第107話 旅立ちの朝 〜前編〜
【登場人物紹介】
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の半刃『鬼切丸』と共に、鬼が現れた京都に援軍として派遣された。裏では極秘に朝廷探索の密命も帯びていたが、”見えざる敵“の侵攻による伊賀危機の報に、一時御所を離れる事を決断する。鬼切丸の残りの半刃を求めて出羽へ旅立つ。
道中訪れた怪村での事件を経て、『六歌戦』燈十郎と知り合い、遂に“見えざる敵”の正体を知る事となる。
御影燈十郎━━━━
浪人笠を被り、背中に般若の割面の絵柄の羽織を纏う剣豪、かつ日本『六歌戦』の一人である人格者。あらゆる剣客武人の頭領の証と名高い、『国士無双正宗』が愛刀。百八の流派の剣技を会得し、京御所から「鬼狩隊」隊長として鬼を遊撃する任を帯びている。基本寡黙だが口を開けば饒舌、笠の下から明朗な笑顔を覗かせる。
━━━━長い夜が明けた。
山際に沿った光の蛇行、水平線に連なる長い光の帯は今、ゆっくりと線から円へとその形を変えながら、その輝きを増していく。
⋯⋯黎明。
夜明けに準えて、新しい何かの始まりを告げる瞬間。
この美しい情景は、この時の鎌足と燈十郎にまさに相応しい言葉だった。
暖かな光が、二人の顔を燦々と照らしていく。
小さな身体全身で全ての光を受け止めるように両手を広げ、鎌足は気持ち良さそうに背伸びをしていた。
燈十郎はそんな鎌足の背に向けて穏やかな笑みを浮かべると、何かの合図のように笠の端に手を添える。
そして訪れた”その時“を、鎌足へと告げた。
「さて、日の出という事は、そろそろ、でもあるな」
「⋯⋯うん、そうみたいですね。名残は惜しいですが」
小さく、小さく、鎌足はこくりと頷く。
燈十郎の言葉には敢えて具体的な言葉は無い。
しかしそれでも何処か寂しさを纏ったその表情や声から、鎌足もすぐにその言葉の意味を悟っていた。
⋯⋯別れの刻。
「最後に拙者から一つ聞こう。鎌足殿の行先は出羽国との事。そして鬼切丸を熱心に眺め、思いを馳せていた所を見ると、出羽に奉納されている残りの半刃を求めて、役小角殿の元を訪ねるつもり。⋯⋯違うかな?」
「⋯⋯ッ! 役小角殿を御存知なのですか!? それに半刃の事も!?」
出会ってから短いこの間、何度も何度も見せていた、真ん丸に見開いた鎌足の目。
天真爛漫な性格が垣間見える、分かりやすい驚き顔。
最後までそれは変わらなかった。
燈十郎はにこりと笑う。
「また図星だな。ははは⋯⋯、至極分かりやすい。⋯⋯よし、ならば良い話を土産代わりに教えようか」
燈十郎は鎌足の横に並ぶように前へ出ると、鎌足と共に朝陽を眺めながら話を続けた。
「出羽の役小角殿には子息が居られてな。言わば次の役小角の名を継ぐ者。⋯⋯その名は“役大角”」
「小角様には御子息がいらっしゃるんですか。そっか、確か一子相伝の家系とか文には書かれていたっけ。⋯⋯役大角、殿か」
「小角殿は高齢、今は呪法の間に籠りきりでな。拙者とは面識は無い。⋯⋯が、その子息の大角とならば、拙者は何度か出羽の砦で会った事がある。剣を通して交わりがあってな。言わば旧知の仲、顔見知りというやつだ」
「⋯⋯えっ、大角殿と、燈十郎様は知り合い!?」
「大角はな、妖術や幻術に関してはまだ小角殿には及ばないが、剣の腕に関しては既に同等と言ってもよいはずだ。それに大角は相手の剣の悪癖や欠点を見抜く事には、誰よりも長けている。もし機会があれば大角の師事を受けてみるとよい。あの者への一日の師事は、凡人の修業の一月に値すると言っても良いぐらいだからな」
「わぁ、これは良い事を聞けました。⋯⋯実は私はこの鬼切丸の刃と伊賀鎖鎌の刃、二つの武器を持ちながら、まだ上手く両用できていない気がするんです。⋯⋯是非に御指導、助言頂きたいな」
鎌足は鬼切丸と鎖鎌を軽く持ち上げると、苦笑いと共に燈十郎へとその二つの刃先を見せた。
しかし燈十郎の口元は、この時ばかりは先程の爽やかな笑みから一転していた。
その顔には武人としての厳しさが浮かんでいる。
「ただし⋯⋯」
「ただし?」
「生きて辿り着けば⋯⋯、の話だ」
「⋯⋯⋯⋯」
その場が一瞬、静寂に包まれた。
「⋯⋯万年雪に閉ざさた役小角殿の支配する集落は、まさに一つの国。砦は城と同じ。日々修験の中にある彼等との連絡手段は一切断たれ、文すらも決して届かない」
「⋯⋯はい。それは百地翁様からの便りで知りました」
「中に入るためには毎回、雪原雪林に潜む数多の罠を切り抜け、警備する修験者たちを説き伏せるしか、無い。顔見知りである拙者とて大角に会うのは一苦労。毎回、命懸けで向かうくらいなのだ」
「⋯⋯そっか。話には聞いて覚悟はしていましたが、大角殿と親しい仲、かつ類稀な剣の達人、燈十郎様をもってしても、それ程までに過酷な道なのですね」
鎌足は不安そうに、ぎゅっと唇を噛み締めた。
燈十郎の口元が再び緩む。
「案ずるな、鎌足殿よ。きっと大丈夫だ。拙者が知り得ている話によれば、鬼切丸と出羽に有るとされる刀とは、元は同じ一つの刀。⋯⋯そうだな?」
「⋯⋯はい」
「ならば、別れた刀同士は子が親を求めるように、また親が子を求めるように、互いにその名を呼び合い共鳴し合う。それが刀の宿命、⋯⋯縁というものだ。その手元の鬼切丸も然り。来たるべき時には、運命に導かれるように、必ずや一つの鞘と戻るはず」
「⋯⋯縁。⋯⋯運命に導かれて、一つに⋯⋯」
「⋯⋯そうだ。それに持ち主が運命を信じずに、そんな弱々しい心では⋯⋯、一体誰が信じる事が出来よう?」
「⋯⋯っ!」
日輪は既に完全にその姿を露わにしていた。
今、青々とした空に描かれているのは円輪。
人と人を繋ぐ⋯⋯縁、だった。
偶然に出逢った二人。
それもまた一つの運命。
燈十郎からの優しい励ましの言葉に、鎌足は最高の笑顔で返していた。
「はいっ! 鬼切丸と、自分の力を信じます!」
その笑顔は眩いばかりの日輪の光を受けて、きらきらと輝いている。
「⋯⋯その心意気だ」
頷いた燈十郎が、不意に口笛を吹く。
すると山の木々がざわざわと蠢き出した。
そして今に至るまで姿を見せようとしなかった、あの周囲から視線を放たれていた視線の主たち⋯⋯燈十郎配下の者たちが、木々の隙間や高い枝の上から次々と鎌足の前にその姿を現した。
それは帯刀した、五人の剣士だった。
男女混合、女性の剣士も一人居るように見え、その纏う衣も其々に異なっていた。
だが五人は何れも、翁面、女面、男面、鬼神面、天狗面など、能で使われるような面をその顔に付けている。
そして面の額にはどれも、実際の能面には存在しない”ある物“が生えていた。
それは座敷の亡骸の横に落ちていた面にも有り、また鎌足が嫌というほど目にしてきた、二本の鋭い突起物。
⋯⋯鬼の“角”があったのだ。
燈十郎の背後にずらりと横一列に並ぶ、鬼の能面を付けた謎の剣士たち。
(⋯⋯わわわ、何だ何だ)
前もって気配に感づいていた鎌足と言えども、そのあまりもの異様な姿にあたふたと戸惑いを見せる。
そんな鎌足に向けて、燈十郎が笑いかけた。
燈十郎の顔には見るからに、”案ずることはない“という言葉が浮かんでいる。
「⋯⋯この者たちは皆、拙者の志に賛同し、付いてきてくれた鬼を狩る仲間たち。⋯⋯”鬼狩隊“の面々だ」
「鬼狩隊? あ、そう言えば座敷で口にしていた⋯⋯」
「葬魂の術を駆使する残虐非道な鬼を狩るには、此方も人である必要は無い。人間としての情を捨ててこそ、鬼を滅する事ができる。この者たち⋯⋯鬼狩隊の隊士は、何れも拙者が身につけた百と八つの剣の流派、それぞれの道場主や高弟だった者だ」
「⋯⋯えっ、燈十郎様に流派や奥義の技を教えたばかりか、隊士となって鬼狩りに付いてきてくれている、と? ⋯⋯ならこの鬼の面の方たち一人一人が、燈十郎様の使う百八の流派、一つ一つの剣の達人ばかり!?」
「いかにも。その数、拙者が極めるに至った流派の数と同じ。拙者を含め、百と八名」
「⋯⋯凄い。ならば最強の軍団じゃないですか。皆さんが燈十郎殿を慕い、そして集い、更に使命をも共にしてくれているんですね。あぁ⋯⋯やっぱり流石だなぁ。友達少なそうな綾麿とは全然違うや。国士無双正宗と共に一声かければ、全国の剣客たちが動く。そう噂されるだけの事はあるなあ」
「⋯⋯ははは。皆が免許皆伝だからな、相当に強いぞ。先日全滅した御帝親衛隊の新たな隊員として就くよう、十数名は内裏から打診を受けているくらいの、拙者自慢の隊士。頼りと誇りにしている者たちだ」
「新たな親衛隊に? わぁ、そんな達人たちが内裏に入ってくれるなら、帝や美桜たちにとっても百人力間違い無しだ。⋯⋯あっ、でも、そのお面は何か意味が?」
「この面か? ふふふ⋯⋯、鬼を狩るのに人としての顔や声は要らぬ。人としての迷いや情けを断ち、鬼を超える鬼と化さなければ、戦いに勝つ事はできぬ。この面は人である事を捨て、鬼神を身に宿している証なのだ」
「証? でもそれだと、誰が誰か分からないのでは?」
「なに。顔は無くともその振るう剣技で誰が誰かは互いに分かる。あの屋敷で死んだあの者を含め、残念ながらこれまでに何人かは力及ばず斃れ、拙者の纏うこの衣の紅の徒花となってしまった⋯⋯」
燈十郎は羽織に縫われた白い花、その中に点在する赤い花の一つに触れながら、暫しの黙祷を捧げた後、鎌足にまた真っ直ぐな眼差しを送る。
「⋯⋯だが。それでもまだこうして百の同志が、鎌足殿同様、鬼たちと日々過酷な戦いを続けている。⋯⋯だから我々は━━━”仲間“だ。そうは思わぬか? 鎌足殿」
「⋯⋯えっ」
⋯⋯仲間。
それは互いの距離感を更に縮める、親しみに満ちた一言だった。
突然の事に鎌足は嬉しさと驚きが入り混じった表情できょとんとしている。
そして燈十郎も浪人笠という、自身が纏っている鬼の面をゆっくりと外していく。
虚飾や障壁の無い素の顔で、燈十郎もまた鎌足に向けて最高の笑顔を返した。
燈十郎の温かな言葉、そして仲間としての笑顔。
鎌足の目が自然と潤む。
「⋯⋯ありがとうございます、燈十郎様。⋯⋯私も、私も! 燈十郎様の京都での『六歌戦』の会合が上手く行く事を願っています。⋯⋯そして、いつの日か。京都だけではなく、江戸の平和も共に守る事ができる⋯⋯、そんな日が来るように心から願っています!」
「⋯⋯そうだな、そういう日が来るといいな」
燈十郎は静かに頷いた。
「⋯⋯あの、あと、⋯⋯暗くて、意地悪で、性格もひん曲がった綾麿の奴を、どうぞよろしく⋯⋯」
あと⋯⋯に続いた言葉。
それだけは無意識に出た一言だった。
燈十郎との打ち解けあった空気によって、鎌足はつい心の結び目を緩めてしまっていた。
(⋯⋯あ? あれ? ⋯⋯げ⋯⋯しまった。口が滑った。余計な話をしちゃった)
鎌足が気恥ずかしそうに俯く。
そんな鎌足を見つめながら、燈十郎はただにやにやと笑い続けている。
(やっぱりな⋯⋯、拙者の読み通り)
そして黙ってもう一度、頷いた。
「⋯⋯しかと承ったぞ」
「⋯⋯え、あ⋯⋯う、あ。⋯⋯よ、よろしくです。⋯⋯あっ、でも私に出会った経緯は、なるべく綾麿には話さないようにお願いします、燈十郎様?(⋯⋯だって道に迷った挙句に山道から滑り落ちて、鬼に食べられそうになったなんて、恥ずかしくて言えないよ)」
俯いていた目を鎌足が上げると、何故か燈十郎は今度は何かを考え込むような仕草をしている。
「⋯⋯うーん。ずっと思っていたが、燈十郎⋯⋯様、の呼び名は堅いな」
「⋯⋯え、じゃ、じゃあ燈十郎殿? それとも先生?」
「⋯⋯ははは、殿、先生も一緒だ。他人行儀で堅苦しい。拙者たちはもう“仲間”同士なのだから、気楽に“様”や”殿“ではなく、付けるならば⋯⋯、そうだな、あの屋敷での“浪人さん”呼び同様に、せめて“さん”でいい」
「⋯⋯えっ、“さん”付けで? 」
燈十郎は徐に懐から袋を取り出した。
そして袋を鎌足に向かって軽く投げた。
ふわりと陽の光の中を舞う袋を、鎌足は両の掌でしっかりと受け止める。
「これは⋯⋯? あ⋯⋯、さっきの光苔?」
「それと一つ二つ、土産だ。まずはその光苔。それはただ光るだけではなく、良い薬草にもなる。刀傷にもこれが一番効く。光の届かぬ深い森や洞窟にも使える。良かったら旅に持っていくがよい。そして⋯⋯」
燈十郎が再び指を唇に当て、口笛を吹く。
今度の口笛は仲間を呼んだ先程とは違う高音、そして長く響く旋律だった。
すると森の中に、その音に呼応する”もの“があった。
ざわざわと揺れる枝葉の間から、一羽の鳩が鎌足たちの方へ羽ばたいたのだ。
鳩は人間に慣れている様子だった。
口笛を吹いた燈十郎もまるで鷹匠のようだった。
鳩は巣に帰る直前のように燈十郎の肩の上で軽く旋回すると、燈十郎の差し出された腕に止まり、そしてゆっくりと羽根をたたんでいく。
「鳩⋯⋯だ? あはは⋯⋯、可愛いな。呼んだらすぐに来るなんて。わぁ、凄く懐いてますね?」
「はははは。この鳩はな、産まれたての頃より、拙者が手塩にかけて育てた鳩。拙者にだけ懐く、可愛い奴だ」
「⋯⋯へぇ。⋯⋯ん? ⋯⋯あっ、鳩の足に文が! ⋯⋯もしかして伝書鳩?」
「その通り。ただの鳩ではない。鬼狩隊で隊士間での連絡にも使う伝書鳩だ。これが拙者の最後の土産⋯⋯、伝書鳩を使い、今しがたの風魔の徳川への復讐、野望。江戸の伊賀屋敷へと伝えておいてやろう」
「⋯⋯えっ? ⋯⋯そ、それは有難いですが。でも、どんな優秀な鳩だとしても、遥かに遠方の江戸まで飛ばすのは無理では!?」
「⋯⋯確かに。この疾風を誇る拙者の鳩と言えども、流石に江戸までは無理。しかし⋯⋯、尾張(※現在の愛知県西部)までならば可能」
「⋯⋯尾張? どうしてまたそんな地に? 確かに江戸と比べれば、尾張はまだ近いですが」
「尾張には、拙者が会得した流派でもある、尾張新陰流の道場がある」
「⋯⋯尾張新陰、知っていますよ。伊賀の御頭の半蔵は、柳生新陰流の流れを汲む、伊賀新陰流の開祖。私もその伊賀新陰を御頭から学びましたから。尾張新陰も同じ。江戸柳生からの一派、言わば兄弟流派ですね」
「そうか、鎌足殿も新陰流の心得があったのだな。ならば話は早い。その尾張新陰流の師範代の一人は、鬼狩隊の隊士。それ故に拙者は尾張の道場は日頃から良く訪れ、懇意にしている」
「燈十郎様は先程あの屋敷で新陰流も披露してましたもんね。⋯⋯ん、でもやっぱり分からない。新陰流と伝書鳩とどんな関係が?」
「⋯⋯ふふふ、『六歌戦』の会合がある以上、風魔一党の本隊はまず間違い無くまだ京都。尾張に伝書鳩の文で知らせた後、尾張から江戸まで早馬を走らせる。⋯⋯それならば、間違い無く風魔の連中より確実に早く、江戸に急を知らせる事ができると思うが?」
「⋯⋯あっ! なるほど! それなら三、四日もあれば確実に江戸の伊賀屋敷、百地翁様や御頭に知らせる事はできますね! いくら風魔忍群が風のように地を駆けても、鳥や馬の速さには敵わない!」
「そういう事だ。この手が今取れる唯一の一手であり、また最善の一手。確実に風魔どもを“出し抜く”事ができる。⋯⋯はははは。伊賀の前『六歌戦』の百地殿や、伊賀新陰流の達人、御頭の七代目服部半蔵殿。⋯⋯御二人とはいつかゆっくりと剣の話をしてみたい、技の教えを請うてみたいものだ。⋯⋯どうだ、鎌足殿。拙者の鳩と馬を使った策は? 余計な御世話だったかな?」
「⋯⋯余計な御世話どころか、最高の御助言です。良かった。本当に⋯⋯。これで、これで江戸の皆の元へ、危機を知らせることができます⋯⋯」
最後まで鎌足を気遣い、不安を取り除こうとしてくれる。
しかも初対面に等しい自分を『仲間』とまで呼んでくれた。
そんな優しさと『六歌戦』に相応しい気概に、鎌足は、燈十郎に心の底から感謝の気持ちを伝える。
そして改めて素晴らしい再会に感謝した。
「ありがとう⋯⋯。何から何まで本当にありがとうございます。燈十郎⋯⋯“さん”⋯⋯」
少しだけぎこちない”さん“を前に、燈十郎も照れくさそうに鼻を掻いた。
そして旅立つ鎌足に、最後の励ましの言葉をかけた。
「⋯⋯さあ、鎌足殿。心置きなく出羽へ向かうのだ。両刃が揃い、鬼切丸の本当の刃、真の姿が見れる日を、拙者も今から楽しみに待っている」⋯⋯━━━━
━━━━旅立ちの時は来た━━━━
⋯⋯━━━━丘の上に並ぶ燈十郎と鬼狩隊の五人。
鬼と戦う”仲間“たちに熱い視線で見送られながら、鎌足は今、新たな一歩を力強く踏み出した。
休息を求めて立ち寄ったはずの村と屋敷。
しかし結局は鬼との戦いに終始し、一晩中睡眠すら取れてはいなかった。
それでも今、鎌足の両足や表情には、不思議と疲労は微塵も無い。
一時抱いていた悩みや不安、負の感情。
それらもまた夜の闇の終焉と共に、鎌足の心から消えていた。
(背中が何か軽くなった気がする。⋯⋯うん、行こう、前へ、前へ。ただ前へ進むのみだ。⋯⋯自分を信じて)
鎌足は麓や街道へと下りる近道の参道を、一歩ずつ一歩ずつ、確実に確実に、踏みしめていく。
地に足を付ける度に脳裏を過るのは、この二十日間余りで出会った人々の顔、京都での忘れ得ぬ出来事、死闘の数々。
そしてこれから待ち受ける、自身の運命。
その全てに鎌足は今、熱く想いを馳せていた。
蒼鬼紅鬼との死闘を通し、鎌足と運命的な出逢いを遂げた者たちにもまた、今日という名の朝の陽は降り注ぐ━━━━⋯⋯。
━━━━まずは、鬼を狩る部隊、鬼狩隊を率いる『六歌戦』、御影燈十郎━━━━。
⋯⋯━━━━鎌足を見送りながら燈十郎は岩に腰をかけ、すぐに尾張への急ぎの文をしたため始めていた。
⋯⋯『六歌戦』が一人
風魔一族の末裔
風魔那由他
密かに江戸侵攻の画策あり
伊賀の百地屋敷へ
早馬にて危難を知らせるべし
『六歌戦』鬼狩隊隊長
御影燈十郎⋯⋯
敢えて走り書きにする。
文の緊急性を高める事も怠らない。
書き終えた燈十郎に、剣士の一人が語りかけた。
「⋯⋯名は鎌足殿⋯⋯でしたか? 遠くから見ておりましたが、あの若さやあんな”小さな“見た目にも関わらず、不思議な凛々しさを感じる女子でしたね」
「⋯⋯ああ、本当に。しかし、あの鎌足殿はまだまだ強くなるぞ。末恐ろしい力を秘めている。⋯⋯いつか拙者を超える日が来る、日本や帝を守り名を馳せる、“大きな”人物となる。⋯⋯そんな日が来る気がしてならぬ」
「御冗談を。流石にそれは⋯⋯」
「いや、分からんぞ。“男子、三日会わざれば刮目して見よ”、という格言もある。⋯⋯いや、鎌足殿に合わせて言えば、“女子、三日会わざれば刮目して見よ”⋯⋯か。⋯⋯ははは。どうやら拙者も”ことざわ“とやらの、極意が見えてきたらしい」
「⋯⋯ことざわ? ⋯⋯は?」
「⋯⋯それより。⋯⋯御主たちも急げ。この場から早々に離れよ。任務を早く終わらせてくるがよい」
「⋯⋯はっ、隊長。では話はこれまでとして、我々五人はあと今日一日、この近江で鬼の残党の有無を調べた後に、隊長や本隊別隊を追い、京に向かいます」
「頼んだぞ。拙者はもう少しだけこの風に当たり、鎌足殿との良き出会いを暫し噛み締めてから、京都へ向かうとしよう。京都の会合の後、何か情勢の変動があれば必ず伝える。⋯⋯良いか、引き続きくれぐれも命を粗末にするな」
燈十郎の頷きと命令を受けて、鬼の能面の剣士たちは再び動いた。
後方に跳ぶようにして、深い森の中へ。
残像を残しながら、左の森へ右の藪へ。
散り散りとなって去っていく。
「⋯⋯行け、尾張柳生の道場へ。疾風の如く⋯⋯翔べ」
大空へと伝書鳩を飛ばし終わった燈十郎は、眼下へと目を送る。
次第に小さくなっていく鎌足。
その後ろ姿が視界から完全に見えなくなるまで、熱い眼差しで見送り続けていた。
「⋯⋯鎌足殿もだ。くれぐれも命を粗末にするな」
鎌足の影も消え、森の木々が静かに揺れる。
そして燈十郎もまた、西へ。
京都を目指し、旅立ちと戦いの一歩を踏み出す。
(⋯⋯本当に不思議な女子だ。⋯⋯風が哭いている)
目深に被る笠の端に手を掛け、燈十郎は呟いた。
「⋯⋯さて、と。鎌足殿よ。お互いに積もる話が、色々できそうだな。⋯⋯何れまた必ず、京の都で会おうぞ」━━━━⋯⋯。
⋯⋯━━━━その頃。
その件の京の都、内裏では━━━━⋯⋯。
第107話も最後までお読み頂きありがとうございました。ブックマーク、☆評価、顔文字、感想等、良かったらぜひよろしくお願いします。その優しさや応援が新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
次回第108話「旅立ちの朝 〜中編〜」は10月30〜31日頃の投稿予定です。
次回からの2話は、今まで&これからの主要登場人物にスポットを当てた、第二鐘への予告も兼ねた話になっています。どうぞお楽しみに。
序鐘9話、第一鐘「京都六歌死闘編」100話、全109話。
1月から始まった連載&第一鐘も残り2話(108〜109話)で一区切りとなります。そして110話にあたる第二鐘への予告編の1話を挟んで、111話からはいよいよ第二鐘「出羽白雪血風編」の幕開けとなります。
引き続き『羅生門怪鬼譚』をよろしくお願い致します。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。




