第103話 鬼狩り
【登場人物紹介】
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の半刃『鬼切丸』と共に、鬼が現れた京都に援軍として派遣された。裏では極秘に朝廷探索の密命も帯びていたが、何者かの侵攻による伊賀の危機の報に、一時御所を離れる事を決断する。鬼切丸の残りの半刃を求め、出羽へと一人旅立つ。
森の中で道に迷い、とある小さな村へと辿り着いた鎌足は、鬼に纏わる奇怪な事件に遭遇する事になる。
謎の浪人笠の男━━━━
鎌足が通された奥座敷で、村人から“鬼”と呼ばれ取り囲まれていた、浪人笠を被った、旅の剣客風の謎の男。その正体は江戸城御前試合で十人抜きを果たす程の、凄腕の剣客。”鬼を狩る“と呟いた言葉の意味は!? そしてこの男の名は━━━!?
━━━━「⋯⋯さあ、狩りの刻限だ」
浪人笠の男は畳に刺さる刀の柄を堅く握り、村人たち全員に向けて睨みを利かせた。
その鋭い眼差しの対象は大人だけではない。
鎌足が櫻の想い出を一時重ねていた男の子を含む、無邪気に笑う子供たち三人に対しても向けられていた。
(⋯⋯うッ!?)
その視線に鎌足の無垢な本能が狼狽える。
今程の浪人笠の男が語った謎解きと言葉は、頭を使う駆け引き等が苦手な鎌足でも、十分に納得に足りる内容ではあった。
村人たちが共謀して嘘をついている。
現場の状況から見ても、それは間違い無い。
しかし嘘をついているからといって、それが即座に彼等が鬼であるという証拠には繋がらない。
亡骸が喰われる前に付けられた、この無数の傷。
複数の鬼に寄って集って斬られた傷痕、そう考えれば全ての辻褄も合う。
しかし亡骸が村長ではなく、仲間の剣客の一人であるという言葉は、そのまま鵜呑みにしても良いのか。
目の前に現にこうして村人たちが居る以上、この村が廃村だったという話もまた、即座には信じられない。
そして村長の妻が怯えながら叫んだ今の言葉、双方が交わした会話は何を意味しているのか。
鎌足は理解が追いつかず、”半信半疑“だった。
引き続き村人たちへの警戒を強めながらも、話の真偽の“確かな程”を浪人笠の男に問いただしていた。
「⋯⋯あの、浪人さん、貴方が先程から口にしていた”狩り“とは、⋯⋯鬼を“狩る”という意味なのですか?」
「⋯⋯いかにも」
「貴方程の方が口にする言葉です。信じたい。信じてあげたい。でも、あんな小さな子供たちもいるんです。今の話が本当ならば、あの人たち全員、子供までもが鬼という事になってしまう⋯⋯、だから⋯⋯、私はまだ全て信じる事ができません、いえ、信じたくなくて⋯⋯」
浪人笠の男は、横たわる亡骸の男にそっと目を送る。
「⋯⋯御主もこの亡骸と同じ、か。子供を想う優しさ故に葬魂の情に絆されるは、是非も無き事。しかし、⋯⋯それこそが奴等鬼たちの思う壺なのだ」
「⋯⋯で、では! 何か他に確実に信じることができるような証拠は無いのですか? このままだと罪も無い、大勢の人間を殺めてしまう気がしてならない!」
真剣で力を帯びた鎌足の言葉に、浪人笠の男は軽く溜め息を付きながら、やれやれと言った表情で答えた。
「⋯⋯よかろう。其処まで言うならば致し方ない。鎌足殿が納得できる、確たる証拠を今、見せるとしよう」
「⋯⋯っ!? 本当ですか? そんな証拠が!?」
「鬼は鬼の血を求める。⋯⋯実は拙者の握るこの刀は、曰く付きの魔性の刀でな。余にも鬼を斬りすぎたが故、その血は刀に染み込み、今では刃を向けた相手が鬼ならば、互いの血が呼応するように、妖しく光を放つのだ」
浪人笠の男は何故か少しだけ口元を緩めた後、鎌足に目配せするように、握る柄へと視線を下した。
鎌足も誘われるように、黒刀へと視線を落とす。
「⋯⋯刃が、光を放つ?」
浪人笠の男は片膝立ちのまま、畳に刺さった刃の向きだけを変え、鎌足の方へと向けた。
当然のように、黒鉄の刃は元の黒光りのまま。
何の変化も無い。
「このように人間⋯⋯鎌足殿には何の変化もない、⋯⋯が」
鎌足に見せ終わると共に、浪人笠の男は颯爽と刀を畳から抜き去る。
そしてその刃の先を肩の高さまで掲げ、今度は離れた下座の村長の奥方に向けた。
「⋯⋯ッ! ⋯⋯ま、まさかッ!?」
鎌足は我が目を疑った。
座敷の内側に向けられ集まる、無数の行灯の灯り。
その光にも負けない程の不思議な輝きが今、鎌足の視界を包んでいる。
その出処は件の黒刀。
先程は何ら変化の無かったはずの刃先が、今は仄かに金色の光を纏っていたのだ。
浪人笠の男は続けざまにその刃を切り返す。
次に刃を向けたのは、村長の妻の背後に横並びする村人たち。
向かってその左端の男だった。
⋯⋯村人たちの誰一人とて逃さない。
そんな固く誓う心を宿した光の刃は、その左端の男を起点として、ゆっくりと左から右へ。
言葉の代わりに刃で威嚇をするように、村人たち一人一人を順番に差していく。
二十一人の村人全員を差し終えるまでの間ずっと、浪人笠の男の翳した刃は金色の光を放ち続けていた。
最初は仄かだったその輝きも、止んだり収まりを見せるどころか、むしろ更に強く激しく煌めきの度を増していく。
「⋯⋯ッ、見たことない! こんな黄金色の光! ⋯⋯と言う事は、さっきの話はやっぱり本当だったのか!?」
初めて目にする驚愕の光景。
目を真ん丸にした鎌足は、口までもぽかんと真ん丸に開け、唖然としている。
そんな鎌足に軽く目を流した浪人笠の男は、薄笑いと共に刀を手にした腕を三度切り返す。
そのまま刀を右肩に掛け乗せると、村人たちに向けて改めて“狩り”の幕開けを代弁する、鋭い眼と余裕の笑みを送った。
「⋯⋯はははは、これで分かったはずだ、鎌足殿。⋯⋯そして、⋯⋯鬼どもよ」
━━━━鬼どもよ。
この最後の一言が放つ、尋常ではない憎しみと殺意、そして全てを見通しているような迫力を前に、静観していた村人たちの表情が一転する。
⋯⋯そして、遂にその本性を現した。
「⋯⋯おのれ人間め! まさかまさか我らが葬魂の術を見破ル刀ナンゾヲ持ッテイルトハ!!》
「⋯⋯殺す、殺す、殺す、殺す! 我らの折角の陽の当タル安住ノ世界ヲ壊シ、邪魔スル人間ハ、全テ殺ス!!》
「⋯⋯我らを狩りに来た愚かな人間め、返り討ちにして頭カラバリバリト、喰ラッテヤル!》
「⋯⋯大人しくその刀を渡し、黙って喰われていれば、幾分カハマダ楽二地獄ノ底ニ行ケタモノヲノウ!》
一人、また一人。
村長の妻と三人の子供を除く、村人たち十七人。
その三十四の目が蒼く血走る。
どの額も真っ二つに割け、二本の角を持つ新たな顔が飛び出した。
もはや男も女も、年齢の違いも無い。
彼等の誰も彼もが邪悪と醜悪に満ちた、異形のあの“蒼鬼””羅刹“の姿へと変わっていく。
「⋯⋯紅の鬼も出た、京御所から文でそう聞いていたが、廃村は今まで通り、蒼であったか」
浪人笠の下から覗く口がにやりと笑う。
この時、つい今しがたまでは確かに人であったはずの村人は、その全員が禍々しく狂わしい鬼と化していた。
鎌足の瞳の黒すらも蒼で埋め尽くす、十七の禍々しい真の顔。
あまりに悍ましく、身の毛もよだつその恐ろしい情景に、鎌足は思わず後退りする。
そしてわなわなと身体を震わせながら呟いた。
「蒼い目、二本の角⋯⋯、⋯⋯ッ、やはり! さっきの話通り、村人たちが蒼鬼だったのか!?」
その時、蒼鬼の群れを映していた鎌足の瞳に、両断された般若の面が被さった。
(⋯⋯あ)
それは浪人笠の男の羽織、背中だった。
戸惑う鎌足の前へ。
浪人笠の男は自身が盾になるように、鎌足と蒼鬼たちの間に歩み出ていたのだ。
その般若を纏う背中にも、戦いを間近に控えた息吹きにも、浪人笠の男には既に迷いも恐れも無い。
目の前に蠢く鬼の群れ、ただ敵だけを睨む。
そして刃に付いた血や泥を払うように力強く刀を一振りすると、浪人笠の男は鎌足の方を振り向いた。
「鎌足殿よ、この蒼き羅刹どもは拙者がすぐに片付ける故、御主は下がっていろ」
それはあの御前試合を遥かに上回る、凄みを感じさせる言葉、声。
そしてそれ以上に、人としての温かみと思いやりに溢れた、優しい眼差しだった。
しかしそれは反面、浪人笠の男が見せた一瞬の隙でもあった。
蒼鬼の群れはその隙を見逃なさい。
⋯⋯次の瞬間。
まだ人間の姿を保っていた村長の妻が、急襲の第一撃に動いた。
着物の両裾から二本の短刀を取り出し、奇声と共に畳を大きく跳躍、座敷の宙を舞う。
髪と袖を振り乱し、野獣の牙のように二刀を高々と翳しながら、浪人笠の男の真上から遅いかかった。
「馬鹿め! 隙を見せたな!! この蒼鬼の隠れ里の秘密、そして我々の正体を知ったからには、此処デ必ズ死ンデモラウゾ! 人間!! 狩ラレルノハ貴様タチダ!!!!》
空中でその姿は人間から魔性の者へ。
女性の名残など何一つも無い、醜い蒼鬼へと変わっていた。
「⋯⋯ッ! 危ないッ! 後ろから鬼が! ⋯⋯ッ!」
突然に切られた戦いの火蓋、蒼鬼の奇襲。
浪人笠の男の視線は鎌足に向いている。
危険を知らせるために鎌足が叫ぶ。
しかしその叫びは、男にとってまるで無意味だった。
鎌足が叫び終えた時にはもう、この浪人笠の男は素早く身体を回転させると、襲いかかるこの蒼鬼の首を事も無げに薙ぎ払っていたのである。
血飛沫を上げて、蒼鬼の首が飛ぶ。
座敷に荒々しく転落した首の無い蒼鬼の身体は、見る見る内に白骨へと化していき、肉は蒼い霧と共に座敷の虚空に散っていく。
「あ、あれは! 奥山念流、横一文字邪祓いの太刀!」
驚きで目を見張りながら、鎌足は思わずまた大声で叫んでいた。
あの江戸城で十人と対峙した御前試合。
相手は名のある剣客たちとは言え、人間。
しかも実力には雲泥の差があった。
全て木刀による小手調べ的な剣閃のみ。
それだけで全ての勝負の決着がついていたため、鎌足がこの男の”本気“の太刀筋や、流派独特の剣閃を見る事ができたのは、この時が初めてだったのだ。
斬ったばかりの蒼鬼の血の滴る刀を手に、浪人笠の男は残りの蒼鬼たちの方へと向き直る。
「来い⋯⋯、残虐非道な人喰い蒼鬼ども」
鍬や鎌、斧に竹槍⋯⋯。
仲間を斃された蒼鬼たちは皆様々な武器を手に、凶悪な雄叫びを上げる。
そしてこの憎らしい浪人笠の狩人に向かって、一斉に襲いかかった。
《⋯⋯グオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!》
《⋯⋯ギイイイイイイイイイイイイィィィィィッ!!》
耳を劈く程の蒼鬼たちの絶叫が、十七の狂気を孕みながら座敷内に木霊する。
それは群れである事の最大の利点を生かす、多方向からの必殺の集中攻撃。
それでも浪人笠の男は怯む事無く余裕綽々、狩りの成功を確信している狩人の瞳のままだった。
右肩上段に黒刀を構え直すと、逆に気合の咆哮と共に、襲いかかる蒼鬼の波状の刃の中に飛び込んでいく。
そして剛の一閃の下、数鬼の蒼鬼の身体を脳天から二つに斬り裂くと、次は返す刃で柔の剣を魅せる。
それは円を描くような独特な型からの、鋭い剣戟。
浪人笠が僅かに揺れ終えた時、更に数鬼の蒼鬼の首が刎ねられ、離断された首は宙を高々と舞っていた。
「今の二つの剣技は先程見せた奥山念流じゃないぞ!? 薩摩示現流蜻蛉斬りからの、鹿島新當流秘剣偃月!」
遠巻きで見守る鎌足は、驚嘆の溜め息が止まらない。
目の前で華麗に豪快に繰り出されていく剣技の数々。
太刀筋はどれも、音に聞こえた高名な流派の剣技ばかりだったからだ。
浪人笠の男の柔と剛の刃は留まる所を知らなかった。
更にたった一振りで、数鬼を斬り伏せる。
その直後に、羽織を翻して左へ、右へ。
残像だけを残しながら、目にも留まらない連続の剣戟で、更に数鬼の蒼鬼の脳天を砕き割る。
その返す刀で腰を沈めたかと思うと、次に構えた下段から繰り出したのは、凄まじい斬り上げ。
下から上へ、上から下へ、下から上へ、迫り来る三鬼の蒼鬼の身体へ自由自在に刃を滑らせる━━━━。
━━━━背中に纏う般若の面と同じように、蒼鬼たちを尽く一刀両断、真っ二つに斬り裂いていった。
「⋯⋯わ、次は小野派一刀流無影剣に、私が学んだ将軍家御留流の江戸柳生新陰、その一派である尾張柳生の独特の下段斬り上げと上段斬りの複合技、烈の型まで!」
座敷内に蒼鬼たちの断末魔の叫びが絶え間なく響き、次々と白い骨と蒼い霧へと化していく⋯⋯、この時。
浪人笠の男の剣技に見惚れていた鎌足の視界、その端に映ったのは、村の子供たち三人の姿だった。
鎌足は思わずまた櫻の名を呟きかける。
(⋯⋯さ、櫻ちゃ⋯⋯、ああッ!?)
しかし次の瞬間。
その言葉は動揺と恐怖に変わっていた。
こんな時でも変わらず無邪気に笑っている子供たち。
年相応のあどけなさと純粋さに溢れている。
だが、その笑う口角だけは異様だった。
三人とも、その口は耳まで裂けていたのだ。
(あぁッ!? この子たちもやはり蒼鬼だったのか!)
口から耳に繋がった裂け目は、そのまま顔を二つに分かち、下顎が畳にずり落ちる。
残った上顎の皮膚はびりびりと紙細工のように裂け、既に大人たちと同様に新たな顔が姿を覗かせていた。
それは三鬼の獰猛で狡猾な表情をした、小さな蒼鬼。
《⋯⋯グキキキキ、御前タチモアノ鬼面ノ男ト一緒ダ! 殺シテ塩漬二シテ、次ノ新月ノ夜二喰ラッテヤル!!》
子供の身体に、蒼鬼の顔。
この奇怪な三鬼は、いつの間にか針のような、細長く鋭い武器を手にしていた。
そして村長の妻に化けていた蒼鬼を遥かに凌駕する素早さで、最後の数鬼の蒼鬼と対峙している浪人笠の男の背後を狙って襲いかかった。
「⋯⋯ッ、蒼鬼たちめ、許さない! まだあどけない、あんな小さな子供までも⋯⋯殺めやがって!!」
子供たちが食べられた⋯⋯その悲壮な事実が分かった瞬間、まるで櫻の命を奪われたに等しい衝撃が鎌足に押し寄せていた。
鬼たちへの壮絶な怒りが湧き上がる。
帝から鬼と戦う東番の警備を任された立場。
しかも伊賀新陰流の使い手としても、今しがた目の前で見た浪人笠の男の無双に刺激を受けていた。
鎌足の中に脈々と流れる鬼と戦う使命感、そして一人の剣客としての心の昂りが、この怒りに拍車をかける。
そして鎌足の戦闘本能を激しく突き動かした。
(⋯⋯許さないッ!!)
鎌足は脚に巻く鎖を、荒々しく振り回すように一気に振り解くと攻撃に転じた。
鎖の先端に鬼切丸を絡め、空から襲いかかってくる小さな蒼鬼たちに向けて、必殺の一撃を繰り出した。
「⋯⋯伊賀流鎖鎌術、壱ノ鎖刃、天渡りッ!!」
気迫の咆哮と共に勢い良く放たれた、鎖と鬼切丸。
その怒りの閃光は、浪人笠の男に飛びかかる三鬼の内の手前側の一鬼、その胸の真ん中を的確に捉えていた。
鎌足の怒りが宿った鬼切丸の鋭さは、浪人笠の男の剣閃の鋭さにも引けを取らない。
標的にされた小蒼鬼は鎖ごと吹き飛ばされ、そして鬼切丸と共に壁に突き刺さった。
《⋯⋯グガガ? ⋯⋯何ガ起キキキ⋯⋯タアアァァ!?》
壁に磔にされた小蒼鬼が、苦渋と動揺に満ちた唸り声を上げる。
と同時に、閉ざされた室内であるにも関わらず、鎌足の忍装束が突風を受けたように靡いた。
その風の出処、鎌足の背後ではこの時、浪人笠の男が身体と刀を巧みに旋回させていた。
それはまるで人間独楽のようだった。
男の身体は激しく左に三回転したかと思えば、今度は更に激しく右に三回転する。
空から襲いかかっていた残りの小蒼鬼二鬼、そして地上から遅いかかる四鬼の蒼鬼たちは、この旋風の剣閃の中に飲み込まれていく。
「琉球古剣、双旋独楽。からの⋯⋯」
この旋回する強烈な六つの太刀と、最期に繰り出した袈裟斬りは、六鬼の蒼鬼たちの上下半身を、一瞬の内に真っ二つに斬り裂いていた。
振り向いた鎌足が辛うじて視界に捉える事ができたのは、独楽の太刀筋の僅かな残像だけ。
驚くべき事に、男は既に納刀すらも終えていた。
そして黒鞘に納めた刀を左肩口に掲げながら、浪人笠の男は落ち着き払った声でこの”狩り“の終幕を告げる。
その黒刀の下には、横たわる仲間の亡骸の血で荒々しく染めた、あの“紅の花”の刺繍があった⋯⋯。
「⋯⋯鹿島一刀流、紫電の太刀。⋯⋯最期は死んだ御主得意の剣で、仇は取ったぞ。⋯⋯しかし、拙者とした事が見誤った。⋯⋯子供に化けていた小さな三鬼こそが、この村の真の首領だったか」━━⋯⋯
⋯⋯━━小蒼鬼が畳に落ち、最後の蒼鬼が崩れ逝く。
蒼鬼たちの終焉の死散を見届けながら、浪人笠の男はまるで何事も無かったかように笠を目深に被り直す。
そして静かに息を吐き、呼吸を整えた。
そんな刃を下ろした男に、唐突に横から声ががかる。
「今最後に見せた風。あれは琉球に伝わる古剣ですよね。そんな技まで会得しているなんて凄いなぁ。⋯⋯で、どうやら全て終わったみたいですね。⋯⋯にひひ」
目をきらきらと輝かせた鎌足だった。
鎌足の手元からぴんと張り、伸びた鎖。
そして蒼い霧に包まれている磔にされた小蒼鬼と、壁に刺さったままの鬼切丸。
浪人笠の男も、そんな鎌足の雄姿を振り向く。
そして鎌足の大切な相棒たちを一瞥した後、鎌足の得意気な笑みに応えるように、感心の目を投げかけた。
「⋯⋯やはり。その半刃の刀は、七十年前、紅鬼を滅した伝説の『鬼切丸』であったか」
「⋯⋯私も貴方の刀を知っています。その刀は日本全ての剣客武人たちの頭領に値する者を示す、神君家康公から“天下一”の称号を受けた、名刀中の名刀⋯⋯、『国士無双正宗』ですね」
「いかにも。この愛刀の銘は、『国士無双正宗』。⋯⋯ふふふ、銘だけでなく称や誉までを知るとは。⋯⋯伊賀の鎌足殿よ。伊賀を名乗るならば、御主の正体は公儀御庭番。しかもかなりの御役を持つ者と見た。違うか?」
鎖を撓らせて鬼切丸と鎖を手元に戻し終えた鎌足が、更に一段と頬を緩ませて言葉を返す。
「⋯⋯にひひ、御名答です。そして浪人さん、貴方の姓名も、私は知っていますよ」
「⋯⋯名? ⋯⋯言ったろう。浪人さんでいい」
「⋯⋯いえ、やっぱりそうはいきません。北は蝦夷から南は薩摩琉球に至るまで。齢当時、二十三、そんな若さで、名だたる百八もの流派の極意奥義の全てを会得した、伝説の最強の武芸者。⋯⋯“御影燈十郎 ”様。⋯⋯そんな凄い方をいつまでも浪人さんなんて呼んでいると、剣の神様から罰が当たっちゃいますよぉ?」⋯⋯
⋯⋯━━━━御影燈十郎。
やっと浪人笠の男の名を告げる事ができた。
鎌足は今宵一番に顔をくしゃくしゃと崩して、満面の笑顔ではにかんだ。
「神からの罰? ははははは⋯⋯、それは言い過ぎだ。拙者はまだまだ神の領域には程遠い。修行中の身だ」
「⋯⋯御謙遜を。⋯⋯一年前の江戸城での御前試合。並み居る武芸者を十人抜きした際の、あの無敵の強さ、私もその場で観ておりました。そして機会があれば、一度また是非お目にかかりたいと思っておりました」
人懐っこく微笑む鎌足とその言葉には、同じ武に生きる者としての尊敬の念が確かに熱く込められていた。
そしてそんな鎌足の見せる畏敬の念を、燈十郎もまた静かに熱く感じ入っている。
⋯⋯この時、見つめ合う二人の間には、年齢も性別も流派も超えて、刀に生きる一剣客同士としての不思議な親近感のが生まれていた。
「⋯⋯拙者の名を覚えていてくれて光栄だ。⋯⋯それにしても、あの時。警護に勤しんでいた忍が無数に居るのは気付いていたが、こんな形で再び巡り会い、友好を深める事になるとは。人の縁とはおかしなものだ」
「本当に。でもあの時の燈十郎様は本当に凄かった。相手には江戸で名うての猛者も居たんです。が、まるで子供のようにあしらわれて⋯⋯。自分などまだまだ未熟。この御方にはどんなに修行を積んでも絶対に勝てない、敵わない。素質が違うと甚だ思わされました」
「鎌足殿よ、御主こそそんな謙遜するな。女人の忍ながら、今の蒼鬼を斃した鎖の一閃、まさに変幻自在で真に素晴らしかった。⋯⋯で、拙者にも今一度教えてくれ。その見事な技を操る剣に生きる強き忍、御主の身分を」
「⋯⋯あ、はいっ! ⋯⋯私の名は、伊賀御庭番、小頭の、鎌足、ですっ!」
鎌足は自信と元気に溢れた声で返した。
⋯⋯今、鎌足が告げた言葉。
鎌足は気付いてはいないものの、それは奇しくも二年前、御頭半蔵と話していた時に鎌足が夢見ていた、未来の鎌足の名乗り━━━、そのままの台詞だった⋯⋯。
「⋯⋯鎌足殿よ、今の技。鎖の先に必殺の刃を秘めるとは。なかなかに考えたものだな」
「⋯⋯いえ.そんな。燈十郎様こそ、流石の腕前。幾つもの流派の剣を、時には全てを薙ぎ払うように猛々しく、時には流水の如く颯爽と。変幻自在にあれ程までに繰り出せるとは、やっぱり凄すぎますよ」
「⋯⋯なに。百八の奥義の内の極一部を披露したまで」
「しかも今まで既に、数え切れない程に多くの鬼を滅してきた御様子。国士無双正宗が鬼の血に反応して光る、そんな特別な力を得ているなんて。鬼切丸もいつかは光るようになるのかなぁ。⋯⋯でもこの正宗さえ有れば、鬼の葬魂など、これからは恐るるに足りませんね」
鎌足の言葉と無垢な笑顔に、燈十郎は今までの謙遜の佇まいが嘘のように、突然大笑いをし始めた。
「はっははは! いやはや、これはすまない事をした」
「⋯⋯え? 何か私、変な事でも言いました?」
燈十郎の笑みの意味がさっぱり分からない。
鎌足は首を傾げた。
「⋯⋯いや実はな。この国士無双正宗が光る、と語ったは、全てが出鱈目なのだ」
「⋯⋯は?」
「⋯⋯光の正体は、これだ」
燈十郎は懐から、小さな巾着を一つ取り出した。
「⋯⋯どういう事ですか? そしてこの巾着は?」
燈十郎は巾着の紐を解くと、その中身をぱらぱらと掌の上に落とした。
「⋯⋯? 何かの粉?」
その粉のような“何か”は、燈十郎の掌の上で、小さな粉粒の山を作っている。
そして座敷内には蒼鬼は全て果てているにも関わらず、何故か今も黄金色の仄かな光を放っていた。
「⋯⋯あれ? 鬼がいないのに光ってる?」
「これは光苔だ」
「⋯⋯光苔?」
「闇の中で光を放つ苔。その中でも特に強く光を強く放つ、中部連峰の山中にしか生えていない、奥飛騨光苔を磨り潰した粉だ」
「⋯⋯この粉、元は苔なんですか?」
「この苔ならばどんな闇でも煌々と照らす、金色の光を放つ。しかもその光は粉の量によって強くなる。⋯⋯なに、先程は蒼鬼どもに刃を向ける前や、刃を翳した後、鎌足殿や蒼鬼の目を盗み、この粉を少々刃に振りかけたまでの事。⋯⋯ぱっぱっ、とな。⋯⋯はははは」
「⋯⋯え、えぇー? ⋯⋯じゃ、じゃあ」
「鎌足殿は先程、目の前の者を人間と信じ抜きたいと願う人間の心を突いた、まさに”葬魂の術“の罠の“真髄”に完全に堕ちていたのでな。こうでもしなければ、村人を前にした拙者の抜刀を理解してもらえぬと思ったのだ」
「⋯⋯なら、刀が光るというのは、真っ赤な嘘ぉ!?」
「⋯⋯騙してすまなかったな。⋯⋯あっははははは」
燈十郎は再び明朗爽快に大笑いした。
そしてその掌の光苔の粉山を鷲掴みにすると、座敷の四つの壁に向かって勢い良く振り撒いた。
「⋯⋯当然に、こんな使い方もできる。⋯⋯見よ」
この時、燈十郎が最後に起こした独楽の剣技による風もまた、座敷の壁際に並ぶ幾つかの行灯の向きを壁側へと変えていた。
その灯りの向きの変化により、既に当初より闇が薄まっていた座敷の壁が今、更に光苔を纏う。
灯り煌めく、その四方の壁には⋯⋯。
⋯⋯大小、無数の人骨が埋め込まれていた。
座敷を囲む四面、その壁一面に所狭しと頭蓋骨、胸骨などの骨、骨、骨、骨、また骨⋯⋯。
「⋯⋯う、げぇっ。これ、みんな”喰った“後の骨?」
鎌足は思わず口元を手で抑え、顔を顰めていた。
その喰われた骨一人一人の生を願う声、死を恐れる声、嘆き悲しむ声の幻聴が、鎌足の耳を襲う。
鳥肌が立ち、背筋が凍り付き、吐き気を催す。
亡き人々が最期に見た景色、蒼鬼たちの狂わしい恐怖の晩餐までもが見える気がした。
「⋯⋯座敷を集中して照らすためじゃない。食べ終えた亡骸たちを埋めてある、この壁面を隠すために、こんなへんてこな一面だけ照らす行灯を並べていたのか!?」
狼狽する鎌足の傍で、燈十郎は静かに呟いた。
「⋯⋯鎌足殿よ、だからあの壁に“あまりもたれかからないほうがよい”、と言ったであろう? 拙者のもたれていたあの壁の下部分だけ、幸いにも骨が無くてな⋯⋯」━━━━⋯⋯。
第103話も最後までお読み頂き、ありがとうございました。ブックマーク、☆評価、顔文字、感想等、良かったらぜひよろしくお願いします。その優しさや応援が新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。
※ちなみに燈十郎の“燈”は旧字体、新字体では”灯“になります。六歌戦の和歌の“鬼灯”の”灯“は、燈十郎を暗に指しています。(*^^*)(以上、小ネタでした笑)
次回は燈十郎の目的や役目が明らかになります。そして燈十郎が六歌戦の一人である事を知った鎌足は、気になっていたあの謎について問いかけます。第104話「鎌足と燈十郎」は10月14日〜15日頃の投稿予定です。
引き続き『羅生門怪鬼譚』をよろしくお願い致します。
【改稿履歴】
改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。
過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。
内容は全く変わっていませんので御安心ください。




