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2歳王者の宣言

 雪が降る日が増えていった。


秋の終わりまで風杜の庭を彩っていた赤や黄色の葉は、いつの間にかほとんど落ち、枝だけになった木々が冬の空へ細く伸びていた。朝には地面が白く凍り、吐く息ははっきりと白く見える。街では年の終わりを迎える準備が始まり、人々は慌ただしく通りを行き交っていた。


そんな季節になると、競駆界にも一年の終わりが近づいてくる。


一年を締めくくる東都記念。

そして、その後に行われる年末表彰式。


その年、ターフを沸かせた駆人たちが招かれ、勝利と功績を称えられる場。GRを制した者、年間を通して競駆界を盛り上げた者、世代の中心に立った者。多くの視線が集まるその場所に、ベルアマードも招待されていた。


デビューから無敗。

そして二歳駆人の頂点を決めるデザイアトロフィー制覇。


今年の二歳駆人を語る上で、ベルアマードの名を外すことはできなかった。


表彰式当日。


会場は華やかな光に包まれていた。

競駆場とは違う熱がある。ターフの上の歓声ではなく、照明と拍手、記者たちの視線、関係者たちのざわめきが作る独特の空気だった。


ベルアマードは、用意された席に座りながら、壇上を見つめていた。


華やかな場所は嫌いではない。

注目されることも、悪い気はしない。


だが、競駆場とは違い、ここでは走ることで黙らせることができない。

誰かが名前を呼び、誰かが功績を語り、誰かが評価を下す。

それを黙って聞くしかない。


そこが少し落ち着かなかった。


式は、年の初めに行われたGRを制した駆人たちの紹介から始まった。


一人、また一人と名前が呼ばれていく。

それぞれの勝利映像が流れ、拍手が起こる。

壇上の大きな画面に、今年の名場面が映し出されるたび、会場からは小さなどよめきが上がった。


やがて、デザイアトロフィーの映像が流れた。


ゲートが開く。

ベルアマードが飛び出す。

そのまま先頭へ立ち、後続を置き去りにしていく。

最後の直線でも脚色は鈍らず、誰にも前を譲らないままゴールへ飛び込む。


会場から拍手が起こった。


ベルアマードは、画面の中の自分を見つめていた。


悪くない走りだった。


いや、自分でも分かっている。

あの日の走りは、これまでで一番良かった。


先頭の景色。

誰もいない前。

背中に受ける歓声。

最後まで譲らなかったあの感覚。


それを思い出すと、胸の奥が静かに熱くなった。


式は進み、やがて今年の最優秀賞の発表へ移った。


最優秀賞は、二歳、三歳、四歳以上の男駆と女駆それぞれに贈られる。

その中でも、二歳の最優秀賞は翌年のリュニークを占う意味を持っていた。


ここで選ばれるということは、来年の主役候補の筆頭になるということ。


ベルアマードは、その候補の一人だった。


いや、実績だけを見れば最有力だった。


無敗。

デザイアトロフィー勝利。

そして、アマルティアとウインドベルの初子。


会場の視線が少しずつ集まっていくのを、ベルアマードは感じていた。


司会者が二歳男駆の最優秀賞へ話を移すと、会場には静かな緊張が広がった。


封筒が開かれる。


ほんの短い間だった。


だが、ベルアマードにはその数秒が長く感じられた。


そして、司会者の声が響いた。


今年の最優秀二歳男駆


――ベルアマード。


会場に拍手が広がった。


一瞬遅れて、ベルアマードは立ち上がった。


自分の名が呼ばれた。

二歳男駆の頂点として。


デビューから無敗であること。

デザイアトロフィーを逃げ切りで制したこと。

来年のトリプルクラウン路線へ向けて、最も注目すべき存在であること。


壇上では、そんな選出理由が読み上げられていた。


ベルアマードは壇上へ向かった。


足音が、会場の床に小さく響く。

競走場の芝とは違う硬さだった。


壇上に上がり、賞を受け取る。


重かった。


それは物の重さだけではなかった。

二歳の頂点に立った証。

来年の期待。

そして、これから自分へ向けられる視線。


そのすべてが、手の中に乗っている気がした。


自分は勝った。

ちゃんとここまで来た。


そう思えた。


壇上を降りると、ベルアマードはすぐに記者たちに囲まれた。


フラッシュが鳴る。

一つではない。

いくつもの光が、次々と目の前で弾ける。


デビュー戦の時よりも多い。

デザイアトロフィーの時よりも、さらに多い。


質問の声が重なる。


祝福の言葉もあった。

最優秀賞への感想を聞く声もあった。


けれど、中心にあるのはやはり同じだった。


『アマルティアさんもかつて二歳時から注目を集めました。お母様と同じように、来年のリュニークでも主役になる自信はありますか?』


母の名前。


『ウインドベルさん譲りの逃げで二歳王者となりました。来年もこの走りを貫きますか?』


父の名前。


アマルティア。

ウインドベル。

アマルティア。

ウインドベル。


ベルアマードは、記者たちの顔を見回した。


もう驚きはなかった。


こうなることは分かっていた。


デビュー戦で勝っても、母の名を出された。

次戦を勝っても、父の名で語られた。

デザイアトロフィーを逃げ切っても、結局はアマルティアの子であり、ウインドベルの子だった。


最優秀二歳男駆。


その賞を取った今ですら、彼らが見ているのは自分だけではない。


自分の向こうに母を見ている。

自分の走りの中に父を探している。

ベルアマードという名を呼びながら、本当に思い出しているのは、過去の伝説なのだ。


なら、もっと上へ行くしかない。


母を超えるしかない。


父の走りを受け継ぐだけでは足りない。

アマルティアの子として強いだけでも足りない。

結果で示すしかない。


この者たちに。

競駆界に。

世界に。


ベルアマードは、フラッシュの光の中で顔を上げた。


そして、記者たちに向かってはっきりと言い放った。


「俺は、来年無敗でトリプルクラウンを取る。母を超える為に。」


場が静まり返った。


誰かが息を呑んだ音がした。


次の瞬間、ざわめきが弾けた。


無敗でトリプルクラウン。

母を超える。


それは、二歳の駆人が口にするにはあまりにも大きな宣言だった。


だが、ベルアマードの目には迷いがなかった。


自信があった。


デザイアトロフィーで、彼は今までで最も完璧に走れた。

スタートから先頭へ立ち、誰にも前を譲らず、後続を絶望させるほどの走りで勝った。


あの走りなら、負ける気がしない。


どんな場所でも。

どんな相手でも。

誰が来ても、自分が先頭を走り切ればいい。


あとは示すだけだ。


結果を持って。

勝利を持って。

母を超えたことを、誰にも否定できない形で示してやる。


ベルアマードは、そう胸の内で誓っていた。


その夜、風杜へ戻る道で、雪がちらつき始めた。


街の明かりに照らされた白い粒が、静かに空から落ちてくる。

冷たい風が吹き、年の終わりを告げていた。


今年、ベルアマードは走り出した。


初めてターフへ立ち、逃げ切って勝った。

次のレースも勝った。

そしてデザイアトロフィーを制し、二歳男駆の頂点に立った。


無敗の二歳王者。

最優秀二歳男駆。

来年のリュニーク、トリプルクラウン路線の主役筆頭。


競駆人生の始まりとしては、これ以上ない一年だった。


けれど、ベルアマードの胸は満たされきってはいなかった。


勝ってもなお、母の名がついて回る。

認められてもなお、父の影を探される。

だからこそ、彼はさらに高い場所を見た。


アマルティアを超える。


そのために、来年は無敗でトリプルクラウンを獲る。


雪の降る夜、ベルアマードは静かに前を見ていた。

彼の目はもう次の季節を見ていた。


春。

雨月賞。

リュニーク。

一生に一度の道。


二歳王者ベルアマードの一年は、栄光の中で幕を閉じた。


だが、その栄光は終着点ではない。


それは、母の伝説に挑むための、最初の門にすぎなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きも追っていただける方は、ブックマークしていただけると嬉しいです。

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