第4話 作戦、決行
カクヨムにも掲載。
遅筆ですが頑張ります!
「作戦名は『ダミースマホ作戦』。決行は今週金曜、放課後」
栞が黒板代わりのノートを広げ、静かに宣言した。場所は、誰も使わなくなって久しい旧視聴覚室。
作美が「鍵は昔からガタついてて、うちの工具なら開けられる」と言って確保した、四人だけの秘密基地だった。
埃っぽいカーテンの隙間から、夕方の光が斜めに差し込み、宙に舞う埃を照らし出している。
「まず、現状確認」
理乃がノートPCの画面をみんなに見せる。
「福原が没収したスマホは、職員室の戸棚にカゴごと保管される。戸棚の鍵は電子式だけど、暗証番号は去年から変わってない。四桁、私はもう突き止めてる」
「早いね……」
「電子工作の授業で、たまたま同じ型の錠前を扱ったことがあって。癖で覚えちゃうんだよね、そういうの」
「理系女子、こわ」
絵菜が小さく突っ込む。理乃は不本意そうな顔をしたが、否定はしなかった。
作美が続けて、机の上にダミースマホを置いた。かすかに接着剤の匂いがする。
「これが本体。中身はデータのない空っぽの基板だけど電源くらいはつく。もちろん、重さは本物の理乃のスマホとほぼ同じに調整済み。あとは――」
絵菜が絵の具の入ったパレットを取り出す。
「表面の傷や汚れも、理乃の本物にそっくりに描き込んでおいた。裏の小さな擦り傷、右下のヒビまで再現してる」
「そこまで?」
「見た目が完璧じゃないと、意味がないでしょ」
理乃は思わず苦笑いした。三者三様の技術が、こんな些細な悪戯のために全力投球されている。この情熱の使い道、絶対どこか間違っている気がするが、口には出さなかった。
「最後に私」
栞がノートを閉じる。
「福原が巡回に出た隙、五分間だけ職員室が無人になる時間がある。この前、隣のクラスの子が職員室に提出物を持って行った時、たまたま先生たちが不在だったって」
栞は一拍おいて話を続けた。
話し方から、難易度が高いことを全員が予感する。
「私も確認をしたけど、たぶん間違いなく職員会議の直前の時間帯。そこが勝負。でも、五分くらいしかない」
「五分か……ギリギリだな」
作美が呟く。理乃はもう一度、頭の中で手順を確認した。緊張と、ほんの少しの高揚感が、腹の底で入り混じっていた。
金曜、放課後。
理乃は普段どおりスマホを使い、わざと福原の巡回ルートに引っかかった。心臓が、実験前の理科室にいるときよりも、よほど速く脈打っている。
「真鍋、また出せ」
「はい……」
まるで台本通りに、スマホは没収され、戸棚のカゴに入れられる。理乃は素直に頭を下げながら、心の中でひそかに時計を数えていた。
――ここからは、みんなの番。たのんだよ。
職員室の外、廊下の角。
作美と絵菜が、掃除用具入れの陰から福原が巡回に出て行く機会をうかがっていた。
五分ほどだろうか、予定通り福原が掃除入れ前を通る。作美は栞に合図を送る。栞のスマホがバイブする。それが作戦開始の合図だった。
しかし、そのタイミングで埃っぽいモップの柄が、絵菜の頬にこすれて、くしゃみが出そうになる。
「……っ、くしゃ、みが……」
「静かに!」
「我慢してる、我慢してるから」
絵菜は必死に鼻をつまんだ。作美が呆れたような目で見る。
「あと三分で職員会議、始まるはず」
「栞は?」
「もう中に入ってる」
栞は「先生、生徒会からの連絡です」と、別件を装って職員室に入っていた。福原が席を外したタイミングを見計らい、作美からの合図を受け取ると素早く戸棚に近づく。
電子錠に、理乃から教わった四桁の番号を入力。
カチャリ、と小さな音がして、扉が開いた。
カゴの中には、理乃の本物のスマホ。栞はそれを取り出し、代わりに作美製・絵菜仕上げのダミーを置く。重さも見た目も、パッと見では気づけない精巧な偽物。
――そのとき。
「あれ、文野さん? こんなところで何を?」
背後から、別の教師の声。栞の心臓が跳ねる。振り返ると、隣のクラスの担任だった。栞は瞬時に表情を作り、書類を掲げてみせた。
「あ、すみません。生徒会の資料を届けに来て、福原先生を探してたんです」
「福原先生なら、さっき職員会議室に向かったよ」
「あ、そうなんですね! ありがとうございます、行ってきます!」
栞は慌てず、しかし速やかに職員室を後にした。
廊下に出た瞬間、詰めていた息をそっと吐き出す。膝がほんの少し笑っていた。
「……危なかった」
放課後の廊下で、四人が合流する。
「成功?」
「うん。ちょっとだけ、ヒヤッとしたけど」
「くしゃみ我慢しながら見てたこっちの身にもなってほしい」
絵菜がぼやくと、作美が肩をすくめた。
「あのタイミングでくしゃみしてたら、それこそ即バレだったよ」
栞が理乃の本物のスマホを、そっと手渡した。理乃はそれを受け取り、思わず笑ってしまった。
「……なんか、悪いことしてる感じ、しないね」
「悪いことじゃないよ。誰も傷つけてないし、盗んでもいない。ただ、理不尽なルールに、ちょっとだけ意趣返ししただけ」
絵菜が付け加える。
「それに、見た目も重さも本物そっくりだから、福原が気づく可能性はまずないと思う。万が一、電源を入れて確認するようなことがあっても、『壊れてる』としか思われないはず。誰かが細工したなんて、想像もしないでしょ」
「証拠もない、と」
「証拠もない」
この日を境に、四人は同じ手口を、理不尽にスマホを没収された他の生徒にもこっそり試すようになった。
理乃と同じように女子だけが狙われて没収された、という話を聞くたび、栞が本人にそれとなく事情を尋ね、機種と特徴を聞き出し、作美がダミーを量産する。
本物は下校前にこっそり本人の鞄へ忍ばせておく――そうすれば、翌日に福原から正式に「返却」されるのは、戸棚に残されたダミーの方だ。
その数日後、学校の非公式な生徒用掲示板に、一つの書き込みが投稿された。投稿主は、理乃たちがこっそり手を貸した生徒の一人だった。
『今日、変なことがあったの。没収されたはずのスマホが、いつの間にか鞄に戻ってて、なのに放課後、先生からも同じ機種のスマホを返された。二台になってる。しかも一台は壊れてる。誰か知らない?』
コメント欄はすぐに盛り上がった。
『それってもしかして噂の......』
『ゴースト?』
『まじで実在するの?』
理乃たちは、その反応をスマホの画面越しに眺めていた。
「......なんか、想像以上に広まってる」
「これは、始まりに過ぎないと思うよ」
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