第3話 画家、現る
カクヨムにも掲載。
遅筆ですが頑張ります!
「気まずいって、何が?」
翌日の昼休み。
技術室に集まるなり、理乃は単刀直入に切り出した。作美は工具箱の蓋をぱたんと閉じて、居心地悪そうに頭をかいた。
「去年の文化祭、覚えてる? 美術部の展示パネル、私が木枠作ったやつ」
「ああ、あの立派なやつ」
「あれ、実は美術部の定田さんと、ちょっと揉めたんだよね」
定田絵菜。理乃と栞も、名前だけは知っていた。この高校に入学した時点で、すでに個展を開いたことがあるという、学年内でも一目置かれる「本物のプロ」。普段は静かで、教室にもあまり顔を出さない。噂によれば、休み時間はほとんど美術室にこもっているらしい。
「揉めたって、どんな感じで?」
作美は少し気まずそうに、当時のやり取りを話し始めた。
「私が『この木枠の厚みじゃ、絵の重さに耐えられない』って指摘したの。そしたら定田さん、『デザインの意図を分かってない』って言い返してきて」
――普通、こんな重たい絵になるなんて思わないよ。
――私にとっては、これが普通なの。デザインのために、あえて重くしてる。
あのときの剣呑な空気を、作美は今でもはっきり覚えている。結局、時間切れという形で、木枠は元の厚みのまま完成した。そして文化祭当日、パネルはわずかに傾いて、絵の端に小さな傷がついてしまった。
「それ以来、あんまり話してない」
「そうだったんだ......」
「向こうは『園田さんのせいで傷がついた』って思ってるかもしれないし、私は『言うこと聞いてくれれば防げたのに』って思ってる」
栞が、顎に手を当てて考え込む。
「でも、その一件があるからこそ、定田さんは『見た目の完成度』に、人一倍こだわる人ってことでしょ。今回の偽装工作にはうってつけだと思うけど」
「理屈ではそうなんだけどさ......気まずいものは気まずいんだよ」
「大丈夫。私が話すから」
栞はあっさりと言い切った。理乃はその軽さに、少し呆れつつも頼もしさを感じた。
その日の放課後、理乃たちは思い切って美術室に足を運んだ。扉を開けると油絵の具とテレピン油の匂いが、むわりと鼻をつく。窓際で一人、絵菜がスケッチブックに向かっていた。誰もいない教室に、鉛筆の音だけが、規則正しく響いている。
「定田さん」
声をかけたのは栞だった。絵菜は顔を上げ、後ろに立つ作美の姿を認めると、一瞬だけ表情を硬くした。手の中の鉛筆を、まるで盾のように握り直す。
「......何の用?」
「頼みたいことがあって。あなたの画力を、貸してほしいの」
「私、頼まれ仕事はしない主義なんだけど」
「お金の話じゃないの。もっと――痛快なこと」
絵菜は怪訝そうな顔で栞を見た。「痛快なこと」という単語が、あまりにも似つかわしくなかったからだろう。
栞はあの企画書を差し出した。絵菜はしばらく黙って読んでいたが、やがて小さく笑った。
今日初めて見せた表情だった。
「スマホのすり替え? ずいぶん子供っぽいいたずらだと思うけど」
「子供っぽいかもしれない。でも、誰かがやらないと、この学校のおかしなルールは変わらない」
理乃が続けた。
「私たちに足りないのは『見た目』を完璧に仕上げる技術。ダミーの外装、戸棚の中の見え方、全部本物そっくりに仕上げないと見破られる」
絵菜の視線が、すっと作美に移る。空気が一瞬張り詰めた。
「園田さんは、これに納得してるの? 前みたいに、途中で『理屈的にはこうだ』って口出ししてこない?」
作美は少し気まずそうにしながらも、まっすぐ絵菜を見た。深呼吸を一つしてから、言葉を続ける。
「あのときは、ごめん。強度の話ばっかりして、デザインの意味をちゃんと聞こうとしなかった。今回はちゃんと相談する。約束する」
絵菜は、しばらく黙っていた。窓の外では、遠くの部活動の声が、風に乗ってかすかに聞こえていた。鉛筆を持つ手の力が、少しだけ緩む。
「――いいよ。乗った」
「本当に?」
「正直、退屈してたところなの。個展だ、賞だって言われるたびに『正しい絵』を求められる。でも、こういう馬鹿げたことのほうが、よっぽど自分らしい絵が描ける気がする」
絵菜はスケッチブックの新しいページを開き、さらさらと何かを描き始めた。
戸棚のデザイン、鍵 の位置、カゴの配置――先ほど話しただけの情報を、正確に絵として起こしていく。線の一本一本 に、迷いがない。
「この戸棚でしょ? 見取り図があったほうが、みんな動きやすいと思って」
理乃と栞と作美は、思わず顔を見合わせた。鉛筆一本で、こうも即座に空間を再現されると、素直に驚くしかない。
理乃は理科の実験レポートを書くときの自分の几帳面さと、目の前の即興的な精密さを、心の中でこっそり比べてしまった。そして負けている、と思った。
「――これは、頼もしいメンバーが揃ったね」
栞がつぶやいた。 絵菜は、描き終えた見取り図を見つめながら、少しだけ照れくさそうに付け加えた。
「園田さん、この前のことは、まあ......もういいよ。私も、ちょっと意固地になってたところあったし」
「そう言ってくれると助かるよ」
作美がほっとしたように肩の力を抜いた。二人の間にあった気まずさが、ようやくわずかに解けていく。
「じゃあ、これで正式にメンバー四人ってことで」
理乃がそう言うと、絵菜が少し悪戯っぽく笑った。
「メンバーって、なんかの部活動みたいだね」
「部活動じゃなくて、テロリズムだけどね」
栞が澄まし顔でそう言うと、四人は思わず顔を見合わせて笑った。
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