↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編 弐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/106

第21話  再会

【登場人物紹介】

伊賀の鎌足(かまたり)━━━━

 江戸城の公儀御庭番(こうぎおにわばん)伊賀組の小頭(こがしら)の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎(げんさい)に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸(おにきりまる)』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。


甚左(じんざ)━━━━

 伊賀組の中忍。江戸から京都へ派遣された四人の忍のうちの一人。鎌足(かまたり)の京都での補佐役を務め、鎌足(かまたり)からの信頼も厚い。剣の腕も立ち、いつも優しい人格者。


平次(へいじ)━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足(かまたり)の身だしなみには特にうるさい。


大吾(だいご)━━━━

 伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験に乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。


 ━━━━「そしてまた裏門(ここ)か⋯⋯」


 正門から入る事を止められた鎌足(かまたり)たち四人は、今、裏門の前へ立っていた。

 突然の出仕(しゅっし)の表向きの理由は、昨日の無礼の詫びと、明日の東番に備えての視察。

 理由に疑問を抱かれないか不安な面もあった。

 しかし東番警備の正式な伝達も済んでいるためか、裏門の門番には特に不審がられることもなく、御所に入ること自体は呆気なく許可された。


 ただし⋯⋯。


「⋯⋯えっ!? 通れるのはまた私一人だけ!?」


 ⋯⋯担当番以外の日ということで、通ることを許されたのは鎌足(かまたり)一人だけだった。


 全くもって予定外の事態の連続に、四人は顔を顰(しか)めて無言で見つめ合う。


(⋯⋯はぁ。狸(たぬき)や狐(きつね)みたいな胡散臭い公家たちと、また一人で化(ば)かし合いをしないといけないのか)


 鎌足(かまたり)は溜め息しか出ない。

 早くも計画の全面見直しに直面した四人だったが、鎌足(かまたり)一人だけでも中に入ることができるのは、まだ良しと考えなければならなかった。


「仕方ありません。我々は外で待つとしましょう」

「また明日出直しか。折角色々と用意したのだが」


 甚左(じんざ)と平次(へいじ)が残念そうに呟く。

 しかし謁見(えっけん)を既に終えているため、昨日よりは鎌足(かまたり)の内裏(だいり)での行動に対する心配が少なくなっているためだろうか。

 鎌足(かまたり)を見送る表情は、三人ともに昨日よりは穏やかだった。


「小頭(こがしら)、私たちのことは気にしないで行ってきてください。先に帰らないでちゃんと三人で待ってますからね。公家たちの嫌がらせにはどうか負けずに! 応援してます!」

 

 鎌足(かまたり)の背中を、大吾(だいご)の明るい声が後押しする。


「ごめんね、皆。また待たせることになっちゃって。今日は半刻(※1時間)と少しだけにするよ。暮れ六つの鐘が鳴るまでには絶対に戻ってくるから」


 丸腰であることを裏門の門番に意識させるため、忍刀や手裏剣を大吾(だいご)に渡し、鎌足(かまたり)はなるべく明るく元気に答えた。

 しかしその内心は違っていた。

 笑顔で見送る三人とは対照的に、鎌足(かまたり)の足取りは重たかった。


(私を止める人間が誰も居なくなってしまったな。⋯⋯うーん、さて。公家たちの嫌がらせ次第だけど、怒りが抑えられなかったらどうしよう。もしかしたらこの鎖で何人かの首を絞めちゃうかも⋯⋯、⋯⋯はぁ)


 三人に背中を向けてから、一気に鎌足(かまたり)の表情が曇(くも)る。

 その背後で扉が軋(きし)む音、そして裏門が閉じられる音が響いた。



 ⋯⋯もう後戻りはできない。



(⋯⋯さて、と。刻(とき)は限られている。気を取り直して任務だ、任務。さあ、改めて内裏(だいり)を調べなきゃ。どんな思考の人間がいるか。重要人物の集まる場所は。徳川の治世の脅威となりそうな武器の有無は。⋯⋯そして帝は)


 鎌足(かまたり)は目の前を歩く男の背中を見つめた。

 御所の中を一人で自由に動き回る事ができたら良かったのだが、今日もまた昨日と同じ案内役の男に先導されていた。

 

(流石にそこまではまだ信頼が無い、という事か)


 案内役に動きを制限される中、一人で任務をこなさなければならない不安は大きかったが、そこは偵察を生業(なりわい)とする伊賀の忍。

 昨日一度目にした内裏(だいり)の間取りは、完全に頭に入っている。

 初日よりはまだ気持ちの落ち着きは早かった。


 昨日と同様に刃先を白布で巻いた鬼切丸(おにきりまる)に加え、今日は鎌袋も腰の後ろに忍ばせて、更に新しい羽織や仕込み袴(はかま)によって、脚の鎖も上手く隠すことができている。

 昨日のように鎖が擦れる音も無く、丸腰であることを信じきっているのだろう。

 案内役にも何も咎(とが)められなかった。

 下に着込む忍装束を撫で、上の羽織の袖をひらひらとさせながら、鎌足(かまたり)はほくそ笑んだ。


(誰もこの羽織や袴の下に、忍装束や鬼切丸(おにきりまる)どころか鎖鎌まで装備しているなんて、気付かないだろうな。⋯⋯へへへ)

 

 四人で話し合った当初の予定では、今日は時間の許すかぎり、内裏(だいり)の各所状況を探ることが第一の目的。

 そしてあわよくば帝の執務室や寝所を探る。

 そのはずだった。

 しかし今、実際に内裏(だいり)へと身を委ねた鎌足(かまたり)の思考は、全く違う方向へと向いていた。

 つい先程すれ違った中将(ちゅうじょう)、綾麿(あやまろ)。

 そして『村雨(むさらめ)』と呼ばれる、鬼を斬る謎の妖刀。

 この二つへの興味が、今の鎌足(かまたり)の頭の中の大部分を占めていた。


(⋯⋯まず、あの中将(ちゅうじょう)を探ってみなくては。あの男⋯⋯、内裏(だいり)の何処(どこ)へ消えた?)



 昨日の謁見(えっけん)時は通らなかった長い回廊を通り、美しい庭園を望みながら、案内役から各広間や詰所の一つ一つを、昨日の続きとばかりに細かく説明されていく。


 その際、通り過ぎていく文官の公家たちの、冷ややかな視線は相変わらずだった。

 鎌足(かまたり)はそんな公家たちに面会をする度、廊下ですれ違う度、深く頭を下げて昨日の謝罪の言葉と共に、今回の東番頭(ひがしばんがしら)就任の挨拶を繰り返した。


(分からぬ。近衛(このえ)大将(たいしょう)殿は、何故にあのような小汚い江戸者を東番に据えるのじゃ? 気でも違えたのかや)

(何でも神聖な紫宸殿(ししんでん)で大暴れたしたそうじゃ、何(なん)とまあ、無礼千万(ぶれいせんばん)な田舎者であろうか)

(実は女子(おなご)とか言う噂は真(まこと)かや? しかも忍(しのび)の者じゃと。これは生粋(きっすい)の下賤な生き者じゃ)

(きっと本日も妖しげな刀、鬼切丸(おにきりまる)とやらを隠し持っておじゃる。麿(まろ)を斬る気かも、おお、こわいこわい⋯⋯)


 相手の心の声が、四方八方から漏れ聞こえてくる。

 頭を下げたすぐ眼前から聞こえることすらあった。


 昨日起こした火種は、御所のあちらこちらでまだ燻(くすぶ)り続けているらしい。

 鎌足(かまたり)に注がれる公家たちの目は、昨日よりも不信感や猜疑心(さいぎしん)がより一層に増している気がした。


(昨日の謁見(えっけん)時に鬼切丸(おにきりまる)を抜いた事と、女子(おなご)ながら警備主任の東番頭(ひがしばんがしら)に就任した事⋯⋯、たぶんこの二つが原因かな。いや、女子(おなご)ながら、こんな男子の格好をしているのも気に食わないのかもな)

 

 ただ一つ救いだったのは、昨日の謁見(えっけん)の儀は、位階(いかい)の高い文官しか出席していなかったこと。

 内裏で顔を合わせやすい位階(いかい)の低い文官たちの間では、鎌足(かまたり)が起こした不祥事や言動は、噂話の域を越えてはいなさそうだった。


(でも噂にしても、もうこんなにも広まって騒がれまくっているとは。⋯⋯まあ、あんな事をすればそりゃそうか。⋯⋯それにしても)


 ⋯⋯公家はきっと「心で言葉を留めておく」という事が出来ない生き物なのだろう。

 

(やっぱり、皆、殺(ころ)⋯⋯)


 また良からぬことを考えて始めてしまった所で、鎌足(かまたり)は今日もまたぶんぶんと首を横に振って、気持ちを切り替えた━━━━。






 ━━━━「⋯⋯で、昨日は驚かれたでしょう。紫宸殿(ししんでん)は代々、宮中の重要な行事にだけ使われるので、参上する位階(いかい)の高い文官の皆様は、これ見よがしに普段よりも白粉(おしろい)を濃く派手に塗って、御自身の身分の高さを顕示しあっているのですよ。普段はもっと白粉(おしろい)は薄いですから」


「⋯⋯ああ、なるほど。そうだったのですね。びっくりしました。紫宸殿(ししんでん)は少し暗いから、死人(しびと)の面がずらっと並んで居るようにすら見えましたよ」


 案内役ととりとめもない話をしながら歩く渡殿(わたどの)や回廊からは、綺麗に手入れをされた中庭が今日もまた幾つも見える。


(わぁ、綺麗だなあ、御所で見る桜がこんなに素晴らしいなんて)


 鎌足(かまたり)は特に広大で立派な中庭の前にさしかかった時、思わず立ち止まっていた。


 立ち並ぶ美しい満開の桜の木々。

 桜に映える、橋が架けられた美しい池。

 そして暖かな春の息吹を浴びながら、枝からひらひら舞い落ちる桜の花弁(はなびら)。


 その美しさは格別だった。

 日本(ひのもと)ならではの風情(ふぜい)や風流を感じずにはいられなかった。

 鎌足の胸や目頭が自然と熱くなる。


(⋯⋯帝や人や京の町だけじゃない。この景色も、鬼から絶対に守らなきゃ)


 鎌足(かまたり)は改めて日本(ひのもと)の悠久の歴史に、自身の使命や想いを重ねていた。


(⋯⋯でも、この庭園⋯⋯、桜の木々の並びといい、歴史を感じる燈籠(とうろう)や石塔の配置といい、前に何処(どこ)かで見たことあるんだよなあ。気のせいかなぁ。⋯⋯まあ、そうだろうな。だって⋯⋯)


 ⋯⋯鎌足(かまたり)の想像以上に、この御所は広かった。

 そしてそれ故(ゆえ)に、似たような景色もたくさんあった。


 案内役によれば、昨日の紫宸殿(ししんでん)を小さくしたような小神殿と呼ばれる部屋も、内裏随所に幾つも配置されているらしい。

 区別したり覚えるのが困難な程に、部屋や庭園の数は鎌足(かまたり)の想像を遥かに超えていた。


(内裏(だいり)の全容は少しずつだけど見えてきたぞ。でも⋯⋯)


 裏門から入って、早くも四半刻(しはんとき)(※30分)は過ぎているだろう。

 肝心の裏の任務に於いては、今の所は聞くもの見えるもの、何一つ心に留めて置くべき新しい事柄、役に立ちそうな情報は無い。

 昨日ちらりと垣間見えた鬼の痕跡(こんせき)も、今日はまるで見当たらない。


(何度も襲撃を受けているはずなのに。⋯⋯鬼が暴れた爪痕(つめあと)は全て、その都度すぐに修復しているのかもな。とすれば、昨日目にした痕跡は割と真新しい傷(もの)なのか? ⋯⋯そういえば正門の門番さんが言ってたな。確か、あの中将(ちゅうじょう)綾麿(あやまろ)って武官の公家が、つい最近鬼を斬ったとか何とか。⋯⋯昨日見た鬼の痕跡はもしかして⋯⋯)


「⋯⋯こちらからは女官たちの寝所です。その後は小神殿の幾つかを案内致します」


 鎌足(かまたり)の心を知る由もなく、案内役は流れのまま次の部屋に鎌足(かまたり)を案内しようとする。

 暮れ六つまでの限られている時間を、重要性の低い情報で潰されてしまうわけにはいかない。

 鎌足(かまたり)は思い切って、気になっていた事を口に出してみることにした。

 


「あの、御案内役(あないやく)殿? えっと⋯⋯、本日は帝は位の高い武官の方々との定例の評議を行っている、と門番さんから聞いたのですが、⋯⋯折角なので御近くまで案内して頂けないでしょうか?」


 鎌足(かまたり)の辿々しい問いかけに、案内役の男は訝(いぶか)しげな表情を浮かべながら、無言で鎌足(かまたり)をじっと見つめている。


(わ、まずい事を聞いちゃったかな)


 鎌足(かまたり)が内心少し慌てた。



 ⋯⋯その時。



 遠くから鎌足(かまたり)に向かって呼びかける、男の子の声が聞こえた。


「⋯⋯⋯⋯お姉ちゃーーーん!」


 鎌足(かまたり)が、声のした方向、渡殿(わたどの)に面した中庭を振り返る。

 その視線の先には、昨日鞠を拾ってあげた男の子と、あの美しい少女の姿が在った。

 男の子は、鎌足(かまたり)に向けて満面の笑みを浮かべながら手を振ってくれている。

 少女も男の子と手を繋ぎながら、鎌足(かまたり)に優しく微笑みかけてくれていた。

 

「あ、あの子たちだ」


 男の子が嬉しそうに鎌足(かまたり)に駆け寄ってくる。

 次の瞬間には、鎌足(かまたり)は、足袋(たび)のまま中庭に飛び降りていた。


「あっ、御使者殿!? また!?」


 背後の案内役の焦った声もまるで気にしない。

 自分のことを「お姉ちゃん」と読んでくれたこの二人にまた会えた。

 その喜びで鎌足(かまたり)はいっぱいだった。


「お姉ちゃん、また会えたね、嬉しいなあ」


「そうだね、昨日は話が途中になってごめんね」


 鎌足(かまたり)は頭を掻きながら、頬を赤らめて照れ臭そうに笑った。


「さくちゃん、良かったね。鞠(まり)のお姉ちゃんにまた会えて」


 少女も男の子の後に続いて鎌足(かまたり)の傍に来てくれた。

 少女の頭には、桜の花の綺麗な髪飾り。

 それが美しい黒髪と和装に一際映えていて、鎌足(かまたり)の目には少女がまるで天女のように映っていた。


(⋯⋯わ、やっぱり綺麗な子だなぁ、舞い散る春の桜と一緒に見ると格別に美しいや)


 少女のあまりの美しさに、鎌足(かまたり)の頬は更に紅(あか)くなった。


「昨日、貴女(あなた)様にお会いしてからずっと、さくちゃん、この調子なんですよ。お姉ちゃんにまた会いたい、次はいつ会えるかなあ⋯⋯、なんて、うふふ」


 袖を口に当てて楽しそうに笑う少女からも、鎌足(かまたり)と再会できた喜びが伝わってくる。


 裏の世界に生きるのが生業(なりわい)の伊賀忍軍。

 鎌足(かまたり)は今までに、子供や同じ年頃の女性と話をしたりする経験がほとんどなかった。

 ましてや懐(なつ)かれる、という経験になると初めてのことだった。

 自然とその笑顔もぎこちなくなる。


「⋯⋯あ、そう、なんだ。へ、⋯⋯へへへ」


「ねえお姉ちゃん、何で御所にいるの? 明日も明後日もいる? 僕、お姉ちゃんともっとゆっくり話したり、遊びたいなあ」


 少女に「さくちゃん」と呼ばれた男の子は、鎌足(かまたり)の腰に抱きつきながら、鎌足(かまたり)の顔を純粋な瞳でじっと見上げて、返事を待っている。

 不慣れな状況に、鎌足(かまたり)の返事はしどろもどろになった。


「⋯⋯あ、えと、私はね、江戸から来たんだけど、この御所を護る任務が決まって、東番(ひがしばん)って言うんだけど、分かるかなあ? ⋯⋯あ、でも、任務は今日じゃなくて、明日の五つ刻(どき)を回ったくらいからなんだけど、四日に一度は此処(ここ)にやって来て、今日は今日で、昨日ごめんなさいの挨拶とか、あとは秘密の偵察とか、って? あ⋯⋯」


 そしてうっかりと、”秘密の偵察“という言葉まで口にしてしまっていた。


(⋯⋯しまった)


 咄嗟に廊下の案内役の方を横目で窺(うかが)う。

 庭へと降りる草履を持っていない案内役は、足を庭に降ろしかけては引っ込めたり、また降ろそうとしたり、鎌足(かまたり)を止めに入るべきかひたすら思案に暮れている。

 どうやら距離があったのが幸いして、鎌足(かまたり)のこの失言は聞こえていなさそうだった。

 目の前の男の子や少女の方も、ぎこちなさすぎた鎌足(かまたり)の反応や仕草の方が面白かったようで、にこにこ無邪気に笑みを浮かべ続けている。

 鎌足(かまたり)が漏らした言葉の真意など、全く気にも止めていない様子だった。


 (⋯⋯ほっ)



 男の子は笑顔で鎌足(かまたり)に話続ける。


「⋯⋯うーん、よく分からないけど、またたくさん会える、ってことだよね? 良かったあ」


 話があまり理解できなかった男の子とは違って、少女の方は男の子よりは内裏(だいり)の事情に詳しく、また鎌足(かまたり)の言いたいことの一部が伝わったのだろう。

 少し畏(かしこ)まった表情で、鎌足(かまたり)に優しく語りかけ、お辞儀をしてくれた。


「⋯⋯鬼から、私たちを守ってくださってるんですよね。本当にありがとうございます。中将(ちゅうじょう)様の代わりに明日から新しく東番をお務めになる御方がいる。そしてその御方は江戸から来られた方、そう今朝聞きました。それが貴女様だったのですね。確かお名前は⋯⋯」


「⋯⋯あ、草刈りの鎌に足って書いて、鎌足(かまたり)だよ」


 それを聞いた男の子はけらけらと笑った。


「えー? かまたり⋯⋯? 変な名前だなあ」


「⋯⋯でしょう? 名前を付けられた時、すっご〜く、嫌だったんだよ、お姉ちゃんも」


 男の子の素直な感想に、鎌足(かまたり)は笑顔でおどけた。


「さくちゃん? お姉ちゃんにそんな失礼な事を言っては駄目でしょう!」


 少女がすぐに男の子を戒めるものの、当の鎌足(かまたり)は男の子の発言をまるで気にはしていない。

 むしろ得意気に、にやりと微笑んだ。


「でもね、今ではすっご〜く、気に入ってるんだよぉ。大切な人から貰った名前だからね」


 少女からの注意と、鎌足(かまたり)の「大切な人から」という言葉。

 自分の失言に気づいた男の子は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら鎌足に謝った。


「鎌足(かまたり)お姉ちゃん、名前を笑ってごめんなさい。えっ、と⋯⋯、僕の名前は、さく、って言うんだ。櫻(さくら)、って書いて、さく、だよ。七歳だよ」


 あどけなさが残るとはいえ、きっとしっかりした教育を受けているのだろう。

 きちんと非礼を謝る所も含め、男の子の育ちの良さがこの返事や態度からも窺(うかが)えた。


「私はね、十六歳。美しい桜って書いて、美桜(みお)って言うの。さくちゃんとは姉弟(きょうだい)なの。よろしくね」


(へぇ⋯⋯、二人とも桜の名前が付いてるんだ)


 鎌足(かまたり)は満開に咲き誇る、中庭の美しい桜の木々を改めて見上げた。


(今の季節にぴったりの名前だなぁ)


 年齢を告げてくれた二人に対して、鎌足(かまたり)は再び頭を掻きながら恥ずかしそうに答えた。


「私は十七歳? くらいかな。たぶん。⋯⋯へへ、改めてよろしくね」


「十七歳くらい? 可笑しいこと言うなあ」


 男の子⋯⋯櫻(さく)は、まるで春のあたたかな陽射しのように、楽しそうに笑う。

 美しい少女⋯⋯美桜(みお)もまた、春のあたたかな風のように、優しく笑う。

 そしてそんな二人に囲まれた鎌足(かまたり)の顔にも、忍でもなく援軍の剣士でもない、十七歳の年頃の女子(おなご)らしい、爽やかで無邪気な笑顔が在った。



 しかし楽しい時間は、唐突に終わりを迎えた。

 会話がなかなか終わらないことに痺れを切らした案内役が、意を決して中庭へと降りてきたのだ。

 そして昨日と同じように慌てふためきながら、三人の会話に口を挟んできた。


「⋯⋯ッ、鎌足(かまたり)様! 昨日も言いましたが、この御二方(おふたり)とは気軽に話をするのは控えてくださいませんか! 私が怒られてしまいます故(ゆえ)。さあ、評議に用事がお有りなのでしょう、本来は禁じられてはいるのですが、代わりに特別に近くまででしたら案内(あない)致しますので。さあ! さあ!」


 ⋯⋯そしてまた鎌足(かまたり)の背中を無理やり押して、その場から遠ざけていった。


「⋯⋯ちょ、ちょっと、⋯⋯あ、案内役(あないやく)さんっ、お、押さないで、⋯⋯は、話の真っ最中なのに。⋯⋯は、はは。またこんなお別れになっちゃって、ごめん、今日はもう行くね」


「またね! お姉ちゃん!」

「また、お話しましょうね」


 これからも鎌足(かまたり)に会えることを、心から嬉んでくれているのだろう。

 廊下の角に押し込まれていく鎌足(かまたり)の背中が見えなくなるまで、昨日と同じように二人は笑顔で手を振り続けてくれていた。


「⋯⋯またね、さくちゃん、美桜(みお)!」


 鎌足(かまたり)もまた名残惜しそうに、二人の姿が見えなくなるまで懸命に手を振り続けていた。

 案内役(あんないやく)に押され、角を完全に曲がり切って、二人の姿が完全に見えなくなる。

 その途端、鎌足(かまたり)の手がぴたりと止まった。


(⋯⋯しめた)


 鎌足(かまたり)は実はこの時、姉弟二人に対しての純粋無垢な笑顔と共に、心の中では打算的な黒い笑顔も浮かべていた。

 

 それは、思いがけない案内役の提案に対する、忍としての“してやったり”の薄ら笑み。

 

 会話を止めに入った案内役。

 その言葉を聞いた瞬間、無邪気に微笑んでいた鎌足(かまたり)の心は、十七歳の女子から伊賀忍の小頭(こがしら)へと戻っていた。

 

(⋯⋯ふっ。よし。櫻(さく)ちゃんと美桜(みお)のお陰で、図らずも願いが叶ったぞ。⋯⋯帝や中将(ちゅうじょう)が居る評議の場の近くまで、上手く潜り込めそうだ)━━━━。







 ━━━━それから程無く。


 壁の装飾が一段と派手で煌(きら)びやかになった通路を抜けた先。

 石塔に周囲を囲まれた中庭に面した、御所最深部の廊下。

 その廊下を少し進んだ先の角(かど)の手前に、鎌足(かまたり)と案内役は立っていた。


 暮れ五つを告げる晩鐘が、再び内裏(だいり)に鳴り響く。

 ちょうど五つ目の鐘が鳴り終えた時、案内役が渋い表情を浮かべながら、重い口を開いた。


「⋯⋯鎌足(かまたり)様。この廊下の先が目的の場所。後はこの角(かど)を曲がれば、此度(こたび)の評議の場、清涼殿(せいりょうでん)へと繋がっている回廊になります。もはやこの先においては帝の日常生活の場も兼ねていますので、我々のような下級の官吏は、立ち入る許可すら与えられてはおりません。さあ、もう暮れ五つ、今日はこれまでとしましょう。仲間の皆様も待っておられます。裏門へお連れ致します」


(⋯⋯この先に帝が。⋯⋯そしてあの中将(ちゅうじょう)が。⋯⋯村雨(むらさめ)が!)


 鎌足(かまたり)の胸は高鳴った。

 無意識に足が前に出る。


(いやいや、何をしている、今日はここまでだ)


 そしてその足をすぐに止める。


 鎌足(かまたり)の脳内で、行くか戻るか、二人の鎌足(かまたり)が戦いを繰り広げていた。


(⋯⋯我慢しなきゃ。今日は時間が無い。⋯⋯でもこの機会を逃す手は、⋯⋯無い)


 そして最後は、誘惑が勝った。

 もしかしたら鎌足(かまたり)もまた、かつて村雨(むらさめ)を欲した者たちと同じように、妖刀の魔力に魅入られていたのかもしれない。

 それ程までに、気持ちは逸(はや)っていた。


「御案内役(あないやく)殿、御配慮痛み入ります。⋯⋯ああ、なるほど、なるほど。この場所だけは絶体に鬼から死守せねばなりませんね。⋯⋯なら、この先を知ることも大事かぁ。⋯⋯あ、そうだ。⋯⋯あの、⋯⋯この角の先、ちらっと一目だけ、覗いてみても良いでしょうか?」


 鎌足(かまたり)は案内役に頭を下げて懇願していた。


「⋯⋯!? えっ、困ります、この先は」


「一目だけ、ちらっと、です。駄目でしょうか?」


「⋯⋯⋯⋯」


「大丈夫です、絶体に内密にしておきますから」


「⋯⋯⋯⋯」


「明日からこの京都御所を命を賭して守る、その大切な任務のためにも、ぜひ一見(いっけん)の機会を!」


 案内役は困り顔のまま、固まっていた。

 鎌足(かまたり)は熱を帯びた言葉を畳み掛ける。


「⋯⋯お願いです、どうか一目だけ」


 そして案内役は、鎌足(かまたり)の尋常ではない熱意を前に、⋯⋯遂に折れた。


 これがもし昨日だったならば、恐らく案内役は決して許可は出さなかっただろう。

 鎌足(かまたり)が、自分たちを鬼から守る役目の東番頭(ひがしばんがしら)に正式に決定している事や、二回目の案内で少し打ち解けていた事が大きな後押しになったのかもしれない。

 

「⋯⋯本当に、一目(ひとめ)だけですよ?」


「(⋯⋯っ! よし!)、ありがとうございます。絶対に約束します」


 鎌足(かまたり)は案内役に改めて感謝を込めて深く深く頭を下げると、廊下の角に向かってゆっくりと歩みを進めた。



 ⋯⋯禁忌(きんき)の角。



 ⋯⋯あと、ほんの数歩。



 ⋯⋯こっそりと、覗き見るように。



 廊下をすり足で歩くように角へと歩み寄った鎌足(かまたり)は、角の向こう側に顔と半身だけを乗り出そうとした。



 ⋯⋯その時。



 何者かの影が鎌足(かまたり)の視界を過(よぎ)る。


 角を曲ってこちらに向かう人影と、覗き込む鎌足(かまたり)。


 肩と肩がぶつかった。


「⋯⋯ッ!、と!?」


 思わぬ事態に鎌足(かまたり)の小声が漏れる。


 忍の本能が働く。

 ぶつかった瞬間には、鎌足は咄嗟(とっさ)に後ろの中庭へと飛び退(の)いていた。


(誰かとぶつかった?)



 鎌足(かまたり)とぶつかった人影は、廊下の角、目の前に佇んでいた。


 その人影は━━白紙の紙垂(しで)を飾られた白鞘(しろさや)を左手に握りしめ、薄墨(うすずみ)色と薄黄色を基調とした狩衣(かりぎぬ)を纏う、⋯⋯少年の公家だった。



(⋯⋯何故(なぜ)こんな場所に少年が!? しかも私よりも若い⋯⋯!?)



 烏帽子(えぼし)の下、まだ幼さを残したその顔立ちから、おそらく齢(よわい)まだ十五、十六歳くらいだろう。

 白粉(おしろい)もお歯黒(はぐろ)も無く、背丈も鎌足(かまたり)よりも低く見える、齢(よわい)相当の物腰の柔らかそうな小柄な少年だった。


 その少年は、鎌足(かまたり)と案内役(あないやく)の方を不思議そうに見つめながら、何も言葉を発することも無く、禁忌(きんき)とされた角でじっと佇んでいる。



 その姿に、案内役があからさまに狼狽(うろた)え焦り、がたがたと震えながら呟いた。


「⋯⋯ッ!? ⋯⋯ひっ、⋯⋯ひ、樋(ひ)ノ口(くち)少将(しょうしょう)、⋯⋯麒麟(きりん)様!?」


(えっ⋯⋯!? ⋯⋯この子供が、し、少将(しょうしょう)!?)


 案内役の異様なまでの萎縮と震える声、そして意外な言葉に、鎌足(かまたり)は驚いて目を丸くしながら、改めて少年を凝視した。

 

 その鎌足(かまたり)の視線に、少年がやんわりと表情を崩した。

 そして目を細めながら、鎌足(かまたり)に向かって優しくにっこりと微笑みかけた。


「⋯⋯は、はは。⋯⋯や、⋯⋯やあ、どうも。⋯⋯ご、ごきげんよう、⋯⋯し、少将(しょうしょう)⋯⋯、様?」


 鎌足(かまたり)が何気ない挨拶の言葉を呟いた、その時。

 少年は突然、その穏やかな目を大きく見開いた。



 ⋯⋯その瞳は、野に放たれた獣のように鋭く。



 そして凄まじい狂気を孕(はら)んでいた⋯⋯。



「⋯⋯ッ、たく、痛えな。⋯⋯誰だ、御前」━━━━。




第21話も最後までお読み頂きありがとうございました。

創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等もお待ちしています。

改稿履歴は全て誤字脱字等の訂正です。内容は全く変わっていませんので御安心ください。

次回、第22話「少将 麒麟」は、2月6日もしくは7日に公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
立ち並ぶ美しい満開の桜の木々。  桜に映える、橋が架けられた美しい池。  そして暖かな春の息吹を浴びながら、枝からひらひら舞い落ちる桜の花弁はなびら。 もうすぐ桜の季節✿.•¨•.¸¸.•¨•.¸¸❀…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。