夏のはじまり
そうして始まった夏の月一日目は、春の月に購入していたトウモロコシの種まきをして、夏の山に向かうところから始まった。
春の草花は夏のものに変わっている。春の山菜は見なくなり、紫蘇のような薬草が採れる。花は百合が多くなっていた。山の奥の涼しいところでは、小さなベリーもみつけることができた。
そして今日は絶対にしておきたいことがあった。
山小屋の前で深呼吸して扉をノックする。
「こんにちは」
上擦る声を抑えながら、挨拶をしたのは十五年来の最推し、大工の棟梁コクヨウだ。
「おう、今日はなんの用だ?」
「鶏小屋を作りたくて」
「おお、しっかり考えたか?」
「もちろん」
「そうか、じゃあ早速作業をさせてもらうぞ。完成は明日中、代金はその時に支払ってくれ」
「お願いします!」
そう今日絶対にしたかった用事とは、イベントに欠かせない鶏小屋の注文だ。
鶏小屋を作ることでケイトウ牧場に住む姉弟との接点が増えて、友好度が上がりやすくなるのだ。
牧場の整備で集めた石や木材を使うことになれば値引いてくれることもあるので、空き時間は資材をコツコツ集めていた。
料金表によると鶏小屋は12000Z。鶏はケイトウ牧場で2000Zだから何とかなるはずだ。
山小屋を出て出荷できそうなものを集めながら、いったんファームに戻るとコクヨウが作業していた。
「お疲れ様です」
「おう、危ねぇから、近づくなよ」
「はーい」
出荷箱に収穫した野草や木の実を入れながらコクヨウを盗み見る。
資材を切ったり、組み立てたり。
本当はずっと見ていたいけれど、作業の邪魔になりそうなのでぐっとこらえる。
滴る汗、頼もしい背中をしっかりと拝ませてもらった。
図書館に行くとエドが子どもたちと本を読んでいた。
「こんにちは、子どもたちは夏の月の2週目が夏休みです。休みに入る前に泳ぎを教えなくてはいけません。僕はあまり泳ぎは得意ではないのですが」
いつもとは違う自信のない口調のエド。
このセリフは夏の一週目にしか聞けない季節ならではのものだ。エドが眉を下げて困り顔をしているのはレアでなんだか、母性本能がくすぐられる感じがする。
「がんばって」
できるだけ元気づけるように明るく言う。
この村で泳ぎが得意なキャラクターはオリビンとトムとカーネル姉弟だ。
オリビンは港のエリアに住んでいて海がとても似合う。
彼女は子どもたちにも慕われていて、泳ぎを教えるのも得意そうだけれど、そういったイベントは見たことはない。エドがここで言及したと言うことは、のちのちそれを深堀する会話やイベントが見ることができる可能性があるのかもしれない。そうなったら嬉しいな、と今オリビンが働く姿を思い浮かべ、そうだ、と思いついてベイエリアに行く。
ベイエリアには船着き場に桟橋があって、そこが釣り場になっていた。
夏の作物の種を撒いたばかりで畑仕事は特にない。
「夏は海でお小遣い稼ぎが効率がいいのよね」
夏の海は魚が釣りやすいイメージで、夜に釣りをするとイカなどが釣れたはずだ。
今は日が昇っているので小魚狙いになるけれど、意外と高く売れるのだ。
「たくさん釣れますように!」
まだ活気づく前のベイエリアに自分の声が響いた。
「あら、やっと顔を見せてくれたね」
ベイエリアの食堂の女将が歯を見せて笑った。
「すみません、お魚の買取をお願いしたいんですけど」
「あらキスね。一匹50Zで買い取るわ」
二時間ほどで十匹小魚を釣って持って行ったのはベイエリアの食堂だった。そこでは釣った魚をその場で買い取ってくれる。そしてお弁当の販売もしているのだ。
500Zの臨時収入をゲットして、メニュー表を開いた。
「お弁当を二人前頂きたいです」
「ちょっと待っててね」
お弁当は一つ150Z。お値打ちだ。
食堂は、陽気な音楽が流れていて、壁にはたくさんの種類の酒瓶が飾ってある。
海辺のログハウスと言ったところだろうか。天井には大きなファンがついていた。
食堂のフロアをみると、パルがいてちょうど昼食が運ばれたところのようだった。
パルが食べ始める前に挨拶をしておこうと、声をかけてみる。
「こんにちは」
「こんにちは、ここのごはんはおいしいデス」
「よく来るんですか?」
「仕事の休み時間にネ。これを食べて故郷の家族のためにがんばりマス」
パルはそう言って食事を続けた。
確かパルは貧しい村の出で、出稼ぎにきた設定だったように思う。子ども向けゲームだったので、ほのめかす程度だったけれど、ネット上の掲示板ではそういう背景があるのではと考察されていた。
そんなことを考えていたら、食堂の女将から声がかかった。
「お弁当できたよ、さっきのキスの天ぷらもおまけで入れてるからね」
「ありがとうございます」
お弁当は二人分。そう、ファームで作業するコクヨウの分だ。
以前のゲームなら、お弁当を渡してありがとうと言ってもらえるだけで御の字という感じだったけれど、今作はもしかすると特別な演出があるのかもしれない。
淡い期待を抱きながらファームに戻ると、コクヨウが荷物をまとめていた。
「今日の作業は終わりだ、また明日仕上げをするからな」
「お疲れ様。あの、一緒にご飯食べない?」
食堂で買った弁当を見せるとコクヨウが、表情を緩めた。
「差し入れか、わるいな」
コクヨウが拡げていたゴザに二人で腰を下ろして、早めの夕食にする。
ちょうど腹が減っていたんだ。コクヨウはそう言いながら弁当箱を開けた。
同じように曲げわっぱのお弁当のふたを開けると、おにぎりと、てんぷら、それからお惣菜が少し入っていた。これで150Z。現実世界の物価高からは破格すぎる値段だ。
「食堂の弁当なんて、ひさしぶりだな」
「今日初めて買ってみたの。この天ぷらは私が釣ったのを入れてくれたみたい」
緩んでだらしない表情をしてはいないかとドキドキしながら答えた。
コクヨウはお弁当に夢中でこちらを見ていないのが幸いだ。
こちらを見てほしいような、見てほしくないような。横顔をずっと眺めていたい、そんな欲も膨らんでくる。
(そういえば)
コクヨウはベイエリアには行かない設定だ。釣りが好きだから海釣りをしてもよさそうなのに。
箸で総菜をつつきつつ、コクヨウを見た。お弁当のおいしさは、コクヨウと一緒に食事ができる嬉しさでよくわからない。
「釣りっていいもんだろ」
コクヨウはおにぎりを掴んで頬張った。そのかわいらしさに思考が止まった。
雄々しくてかっこいいコクヨウが幼く見えて愛おしさが募る。
「コクヨウの釣り竿のおかげだよ」
私の言葉にコクヨウは歯を見せて笑った。夏の夕暮れにしてはまぶしすぎる光だった。
イラストは翔由美凛さんに描いて頂きました✨




