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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
第一鐘 京都六歌死闘編 十二

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第101話 鬼の村

【登場人物紹介】

伊賀の鎌足(かまたり)━━━━

 江戸城の公儀御庭番(こうぎおにわばん)伊賀組の小頭(こがしら)の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。七十年前に鬼を滅した伝説の半刃(はんじん)『鬼切丸(おにきりまる)』と共に、鬼が現れた京都に援軍として派遣された。裏では極秘に朝廷探索の密命も帯びていたが、何者かの侵攻による伊賀の危機の報に、一時御所を離れる事を決断する。鬼切丸(おにきりまる)の残りの半刃(はんじん)を求め、出羽(でわ)へと一人旅立つ。


 ━━━━「⋯⋯同じ突然の来客とは言え、先に現れたその男の方は、村にとっては望まぬ御客人でしてね」


 下男(げなん)はそう言いながら、廊下の最奥の扉を開いた。



 ━━━━村長(むらおさ)の屋敷。

 長い廊下の先に待っていた、鎌足(かまたり)が通された場所。

 其処(そこ)は畳数十枚にも及ぶ、三百年にも及ぶ歴史や由緒を感じる広い縦長の奥座敷だった。


 がらんとしていて何も無い座敷、その壁際には三十基以上もの行灯(あんどん)がずらりと並ぶ。

 この村の習わしなのか、油の節約なのか、それとも灯りを室内側に集約させる何かの目的があるのだろうか。

 一基四面の行灯(あんどん)、壁に近い側の三面だけは不可解な事にどれも黒く塗り潰され、残りの一面だけが座敷の中央を縦に渡り煌々と照らしている。

 その反面、塗り潰された面側に当たる座敷の四方の壁には、行灯(あんどん)の光はほとんど当たっていない。

 奥座敷はまるで、闇の中の光の異世界。

 幻想的でもあり、また奇妙すぎる光景でもあった。


 しかし今、座敷に足を踏み入れた鎌足(かまたり)の瞳を釘付けにしているのは、そんな謎の行灯(あんどん)の灯火ではない。

 行灯(あんどん)が照らす先、一段上がった上座の真下。

 この座敷で起きたばかりの悲劇だった━━━━。




 ━━━━「⋯⋯酷(むご)い」


 鎌足(かまたり)は顰(しか)めた顔を掌で覆いながら思わず呟いていた。


 すぐ目の前の畳には、全身血だらけの男が横たわっている。

 鎌足(かまたり)を案内してきた下男(げなん)の話ならば、この男こそが“殺された”村長(むらおさ)なのだろう。


 先代から村長(むらおさ)を襲名したてなのだろうか、男はまだ二十代半ばに見えた。

 死後硬直が始まり、両手を広げ仰向けになった身体。

 天井を睨みつけるように、見開いた瞳孔(どうこう)。

 そして断末魔の叫びが今にも聞こえてきそうなほど、ぽっかりと虚しく開いた口腔(くち)。


(⋯⋯血がほとんど乾ききっている)


 鎌足(かまたり)が傷口を見ながら呟く。


 身体にできた数多くの裂傷、そして目鼻耳以外にも乱雑に空いた無数の顔の穴からは、相当の血が滴り流れた形跡があった。

 小綺麗に手入れの行き届いた畳の中、この亡骸(なきがら)の真下の数枚の畳だけが、赤黒い血の染みで薄汚れていた。


 鎌足(かまたり)も戦いの世界に生きる忍。

 しかも伊賀忍の小頭(こがしら)。

 市井(しせい)の人間よりは、遥かに死は見慣れている。

 しかし今、そんな鎌足(かまたり)をも驚かせたのは、その亡骸(なきがら)が纏(まと)う傷の“異様さ”だった。

 その全身はまるで獰猛な野獣たちの檻に放り込まれたように、見るも無惨に引き裂かれ抉(えぐ)られていたのだ。


(⋯⋯刀か何かは分からない。けれど、まず鋭い無数の刃で傷を受けた後、━━━喰い散らかされてる。⋯⋯色々な亡骸(なきがら)を見てきたから分かる。山の獣の仕業でもない。ましてや正常(まとも)な思考の人間から受けた傷でもない。半信半疑だったけど、これは⋯⋯━━━━)


 この時、鎌足(かまたり)の頭を真っ先に過(よぎ)ったのは、京御所で見たあの蒼紅(あおあか)の異形(いぎょう)の群れだった。

 人外の力で、人間を叩き潰していく怪物たち。

 直接に目の当たりにした事は無いが、幻斎(げんさい)からはそのような習性が有る事も聞いていた。


⋯⋯(奴等の中には、時に人を喰らう者もいる)⋯⋯


 亡骸(なきがら)を見下ろしていた鎌足(かまたり)はゆっくりと顔を上げ、眼(まなこ)を鋭く細める。

 そしてまるで戦場の最中に居るような、真剣な表情で呟いた。



「━━━━⋯⋯本当に”鬼“の仕業かもしれないぞ」



 その時、鎌足(かまたり)は亡骸(なきがら)の顔のすぐ真横に、血に塗(まみ)れた”ある物”が転がっている事に気が付いた。

 それは鎌足(かまたり)の疑念や畏怖(いふ)を嘲笑う、まさに能楽(のうがく)等で使われるような“鬼”の面だった。


(あれれ、こんな所に鬼面(きめん)が落ちてる? 誰かがわざと置いた? それか死者を弔う何かの因習や咒(まじな)いの類(たぐい)?)


 鎌足(かまたり)は首を傾げながら、謎の鬼の面を拾い上げた。


(⋯⋯これ、ただの鬼面(きめん)、般若(はんにゃ)面じゃないぞ。元はただの人の面だ? 後からわざと角を二本付けてる?)



 ⋯⋯この時、不穏な死と鬼面(きめん)の謎に直面している鎌足(かまたり)を他所(よそ)に、亡骸(なきがら)の横たわる上座の反対側、下座では先程から騒々しいざわめき声が延々と続いていた。

 その先には老若男女、多くの村人が立ち並んでいる。

 まだ櫻(さく)とさほど歳が変わらないような子供まで何人か居る事から、下男(げなん)の言葉通りに”村人総出“でこの座敷に集まっているように見えた。


 しかし年の功が物を言いそうな“村の寄合(よりあい)”の場にしては、何故(なぜ)か年寄りの姿は一人も無い。

 若い男女ばかりがおよそ二十数名。

 ましてや子供を除いたその全員が、鍬(くわ)や鎌(かま)や斧(おの)など物騒な刃物を手にしている。


 そんな物々しい出で立ちの村人たちが今、やんやと騒ぎ立てながら、ぐるり半円状に取り囲んでいるのは、上座と反対側となる下座の真正面。

 行灯(あんどん)の光の当たらない、壁際に腰を下ろした何者か━━━━⋯⋯。



 ⋯⋯それは鬼ではなく、人間。



 ⋯⋯━━━壁の闇にもたれかかりながら悠然と腕と脚を組んでいる、武芸者風の男の影だった。



(見た目は明らかに人間。鬼じゃなさそうだけど)


 鎌足(かまたり)よりも一足先にこの屋敷を訪れ、そして目の前の村長(むらおさ)を殺めてしまったと言う件(くだん)の客人。

 そして人を喰い散らかした異常の殺人鬼。

 それがこの男なのだろうか。


 黒の筒袖(つつそで)の上に更に色濃い漆黒の打裂羽織(うちさきばおり)を纏(まと)い、裾(すそ)の広い野袴(のばかま)を履いた、いかにも全国を旅行脚(たびあんぎゃ)していそうな素浪人(すろうにん)風の出で立ち。

 男は室内に居るも関わらず、まだ旅路用の浪人笠(ろうにんがさ)を深々と被り、しかも草鞋(わらじ)も履いたままだった。


 土足である事は不可解に思えたものの、その“見た目”に鎌足(かまたり)は思わず安堵の吐息を漏らしていた。


(⋯⋯ただ)


 しかしすぐにあの京都での戦い、辛い記憶が自身の楽観的な考えを戒める。



(⋯⋯鬼には、”あの術“がある)



 脳裏に浮かんだのは甚左(じんざ)たちの最期の姿。


(いけない、いけない。油断は禁物だ。現にこの亡骸(なきがら)の酷さは人間の仕業とは思えない。⋯⋯とすれば、あの男は人間に見えてもやっぱり⋯⋯)


 手にしている娯楽の鬼面(きめん)や装飾の二本角ではない。

 人間と思えた姿が、一瞬にして禍々しい本物の二本の角を持つ、邪悪な蒼鬼紅鬼(おに)へと変わる。

 鎌足(かまたり)があの時の苦い記憶を思い出していた、この時。

 


 ⋯⋯その疑惑の男を取り囲む村人たちの中央に、先程からずっと甲高い声を上げ続けている若い女性が居た。

 どうやらこの肝の座った女性が、門前にまで聞こえた怒号の主らしい。

 その立ち位置や他の村人とは違う派手目の着物柄から推察するに、この女性は恐らくは村長(むらおさ)の妻なのだろう。

 村人たち全員の意思や怒りを代弁するように、その声も顔も緊迫の熱を帯びていた。


「⋯⋯四半刻(しはんとき)(※30分)も何度同じ事を言わせるのです!? 観念して、その横に置く刀を差し出しなさい!」


「⋯⋯⋯」


「村の者の神聖な場、当奥座を土足で汚す、憎き鬼め! さあ! 抵抗は止め、武器(えもの)をこちらに渡すのです!」


「⋯⋯⋯」


 ⋯⋯刀を渡せ、抵抗はするな。


 それは刺々しく激しい命令口調だった。

 しかし命じられた笠の男は何も語らない。

 黙して語らずを貫いていた。

 笠の下から覗かせている涼やかな口元だけではない。

 余裕に組んだ腕も、そして片膝を立てて伸ばした無造作な脚も、何一つぴくりとも動かない。

 まさに大胆不敵。

 そんな言葉が似合う程に平然と居直ったままだった。


 村人と男のやり取りを眺めている鎌足(かまたり)の隣で、下男(げなん)が暗い表情で呟いた。


「⋯⋯今日は新月(しんげつ)前。村の皆が一堂に集まる寄合(よりあい)の日。皆で食事をとっている最中、あの笠の御客人⋯⋯いや、あの殺人鬼が突然に現れ、この凶行に及んだのです」


「⋯⋯なるほど。それで子供さんも居るんですね」


 鎌足(かまたり)は目を凝らし、改めて男を念入りに見つめた。

 独特の行灯(あんどん)の光の陰に隠れてぼんやりと見えにくいものの、男は一振りの刀を自身のすぐ脇に立て掛けているように見える。

 どうやらこの刀を渡せ、渡さないで、先程からずっと村人たちと揉めているらしかった。


 そしてこの状況から察するに、肝心の話合いの最終結論も既に下されてしまったようだった。


 総意(それ)は村長の死に対する、数による”報復“。


 相手が二本差しの武士であれ地獄の蒼鬼紅鬼(おに)であれ、力無き村人たちが取り得る、最良かつ唯一の対抗手段。

 ”数の力“でもって仇討(あだう)ちを果たそうとしている。


 少なくとも鎌足(かまたり)にはそう見えた。



(⋯⋯わわわ、大変な場に出くわしちゃったぞ)


 鎌足(かまたり)に動揺が走る。

 きっと村人たちは鬼の真の強さは知らない。

 人が相手ならばまだしも、相手は御所の警備兵すら敵(かな)わない、凶暴な鬼。

 怒りや勢いに任せて刀一本や投降を迫った所で、そう簡単に事が上手く進むはずがない。

 当然に凄まじい反撃を受ける事が想定される。

 鬼を斃(たお)すどころか、逆に村人たちに大勢の犠牲者が出てもおかしくはない。

 返り討ちに遭い、全滅の可能性すら濃厚だった。


(⋯⋯ッ! しかも羅刹(らせつ)じゃなく修羅(しゅら)だったら!?)


 鎌足(かまたり)が思わず狼狽(うろた)えたこの時、その瞳には一人の男の子の横顔が映っていた。

 笠の男を取り囲む、村人たちの半円の外側。

 大人と大人の衣の僅かな隙間から男を覗き込みながら、無垢であどけない表情を浮かべている。


(⋯⋯(櫻(さく)ちゃんっ⋯⋯))

 

 鎌足(かまたり)の脳裏に続けざまに浮かんだのは、昨日御所で会えずに終わった櫻(さく)の笑顔だった。

 櫻(さく)の笑顔と、男の子の姿が重なる。

 櫻(さく)の怯えた顔と、男の子の傷付く姿が重なる。

 鎌足(かまたり)は知らず知らずの内に、その男の子に櫻(さく)の姿を見ていた。


 後はもう無意識だった。

 身体が勝手に動いていた。

 掌から鬼面(きめん)がぽとりと畳に落ちる。

 その掌は今、腰に忍ばせた鬼切丸(おにきるまる)の柄(つか)を堅く掴んでいた。


「⋯⋯下男(げなん)さん! 村の皆で村長(むらおさ)の敵(かたき)を討ちたい、そのお気持ちは痛い程に分かりますが、この場には子供たちもいます! 相手は鬼の疑いのある者、⋯⋯いや、間違い無く鬼! 危険なこの場に私も御力添え致します!」


「⋯⋯えっ!? 御客人!? 脚を怪我しているのでは!?」


「さっきは嘘をついちゃってすみません! ⋯⋯実は私、⋯⋯そこそこ、━━━強いんですッ!!」


 勝ち気な笑顔を浮かべ、叫ぶや否や、だった。

 鎌足(かまたり)は上座から下座までの畳を、僅か二歩で駆け抜けていた。

 立ち並ぶ村人たちの頭上を一飛び、宙で一回転する。

 そして未だに無言を続ける男の前へと颯爽と身を翻し、腰の鬼切丸(おにきりまる)の柄(つか)を掴んだまま熱く啖呵(たんか)を切った。



「やいっ! 浪人笠(ろうにんがさ)の男! いや⋯⋯、人を喰らう邪悪な鬼め! 蒼鬼(あおおに)か、それとも紅鬼(あかおに)か!? 答えろっ!」


「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯得意の黙(だんま)りか。ふん、蒼鬼(あおおに)でも紅鬼(あかおに)でも、どっちでもいいや」


 男とはまだ畳四枚分は離れている。

 互いの刃の届く間合いを目測しながら、鎌足(かまたり)は前傾の姿勢をとっていく。

 それは男の動き次第で即座に鬼切丸(おにきりまる)を抜ける、臨戦体勢でもあった。

 そしてありったけの闘気を込め、男を睨みつけた。


 鎌足(かまたり)の強烈な殺気が男を襲う。

 しかしそれでも笠の男は相変わらず、畳に根が張ったように不動、そして冷静だった。

 片膝を曲げて脚を伸ばし、腕を組んだまま。

 動揺も怯みも、ましてや闘氣すら何一つ見られない。


(⋯⋯私の殺気、流されている!? ⋯⋯こいつッ⋯⋯)


 むしろ鎌足(かまたり)の方が苛立ち、心を乱されていた。

 鎌足(かまたり)は心の中で口を膨らませ、大きく舌打ちする。


(⋯⋯ふん、その余裕も今だけだぞ。まさか通りすがりの旅の女が、鬼を斬る伝説の刀を持っているなんて、夢にも思ってないだろうな。⋯⋯散々に吠え面かかせて、こてんぱんにやっつけてやる!)


 自分には鬼切丸(おにきりまる)という無敵の相棒がいる。

 男(てき)の力は未知数とは言え、鎌足(かまたり)は自信満々だった。

 未だ顔が鮮明に見えない男(てき)に向けて、正義感に燃える鎌足(かまたり)が再び吠えた。


「村長(むらおさ)さんの仇(かたき)討ちだ! ⋯⋯この私、伊賀の鎌足(かまたり)が相手になるぞ!!」


「⋯⋯⋯⋯」



 ⋯⋯その時だった。



 浪人笠(ろうにんがさ)がほんの僅かにぴくりと動く。



 そして鎌足(かまたり)の前で初めて、その男は閉ざしていた口を唐突に開いた。



「⋯⋯旅の女子(おなご)よ」


「⋯⋯はひっ?」


 不意の開口、そしていきなりの女子(おなご)呼びに、思わず鎌足(かまたり)の声が裏返る。


「⋯⋯伊賀と言われたが、もしや江戸の将軍家と何らかの縁(ゆかり)の者か。⋯⋯ふむ、鎌足(かまたり)殿とやら。見た所、旅の途中のようだが。このような修羅場に遭遇してしまうとは、とんだ災難でもあったな。はっはっは、余程に不運の星の下に生まれたと見える」


 それは斜に構えた、ぶっきらぼうな声と笑み。

 しかし凛々しく芯のある、力強い響きだった。


 そしてそれは反面、女子(おなご)ながらに大層な見えを切る鎌足(かまたり)を見下し挑発する、余裕に満ちた上から目線の言葉にも聞こえた。


「⋯⋯何だとぉお! もう一遍(いっぺん)言ってみろおぉ!?」


 案の定、短気な鎌足(かまたり)は顔を真っ赤にして、“当たり前”の反応で返した。

 しかし男はそんな怒髪天(どはつてん)の鎌足(かまたり)にも構う事無く、まるで空気と話しているように淡々と言葉を続けていく。


「そして口を開いたついでだ。先程からあれこれ喚(わめ)き散らしている、鎌足(かまたり)殿の背後に隠れし女性(にょしょう)よ。何度言われても、この愛刀(かたな)は拙者の体の一部。渡すことはできぬ」


 それは鎌足(かまたり)の背後に佇む、村長(むらおさ)の妻に対して発した言葉だった。


 その声は緊迫の場に即座に新たな波風を起こした。

 名指しされた村長(むらおさ)の妻は勿論(もちろん)、鎌足(かまたり)の背後に控える二十人もの村人たち全員の表情が、更なる怒りで一斉に強張(こわば)っていく。

 次から次へと村人たちから、罵声が飛んだ。


 そしてこの熱く煮えだった怒りの坩堝(るつぼ)と化した波は、矢面に立っている鎌足(かまたり)の心をも一気に飲み込んでいた。

 まさに皮肉にも“人を食った”ような男の態度を前にして、鎌足(かまたり)の言葉も表情も背後の村人たち同様に自然と強くなる。


「いい加減にしろぉ! 幸せな村をぶち壊しておいて! くだらない無意味なお喋りはこれまでだ! ⋯⋯さあ、覚悟しろ! 残虐非道な鬼め!!」


「⋯⋯ふぅ、やれやれ。気の強い女子(おなご)だ」


 笠の男は首を左右に振り、軽く溜め息をつく。


「⋯⋯鎌足(かまたり)殿。その慣れた構えを見ると、なかなかに”使える“女子(おなご)のようだが、御主はこの一件とは無関係。故(ゆえ)に誤った余計な御節介や、親切の押し売りは慎んで頂きたい。真実を見ようともしない御人好(おひとよ)しが、拙者とこの村人(もの)たちの問題に口を挟む事は止めてもらおうか」


「⋯⋯お、おせっか、ぃッ!? どういう意味だッ!?」


「言葉の通りだ。御主は今宵此処で起きた物事の真実が見えてはおらぬ。拙者はな、その村人(もの)たちが言うあの村長(むらおさ)は、決して殺めてはおらぬ」


「⋯⋯な、何だって!? ⋯⋯う、嘘をつくな! 鬼め!」


「何を言う。嘘ではない。拙者はこの屋敷に乗り込んだばかり。そう、鎌足(かまたり)殿の来る、ほんの少しばかり前の事。それからまだ四半刻(しはんとき)(※30分)も経ってはおらぬ」


「⋯⋯じゃあ、この状況はどう説明、⋯⋯いや、言い訳するんだ!? 乗り込んだ、ってのはどういう事だ!? 人を喰らうために押し入ったのか!?」


「⋯⋯本当に目の曇った物分りの悪い女子(おなご)だ。よいか。事の経緯を簡単に話そう。京都に向かう途中だった二刻半(ふたときはん)(※5時間)前、拙者の京都への旅仲間が一人、とある大事な任務のため、この屋敷の中へ姿を消した」


「⋯⋯仲間? 大事な任務だって?」


「その仲間の者にも落ち度はあってな。勝手な行動だった。⋯⋯だが大切な仲間。拙者は嫌な胸騒ぎを覚え、塀を乗り越えて屋敷へと踏み込んだ。そして村人たちが集まるこの座敷に足を踏み入れてすぐに、玄関先から開門を求める切羽詰まった声と扉を叩く音が聞こえた。⋯⋯あと極(ごく)小さくだが、最初の”たのもー“の声も、な。⋯⋯はっはっは」


「⋯⋯あ」


「鎌足(かまたり)殿。拙者はな、まだその大切な仲間を、面と向かって労(ねぎら)う事もできてはおらぬくらいなのだ。当然に人を喰う暇(いとま)なども一切無い。⋯⋯そして、その“たのもー”の声の主がな、もし不幸にもこの場に迷い込んだ、”か弱き“旅の女子(もの)であったならば、この醜く悍(おぞ)ましい戦いに巻き込まれてしまう。⋯⋯そう案じ、すぐには動かず、暫(しば)し様子を見るために座していた。⋯⋯以上だ」


「⋯⋯ッ、⋯⋯は、話の辻褄(つじつま)は合うけれど、それじゃあ、村の人たちの話と違うじゃないか! ⋯⋯あ、それに“曇った目”ってのはどういう意味だ!?」


「⋯⋯ははは。物事の真偽を見抜けぬからこそ、”曇った目“と言ったまで。悪気は無い、許せ。⋯⋯それに拙者はな、⋯⋯蒼鬼(あおおに)でも紅鬼(あかおに)でもない」


「⋯⋯なッ!?」


「見ての通りだ。拙者は人の形をしている。両の手脚も、ほれ、この通り。並の人間の手脚(それ)だ。それくらいは御主の”曇った目“でも分かるだろう? ⋯⋯はははは」


 男は笠から覗く口元に笑みを浮かばせながら、初めてその手脚を揺らす。

 手首や足首を軽く上下左右に振って、鎌足(かまたり)にわざとらしく見せびらかした。

 そんな飄々とした姿や物言いは、どことなく綾麿(あやまろ)を彷彿とさせる。

 しかし綾麿(あやまろ)の言葉少なで捻くれた妖しさとは違う、何処(どこ)かさばさばとした豪快な奔放さを感じさせた。


「⋯⋯そ、そんな下手な誤魔化しには騙されないぞ! だってさっきからずっと、笠で額を隠しているじゃないか。その下には角があるんだ! 鬼だから外せないんだろう!? 違うって言うんだったら笠を取ってみろ!」


「⋯⋯はっはっはっは。言うな、鎌足(かまたり)殿。だがこの笠もまたこの愛刀(かたな)と同じ。拙者の身体の一部だ。よってこの笠は拙者の首でもある故(ゆえ)、首を外す事はできんな」


「⋯⋯む、むむむむ。減らず口をぉ!? ⋯⋯ふん、⋯⋯いいさ。笠の下に角があるか、人の形を成しているかなんて関係無い。御前こそ何も知らないと思うなよ! 私だけは知っているんだぞ、鬼の秘密を!」


「⋯⋯鬼の秘密、だと?」


「そうだ! 鬼には人間に化ける術がある⋯⋯、そう、御前が今使っている━━━━”葬魂(そうこん)の術“の事だ!!」


「⋯⋯⋯⋯」

 


 ⋯⋯人間に化ける、葬魂(そうこん)の術。

 その言葉を聞いた途端、男の口が止まる。



「へんっ、どうだ、図星だろ、ぐうの音も出ないか!」


 この時、鎌足(かまたり)のこの言葉は、少なからず背後の村人たちへも動揺を与えていた。


(⋯⋯鬼しか知らぬ、⋯⋯葬魂(そうこん)の術、⋯⋯だと? ⋯⋯っ、今、確かにそう言ったな!?)

(この旅の者は、一体何者なの? どうして鬼の術の事を、まるで見てきたような口振りで話してるのよ!?)

(奥様の言う通りだ。どうなっている? 怪我をした、か弱き女子(おなご)だから門を開いたのではなかったのか?)

(⋯⋯そ、それが。どうやら見誤ったらしい。すまぬ。こんな事態の最中(さなか)とは言え、人が迷い込む事は滅多に無い故(ゆえ)。喜び勇み、つい言葉を鵜呑(うの)みにし、油断したわ)


 村人たちの驚きはざわつきの波に変わり、鎌足(かまたり)の背中にも押し寄せてくる。

 耳に入る言葉の中には、下男(げなん)の謝罪の声や村長(むらおさ)の妻の慌てる声、意味が分からない言葉が無数にあった。


(⋯⋯わわ、葬魂(そうこん)の術だなんて、変な事を言って驚かせたり怖がらせちゃったかな。怪我しているなんて嘘をついちゃった事も、やっぱり怒ってるのかもしれない)


 この時、鎌足(かまたり)は多少の違和感、疑念は感じてはいた。

 しかし今は背後に散在する些細な疑問よりも、前方に聳(そび)え立つ大きな脅威。

 この謎の男こそが斃(たお)すべき鬼。

 前だけを見つめる鎌足(かまたり)の眼には、言葉の止まった笠の男に背後にちらつく、蒼(あお)か紅(あか)の鬼の幻影しか映ってはいなかった。



「⋯⋯鎌足(かまたり)殿よ」


 沈黙を破り、男が再び口を開く。


「⋯⋯顔も声も記憶すらも亡き人間と同化する、鬼が使う葬魂(そうこん)の術⋯⋯、か。厄介な代物よな。⋯⋯拙者の見立てでは、御主、前に葬魂(そうこん)の術を相手にして、かなり痛い目に会った事が有ると見た」


「⋯⋯えっ」


「⋯⋯やはり図星か。今しがたの言葉の中には、葬魂(そうこん)の術への憎しみが込められていた。余程に辛い想いをしたのであろう。そして今もまだその呪縛に囚われている。違うか?」


「⋯⋯ううっ」


「⋯⋯まあ、拙者の方も立場上、色々とあってな。葬魂(そうこん)の術を憎む気持ち、鬼を憎む心は御主と同じ。故(ゆえ)に鎌足(かまたり)殿の心中(しんちゅう)、察して余りある」


「⋯⋯っ、⋯⋯今度は情けに訴える作戦かッ!?」


 鎌足(かまたり)はゆっくりと俯(うつむ)いていく。

 そして腰の横で両の拳を震わせた。


 甚左(じんざ)たち大切な伊賀の仲間の命を奪った鬼。

 その鬼からの同情、慰めの言葉。

 それは鎌足(かまたり)にとっては、侮辱や屈辱以外の何物でも無かった。

 死んだ仲間を今も想い続ける自身の想いは勿論(もちろん)、大切な仲間の”死“すらもからかわれ汚され、そして踏み躙(にじ)られた。

 そんな悔しさや怒りが胸の奥から沸き上がってくる。


(⋯⋯許せない、⋯⋯許せない)



「⋯⋯鎌足(かまたり)殿、もう一度言う。⋯⋯拙者は鬼ではない。またあの上座に横たわる男も殺めてはおらぬし、喰ってもおらぬ。⋯⋯だが。⋯⋯殺めたのも喰うたのも、御主の言う通り、⋯⋯確かに、鬼」


「⋯⋯⋯⋯ッ」


「この中に、人の姿へと変化した悪鬼(おに)は、確かに居る」


「⋯⋯この人たちが私に嘘をついてる、って言うのか。この人たちの中に鬼が紛れている、って言うのか。⋯⋯そして次は、この人たちに罪を擦り付けるのか」


「ならば聞こう。御主はこの座敷に違和感を感じぬか? 目の前で見た事聞いた事に、何か矛盾を感じぬか?」


「⋯⋯⋯⋯」


「拙者を信じるのだ。伊賀の鎌足(かまたり)殿。⋯⋯そして冷静になり、見極めるのだ。拙者は⋯⋯━━━━人だ」


「━━━━⋯⋯ッ、五月蝿(うるさ)いッ! もうたくさんだ!!」



 次の瞬間、鎌足(かまたり)の右腕が座敷の空を斬っていた。



「⋯⋯っ、その刀は⋯⋯」

 

 呟いた男の視線の先、突き出した鎌足(かまたり)の手の中。

 其処(そこ)には今、憎い鬼を斃(たお)す。

 そのただ一心だけで腰から抜かれた鬼切丸(おにきりまる)が、男の胸元に向けて一直線に鋭い輝きを放っていた。

 


「⋯⋯皆への侮辱は、これまでだ。⋯⋯いくぞ、鬼。⋯⋯もう一度言う。この伊賀の鎌足(かまたり)が相手だ」


 

 鬼切丸(おにきりまる)の刃以上に鋭角に細めた鎌足(かまたり)の眼(まなこ)が、行灯(あんどん)の光の集まりを帯びて煌(きら)めく。


「⋯⋯⋯⋯」


 鎌足(かまたり)の本気、揺るがない瞳に、男も反応を見せる。

 目深に被った笠の端に手をかけ、鎌足(かまたり)の瞳と鬼切丸(おにきりまる)の刃を一瞥(いちべつ)した男は、再び呟いた。


 その声は今まで以上に力強く重く、そして何かの決意を秘めた声だった。


「⋯⋯その刀。半刃(はんじん)だな」


「⋯⋯それがどうした」


「⋯⋯拙者の話を信じてもらうためには、伊賀者ならばやはり、目には目を。刃(やいば)には刃(やいば)を、⋯⋯か」


「⋯⋯何っ」


「半刃(はんじん)ながらもかなりの名刀と見た。⋯⋯だが。拙者のこの愛刀(かたな)も中々に”ひけ“はとらぬぞ」


 薄闇の中、男はゆっくりと立ち上がる。

 そして脇に置いていた刀を手にした。

 行灯(あんどん)の黒面の陰に隠れていた、男の刀。

 その黒鞘(くろさや)が鎌足(かまたり)と同じ行灯(あんどん)の表面の光を受け、鎌足(かまたり)の目の前に鮮明に浮かび上がる。



「⋯⋯あ⋯⋯ッ!?」



 その刀を見た鎌足(かまたり)の顔色が変わる。



 鎌足(かまたり)はその黒光りする刀に━━━━見覚えがあった。



「⋯⋯そ、その刀は!? もしや!?」



「⋯⋯さあ、伊賀の鎌足(かまたり)殿。この拙者の豪の刃が導きし今宵の真偽(しんぎ)。真(まこと)が見抜けぬようでは、次は御主が⋯⋯、“喰われる番”ぞ?」━━━━。




投稿が遅れてしまいましたが、第101話も最後までお読み頂きありがとうございました。

ブックマーク、☆評価、感想等よろしくお願いします。その優しさが新たな創作の励みに繋がります(*^_^*)。

次回、第102話は、10月7日〜10月10日頃の投稿予定です。(なるべく早めに投稿できるようにします!)

引き続き『羅生門怪鬼譚』をよろしくお願い致します。


【改稿履歴】

改稿履歴は全て誤字脱字等や細部表現の訂正です。

過去話も誤字脱字を見つけ次第、訂正しています。

内容は全く変わっていませんので御安心ください。

(いつもたくさんの誤字脱字ばかりで、すみません)

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― 新着の感想 ―
 100エピソード越えおめでとうございます!100話目に感想を逸してしまい失礼しました(;'∀')。不思議なというより奇怪な村……そういえば100話目で鎌足さんへの表現で、馬と鹿にしっかりと縁があった…
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