胸騒ぎ
「おはよう、今日も暑いね」
そう言ったのはオリビンだ。朝食を受け取って、昨日の出荷物の代金を受け取った。
オリビンは汗を拭いながらそういえば、と口を開いた。
「遭難者の話聞いたかい? 悪い奴じゃなさそうだから、明日からファームに来てもらうことになったんだって。今は薬屋で休んでいるみたいだけれど」
薬屋、と口の中で反芻して、自分が春から薬屋にも行ってなかったことを思い出した。
本当は春の月に住人との挨拶を済ませておきたかったけれど、友好度は一定の期間何もアクションしないと下がってしまう。だからめったに会わない人は時間を作って……と思っていたけれどなかなか時間を捻出するのが困難だったのだ。
昔ゲームをしているときは移動キーを押すだけだったけれど、この没入型の新作は自分が歩いている感覚や少しだけど疲労感も感じて、一日にあちこち行くのが難しい。
「お見舞いがてら行ってみようかな。なにかイベントがあるかもしれないし」
まずは畑に水を撒いてから向かってみようか。
そんなことを考えていると、ファームの入口の方で音がした。
「おはようさん」
コクヨウの声だった。
「おはようございます!」
朝からコクヨウに会えるなんて、なんて嬉しいんだろう。
昨日頼んだニワトリ小屋が今日できるんだった。舞い上がる気持ちを抑えて、前髪を整えながら、コクヨウに挨拶をする。
「もう仕上げだからすぐに完成するが……、今から出かけるか?」
「朝の作業があるのでしばらくいます」
「じゃあ、完成したら声をかけるよ」
「はーい」
コクヨウは、ニワトリ小屋の仕上げに取り掛かった。
そんなコクヨウを気にしながら水やりに取り掛かる。水くみ場の傍には春の終わりに咲いた花がまだ風に揺れていた。ここは土が乾きにくいから、夏の強い日差しでも花が長く持つようだ。もうすこしで芽がでそうな朝顔にもしっかりと水をあげた。
それからトウモロコシの畑に水やりを終えたとき、コクヨウから声がかかった。
「ニワトリ小屋、完成したぞ」
コクヨウに呼ばれて、駆け付けると、そこには立派なニワトリ小屋が完成していた。
「すごい!」
骨組みは木材だけれど、金網が張られている。給水場と餌箱、産卵場所に止まり木もあった。
「集めてくれていた資材を使えたから、代金は10000Zで済んだぞ」
「ありがとうございます」
代金を支払い小屋の中を覗くと、足元で黄色のふわふわした塊が動いた。
「えつ!」
「それからこれがワシからの餞別だ」
「ヒヨコだ!」
ふわふわした塊はヒヨコだった。
ピヨピヨと鳴いてかわいらしい。
「コクヨウ、いいの?」
「ああ、初回のみのサービスだな。今後ごひいきにな。飼い方はあいつに聞け」
コクヨウが指差したファームの入口を見ると、ちょうどカーネルがやってきた。
「やあ、ニワトリ小屋の完成おめでとう。牧場仲間が増えて嬉しいよ」
「おはよう、カーネルさん。わざわざきてくれたの」
「カーネルでいいよ。俺もチゼルって呼ぶし」
年下キャラのカーネルにさらっと名前を呼ばれてドキッとした。
カーネルはコクヨウの小屋をぐるりと回って、いいなぁ、新しい小屋と漏らした。
「建て替えるときは声かけろよ」
「コクヨウの腕がいいから、うちのはまだ立て替えないでよさそうだよ」
ほほえましい二人の掛け合いを見ていると、カーネルが咳払いをした。
「それで、ニワトリの育て方なんだけど。このヒヨコはもうすぐニワトリになるからね。羽毛が白くなったら放牧しておいた方がストレスなく育つよ」
「おいしい卵を産むってこと?」
「そう、自分が外で活動するときに放牧するのがおすすめ。いないときに外に出しっぱなしにしていると、野鳥や野犬に襲われて悲しいことになるからね。エサはうちの牧場で取り扱ってるから多めにストックして置くのが良いと思うよ」
今日の分はカーネルがサービスしてくれるらしい。餌やりの手本を見せてくれた。
「またわからないことがあれば聞いて。姉さんよりもオレにね」
「二人ともありがとう」
お礼を言うと二人は満足げに笑って、ファームを後にした。
ピヨピヨと鳴くヒヨコを手に乗せる。
「これからよろしくね、ええっと名前は……」
少しだけ考えて、ピンときた。
「イチコ!」
手のひらのイチコは返事をするようにピヨと鳴いた。
図書館でエドに挨拶をして日課の読書をしていたら、時間はあっという間にお昼を過ぎていた。
ケーキ屋の『タルトストーン』にも寄って軽食を食べて、お土産に焼き菓子を買う。
それから薬屋に向かうことにした。
はじめての薬屋だ。
薬屋をしているのはシンシャというおばあさんだったはずだ。たしかエドのお父さんと幼馴染で、昔からこの土地に住んでいた設定があったと思う。
「こんにちは」
「おお、こんにちは。君はファームの子だね」
「はい、チゼルといいます」
薬屋にはおばあさんが一人で薬を作っていた。自分の背丈より小さく、眼鏡をしている。着物の上に割烹着を着ていて、前髪ごと一つにまとめている赤い髪は毛先がくるんとカーブしていた。
「私は薬屋をしているシンシャという。孫は三兄弟で、やんちゃ盛り。あの子らの親は町で医者をしているからね、めったに帰ってこないのさ。子どもらを見かけたら構ってやってくれ」
シンシャは手を止めて、薬を買うときの説明をしてくれた。
「疲れる前に休む、これが基本だけどね。緊急の時は遠慮なく声をかけるんだよ」
「ありがとうございます」
「それで、見舞いかい? 明日からファームに移るんだってね。これでもずいぶんよくなったんだがね」
シンシャは心底同情するように息を吐いた。
「よっぽど怖い目に遭ったんだろう。ふさぎ込んでいるようだ」
「そうなんですね」
「奥の部屋のベッドに寝ているから起きていたら、挨拶でもするかい? あの子も気分が変わっていいかもしれない」
私たちが今いる部屋の奥に、学校の保健室のような救護室はある。
彼女の視線の先にある戸から入らせてもらうことにした。
「こんにちは」
「…………」
しんとした部屋に自分の声が響いた。部屋には二台ベットがあって、カーテンで仕切られている。
手前のベットには人はおらず、奥のベットから起き上がる気配がした。
「入っても大丈夫……かな?」
「どうぞ」
ベッドに腰かけている人影は、傍のランプをつけた。
部屋が明るくなって、その人影の姿が照らされる。
そのキャラクターの服装は記憶にある男主人公の格好だったけれど、顔を見て思わず声を上げそうになった。
「もしかして――?」
彼はシーっと人差し指を立てて、言葉を制する。
「……トイシです」
具合の悪そうな顔色だけれど、その顔、仕草、声は紛れもなく幼馴染の研磨だった。
「私、チゼル。ええっと、そうだもしよかったらこれ、お見舞いに」
先程買った焼菓子を手渡そうとして、指が触れた。ひんやりとした温度に、はっと我に返る。
「ありがとう」
そう言う研磨の瞳が、なんだか不安げに見えるのはゲームの仕様だろうか。
「ファームで待ってるね」
「うん、また」
なにか風向きがかわってきたような、そんな予感がする。少しの胸騒ぎを覚えた夏の月、三日。
イラストは翔由美凛さんに描いて頂きました✨大感謝!




