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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編 十二

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107/109

第107話 旅立ちの朝 〜前編〜

【登場人物紹介】

伊賀の鎌足(かまたり)━━━━

 江戸城の公儀御庭番(こうぎおにわばん)伊賀組の小頭(こがしら)の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の半刃(はんじん)『鬼切丸(おにきりまる)』と共に、鬼が現れた京都に援軍として派遣された。裏では極秘に朝廷探索の密命も帯びていたが、”見えざる敵“の侵攻による伊賀危機の報に、一時御所を離れる事を決断する。鬼切丸(おにきりまる)の残りの半刃(はんじん)を求めて出羽(でわ)へ旅立つ。

 道中訪れた怪村での事件を経て、『六歌戦(ろっかせん)』燈十郎(とうじゅうろう)と知り合い、遂に“見えざる敵”の正体を知る事となる。


御影(みかげ)燈十郎(とうじゅうろう)━━━━

 浪人笠(ろうにんがさ)を被り、背中に般若(はんにゃ)の割面の絵柄の羽織を纏う剣豪、かつ日本(ひのもと)『六歌戦(ろっかせん)』の一人である人格者。あらゆる剣客武人の頭領の証と名高い、『国士無双(こくしむそう)正宗(まさむね)』が愛刀。百八の流派の剣技を会得し、京御所から「鬼狩隊(きしゅうたい)」隊長として鬼を遊撃する任を帯びている。基本寡黙だが口を開けば饒舌、笠の下から明朗な笑顔を覗かせる。


 ━━━━長い夜が明けた。


 山際に沿った光の蛇行、水平線に連なる長い光の帯は今、ゆっくりと線から円へとその形を変えながら、その輝きを増していく。


 ⋯⋯黎明(れいめい)。


 夜明けに準(なぞら)えて、新しい何かの始まりを告げる瞬間。

 

 この美しい情景は、この時の鎌足(かまたり)と燈十郎(とうじゅうろう)にまさに相応しい言葉だった。

 暖かな光が、二人の顔を燦々と照らしていく。


 小さな身体全身で全ての光を受け止めるように両手を広げ、鎌足(かまたり)は気持ち良さそうに背伸びをしていた。

 燈十郎(とうじゅうろう)はそんな鎌足(かまたり)の背に向けて穏やかな笑みを浮かべると、何かの合図のように笠の端に手を添える。


 そして訪れた”その時“を、鎌足(かまたり)へと告げた。


「さて、日の出という事は、そろそろ、でもあるな」


「⋯⋯うん、そうみたいですね。名残は惜しいですが」


 小さく、小さく、鎌足(かまたり)はこくりと頷く。


 燈十郎(とうじゅうろう)の言葉には敢えて具体的な言葉は無い。

 しかしそれでも何処(どこ)か寂しさを纏(まと)ったその表情や声から、鎌足(かまたり)もすぐにその言葉の意味を悟っていた。



 ⋯⋯別れの刻(とき)。


 

「最後に拙者から一つ聞こう。鎌足(かまたり)殿の行先は出羽国(でわのくに)との事。そして鬼切丸(おにきりまる)を熱心に眺め、思いを馳せていた所を見ると、出羽(でわ)に奉納されている残りの半刃(はんじん)を求めて、役小角(えんのおずぬ)殿の元を訪ねるつもり。⋯⋯違うかな?」


「⋯⋯ッ! 役小角(えんのおずぬ)殿を御存知なのですか!? それに半刃(はんじん)の事も!?」


 出会ってから短いこの間、何度も何度も見せていた、真ん丸に見開いた鎌足(かまたり)の目。

 天真爛漫(てんしんらんまん)な性格が垣間見える、分かりやすい驚き顔。

 最後までそれは変わらなかった。


 燈十郎(とうじゅうろう)はにこりと笑う。


「また図星だな。ははは⋯⋯、至極(しごく)分かりやすい。⋯⋯よし、ならば良い話を土産代わりに教えようか」


 燈十郎(とうじゅうろう)は鎌足(かまたり)の横に並ぶように前へ出ると、鎌足(かまたり)と共に朝陽を眺めながら話を続けた。


「出羽(でわ)の役小角(えんのおずぬ)殿には子息が居られてな。言わば次の役小角(えんのおずぬ)の名を継ぐ者。⋯⋯その名は“役大角(えんのおずみ)”」


「小角(おずぬ)様には御子息がいらっしゃるんですか。そっか、確か一子相伝(いっしそうでん)の家系とか文(ふみ)には書かれていたっけ。⋯⋯役大角(えんのおずみ)、殿か」


「小角(おずぬ)殿は高齢、今は呪法(じゅほう)の間(ま)に籠(こも)りきりでな。拙者とは面識は無い。⋯⋯が、その子息の大角(おずみ)とならば、拙者は何度か出羽(でわ)の砦で会った事がある。剣を通して交わりがあってな。言わば旧知の仲、顔見知りというやつだ」


「⋯⋯えっ、大角(おずみ)殿と、燈十郎(とうじゅうろう)様は知り合い!?」


「大角(おずみ)はな、妖術や幻術に関してはまだ小角(おずぬ)殿には及ばないが、剣の腕に関しては既に同等と言ってもよいはずだ。それに大角(おずみ)は相手の剣の悪癖(あくへき)や欠点を見抜く事には、誰よりも長けている。もし機会があれば大角(おずみ)の師事を受けてみるとよい。あの者への一日の師事(しじ)は、凡人の修業の一月(ひとつき)に値すると言っても良いぐらいだからな」


「わぁ、これは良い事を聞けました。⋯⋯実は私はこの鬼切丸(おにきりまる)の刃と伊賀鎖鎌(いがくさりがま)の刃、二つの武器を持ちながら、まだ上手く両用できていない気がするんです。⋯⋯是非に御指導、助言頂きたいな」


 鎌足(かまたり)は鬼切丸(おにきりまる)と鎖鎌を軽く持ち上げると、苦笑いと共に燈十郎(とうじゅうろう)へとその二つの刃先を見せた。

 しかし燈十郎(とうじゅうろう)の口元は、この時ばかりは先程の爽やかな笑みから一転していた。

 その顔には武人としての厳しさが浮かんでいる。


「ただし⋯⋯」


「ただし?」


「生きて辿り着けば⋯⋯、の話だ」


「⋯⋯⋯⋯」


 その場が一瞬、静寂に包まれた。


「⋯⋯万年雪に閉ざさた役小角(えんのおずぬ)殿の支配する集落は、まさに一つの国。砦は城と同じ。日々修験(しゅげん)の中にある彼等との連絡手段は一切断たれ、文(ふみ)すらも決して届かない」


「⋯⋯はい。それは百地翁(ももち)様からの便りで知りました」


「中に入るためには毎回、雪原雪林に潜む数多の罠を切り抜け、警備する修験者(しゅげんじゃ)たちを説き伏せるしか、無い。顔見知りである拙者とて大角(おずみ)に会うのは一苦労。毎回、命懸けで向かうくらいなのだ」


「⋯⋯そっか。話には聞いて覚悟はしていましたが、大角(おずみ)殿と親しい仲、かつ類稀(たぐいまれ)な剣の達人、燈十郎(とうじゅうろう)様をもってしても、それ程までに過酷な道なのですね」


 鎌足(かまたり)は不安そうに、ぎゅっと唇を噛み締めた。


 燈十郎(とうじゅうろう)の口元が再び緩む。


「案ずるな、鎌足(かまたり)殿よ。きっと大丈夫だ。拙者が知り得ている話によれば、鬼切丸(おにきりまる)と出羽(でわ)に有るとされる刀とは、元は同じ一つの刀。⋯⋯そうだな?」


「⋯⋯はい」


「ならば、別れた刀同士は子が親を求めるように、また親が子を求めるように、互いにその名を呼び合い共鳴し合う。それが刀の宿命(しゅくめい)、⋯⋯縁(えにし)というものだ。その手元の鬼切丸(おにきりまる)も然り。来たるべき時には、運命に導かれるように、必ずや一つの鞘(さや)と戻るはず」


「⋯⋯縁(えにし)。⋯⋯運命に導かれて、一つに⋯⋯」


「⋯⋯そうだ。それに持ち主が運命(それ)を信じずに、そんな弱々しい心では⋯⋯、一体誰が信じる事が出来よう?」


「⋯⋯っ!」

 


 日輪(にちりん)は既に完全にその姿を露わにしていた。


 今、青々とした空に描かれているのは円輪(えん)。


 人と人を繋ぐ⋯⋯縁(えん)、だった。


 

 偶然に出逢った二人。

 それもまた一つの運命(えん)。



 燈十郎(とうじゅうろう)からの優しい励ましの言葉に、鎌足(かまたり)は最高の笑顔で返していた。


「はいっ! 鬼切丸(おにきりまる)と、自分の力を信じます!」


 その笑顔は眩(まばゆ)いばかりの日輪(にちりん)の光を受けて、きらきらと輝いている。



「⋯⋯その心意気だ」


 頷(うなず)いた燈十郎(とうじゅうろう)が、不意に口笛を吹く。


 すると山の木々がざわざわと蠢(うごめ)き出した。

 そして今に至るまで姿を見せようとしなかった、あの周囲から視線を放たれていた視線の主(ぬし)たち⋯⋯燈十郎(とうじゅうろう)配下の者たちが、木々の隙間や高い枝の上から次々と鎌足(かまたり)の前にその姿を現した。


 それは帯刀した、五人の剣士だった。


 男女混合、女性の剣士も一人居るように見え、その纏(まと)う衣も其々に異なっていた。

 だが五人は何(いず)れも、翁(おきな)面、女面、男面、鬼神面、天狗(てんぐ)面など、能で使われるような面をその顔に付けている。

 そして面の額にはどれも、実際の能面には存在しない”ある物“が生えていた。


 それは座敷の亡骸(なきがら)の横に落ちていた面にも有り、また鎌足(かまたり)が嫌というほど目にしてきた、二本の鋭い突起物。


 ⋯⋯鬼の“角”があったのだ。



 燈十郎(とうじゅうろう)の背後にずらりと横一列に並ぶ、鬼の能面を付けた謎の剣士たち。


(⋯⋯わわわ、何だ何だ)


 前もって気配に感づいていた鎌足(かまたり)と言えども、そのあまりもの異様な姿にあたふたと戸惑いを見せる。

 そんな鎌足(かまたり)に向けて、燈十郎(とうじゅうろう)が笑いかけた。

 燈十郎(とうじゅうろう)の顔には見るからに、”案ずることはない“という言葉が浮かんでいる。


「⋯⋯この者たちは皆、拙者の志に賛同し、付いてきてくれた鬼を狩る仲間たち。⋯⋯”鬼狩隊(きしゅうたい)“の面々だ」


「鬼狩隊(きしゅうたい)? あ、そう言えば座敷で口にしていた⋯⋯」


「葬魂(そうこん)の術を駆使する残虐非道な鬼を狩るには、此方(こちら)も人である必要は無い。人間としての情(なさけ)を捨ててこそ、鬼を滅する事ができる。この者たち⋯⋯鬼狩隊(きしゅうたい)の隊士は、何(いず)れも拙者が身につけた百と八つの剣の流派、それぞれの道場主や高弟(こうてい)だった者だ」


「⋯⋯えっ、燈十郎(とうじゅうろう)様に流派や奥義の技を教えたばかりか、隊士となって鬼狩りに付いてきてくれている、と? ⋯⋯ならこの鬼の面の方たち一人一人が、燈十郎(とうじゅうろう)様の使う百八の流派、一つ一つの剣の達人ばかり!?」


「いかにも。その数、拙者が極めるに至った流派の数と同じ。拙者を含め、百と八名」


「⋯⋯凄い。ならば最強の軍団じゃないですか。皆さんが燈十郎(とうじゅうろう)殿を慕い、そして集い、更に使命をも共にしてくれているんですね。あぁ⋯⋯やっぱり流石(さすが)だなぁ。友達少なそうな綾麿(あやまろ)とは全然違うや。国士無双(こくしむそう)正宗(まさむね)と共に一声かければ、全国の剣客(けんきゃく)たちが動く。そう噂されるだけの事はあるなあ」


「⋯⋯ははは。皆が免許皆伝(めんきょかいでん)だからな、相当に強いぞ。先日全滅した御帝(みかど)親衛隊(しんえいたい)の新たな隊員として就くよう、十数名は内裏(だいり)から打診を受けているくらいの、拙者自慢の隊士。頼りと誇りにしている者たちだ」


「新たな親衛隊(しんえいたい)に? わぁ、そんな達人たちが内裏(だいり)に入ってくれるなら、帝や美桜(みお)たちにとっても百人力間違い無しだ。⋯⋯あっ、でも、そのお面は何か意味が?」


「この面か? ふふふ⋯⋯、鬼を狩るのに人としての顔や声は要らぬ。人としての迷いや情けを断ち、鬼を超える鬼と化さなければ、戦いに勝つ事はできぬ。この面は人である事を捨て、鬼神(きしん)を身に宿している証(あかし)なのだ」


「証(あかし)? でもそれだと、誰が誰か分からないのでは?」


「なに。顔は無くともその振るう剣技で誰が誰かは互いに分かる。あの屋敷で死んだあの者を含め、残念ながらこれまでに何人かは力及ばず斃(たお)れ、拙者の纏(まと)うこの衣の紅(くれない)の徒花(あだばな)となってしまった⋯⋯」


 燈十郎(とうじゅうろう)は羽織(はおり)に縫われた白い花、その中に点在する赤い花の一つに触れながら、暫(しば)しの黙祷(もくとう)を捧げた後、鎌足(かまたり)にまた真っ直ぐな眼差しを送る。


「⋯⋯だが。それでもまだこうして百の同志が、鎌足(かまたり)殿同様、鬼たちと日々過酷な戦いを続けている。⋯⋯だから我々は━━━”仲間“だ。そうは思わぬか? 鎌足(かまたり)殿」


「⋯⋯えっ」



 ⋯⋯仲間。



 それは互いの距離感を更に縮める、親しみに満ちた一言だった。

 突然の事に鎌足(かまたり)は嬉しさと驚きが入り混じった表情できょとんとしている。

 そして燈十郎(とうじゅうろう)も浪人笠(ろうにんがさ)という、自身が纏(まと)っている鬼の面をゆっくりと外していく。

 虚飾(きょしょく)や障壁の無い素の顔で、燈十郎(とうじゅうろう)もまた鎌足(かまたり)に向けて最高の笑顔を返した。



 燈十郎(とうじゅうろう)の温かな言葉、そして仲間としての笑顔。

 鎌足(かまたり)の目が自然と潤(うる)む。


「⋯⋯ありがとうございます、燈十郎(とうじゅうろう)様。⋯⋯私も、私も! 燈十郎(とうじゅうろう)様の京都での『六歌戦(ろっかせん)』の会合が上手く行く事を願っています。⋯⋯そして、いつの日か。京都だけではなく、江戸の平和も共に守る事ができる⋯⋯、そんな日が来るように心から願っています!」


「⋯⋯そうだな、そういう日が来るといいな」


 燈十郎(とうじゅうろう)は静かに頷(うなず)いた。


「⋯⋯あの、あと、⋯⋯暗くて、意地悪で、性格もひん曲がった綾麿(あやまろ)の奴を、どうぞよろしく⋯⋯」


 あと⋯⋯に続いた言葉。

 それだけは無意識に出た一言だった。

 燈十郎(とうじゅうろう)との打ち解けあった空気によって、鎌足(かまたり)はつい心の結び目を緩めてしまっていた。


(⋯⋯あ? あれ? ⋯⋯げ⋯⋯しまった。口が滑った。余計な話をしちゃった)


 鎌足(かまたり)が気恥ずかしそうに俯(うつむ)く。

 そんな鎌足(かまたり)を見つめながら、燈十郎(とうじゅうろう)はただにやにやと笑い続けている。


(やっぱりな⋯⋯、拙者の読み通り)


 そして黙ってもう一度、頷(うなず)いた。


「⋯⋯しかと承(うけたまわ)ったぞ」


「⋯⋯え、あ⋯⋯う、あ。⋯⋯よ、よろしくです。⋯⋯あっ、でも私に出会った経緯(いきさつ)は、なるべく綾麿(あいつ)には話さないようにお願いします、燈十郎(とうじゅうろう)様?(⋯⋯だって道に迷った挙句に山道から滑り落ちて、鬼に食べられそうになったなんて、恥ずかしくて言えないよ)」


 俯(うつむ)いていた目を鎌足(かまたり)が上げると、何故(なぜ)か燈十郎(とうじゅうろう)は今度は何かを考え込むような仕草をしている。


「⋯⋯うーん。ずっと思っていたが、燈十郎(とうじゅうろう)⋯⋯様、の呼び名は堅いな」


「⋯⋯え、じゃ、じゃあ燈十郎(とうじゅうろう)殿? それとも先生?」


「⋯⋯ははは、殿、先生も一緒だ。他人行儀で堅苦しい。拙者たちはもう“仲間”同士なのだから、気楽に“様”や”殿“ではなく、付けるならば⋯⋯、そうだな、あの屋敷での“浪人(ろうにん)さん”呼び同様に、せめて“さん”でいい」


「⋯⋯えっ、“さん”付けで? 」


 燈十郎(とうじゅうろう)は徐(おもむろ)に懐から袋を取り出した。

 そして袋(それ)を鎌足(かまたり)に向かって軽く投げた。

 ふわりと陽の光の中を舞う袋を、鎌足(かまたり)は両の掌(てのひら)でしっかりと受け止める。


「これは⋯⋯? あ⋯⋯、さっきの光苔(ひかりごけ)?」


「それと一つ二つ、土産だ。まずはその光苔(ひかりごけ)。それはただ光るだけではなく、良い薬草にもなる。刀傷にもこれが一番効く。光の届かぬ深い森や洞窟にも使える。良かったら旅に持っていくがよい。そして⋯⋯」


 燈十郎(とうじゅうろう)が再び指を唇に当て、口笛を吹く。

 今度の口笛は仲間を呼んだ先程とは違う高音、そして長く響く旋律だった。

 すると森の中に、その音に呼応する”もの“があった。

 ざわざわと揺れる枝葉の間から、一羽の鳩(はと)が鎌足(かまたり)たちの方へ羽ばたいたのだ。


 鳩は人間に慣れている様子だった。

 口笛を吹いた燈十郎(とうじゅうろう)もまるで鷹匠(たかじょう)のようだった。

 鳩(はと)は巣に帰る直前のように燈十郎(とうじゅうろう)の肩の上で軽く旋回すると、燈十郎(とうじゅうろう)の差し出された腕に止まり、そしてゆっくりと羽根をたたんでいく。


「鳩(はと)⋯⋯だ? あはは⋯⋯、可愛いな。呼んだらすぐに来るなんて。わぁ、凄く懐いてますね?」


「はははは。この鳩はな、産まれたての頃より、拙者が手塩にかけて育てた鳩。拙者にだけ懐(なつ)く、可愛い奴だ」


「⋯⋯へぇ。⋯⋯ん? ⋯⋯あっ、鳩の足に文(ふみ)が! ⋯⋯もしかして伝書鳩(でんしょばと)?」


「その通り。ただの鳩ではない。鬼狩隊(きしゅうたい)で隊士間での連絡にも使う伝書鳩(でんしょばと)だ。これが拙者の最後の土産⋯⋯、伝書鳩(これ)を使い、今しがたの風魔(ふうま)の徳川への復讐、野望。江戸の伊賀屋敷へと伝えておいてやろう」


「⋯⋯えっ? ⋯⋯そ、それは有難いですが。でも、どんな優秀な鳩だとしても、遥かに遠方の江戸まで飛ばすのは無理では!?」


「⋯⋯確かに。この疾風(はやて)を誇る拙者の鳩と言えども、流石に江戸までは無理。しかし⋯⋯、尾張(おわり)(※現在の愛知県西部)までならば可能」


「⋯⋯尾張(おわり)? どうしてまたそんな地に? 確かに江戸と比べれば、尾張(おわり)はまだ近いですが」


「尾張(おわり)には、拙者が会得した流派でもある、尾張新陰流(おわりしんかげりゅう)の道場がある」


「⋯⋯尾張新陰(おわりしんかげ)、知っていますよ。伊賀の御頭(おかしら)の半蔵(はんぞう)は、柳生(やぎゅう)新陰流(しんかげりゅう)の流れを汲む、伊賀新陰流(いがしんかげりゅう)の開祖(かいそ)。私もその伊賀(いが)新陰(しんかげ)を御頭(おかしら)から学びましたから。尾張(おわり)新陰(しんかげ)も同じ。江戸(えど)柳生(やぎゅう)からの一派、言わば兄弟流派ですね」


「そうか、鎌足(かまたり)殿も新陰流(しんかげりゅう)の心得があったのだな。ならば話は早い。その尾張(おわり)新陰(しんかげ)流(りゅう)の師範代の一人は、鬼狩隊(きしゅうたい)の隊士。それ故に拙者は尾張(おわり)の道場は日頃から良く訪れ、懇意にしている」


「燈十郎(とうじゅうろう)様は先程あの屋敷で新陰流(しんかげりゅう)も披露してましたもんね。⋯⋯ん、でもやっぱり分からない。新陰流(しんかげりゅう)と伝書鳩とどんな関係が?」


「⋯⋯ふふふ、『六歌戦(ろっかせん)』の会合がある以上、風魔(ふうま)一党の本隊はまず間違い無くまだ京都。尾張(おわり)に伝書鳩の文で知らせた後、尾張から江戸まで早馬(はやうま)を走らせる。⋯⋯それならば、間違い無く風魔(ふうま)の連中より確実に早く、江戸に急を知らせる事ができると思うが?」


「⋯⋯あっ! なるほど! それなら三、四日もあれば確実に江戸の伊賀屋敷、百地翁(ももち)様や御頭(おかしら)に知らせる事はできますね! いくら風魔(ふうま)忍群が風のように地を駆けても、鳥や馬の速さには敵わない!」


「そういう事だ。この手が今取れる唯一の一手であり、また最善の一手。確実に風魔(ふうま)どもを“出し抜く”事ができる。⋯⋯はははは。伊賀の前『六歌戦(ろっかせん)』の百地(ももち)殿や、伊賀新陰流(いがしんかげりゅう)の達人、御頭(おかしら)の七代目服部半蔵殿。⋯⋯御二人とはいつかゆっくりと剣の話をしてみたい、技の教えを請うてみたいものだ。⋯⋯どうだ、鎌足(かまたり)殿。拙者の鳩と馬を使った策は? 余計な御世話だったかな?」


「⋯⋯余計な御世話どころか、最高の御助言です。良かった。本当に⋯⋯。これで、これで江戸の皆の元へ、危機を知らせることができます⋯⋯」

 

 最後まで鎌足(じぶん)を気遣い、不安を取り除こうとしてくれる。

 しかも初対面に等しい自分を『仲間』とまで呼んでくれた。

 そんな優しさと『六歌戦(ろっかせん)』に相応しい気概に、鎌足(かまたり)は、燈十郎(とうじゅうろう)に心の底から感謝の気持ちを伝える。

 そして改めて素晴らしい再会に感謝した。



「ありがとう⋯⋯。何から何まで本当にありがとうございます。燈十郎(とうじゅうろう)⋯⋯“さん”⋯⋯」



 少しだけぎこちない”さん“を前に、燈十郎(とうじゅうろう)も照れくさそうに鼻を掻いた。

 そして旅立つ鎌足(かまたり)に、最後の励ましの言葉をかけた。



「⋯⋯さあ、鎌足(かまたり)殿。心置きなく出羽(でわ)へ向かうのだ。両刃が揃い、鬼切丸(おにきりまる)の本当の刃、真の姿が見れる日を、拙者も今から楽しみに待っている」⋯⋯━━━━





 ━━━━旅立ちの時は来た━━━━





 ⋯⋯━━━━丘の上に並ぶ燈十郎(とうじゅうろう)と鬼狩隊(きしゅうたい)の五人。

 鬼と戦う”仲間“たちに熱い視線で見送られながら、鎌足(かまたり)は今、新たな一歩を力強く踏み出した。


 休息を求めて立ち寄ったはずの村と屋敷。

 しかし結局は鬼との戦いに終始し、一晩中睡眠すら取れてはいなかった。

 それでも今、鎌足(かまたり)の両足や表情には、不思議と疲労は微塵(みじん)も無い。

 一時抱いていた悩みや不安、負の感情。

 それらもまた夜の闇の終焉と共に、鎌足(かまたり)の心から消えていた。



(背中が何か軽くなった気がする。⋯⋯うん、行こう、前へ、前へ。ただ前へ進むのみだ。⋯⋯自分を信じて)


 

 鎌足(かまたり)は麓(ふもと)や街道へと下りる近道の参道を、一歩ずつ一歩ずつ、確実に確実に、踏みしめていく。


 地に足を付ける度に脳裏を過るのは、この二十日間余りで出会った人々の顔、京都での忘れ得ぬ出来事、死闘の数々。

 そしてこれから待ち受ける、自身の運命(みらい)。


 その全てに鎌足(かまたり)は今、熱く想いを馳せていた。





 蒼鬼紅鬼(おに)との死闘を通し、鎌足(かまたり)と運命的な出逢いを遂げた者たちにもまた、今日という名の朝の陽(ひかり)は降り注ぐ━━━━⋯⋯。





 ━━━━まずは、鬼を狩る部隊、鬼狩隊(きしゅうたい)を率いる『六歌戦(ろっかせん)』、御影(みかげ)燈十郎(とうじゅうろう)━━━━。





 ⋯⋯━━━━鎌足(かまたり)を見送りながら燈十郎(とうじゅうろう)は岩に腰をかけ、すぐに尾張(おわり)への急ぎの文(ふみ)をしたため始めていた。



 ⋯⋯『六歌戦』が一人

 風魔一族の末裔(まつえい)

 風魔(ふうま)那由他(なゆた)

 密かに江戸侵攻の画策あり

 伊賀の百地(ももち)屋敷へ

 早馬にて危難を知らせるべし

 『六歌戦(ろっかせん)』鬼狩隊(きしゅうたい)隊長

 御影(みかげ)燈十郎(とうじゅうろう)⋯⋯



 敢えて走り書きにする。

 文の緊急性を高める事も怠らない。

 書き終えた燈十郎(とうじゅうろう)に、剣士の一人が語りかけた。


「⋯⋯名は鎌足(かまたり)殿⋯⋯でしたか? 遠くから見ておりましたが、あの若さやあんな”小さな“見た目にも関わらず、不思議な凛々しさを感じる女子(おなご)でしたね」


「⋯⋯ああ、本当に。しかし、あの鎌足(かまたり)殿はまだまだ強くなるぞ。末恐ろしい力を秘めている。⋯⋯いつか拙者を超える日が来る、日本(ひのもと)や帝を守り名を馳せる、“大きな”人物となる。⋯⋯そんな日が来る気がしてならぬ」


「御冗談を。流石にそれは⋯⋯」


「いや、分からんぞ。“男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ”、という格言もある。⋯⋯いや、鎌足(かまたり)殿に合わせて言えば、“女子(おなご)、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ”⋯⋯か。⋯⋯ははは。どうやら拙者も”ことざわ“とやらの、極意が見えてきたらしい」


「⋯⋯ことざわ? ⋯⋯は?」


「⋯⋯それより。⋯⋯御主たちも急げ。この場から早々に離れよ。任務を早く終わらせてくるがよい」


「⋯⋯はっ、隊長。では話はこれまでとして、我々五人はあと今日一日、この近江で鬼の残党の有無を調べた後に、隊長や本隊別隊を追い、京に向かいます」


「頼んだぞ。拙者はもう少しだけこの風に当たり、鎌足(かまたり)殿との良き出会いを暫(しば)し噛み締めてから、京都へ向かうとしよう。京都の会合の後、何か情勢の変動があれば必ず伝える。⋯⋯良いか、引き続きくれぐれも命を粗末にするな」


 燈十郎(とうじゅうろう)の頷(うなず)きと命令を受けて、鬼の能面の剣士たちは再び動いた。

 後方に跳ぶようにして、深い森の中へ。

 残像を残しながら、左の森へ右の藪(やぶ)へ。

 散り散りとなって去っていく。



「⋯⋯行け、尾張(おわり)柳生(やぎゅう)の道場へ。疾風の如く⋯⋯翔べ」


 大空へと伝書鳩(でんしょばと)を飛ばし終わった燈十郎(とうじゅうろう)は、眼下へと目を送る。

 次第に小さくなっていく鎌足(かまたり)。

 その後ろ姿が視界から完全に見えなくなるまで、熱い眼差しで見送り続けていた。



「⋯⋯鎌足殿(そなた)もだ。くれぐれも命を粗末にするな」



 鎌足(かまたり)の影も消え、森の木々が静かに揺れる。


 そして燈十郎(とうじゅうろう)もまた、西へ。


 京都を目指し、旅立ちと戦いの一歩を踏み出す。



(⋯⋯本当に不思議な女子(おなご)だ。⋯⋯風が哭(な)いている)



 目深に被る笠の端に手を掛け、燈十郎(とうじゅうろう)は呟いた。



「⋯⋯さて、と。鎌足(かまたり)殿よ。お互いに積もる話が、色々できそうだな。⋯⋯何(いず)れまた必ず、京の都で会おうぞ」━━━━⋯⋯。





 ⋯⋯━━━━その頃。


 その件(くだん)の京の都、内裏(だいり)では━━━━⋯⋯。




第107話も最後までお読み頂きありがとうございました。ブックマーク、☆評価、顔文字、感想等、良かったらぜひよろしくお願いします。その優しさや応援が新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。


次回第108話「旅立ちの朝 〜中編〜」は10月30〜31日頃の投稿予定です。

次回からの2話は、今まで&これからの主要登場人物にスポットを当てた、第二鐘への予告も兼ねた話になっています。どうぞお楽しみに。


序鐘9話、第一鐘「京都六歌死闘編(きょうとろっかしとうへん)」100話、全109話。

1月から始まった連載&第一鐘も残り2話(108〜109話)で一区切りとなります。そして110話にあたる第二鐘への予告編の1話を挟んで、111話からはいよいよ第二鐘「出羽白雪血風編(でわしらゆきけっぷうへん)」の幕開けとなります。

引き続き『羅生門怪鬼譚(らしょうもんかいきたん)』をよろしくお願い致します。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

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