か分からない江戸者なんぞ、近づかせやがって」


(⋯⋯ッ!)


 鎌足(かまたり)の地に付けた握り拳に、自然と力が入る。


(我慢しろ、我慢しろ、抑えろ。抜いたら駄目だ、抜いたら死罪だ。此処(ここ)は堪え時だ⋯⋯、皆にも言っていたじゃないか、舌は心の中だけで出すんだ⋯⋯)


 礼を尽くす表情と自己を抑制する心とは裏腹に、鎌足(かまたり)の手は無意識に背中の鬼切丸(おにきりまる)へと伸びていた。

 湧き上がる怒りを何とか我慢し続けている鎌足(かまたり)だったが、これが内裏(だいり)の外の世界で起きていたならば、きっともう堪えきれずに抜刀してしまっていたことだろう。

 それ程までにこの麒麟(きりん)から伝わってくる圧力は、無礼で醜悪で非道で、そして何より”危険“なものに感じた。


「⋯⋯お許しを、どうか、お許しをッ⋯⋯!」


 案内役は伏したまま、額を地面に擦り付けまでして、ただひたすらに謝罪の言葉を言い続けていた。

 麒麟(きりん)は手にした白鞘(しろさや)で自分の後頭部をとんとんと何度も叩きながら、この案内役の悲痛な訴えをにやにやと愉しそうに聞いている。


「⋯⋯さて、と。北と南の警備の番を預かる誉れ高き従四位下(じゅしいのげ)、少将(しょうしょう)を拝命する身として、決まりを破った案内役の御前には、相応の罰を与えないと内裏(だいり)に示しがつかないな。⋯⋯うーん、そうだなぁ、⋯⋯大人の諺(ことわざ)にも、罪を憎んで人を何とやら、ってあったよな。⋯⋯よし、今回はその憐れで惨めな姿に免じて⋯⋯」


(⋯⋯⋯!)

(⋯⋯⋯!)


 案内役と鎌足(かまたり)が息を呑む。


 そんな二人に対して、麒麟(きりん)はにっこりと微笑んだ。


 その笑顔に、案内役が安堵の表情を浮かべる。

 鎌足(かまたり)も張りつめていた緊張の糸が少し解(ほぐ)れた⋯⋯。

 

 ⋯⋯その瞬間に、麒麟(きりん)は満面の笑顔のまま、案内役に向かってこう告げた。




「⋯⋯⋯死罪だね」




 笑いながらその判決(ことば)を言い終えた時、麒麟(きりん)の姿は既に廊下には無かった。

 中庭の案内役の方に向かって、その身体は宙を舞っていた。



 ⋯⋯その顔は狂気に染まっていた。



 空中で白鞘(しろさや)から一気に刀身を抜き、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべ、土下座する案内役(あないやく)の頭上から、その無慈悲な狂刃(きょうじん)を振り下ろした。



「⋯⋯⋯⋯ひ、ひひぃぃぃぃッッ!?」



 キィィィン━━━━⋯⋯⋯⋯⋯⋯



 ⋯⋯人の肉や骨に刀がめり込む音ではなく、刀と刀がぶつかる鈍い音が響く。



 麒麟(きりん)の放った不意の狂刃(きょうじん)は、腰を抜かしたように座り込んでいる案内役の額の僅か手前、二寸(にすん)(※6cm)程の位置で止まっていた。


 狂気の刃を防ぎ止めたのは、横から案内役を守るために振りかざされた、もう一つの刀。

 それは鎌足(かまたり)が咄嗟(とっさ)にかざした、鬼切丸(おにきりまる)だった。


「⋯⋯あぁん!?」


 思わぬ横槍に麒麟(きりん)が目を見開いた。


「⋯⋯ぐッッ!!」


 緊迫の状況を物語るように、刀身にまだ白布が付いたままの鬼切丸(おにきりまる)。

 その白布が交えた麒麟(きりん)の刃によって斬り裂かれ、風に吹かれて空に飛ばされていく。

 殺戮の刃を受ける鬼切丸(おにきりまる)に力を込め、鎌足(かまたり)が立ち上がった。


 鬼切丸(おにきりまる)の刃と、麒麟(きりん)の白鞘(しろさや)の刃。

 二刀は激しく交差したまま、鎌足(かまたり)と麒麟(きりん)が刀越しに鋭く睨み合う。


「⋯⋯何だぁ!? 男女(おとこおんな)! 俺の愉しみの邪魔をする気か!?」


「⋯⋯しょ、少将(しょうしょう)様ッ!? 少しお戯(たわむ)れが過ぎましょう!!」


「⋯⋯ほぉ、これが噂の鬼切丸(おにきりまる)とか言う骨董(こっとう)刀か。⋯⋯はっ、何だ、この薄っぺらな刃は。⋯⋯笑わせてくれる⋯⋯⋯⋯なあッ!!」


「⋯⋯ッ! ⋯⋯鬼切丸(おにきりまる)を、⋯⋯私の宝物を⋯⋯馬鹿にするなああぁぁッッ!!」


 この互いの咆哮(ほうこう)が合図となった。

 一進一退のじりじりとした刀の鍔迫(つばぜ)り合いから、二人はそれぞれ相手の刀を弾きながら、次の瞬間には後方へと飛び退(の)いていた。 

 その飛び退(の)きざま、麒麟(きりん)の小さな身体が勢いよく地を跳ね、鋭く一回転する。


(⋯⋯ッ!?)


 それは、鎌足(かまたり)の死角から放たれた、麒麟(きりん)の鋭い回し蹴り。

 その一閃は飛び退(の)く鎌足(かまたり)の左頬を掠(かす)めていた。

 間一髪で仰(の)け反り、直撃を避けることができた鎌足(かまたり)だったが、その左頬に鋭い痛みが走る。

 飛び退いた先、左頬を押さえながら鎌足(かまたり)は片膝を付いた。


 そんな鎌足(かまたり)に対して、身体を翻しながら颯爽(さっそう)と着地した麒麟(きりん)は、余裕と自信に満ちた笑みを浮かべ、鎌足(かまたり)を遠くから見下ろすように吠えた。


「おい、御前。鎌足(かまたり)⋯⋯とか言ったな。この内裏(だいり)で、従四位下(じゅしいのげ)少将(しょうしょう)の俺に刃(やいば)を向けるとはな。その意味を分かってるのか? 御前もその男と同じく死罪確定だぞ」


 鎌足(かまたり)に向けられたその瞳の煌(きら)めきは、刃を交える前よりも更に冷たさと残虐さ、そして怒りを増していた。

 抑えた手を離した鎌足(かまたり)、その頬に残る赤い線からは、一筋の血が流れていた。


(⋯⋯っ、くそっ、我慢できなかった。また抜いてしまった。⋯⋯だが、後悔は無い。案内役(あのひと)に斬り掛かった此奴(こいつ)の抜刀、脅しや戯(たわむ)れじゃない、⋯⋯本気だった)


 鎌足(かまたり)は少し俯(うつむ)きながら、流れる血を手の甲で拭(ぬぐ)い、付いたその血を舌で舐め取った。

 それは目の前の麒麟(きりん)を、敬うべき中将(ちゅうじょう)でも無く、自分よりも歳下の少年でも無く、一人の“敵”として捉え、自分の中で芽生えた”ある感情“を確認する、鎌足(かまたり)なりの儀式とも言えた。


(⋯⋯斃(たお)される前に、斃(たお)す。⋯⋯殺(や)られる前に、殺(や)れ)


 麒麟(きりん)の度を越した暴挙と暴言、そして漲(みなぎ)る殺意の挑発を前に、鎌足(かまたり)の中で必死に我慢し続けていた理性の箍(たが)は既に外れていた。


「⋯⋯少将(しょうしょう)⋯⋯さ⋯⋯、いや! 麒麟(きりん)とか言ったな。御前みたいな生意気で我儘(わがまま)な子供は、どうやら一度痛い目を見てみないと、大人の理屈が分からないようだな!」


 鎌足(かまたり)は、鬼切丸(おにきりまる)を右逆手斜めに構えた。

 俗に言われる”霞(かすみ)の型“である。

 そして袴(はかま)の下、腰と脚に忍ばせた鎖もいつでも解くことができる臨戦体制を取った。


「⋯⋯ふん、雑魚(ざこ)が。殺(や)る気か。いいぜ、たっぷりと遊んでやるよ、どこからでもかかってきな。その根拠の無い自信に満ちた得意な顔(つら)を、柘榴(ざくろ)のようにズタズタにしてやるよ。此処(ここ)で早速刑の執行だ」

 

 鎌足(かまたり)の戦意を前にしても不敵な笑みを浮かべ続ける麒麟(きりん)は、棒立ちしたまま右手に持つ刀をゆっくりと肩の位置まで上げた。

 そして右半身をやや前に乗り出し、まるで刃の切っ先で鎌足(かまたり)を指すような不思議な構えを取った。


(⋯⋯ッ! この型は!? ⋯⋯初めて見る)


 上段でも中段でも下段でもなく、袈裟懸けでも突きでも、ましてや抜刀の構えでもない。

 片手で刀を相手に向けただけの、奔放すぎる構え。


(隙ばかりじゃないか! だが⋯⋯)


 真っ直ぐに鎌足(かまたり)に向けられた切っ先。

 その刃の陰から、麒麟(きりん)の余裕と狂気の瞳が並んで見える。

 そのぴんと伸ばした腕の先、妖しく光る切っ先は、その名前の通り、まるで伝説の聖獣(せいじゅう)━━麒麟(きりん)の角のように思えた。

 そして今まで見たことがないこの変則の型は、鎌足(かまたり)に大きな動揺と攻撃への戸惑いを与えていた。

 

 ⋯⋯胸を目がけて突いてくるかもしれない。

 横に胴を薙ぎ払ってくるかもしれない⋯⋯。

 ⋯⋯それとも顔面を狙い斬り上げてくるのか。


 麒麟(きりん)の動きが読めきれず、鎌足(かまたり)は次の動きへと移れない。


(⋯⋯く、くそっ)


 一足飛びでは刃の届かない間合いを互いに保ったまま、凄まじい殺気を放つ二人の睨み合いが続いた。


 鎌足(かまたり)の心を見透かしたのか。

 麒麟(きりん)が鎌足(かまたり)を煽(あお)り始めた。


「はっ、おいおい、何だ、さっきの威勢はどうした? 俺の構えに怖気(おじけ)付いたか? ⋯⋯来いよ、”忍“とやらのくだらねぇ技、どんなものか見せてみろよ」


「くっ! 御前こそ! 私の鬼切丸(おにきりまる)が怖いんだろう!」


 その挑発を受けて、鎌足(かまたり)が先に動いた。


(⋯⋯大丈夫だ、恐れる必要は無い、はったりの構えだ)


 麒麟(きりん)の一挙手一投足に細心の警戒しながら、鎌足(かまたり)は少しずつ少しずつ間合いを詰めていった。


「来い、雑魚(ざこ)。骨まで切り刻んで刀の錆(さび)にしてやるよ」


 少将(しょうしょう)は身動き一つせずに、刀の切っ先を鎌足(かまたり)に向けたまま待ち構えている。


「⋯⋯な、何だと!? ⋯⋯ふん、御前の剣なんて子供の飯事(ままごと)と同じなんだよ!」


 麒麟(きりん)を罵(ののし)る鎌足(かまたり)の足元、地を踏みしめる摩擦音が小さく響く。

 互いの間合いは半歩分、縮まっていた。



 ⋯⋯鬼切丸(おにきりまる)の刃が麒麟(きりん)に届くか届かないか。


 何度か地面にじりじりとした摩擦音が響かせた鎌足(かまたり)は、そんな間合いの際(きわ)にまで接近していた。


 まさに一触即発。

 互いに間合いの余裕は無い。

 後に残された駆け引きは限られている。

 鎌足(かまたり)か麒麟(きりん)か。

 二人のうちどちらが先手を取って仕掛けるのか。

 それだけだった。



「⋯⋯ふん、俺に歯向かう奴は絶対に殺す!」


「⋯⋯くっ、絶対に御前はだけは許さない!」



 お互いの殺気と戦意が最高潮に達した瞬間━━━━。






 ━━━━その見えない火花が散る生死の間合いを切り裂くように、凛とした男の声が響いた。



「⋯⋯止(や)めろ、麒麟(きりん)」



 叫び声ではない、大きな声でもない。

 落ち着き払った「制止」と「呼び名」の二言だけだったにも関わらず、まるで真空の刃のようなその言葉の鋭さ、そして言霊(ことだま)の命(めい)のような威圧の力に、名指しされた麒麟(きりん)の動きがぴたりと止まった。

 呼ばれていない鎌足(かまたり)すらも、同様にそのたった一声によって身体が止まった。

 


 一瞬にして鎮まっていく互いの闘気。


 そして静寂がその場に広がっていく。



 声のした方向⋯⋯。

 清涼殿(せいりょうでん)の奥へと続くあの廊下の角を、鎌足(かまたり)と麒麟(きりん)は同時に振り向いた。



 ⋯⋯その先には、一人の公家の男が立っていた。



 その男の凛とした美しい顔に、鎌足(かまたり)は見覚えがあった。

 そして男が右手に握っている豪華絢爛(ごうかけんらん)な鞘(さや)は、紛れもなく鎌足(かまたり)が追っていたあの妖刀⋯⋯『村雨(むらさめ)』だった。



「⋯⋯! ⋯⋯あ、綾麿(あやまろ)⋯⋯さ、ま」



 今まであれほど生意気な笑みを浮かべていた麒麟(きりん)が、明らかに動揺を見せながら”その名“を呟く。



「⋯⋯っ! ⋯⋯村雨(むらさめ)、⋯⋯不知火中将(しらぬいちゅうじょう)⋯⋯綾麿(あやまろ)」



 鎌足(かまたり)も鬼切丸(おにきりまる)を握りしめながら、麒麟(きりん)と同じように“その名”を呟いていた━━━━。




第22話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等、お待ちしています。

改稿履歴は全て誤字脱字等の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。

次回、第23話「二つの顔」は、2月9日に公開予定です。

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― 新着の感想 ―
スリリングな描写であっという間に読み終えてしまいました!⸝⸝꙳ 間をとって書いてあったりして読みやすく 工夫されてますね。うちは夜いい夢を見たいので、星空の写真集や薔薇園の写真集を見ていた時期があり…
なっ…生意気なガキでござるなぁ…(っ `-´ c)!!! これは短気な鎌足じゃなくても、腹が立つでござる!
2026/02/07 19:35 退会済み
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