第5話 ゴースト、広がる
カクヨムにも掲載。
遅筆ですが頑張ります!
教室に入るなり、理乃は妙な空気を感じた。いつもより、教室のざわめきの質が違う。誰もがほんの少し声を潜めて、けれど隠しきれない好奇心を滲ませて話している。
「ねえ、聞いた? 例のスマホの話」
「うん、うちのクラスの子も似たようなことあったらしいよ」
「先生たち、なんかピリピリしてない?」
クラスメイトたちの会話の端々に、「ゴースト」という単語が混じっている。
理乃は素知らぬ顔で自分の席に着いたが、耳だけはいつもより敏感に働いていた。教科書を開いても文字が頭に入ってこない。
「真鍋さん、今日ぼーっとしてない?」
隣の席の生徒に声をかけられ、理乃は慌てて姿勢を正した。
「あ、ごめん、寝不足で」
嘘ではなかった。昨夜もあの掲示板の書き込みが気になって、なかなか寝付けなかったのだ。誰にも正体がバレないようにこっそりと動いてきた。
しかし、ここまで噂が広がれば、正体を探り始める生徒が出てきてもおかしくない。
放課後。
いつもの旧視聴覚室に四人が集まる。埃っぽい椅子に座ると、鼻の奥がむずむずした。
「予想以上の広がり方だね」
栞がスマホの画面を見せる。非公式掲示板には、また新しい書き込みが増えていた。
『うちの部活の備品もいつの間にか直ってた。誰かがこっそり修理したっぽい』
『理不尽な校則に誰かが密かに仕返ししてるって噂、本当だったんだ!!!』
『それなら神!』
『てかゴーストって、実在するの?』
『いるかどうかも、誰かも、わかんないからゴーストなんでしょ?』
作美が首をかしげる。
「これ、うちらがやったこと以外の話も混ざってない?」
「うん。多分、みんなが『説明のつかない良いこと』を勝手に『ゴースト』のせいにしてるんだと思う」
絵菜が腕を組みながら言った。
「都合よく解釈されてるってことか。まあ、悪い気はしないけど」
「悪い気はしないけど、責任は取れないよね、こういうの」
理乃がぼそりと付け加える。誰かがこっそり修理した備品の話まで自分たちの手柄にされるのは、正直落ち着かない。
「問題は……これからどうするかだね」
理乃が本題を切り出す。
「私たちはあくまで、理不尽なことへのささやかな仕返しのつもりで動いた。でも、ここまで噂になると――」
「期待されてる、ってこと?」
栞の言葉に四人はしばらく黙り込んだ。窓の外、校庭の砂埃が風に舞っているのが見える。
「正直、怖い部分もある」
理乃は素直に言った。
「バレたら停学。最悪の場合は退学とかもあり得る。それに、これ以上目立ったら私たちが対処できないくらい大きな問題に巻き込まれるかもしれない。正体だっていつバレるかもわからない」
「でも」
絵菜が静かに口を開く。
「今回成功したのは、私たちの得意なことを持ち寄ったから。理乃の知識、作美の技術、栞の言葉、私の絵。一人じゃ絶対にできなかった。そして多くの生徒が感謝してくれてる」
「それは、そうだけど......」
「怖いなら、無理して続けなくてもいい。でも、少なくとも今回みたいに、本当に困ってる人の力になれるなら――私は続けたい」
作美がうなずく。
「中途半端にやめるほうが、なんか嫌だな」
栞が理乃を見た。
「理乃はどう思う? 最初に『怖い』って言い出したのは理乃だよ」
理乃はしばらく考え、窓の外を見た。
校庭では、部活動に励む生徒たちの声が響いている。あの声の中に、自分たちの正体を疑っている人間が一人でもいるだろうか。
そう考えると、少し肌が粟立った。
それでも――と、理乃は思う。あの理不尽な校則に頭を下げるだけの毎日には、もう戻りたくなかった。
「――続けよう。ただし、条件がある」
「条件?」
「誰も傷つけない。そして、本当に困ってる人のためだけに動く。目立つためじゃなくて」
四人は顔を見合わせ、それぞれ小さくうなずいた。
「じゃあ、決まりだね」
栞がノートに新しい一行を書き加えた。
『ゴースト、正式始動』
「なんだか楽しくなってきたね」
絵菜が笑顔でいう。
「まあ、しばらくは静かにしてたほうがいいと思うけど。先生たちの耳にも、もう私たちの噂は入ってると思うし、同じ作戦ばかりだと、すぐに対策されちゃう」
理乃が釘を刺す。
「『ダミースマホ作戦』はしばらく休止だね」
作美がつぶやく。
「じゃあさ――」
栞がノートのページを遡る。
開かれたページには、手書きの絵で『ご相談はこちら』と書かれたHPのデザインが書いてあった。
「なにこれ?」
「私たちへの相談や依頼を集めようと思って書いてきたの」
「理由は?」
理乃がまっすぐ、栞を見つめる。
「『ダミースマホ作戦』は理乃が感じた理不尽なルールでしょ? じゃあ他の生徒も、理不尽に感じてることってないのかなって思ったの」
栞がノートをまた、めくる。
「私もね、色々書き出してみたんだけど……」
スカートの丈問題。長い髪は結びなさい問題。カバンのキーホルダー問題、などなどが十項目以上の案が書かれていた。
「正直、『理不尽』ってほどのことじゃない気がする問題も多いし。なにより、私たちが解決できるかっていうと、難しいかなってのもある」
「たしかにね」
皆が頷いた。
問題はまだまだ山積みだが、四人はひとまず今日のところは解散することにした。
外はもう、ヒグラシが鳴き始めていた。
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