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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編 十二

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第102話 浪人笠の男

【登場人物紹介】

伊賀の鎌足(かまたり)━━━━

 江戸城の公儀御庭番(こうぎおにわばん)伊賀組の小頭(こがしら)の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の半刃(はんじん)『鬼切丸(おにきりまる)』と共に、鬼が現れた京都に援軍として派遣された。裏では極秘に朝廷探索の密命も帯びていたが、何者かの侵攻による伊賀の危機の報に、一時御所を離れる事を決断する。鬼切丸(おにきりまる)の残りの半刃(はんじん)を求め、出羽(でわ)へと一人旅立つ。

 森の中で道に迷い、とある小さな村へと辿り着いた鎌足(かまたり)は、鬼に纏わる奇怪な事件に遭遇する事になる。


謎の浪人笠の男━━━━

 鎌足(かまたり)が通された奥座敷で、村人たちから“鬼”と呼ばれて取り囲まれていた、正体不明の旅の剣客風の謎の男。


 ━━━━⋯⋯「鎌足(かまたり)よ、あの剣客(もの)、あの刀、どう見た?」


 伊賀御庭番衆御頭、服部(はっとり)半蔵(はんぞう)がぼそりと呟いた。


「⋯⋯とにかく凄く強い。⋯⋯ただそれだけとしか」


 隣に立つ鎌足(かまたり)が、心無しか委縮した声で小さく言葉を返す。


 鎌足(かまたり)と半蔵(はんぞう)の視線の先、二人から遠く離れた場所に、無造作に伸びた茶色がかった長髪を風に靡(なび)かせながら、黒の羽織を纏(まと)う男が悠然と立っている━━━━⋯⋯。



 ⋯⋯━━━━それは今を遡る事、二年。

 享保(きょうほう)十一年、春。

 年の干支(えと)は、縁起の悪いと言われる丙午(ひのえうま)、その厄を払うために、一と一の揃目(ぞろめ)、十一(といち)に験(げん)を担いで催された、江戸城中庭における御前試合での出来事だった。


 徳川将軍や老中(ろうじゅう)幕閣(ばっかく)たちを前にしたこの御前試合は、日本(ひのもと)全六十九国、三百藩、北から蝦夷(えぞ)から南は琉球(りゅうきゅう)まで、名だたる剣客(けんきゃく)や武芸者たちが一堂に集い、勝抜き方式で己の鍛え抜いた剣技を披露する場だった。


 将軍も列席、剣技を見物する公の一大行事。

 各藩の来賓席の中に、現徳川政権を恨み、将軍暗殺を画策している者が居る可能性も否定できない。

 また武芸者たちに関しても、身分を偽った暗殺者が紛れ込んでいる可能性も捨てきれない。

 将軍の護衛には最新の注意が払われ、当然に公儀御庭番(こうぎおにわばん)である伊賀一族も、半蔵(はんぞう)や鎌足(かまたり)はじめその全員が、木の上、陣幕の背後、果ては水遁(すいとん)術で池の中にまで潜み、随所で警備の目を光らせていた。



 鎌足(かまたり)は呆けながら、その男を見つめ続けている。

 そんな鎌足(かまたり)に半蔵(はんぞう)が微笑みながら声をかけた。


「⋯⋯見惚れたか。あの剣裁き。今までに何度か御前試合は見てきたが、十人抜きを見るのは初めてだ。しかもそのどれもが秒での勝利。見よ、息が乱れるどころか、汗一つかいてはおらぬ」


「⋯⋯まだ歳は二十半ばに見えるのに、あの柔と剛を兼ね備えた動き、凄すぎます。直心影流(じきしんかげりゅう)の道場主や、念流(ねんりゅう)の高名な武芸者ですら、まるで赤子の手をひねるようにあんな容易く⋯⋯。あーあ、勝ち抜きが最大で十人までだなんて惜しいなぁ、もう少し見たかったなぁ」


「⋯⋯ふふふ、いつも自信満々な御主が、形無しか? 何なら次は特別試合、御主が真剣で挑んでみるか?」


「⋯⋯へっ? ⋯⋯い、嫌ですよ。敵いませんよぉお」


「⋯⋯そうか。⋯⋯ふふふ、まあ、気持ちは分かるぞ。あの強さ、幻斎(げんさい)爺の全盛期よりも勝っているかもしれん。俺の目をしても、それ程までに見えたからな」


「⋯⋯え。⋯⋯な、なら私などが到底に及ぶ所ではありませんよぉ。⋯⋯でも、そんな凄い剣客が市井(しせい)にはまだ居るんですねぇ。日本(ひのもと)は広い。⋯⋯浪人かな? 剣で名を売って仕官を探そう、そんな口でしょうか?」


「いや。仕官には一切興味は無いらしい。あれ程までの剣腕を持ちながら、未だ己の武を高めるための旅の途中なのだそうだ。しかも高きはそんな武や志だけに非ず。勝っても奢(おご)らず、心優しく、貧しき者には親身になって寄り添う。人のできた素晴らしい大人物と聞いている」


「⋯⋯へぇ。そんな立派な方なんだぁ。御頭(おかしら)、あの人についてぜひ詳しく教えてください。見習わなくっちゃ」


「そうだな。優れた者の生き様を見知るのも、また一つの良き修練になろう。御主もあの男を身習い、更に厳しい修練を重ね心を磨き、一刻も早く、小頭(こがしら)に推挙されるくらいにまでならなくてはな」


「えっ、新参者の私が小頭(こがしら)に!? ⋯⋯え、えへへ。⋯⋯もし本当に小頭(こがしら)になれたら、⋯⋯こ、困るなぁ、照れるなぁ。⋯⋯私の名は伊賀(いが)御庭番(おにわばん)、“小頭(こがしら)”の鎌足(かまたり)だ!! ⋯⋯かぁ。⋯⋯え、えへ、えへへへ」


「⋯⋯何をにやにやしている? ⋯⋯それと、⋯⋯見るがいい。あの刀を」


「えっ?」


 件(くだん)の十人抜きの男は、用は済んだとばかりに早くも試合用の木刀を置き、上座に退席の一礼をしていた。

 その手には一振りの漆黒の刀が握られている。

 燦(さん)々とした陽の光を浴び、男の掌の中で黒水晶のように美しく輝いている黒鞘(くろさや)。

 鎌足(かまたり)の目には鞘(それ)は、まるで比類無き強さの象徴⋯⋯、黒い龍の鱗(うろこ)のようにも見えてならなかった。


「⋯⋯わ、龍だ、刀に黒い龍が宿っている。⋯⋯凄い刀だ。抜かなくても氣で分かるや。間違い無く名刀だ」


 鎌足(かまたり)は思わず呟いていた。


 御頭(おかしら)の語った言葉通り、男は最後まで清々しい人格者だった。

 倒した十人全員に声をかけ、試合で自身が与えた傷を気遣い、互いの武を讃え、警備や審判の侍たち一人一人に至るまで丁寧に礼を尽くし、それらを全て終えると、心残り無しとばかりに羽織を颯爽(さっそう)と翻す。

 そして誉(ほまれ)を求めるでもなく、褒美の見返りを受けるでもなく、無言のままに試合場を立ち去っていく。


 その姿に半蔵(はんぞう)も感嘆の声をあげる。


「⋯⋯流石(さすが)、あの刀の主に相応しい振る舞いだ。⋯⋯鎌足(かまたり)よ。あの刀は日本(ひのもと)でも特別な刀(ひとふり)。神君(しんくん)家康(いえやす)公とも縁(ゆかり)がある、選ばれし真(まこと)の豪(ごう)の者しか持てぬ刀なのだ」


「⋯⋯えっ、そ、そんな凄い刀なんですか?」


「⋯⋯ああ。⋯⋯日本(ひのもと)全土、武の道を志している剣客(もの)たちにとって、大将となるべき器(うつわ)の者が持つ刀⋯⋯、そう言ってもよいくらいの至宝の名刀だ」


「⋯⋯お、御頭(おかしら)っ、あの刀の銘(めい)、何て言うんですか? それと、あの剣客(けんきゃく)の姓名(せいめい)は? 私もあんな刀が持てるように、小頭(こがしら)になれるように、頑張らなきゃだから!!」


 目をきらきらと輝かせている鎌足(かまたり)に向けて、半蔵(はんぞう)は何処(どこ)か嬉しそうに、刀と男の銘名(な)を告げた。



「⋯⋯ふふ、あの刀の銘(めい)は━━━━」━━━━⋯⋯

 






⋯⋯━━━━「⋯⋯あ、あの、⋯⋯いや、その刀は!?」


 記憶を辿りながら、鎌足(かまたり)は思わず叫んでいた。


 立ち上がった浪人笠(ろうにんがさ)の男。

 その男の身体と共に行灯(あんどん)の陰の中からゆっくりと朧気に現れ、そして男の胸元に翳(かざ)されていく一振りの刀。


 まだ抜かれてはいない、その漆黒の漆塗りの鞘(さや)が、左右背後の無数の行灯(あんどん)の光を纏(まと)いながら煌(きら)めきを放つ。


 鎌足(かまたり)にとってその鞘(さや)の漆黒は、まるで永い眠りから目覚め、眠りを妨げた邪魔者を探して首をもたげていく、黒き龍の鱗(うろこ)。

 そしてその黒光りもまたゆっくりと瞼(まぶた)を開いていく、龍の鋭い眼(まなこ)に見えていた。


 綾麿(あやまろ)の持つ村雨(むらさめ)のような、金色の蒔絵(まきえ)や装飾などの豪華絢爛(ごうかけんらん)な派手さは無い。

 だが刀(それ)を改めて目の前にした今、確実に断言できる。

 村雨(むらさめ)と同じく、まさしく名刀中の名刀。

 日本(ひのもと)の歴史千七百年に渡り脈々と息吹いてきた、剣豪(けんごう)剣客(けんきゃく)武士(もののふ)たちの魂、その全てが宿っているような重厚かつ威厳に満ちた刀だった。


「⋯⋯あ、あ、⋯⋯あああ」


 その圧倒的な存在感を前に、鎌足(かまたり)が狼狽(ろうばい)する。


 刀だけではない。

 男の放つ氣もまた凄まじい圧だった。

 無造作に座していた時は、まるで感じなかった闘氣。

 それが今は、焙烙玉(ほうらくだま)が爆発するように一気に目の前で弾け、男の全身から漲(みなぎ)り迸(ほとばし)っている。

 氣は見えない強烈な風となり、吹き荒ぶ嵐となり、自信満々に構えていた鎌足(かまたり)の心に襲いかかる。

 鎌足(かまたり)の二本の脚も今、座敷の畳の上を堅く踏み締めながらも、その心は既に遥か彼方へ。

 自信も強気も、また闘気すらも、外の漆黒の闇の中へと吹き飛ばされていた。


「⋯⋯と、十一(といち)の丙午(ひのえうま)。⋯⋯将軍家、御前試合(ごぜんしあい)」


 口から記憶の欠片(かけら)が漏れ出る。

 二年前に目にした、“あの日”の柔と剛の華麗な剣技の衝撃が、鎌足(かまたり)の脳裏に今、鮮明に蘇っていた。

 そしてその記憶の邂逅(かいこう)と反比例するように、先程までの鎌足(かまたり)の威勢は夜の露(つゆ)と消えていく。


 鎌足(かまたり)は震える手で浪人笠(ろうにんがさ)の男と黒刀を指差しながら、その記憶の核心を口にしかけた。


「⋯⋯と、すると、⋯⋯あ、貴方の名は⋯⋯」

 

 しかしそんな鎌足(かまたり)の言葉を遮るように、浪人笠(ろうにんがさ)の男の方が先手を取る。

 翳(かざ)した黒刀ではない。

 笠の下に覗かせる”口“から生まれた言霊(ことだま)が、刃のように鋭く、鎌足(かまたり)の名前の呟きを止める。


「⋯⋯ほう。ふふふ、伊賀と名乗った故(ゆえ)、もしやとは思ったが。この刀、見知っておったか。と言う事はやはり“あの時”、周囲に潜んでいた者の一人だったようだな」


 それはこの男の独り言のようでもあり、鎌足(かまたり)への問いかけのようでもある。

 不思議な笑みだった。


「⋯⋯拙者の話、信じてくれるのか? 鎌足(かまたり)殿」


 そんな掴み所の無い男の笑顔と黒刀を前にして、鎌足(かまたり)は名前を呟くのも忘れ、まるで壊れた絡繰(からくり)人形のように、カクカクとぎこちなく軽く頭を上下させる。 


「⋯⋯ならば、今は拙者の名などよりも、まずはこの状況の打破。⋯⋯そうであろう?」


 これもまた不思議だった。

 感情的な鎌足(かまたり)には到底に出来ない氣を操る能力(ちから)。

 鎌足(かまたり)に進言する男の身体からは、つい今しがたまで感じた闘氣の波風は、嘘のように一瞬で消え失せていた。


「⋯⋯は、はい」


 思わぬ再会にまだ動揺の中にある鎌足(かまたり)が、目を丸くしながら今度ははっきりと大きく、上下に首を揺らした。



 ⋯⋯その時だった。



 鎌足(かまたり)の背後から唐突に叫ぶ者があった。

 それは一向に動こうとしない鎌足(かまたり)に、痺れを切らしたような焦燥感に溢れた声。

 そして今まで以上に顕(あらわ)になった明確な”意思“⋯⋯。



「⋯⋯━━━━殺せ!!」


 

 その声のあまりの強さに呆けていた鎌足(かまたり)が我に返る。

 そして即座に背後を振り向いた。


(⋯⋯はッ!!)


 その声の主は村長(むらおさ)の妻だった。


 改めて目にする村長(むらおさ)の妻。

 この浪人笠(ろうにんがさ)の男に投降や刀を迫っていた先程よりも、今は明らかに怒りと興奮で顔は火照り、目も狂わしいまでに血走っている。


 周りを取り囲む村人たちも同様だった。

 誰も彼もが眉を顰(しか)め、怪訝(けげん)な表情を浮かべていた。


 浪人笠(ろうにんがさ)の鬼を斃(たお)す⋯⋯そんな大きな啖呵(たんか)を切り、刃を向けながらも、最後は躊躇(ちゅうちょ)してしまった鎌足(かまたり)。

 その動きが村人たちの怒りと憎しみの炎に油を注ぎ、反発と増長を招いてしまったのだろうか。

 誰からとも無く、だった。

 村人たちの心の声はすぐに殺伐とした言葉と変わり、戸惑う鎌足(かまたり)の前で激しく重なり連なっていく。


「⋯⋯殺せ」

「⋯⋯殺せ、鬼を殺せ」

「⋯⋯この村さから、出すでない」

「⋯⋯絶対にこの奥座から、生きて帰すな」 


 その声のどれもこれもが淡々としていた。

 凍えるような寒さを纏(まと)った声だった。

 そして何よりもその言葉一つ一つから、確かな憎悪や殺意が感じられた。


(⋯⋯ッ!?)

 

 二十を超える数、一気に押し寄せる殺気。

 そのあまりもの圧に、村人たちに心を重ねていた鎌足(かまたり)ですら、危険を察知する本能が村人たちへの同情(それ)を上回っていた。

 次の瞬間、鎌足(かまたり)はこの無数の殺意から逃れるため、半ば無意識に大きく後方へと飛び退いていた。



「⋯⋯皆さん、どうか落ち着いて! ごめんなさい、私、勘違いしてたみたいです。この方は鬼ではありません、いや、絶対に皆さんの頼りになる、とても強くて、とても立派な方なんです! この私が保証します!」


 鎌足(かまたり)は村人たちに必死に自制を呼び掛けた。


 そんな鎌足(かまたり)のすぐ隣には今、攻めるべき相手から守るべき相手へと変わった、浪人笠(ろうにんがさ)の男が薄笑いを浮かべながら佇んでいる。


「⋯⋯ふふふ、可笑しくも不思議なものだな。つい今しがたまで刃を交えようとした二人が、こうして今は肩を並べて、武芸に拙い村人たちと向かい合っている。⋯⋯はははは、滑稽(こっけい)な話だ」


「⋯⋯ちょ、ちょっと! 今はそんな冗談を言っている場合じゃないでしょう!? 皆に事情を分かってもらわないと! 鬼と勘違いされたままでいいんですかぁ!?」


 鎌足(かまたり)が真剣な表情で男に向かって叫んだ、その時。

 目の前の村長(むらおさ)の妻から次に飛び出した怒号は、鎌足(かまたり)が予想だにしていなかった言葉だった。



「⋯⋯━━━━殺せ!! あの女子(おなご)も、殺せ!!」



「⋯⋯なッ!? ⋯⋯ち、違⋯⋯」


 鎌足(かまたり)は驚きで思わず後退(あとずさ)りする。


「⋯⋯あの女子(おなご)も鬼じゃ! 鬼の仲間じゃ!」


 村長(むらおさ)の妻の激しい罵りに引っ張られて、他の村人たちもすぐに追随(ついずい)を始めていた。


「この女も笠の男の仲間だったのか! 儂(わし)たちを言葉巧みに上手く騙しおって! 絶対に許せん!」

「そうだ! こいつも鬼だ! それならばあの男に続いてすぐに現れた、その合点(がてん)もいく!」

「殺せ! 早う殺してしまえ! 奥様が仰る通り、あの女子(おなご)も間違い無い、鬼じゃ!」

「村長(むらおさ)様が亡き今、奥様の命令(めい)が絶対。邪魔な鬼は全て殺す。それがこの村の掟じゃ!!」



(⋯⋯あ、あわわわわ、どうすれば⋯⋯、⋯⋯ッとと)


 後退りした鎌足(かまたり)の背が、行灯(あんどん)の光の当たらない暗い壁に付く。

 もう逃げ場は無い。

 完全に壁際にまで追い詰められていた。


 一方、浪人笠(ろうにんがさ)の男の方は余裕綽々だった。

 軽く溜め息をつくと、悠然と数歩後ろに退く。

 そしてあたふたと思案に暮れている鎌足(かまたり)の隣に寄ると、至って冷静に呟いた。


「⋯⋯鎌足(かまたり)殿。余計な御世話かもしれぬが、其処(そこ)の壁、あまりもたれかからないほうがよい。どうせもたれかかるなら、拙者のように下側にした方がよい」


「⋯⋯はぁ!? 貴方だけじゃなく私まで疑われてるって時に、何を訳の分からない事を言ってるんですか!? ⋯⋯え、えっと、⋯⋯み、⋯⋯いや、⋯⋯と⋯⋯? ⋯⋯んと、⋯⋯うーん」


「⋯⋯ん? もしかして拙者の呼び名か?」


「⋯⋯あ、⋯⋯は、はい」


「⋯⋯そうだな、⋯⋯うーん、⋯⋯笠地蔵でよい」


「⋯⋯は!? それはちょっと⋯⋯」


「⋯⋯ん、そうか。⋯⋯なら今は“浪人(ろうにん)さん”でよい」


「⋯⋯浪人(ろうにん)さん? ⋯⋯ん、わ、わかりました。⋯⋯で、ろ、浪人(ろうにん)さん? まずいですよ、この状況。余計な話なんてしてる場合じゃない!」


「ならば余計では無い話をするとしよう。鎌足(かまたり)殿。先程の問いかけの続きだ。⋯⋯聞かせてくれ。何故(なぜ)拙者の話を信じた? 刀に覚えはあっても、拙者が鬼でないという確証は何処(どこ)にも無かったはずだ。あの御前試合で見た拙者の力量ならば鬼には負けぬ、そう踏んだのか?」


「⋯⋯いえ。それもありますが、⋯⋯さっき調べたあの村長(むらおさ)の亡骸(なきがら)。喰われる前、明らかに複数の刃か複数回の太刀で、念入りにとどめを刺すよう斬られていました。貴方程の剣腕(うで)ならば、あの御前試合のように一撃で仕留めるはず。あんな傷にはならない。⋯⋯だからです」


 鎌足(かまたり)は凛とした顔で呟いた。

 その返事に“浪人さん”は笠の下の口元を緩ませる。


「⋯⋯ははは、素晴らしい洞察力だ。流石だ、鎌足(かまたり)殿。その洞察力のお陰で女子(おなご)を斬る事はしないで済んだ」


「⋯⋯えっ、わわわ。もしかして私が話を信じずに刃を引かなかったら、私は斬られちゃってた!?」


「⋯⋯勿論(もちろん)。⋯⋯峰打ちで、だがな。⋯⋯ははははは」


「⋯⋯は、はは(⋯⋯ほっ。良かった。私が賢くて)」


「⋯⋯で、上座で横たわる村長(むらおさ)⋯⋯だったか。先にも言った通り、あの男を喰うたのは紛れもなく鬼」


「ですが、貴方でない以上、此処(ここ)にはもう鬼など⋯⋯」


「それぞまさしく、”葬魂(そうこん)の術“」


「⋯⋯えっ」


「⋯⋯此処(ここ)に居るのは、拙者たち二人を除けば二十一名。男が十、女が八、子供が三。そしてそれとは別に、村長(むらおさ)の亡骸(なきがら)が一⋯⋯。鎌足(かまたり)殿よ。この中にこそ、人を喰い漁った残虐非道な鬼がいる⋯⋯、としたら?」


 村長(むらおさ)の妻の言葉に続き、今の言葉もまた鎌足(かまたり)にとって驚天動地、想像の範疇(はんちゅう)を超えた一説だった。

 浪人笠(ろうにんがさ)の男が鬼ではないと分かった以上、悪行に及んだ鬼はもう外の闇の中に消えた、そう思っていた。

 いや、無理にでもそう思おうとしていた。

 しかし現実的にはやはり、今の説の方が何倍も説得力があるように思える。

 そしてもし今の話が本当ならば、鬼の脅威はまだこの座敷の中に蠢(うごめ)き、村の恐怖は続いている事になる。


「⋯⋯そ、そんな、信じられない。あの人たちの中に、鬼が!?」

 

「⋯⋯だからこれも先に言ったであろう? この座敷に違和感を感じぬか? そして目の前で見た事、聞いた事に、何か矛盾を感じぬか? ⋯⋯と」


「⋯⋯ッ!?」


 今は信じるに足りる、この浪人笠(ろうにんがさ)の男からの核心を抉(えぐ)る謎掛けに、鎌足(かまたり)はもう一度、不思議な形状と配置の行灯(あんどん)に囲まれた、この座敷内の全てに目を配る。

 

 警戒心を顕(あらわ)にし、狐のように吊り上がった目を細め、睨みつけてくる村長(むらおさ)の妻。

 離れた左右の壁際に呆けて並ぶ、三人の子供たち。

 門扉(もんぴ)を開ける問答をしていた時以上に厳しい表情を浮かべている、下男(げなん)の男。

 後は男女皆、それぞれに鍬(くわ)や鎌(かま)や斧(おの)を手に、鎌足(かまたり)たちをじりじりと半円状に取り囲み、逃げ道を防いでいる。

 先程からずっと変わらない緊迫の光景だけが在った。


(⋯⋯違和感? 矛盾だって? ⋯⋯ッ、くそっ、全然分からない。無理だ、どう見ても皆、人間だ。鬼には見えないよ。しかも私たちの武器への警戒が強くて、話をする事、聞いてもらう事すらままならないぞ)


 困惑する鎌足(かまたり)、その脳裏にふと浮かんだのは、あの東番(ひがしばん)詰所の情景だった。


 平次(へいじ)と大吾(だいご)、どちらが鬼か。

 その真実を見極め、鎌足(かまたり)に激しく追及を重ねていく、綾麿(あやまろ)の厳しい顔と声。


(⋯⋯こんな時、私もあんなふうに強く在れたら⋯⋯、これがもし綾麿(あやまろ)だったなら、一体どうするんだろう? ⋯⋯って、いやいや、何で綾麿(あいつ)の顔が浮かぶんだ?)


 頭の中に浮かんだ綾麿(あやまろ)の残像を打ち消すように、鎌足(かまたり)は首をぶんぶんと左右に振った。


 そして暫くの沈黙の後、鎌足(かまたり)は浪人笠(ろうにんがさ)の男に向かって、申し訳無さそうにおずおずと口を開いた。


「⋯⋯浪人(ろうにん)さん。今、もしこの中に潜む鬼が居たとしても、見抜くのは無理なような気がします。京都のとある綾麿(やつ)から、疑わしき者を縄でぐるぐる巻きにして、暮れ六つを迎えさせ、鬼に戻るかを吟味(ぎんみ)する、という手立ても聞いてはいます。が⋯⋯人数が多すぎます。しかもこの状況では、そんな提案もまともに聞いてくれそうもない。それに私は明日の暮れ六つはまで待てないんです。夜明けと共にすぐ此処(ここ)を発たないといけない⋯⋯」


 少し俯(うつむ)きながら語る鎌足(かまたり)の顔は、どうしたら良いか分からない、そんな苦渋と悔しさに満ちている。

 そんな鎌足(かまたり)に、浪人笠(ろうにんがさ)の男はその笠の下から穏やかで優しい目を覗かせた。


「⋯⋯見抜けぬか。⋯⋯いや、きっと村人(ひと)を想う気持ちが強い、誰一人とて鬼である事を認めたくない、心根の優しさが故(ゆえ)の事。⋯⋯だからこそ人を惑わす葬魂(そうこん)の術は恐ろしく、そして憎むべき邪術なのだ。⋯⋯案ずる事は無い、それが人として、至極当たり前の感情。鎌足(かまたり)殿、御主が人である証拠だ。苦悶(くもん)せずに胸を張っていい」


「⋯⋯えっ」


「⋯⋯案ずるな。⋯⋯かく言う拙者も、朝には京都に発たねばならん。大事な集まりに間に合わなくなるからな。⋯⋯ならば、戯れもこれまで。まずは探していた仲間を労い、その後は⋯⋯、━━━その仲間(もの)の代わりに、鬼を狩るとでもしよう」



 ━━━━鬼を狩る。



 一段と強めに呟かれた“語尾”と共に、鎌足(かまたり)に語りかける穏やかな目は、一瞬にして激しい闘氣に満ちた目へと変わっていた。

 その変化は村人たちも同じだった。

 一斉に手にしている武器を男に向ける。

 浪人笠(ろうにんがさ)の男のその最後の一言によって、明らかに村人たち側の警戒も強まっていた。


「⋯⋯そうそう、鎌足(かまたり)殿。御主にまだ言っては無かったが、拙者は旅の最中だが、狩りの最中でもあってな。闇に紛れながら日本(ひのもと)に害をなす獲物を追い、此(こ)の村と屋敷に辿り着き、そしてこの騒ぎに巻き込まれた」


 浪人笠(ろうにんがさ)の下から覗くその目。

 それは紛れもなくあの御前試合で見せていた、己の剣技に誇りと信念と命を懸け、幾多の修羅場を乗り越えてきた強者(つわもの)だけが放つ、戦いの最中に在る鋭い眼(まなこ)だった。

 そしてその目は、この座敷で起きた怪異全ての真実を確かに見抜いている、力強い黒き龍の双眼(そうがん)でもあった。


「拙者の後を離れず付いてくるのだ、鎌足(かまたり)殿。歩きながらになるが、拙者の読む”真実“を話して進ぜよう」


 浪人笠(ろうにんがさ)の男はそう呟くと、狼狽える鎌足(かまたり)を他所(よそ)に、取り囲む村人たちの包囲網の中へ。


 ⋯⋯ゆっくりと身を投じていった。


「⋯⋯え! あ、あの、⋯⋯浪人(ろうにん)さん!」⋯⋯



⋯⋯「なッ!? 早く! 早く武器を取り上げるのじゃ!」


 村長(むらおさ)の妻の金切り声をきっかけに、一気に座敷の緊張が高まっていく。


「⋯⋯きゃああああああっ」

「⋯⋯お、鬼が、鬼がこっちに来るぞ!」

「⋯⋯ッ! ⋯⋯か、勝手に其処(そこ)を動くな!」

「⋯⋯来るでねえ! 刀を捨てて壁際さ行け!」


 恐れ慄(おのの)く村人たちの威嚇(いかく)と警告の声。

 村長(むらおさ)の妻は汚い言葉を半狂乱で罵(ののし)り叫び続けている。

 その醜悪な声に釣られ、子供たちが泣き叫ぶ。

 そんな必死の声と阿鼻叫喚(あびきょうかん)と化した包囲の輪も、この睨みを利かせ歩みを進める、浪人笠(ろうにんがさ)の男に完全に気圧(けお)されていた。

 村人たち皆が波が二つに分かれるように、男を避けて座敷の左右に散り散りになっていく。



 四方の壁際に並ぶ独特の一面行灯(いちめんあんどん)が、そんな騒々しい座敷内と、壁際の影から抜け出た二人の姿を今、鮮明に照らしていた。

 浪人笠(ろうにんがさ)の男が鎌足(かまたり)の横を通り抜けたその一瞬、今までは壁の暗がりでよく見えなかったその格好が顕(あらわ)となる。

 

 鎌足(かまたり)にとって今や男の代名詞とも言える浪人笠(ろうにんがさ)は、長い間旅路に使っていたのだろうか、想像していた以上に見すぼらしかった。

 もしかしたら戦いの時における視野の確保のためかもしれないが、笠の尖端をはじめ所々藁(わら)はほつれ、意図的に開けたような乱雑な覗き穴がいくつも空いている。


 その笠から覗かせていたのは、無造作に伸びた茶色の混ざる髪。

 口元を隠すためにも使われる、剣客(けんきゃく)用の黒い襟巻(えりまき)。

 剛の剣を振るうための、精悍(せいかん)で逞(たくま)しい身体、日焼けした小麦色の肌。

 これらの特徴は鎌足(かまたり)の記憶の通りだった。


 ただ内衣の上に纏う、黒い羽織。

 これだけは記憶とは違っていた。

 色は同じだが、あの日見た柄とはまるで違う。

 今は無数の“白い花”の柄が縫い描かれていた。

 ほんの一瞬のすれ違いのため、まじまじと見たわけではないものの、視界にちらついた花の柄にはほんの幾つか“赤い花”柄も混じっている気がした。


 鎌足(かまたり)は何故(なぜ)か妙な胸のざわめきは覚えたものの、それでも今は悠長に羽織の柄を気にしている所ではない。


 下座から上座へ。


 座敷の真ん中を悠然と歩き進む男、そのすぐ後ろに背中合わせのようにして、鎌足(かまたり)は身体を預けていた。

 そして前だけを見て進む男の代わりに、鎌足(かまたり)は背後に集中する。

 左右に掃けて行く村人に警戒の目を配りながら、男から間髪離れずにぴたりと付いて、鎌足(かまたり)も後(うしろ)歩きでゆっくりと進んでいく。


 そんな鎌足(かまたり)の視界の端に、行灯(あんどん)の光に更にはっきりと照らされた、羽織の袖の端が再びちらちらと映る。

 やはり見間違いではない。

 白花に紛れて赤花が、ほんの一つ二つ見えた。

 目を凝らしてみたその赤い花は、白い花とは違って、染めも雑で花の枠をはみ出し、何処(どこ)か薄汚れている。


(折角の風流な白花が台無しだ。何だろう、これ?)


「⋯⋯鎌足(かまたり)殿よ」


「⋯⋯えっ、⋯⋯あ、は、はい、浪人(ろうにん)さん」


 背中から不意に聞こえた男の声に、首を傾げかけた鎌足(かまたり)の動きが止まる。


「真実を語るは今。⋯⋯さあ、謎解きと行こうか」


「⋯⋯はい、是非に」


「皆で集まり、食事をしている最中に鬼が現れたた。⋯⋯村人たちは挙(こぞ)ってそう言っていたな。そして、すぐに御主も現れた、と」


「⋯⋯はい、確かに。それは間違いないです。村長(むらおさ)の奥方や、下男(げなん)さん、他の皆さん何人も全く同じ事を言ってましたから」


「ならば、この部屋の様子を見て、何かおかしな事に気づかぬか」


「⋯⋯おかしな? ⋯⋯ん、えっとぉ⋯⋯、ん⋯⋯」


 鎌足(かまたり)は再びがらんとした座敷内部を見渡した。

 そして、ふと”ある違和感(こと)“に気付く。


「⋯⋯あっ! 食事をしていたはずなのに、膳も無ければ料理も無い! 何の形跡も無いぞ! 鬼が押し入ってすぐにこの騒ぎになったのなら、片付けたりする暇なんて無いのに!」


「⋯⋯そうだ。⋯⋯明らかにおかしいだろう」


「でも何で⋯⋯、何であの人たちは皆で嘘を?」


「それは、この亡骸(なきがら)が全ての秘密、謎を握っている」


 気付けば二人は上座、村長(むらおさ)の亡骸(なきがら)のすぐ傍にまで辿り着いていた。


 男は斃(たお)れている村長(むさおさ)の横に片膝をつきながら、ゆっくりと腰を下ろした。


「⋯⋯やはりな。見よ。血の固まりを。今はもうすっかり乾ききっている。御主が先程見た時はどうだった?」


「⋯⋯血? ⋯⋯あ、⋯⋯ほとんど乾いてました! まだ少しは乾いてない部分はあったけど、もしも死んで間も無い時に私が此処(ここ)に来たのなら、血はまだ潤っているはず、乾ききっているのは明らかに変だ! そうか、亡くなってから既にかなりの刻が経っていた、って事か!」


「⋯⋯ああ。そして。鬼が来て暴れたにしては、この座敷は綺麗すぎる。血の痕跡など畳たった数枚。⋯⋯これが、もう一つの真実を照らし出している」


 行灯(あんどん)の光に包まれた浪人笠(ろうにんがさ)の男。

 その横顔が流し目で捉えたのは、亡骸(なきがら)のすぐ隣に転がる、あの“鬼の面”だった。


 浪人笠(ろうにんがさ)の男はその”鬼の面“を手に取る。

 そして笠を目深に被り直すと、鎌足(かまたり)からは見えない笠の下で、きつく歯を食い縛った。


「⋯⋯何故(なぜ)、拙者を待たなかった?」


 小さく、息苦しそうに、そう呟いた直後だった。

 浪人笠(ろうにんがさ)の男は、徐(おもむ)ろに鞘(さや)から刀を抜き放つと、その亡骸(なきがら)の真横の畳に深々と突き刺した。


「⋯⋯この亡骸(もの)が探していた拙者の仲間だ。鎌足(かまたり)殿」


「⋯⋯え!?」


「この者は村長(むらおさ)に非(あら)ず。拙者の門下(もんか)の一人。この呪われた村を調べるために拙者と共に村(ここ)に来た。それが残念ながらこの結果となった⋯⋯。⋯⋯ッ、食事とはな、この仲間(おとこ)の亡骸(からだ)を皆で食す。⋯⋯そういう事だ」


「⋯⋯送り込んだ? ⋯⋯え、どういう事!?」


 浪人笠(ろうにんがさ)の男の眼(まなこ)は、ほんの僅かにぬめりが残る唯一の血溜まりを見つけると、その血を右の二本の指でなぞった。

 そして自身の羽織の左肩、一つの白花の刺繍の上に荒々しく擦り付けた。


「⋯⋯鎌足(かまたり)殿。また一つ、白き徒花(あだばな)が散った。⋯⋯拙者と命を共にする、身に纏(まと)いし百八の隊士の花。赤き血の花となったは、これで六つ目だ」


 この時、鎌足(かまたり)は数々の驚きのあまりに浪人笠(ろうにんがさ)の男の背中を離れていた。

 煌々と上座に集まる行灯(あんどん)の光。

 その無数の光の帯に照らされた男の羽織、その背中を鎌足(かまたり)は初めて目にした。



 その背中には⋯⋯。


 ⋯⋯巨大な般若(はんにゃ)の図面が縫い描かれていた。


 そしてその般若(はんにゃ)の面刺繍は、同じく縫い描かれた刃の閃光によって、眉間から左右に真っ二つにされていた。



 鎌足(かまたり)が背中から退いた事で、村人たちにもその両断された般若(はんにゃ)の刺繍柄が晒される。

 この時の村人たちの動揺は凄まじかった。

 村長(むらおさ)の妻が血相を変えて、わなわなと震えながら、般若面を指差して狼狽(ろうばい)する。


「⋯⋯そ、その無残に断たれし般若(はんにゃ)面! ⋯⋯き、聞いた事があるぞ。百八の剣士から成る、鬼の面を被り、我らを狩り諸国を巡る、憎き人間たちの部隊。そやつらを率いる隊長の男の纏(まと)う衣、その背中には、あの流行(はや)り和歌(わか)を表した、般若の苦面(くめん)が描かれている、と⋯⋯




 百八(ひゃくはち)の 鬼灯(ほおずき)響き 面の影

 

     徒花(あだばな)揺れて 萼(かく)も枯れゆく━━━━



(鬼灯に似た鐘が百八の邪を鳴らす時、影に生きる百八の面たちが、この世に光を灯すでしょう。実を結ばない花が風に揺れるように、彼等の命もまた風の前の灯(ともしび)。鬼灯(ほおずき)の萼(がく)や鐘の音と同じく、枯れて散っていく、そんな儚い宿命を背負いながら今日も戦っています━━━━)




 ⋯⋯そうか、夕刻の鬼面(きめん)の男はやはり御前の仲間ね!

 そして、帝に仕える、鬼を狩る鬼面(きめん)の剣客集団。その名は確か⋯⋯、━━━━『鬼狩隊(きしゅうたい)』」




「⋯⋯その通り。知っていてくれて光栄だ。流石はこの村の副将格の羅刹(おに)。この倒れし男は鹿島(かしま)一刀流の使い手。貴様ら鬼たちの言う村長(むらおさ)の大将は、残念ながらこの隊士(もの)に既に斃(たお)され、一足先に霧と変えられたと見えるな、⋯⋯ふはははは」


「⋯⋯く、ぐうッ、⋯⋯ちぃッ!!!!」



 村長(むらおさ)の妻の激しい舌打ちの中、鎌足(かまたり)だけが何も状況が飲み込めていない。

 すぐ傍に座している浪人笠(ろうにんがさ)の男と、下座の村人たちを見比べながら、右往左往(うおうさおう)していた。


「⋯⋯どうやってこの男を殺めたか? ⋯⋯ふん、当ててやろう。⋯⋯恐らくはそこの小さな子供(らせつ)。あどけないふりをして近づき、隙を突いたのだろう。⋯⋯この隊士(もの)は無鉄砲で猪突猛進な所はあるが、誰よりも子供を好いていて、何より優しかった」


「⋯⋯え。⋯⋯あ、あの、先程から何を⋯⋯? 鬼⋯⋯じゃなくて、⋯⋯鬼たち?」


「⋯⋯鎌足(かまたり)殿。この村はな、三年も前から廃村だ。⋯⋯今は村人は誰一人住んではおらぬ」


「⋯⋯は?」


「⋯⋯だが二か月程前から、この村に羅生門(らしょうもん)を抜けた浮浪鬼(はぐれおに)、羅刹(らせつ)たちが棲み着いた。奴等とて人間と同じ。一枚岩ではない。時に命令に背いたり、脱走を企てる鬼(もの)も出る。不思議なものだ、それが時に各地の鬼の伝承や逸話にもなっていく」


「⋯⋯え?」


「奴等、浮浪鬼(はぐれおに)は葬魂(そうこん)の術で人間に成り切る。記憶を取り込むだけでなく、棲み着いた地の因習や風土を調べ上げる。そしてあたかも何年何十年もその地に生をなす人間のように、上手く振る舞う。そうして地元の人間や、時にはこうして道行く旅人、迷い人を襲い、喰らう」


「⋯⋯え、⋯⋯え?」


「この村がこの近江国(おうみのくに)付近一帯の、根城(ねじろ)となっている。そんな極秘の情報を手に入れてな。それで拙者たちが今日、やって来たという訳だ」


「それって⋯⋯、まさか」


 鎌足(かまたり)の頭が少しずつ言葉の意味を理解していく。


「⋯⋯えっ、ならば、⋯⋯もしそうならば」 



 鎌足(かまたり)の頬を冷たい汗が流れた。


 背後の村人たちは、静まり返っていた。


 鎌足(かまたり)はそんな後方の沈黙を、ゆっくりと振り返る。



 ⋯⋯鎌足(かまたり)の視線の先には、鍬(くわ)や斧(おの)を手に持ったまま、鎌足(かまたり)と浪人笠(ろうにんがさ)の男を、死んだような目で無表情に眺める、男、女、男、男、女、男⋯⋯⋯⋯。


 先程の狼狽(ろうばい)から一転して、何故か突然黙り込んだまま何かをぶつぶつと唱えている村長(むらおさ)の妻。


 あの親しげな顔は微塵も無い、目を見開いて虚ろな眼球をただ左右に小刻みに動かしている、下男(げなん)。


 村人たちの二十一の顔があった⋯⋯。



 ケタケタとけたたましく、子供たちが笑い出す。



「廃村に何故(なぜ)今これ程までの数の村人が居るのか。⋯⋯これぞまさに羅生門(らしょうもん)が生みし、”怪鬼譚(かいきたん)“。そう思わぬか、鎌足(かまたり)殿。奴等、鬼にとっては鬼面を被る拙者たちこそが鬼。皮肉にも此処(ここ)“怪鬼譚(かいきたん)”の修羅場(ば)では、人が鬼、鬼が人なのだ」


「⋯⋯ら、羅生門(らしょうもん)の存在まで知っているのですか。⋯⋯浪人(ろうにん)さ⋯⋯いや、あ、貴方は一体!?」


「⋯⋯拙者の面は背中の般若(はんにゃ)面。殺した男が拙者と顔見知り、仲間だとすぐに気付かなかったろう? 腹と喉の渇きを満たすため、体(てい)良くその場しのぎを演じ、たまたま居合わせただけの鎌足(かまたり)殿を欺こうとしたばかりか、拙者を丸腰にしようと刀まで渡せとは⋯⋯、笑わせる」


 畳に刺さる刀の柄(つか)に手をかけ、浪人笠(ろうにんがさ)の下から宿命に燃える熱い眼(まなこ)を煌(きら)めかせながら、男は凄みを感じさせる声で呟いた。



「⋯⋯夜(よ)も更けた。もうまもなく日も変わろう。さあ、三文芝居は終わりにしようか。地蔵や仏も、鬼へと変わる。⋯⋯悪鬼羅刹(あっきらせつ)どもを狩るには、相応(ふさわ)しい頃合(ころあ)いだ」━━━━。




第102話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回、第103話「鬼狩り」は、10月10日〜12日頃の投稿予定です。なるべく早めに投稿できるようにします!

引き続き『羅生門怪鬼譚』をよろしくお願い致します。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

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