夏の月 序
久しぶりの更新になりました。月に2更新頑張ります!
夏の月 序
エメラルドの瞳に微笑まれたときの安心感。エドに「大丈夫ですよ」と言われると、どんなことも本当に何とかなってしまいそうな心強さがある。心の奥が温かくなって、つい寄り掛かってしまいたくなってしまいそうだ。さわやかな風が吹く木漏れ日のハンモックみたいな落ち着いたイメージがあって、安らぎすら感じる。
町長の息子という重圧の多い立場で、自分を律して教師という道を選んだ人。人のため、町のために奔走する彼を見ると、胸がぎゅっと苦しくなる。もし、彼が心を開いてくれるなら、私がその肩に乗った荷物を一緒に持ってあげるのに。
ジェムタウンに、夏が来た。BGMはセミの鳴く声になり、太陽の日差しは心なしか鋭い。
体調は良好、やる気いっぱいだ。
「さ、今月も頑張るぞ!」
朝食の配達を受け取ろうと意気込みながら玄関の戸を開けて畑を見るとまっさらで、朝露が降りていてしっとりとしていた。サンゴとのイベントを進める傍らコツコツ育てていた春の野菜は、昨日までに全部出荷して、まとまった収入を得ることができた。所持金は15000Z。
さんざん通った花屋で夏の作物の種も入手済みでかなり出だし好調だ。
夏の月はトウモロコシをたくさん育てて鶏を飼い始めたいし、エドとのイベントを達成したい。
「おはようございます!」
頭の中で計画を立てていると、声が聞こえた。
「チゼルさん、今日はご報告があってきました」
ファームの入口に目をむけるとこの町の町長の息子のエドが立っていた。
「おはよう、エド。どうしたの?」
「先日、大きな嵐があったのを覚えていますか?」
「うん、覚えてるよ。雨がひどくて大変だったよね」
春の月の大雨。三日間続いた雨で危うく大切な種が流れてしまうところだった。
水やりの手間はなかったけれど、天の恵みはほどほどが良いと改めて思う。
大雨の日を思い出しそうになってすぐ思考を止めた。
「その嵐に遭って海辺に流れ着いた方が実はいたんです。今は薬屋さんで療養されていますが、記憶をなくしていて帰る場所がわからないそうです」
「そうなんだ」
そういえば配送業のオリビンが船も出せないほどの大雨と言っていたのを思い出した。
「体調が落ち着いたらファームに一時的に住んでいただくことになりそうです。それからもう一人、希望者がいてその方も近々来られます。またご紹介しますね」
「教えてくれてありがとう」
「いえ、ジェムタウンの夏は暑い日が多くなりますので、お体にお気をつけて」
エメラルドグリーンの瞳に微笑まれて、私も笑みを返すけれど、内心すこし残念に思った。
エドの「お体にお気をつけて」というセリフは、まだ仲良くなれていないことを表している。
すこしがっかりしていると、エドが言葉をつづけた。
「それから、誕生日のギフト、ありがとうございます。毎日の業務に追われて、すっかりお礼を言うのを忘れていました」
エドの誕生日は春の月の終わりだったので、サンゴとのイベントがバッティングすることも考えてあらかじめケーキ屋のタルトストーンから誕生日ギフトを贈っていたのだった。
(春の月の終わりはサンゴのイベントで頭がいっぱいだったし、結局当日はエドに会えなかったし)
ファームの隅にはあの花が風に揺れている。
住人の行動は確実に決まっているところとそうじゃないところがあるようだ。
図書館を覗いてみたけれど閉まっていて、泣く泣く諦めたのだった。
「よかったら今から一緒に朝食をとりませんか。今日はサンドさんが子どもたちの面倒を見てくれていてお休みをもらえたので」
「うん、ぜひ!」
回収しそびれていた朝食を持つと、エドは図書館を指さした。
朝の誰もいない図書館はいつもとはまた違う神聖な空気だ。
エドは普段は飲食禁止なのですが、と前置きして図書館の屋上に案内してくれた。
図書館は一階が図書スぺ―ス、中二階が書架になっている。中二階から階段を上がると屋上に出ることができるようになっていた。
朝の風が心地いい。屋上にあるベンチに並んで腰かけると、エドからカゴを渡された。
「朝、ベイエリアの朝市で買ってきたんです。良かったらどうぞ」
カゴの中には、カットされたスイカが入っていた。
パンを食べるより先に手に取ってしまったため、そのままかじりつく。
しゃくしゃくとした食感に夏の訪れを改めて感じた。
密かに感動していると、エドが口を開いた。
「実は誕生日、忘れていて……だからとっても嬉しかったんです。最近仕事に夢中になりすぎて……昔は家族で祝ってもらいましたが、父も年を取りましたからね。最近は早く身を固めろなんていうばかりで」
遠い目をしていたエドがはっとして口を噤んだ。
「すみません、こんな話」
めったに弱音を吐かないエドの心の柔いところに触れたような気がする。
はじめて知ることに戸惑いと、そして胸の奥をくすぶる優越感のような感情が沸くのを感じた。
「エド、疲れてる?」
自然と自分の口から出てきた言葉は、思考とは裏腹に彼を気遣うものだった。少しだけほっとしてエドを見ると、エドは頬をかいた。
「僕なんかまだ全然。町のこともしっかり考えないと」
エドの責任感の強さは長所だけれど、それが重圧になっていないかと思う。
「私でよければいつでも話を聞くよ。新参者だしできることは少ないと思うけれど」
「ありがとうございます。今日は久しぶりの息抜きになりました」
エドは立ち上がった。朝日がちょうど逆光で彼の表情はわからない。
「貴方が前向きでいてくれることが、どれだけ心強いか。それが一番のプレゼントです。ありがとう」
このセリフに切なさを覚えるのは、エドが自分に言い聞かせているように聞こえたからだ。
なんだか身に覚えのある重圧にふたをしてエドと別れた。ファームに帰り、朝焼けからすっかり日が昇った夏の空の下で朝顔の種を撒く。
この花を咲かせたら、彼の癒しになるのではなんて思いながら。
挿絵は翔由美凛さんに描いて頂きました✨




