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第2話 職人、参上

カクヨムにも掲載。

遅筆ですが頑張ります!

 翌朝。

 理乃が教室の扉を開けると、いつもは始業ぎりぎりに滑り込んでくる栞が、すでに席についていた。しかも机の上に広げているのは、教科書でもノートでもなく、A4用紙一枚。几帳面な字がびっしりと詰まっていて、一目で「これは只事ではない」と分かる密度だった。


 「おはよう……何それ」

 

 「おはよう。企画書」


 栞は顔も上げずに答えた。理乃が近づくと、まるで契約書でも手渡すように両手でそれを差し出してくる。


 「企画書? 私たち、部活でもサークルでもないのに」


 「『ダミースマホ作戦』。ちゃんと文章にしておかないと、あとで『言った言わない』になるでしょ。目的、手順、想定されるリスク。それから――協力者に必要な条件」


 理乃は仕方なく席に座り、紙に目を通した。

 読み進めるうちに思わず眉が動く。文章に無駄がなく、それでいて妙に読みやすい。まるでよくできた小説のあらすじを読んでいるような、不思議な牽引力があった。

 最後の項目には、赤ペンでぐるりと丸がつけられていた。


 『協力者:精密な工作ができる人物』


 「工作かあ……」


 理乃はペン先で頬をつつきながら考え込んだ。友人の顔を何人か思い浮かべる。だが、どの顔も「精密な工作」というにはやや物足りない。せいぜい壊れたビーカーの片付けが上手いくらいだ。


 「そんな都合のいい人、心当たりある?」


 「一人、いる」


 栞はすでに答えを用意していたらしい。得意げに口の端を持ち上げるその表情を見て、理乃は少し嫌な予感がした。

 栞のこの顔――「もう段取りは全部つけてある」という顔を、理乃は昔から何度も見てきている。大抵、断る余地がない。


 「昼休み、一緒に来て」


 「え、もう決定事項なの?」


 「決定事項」


 昼休み、栞に手を引かれるようにして向かったのは、普段まったく縁のない技術室の隅だった。理科室の消毒液とアルコールランプの匂いに慣れた鼻に、木くずと金属の焦げたような匂いが飛び込んでくる。カタカタと、小型の旋盤らしき工具の音が規則正しく響いていた。


 「園田さん」

 

 「ん?」


 顔を上げたのは、園田そのだ作美さくみだった。作業台の上には、分解された扇風機、内部の基板がむき出しになった旧型スマホ、それに理乃には名前も分からない金属パーツが、まるで手術台の上のように整然と並べられている。


 

 「ああ、文野さんか」


 「この前はどうもありがと。パネル台、直してもらって助かったよ」


 「あれくらい、大したことないよ。うちの工場じゃ、もっとややこしいもの直してるから」


 作美の家は町工場を営んでいる。ものごころついた頃から機械いじりが日常で、いつの間にか、自身もものづくりの道に進むものだとふんわりと考えていた。


 「それでね――」

 

 栞は本題を切り出しながら、例の企画書を差し出した。

 スマホ没収の理不尽さ、ダミー基板を使ったすり替え計画、そして理乃の緻密な情報収集。

 作美は工具を持つ手を止め黙って聞いていたが、話が終わると片方の口の端をにやりと持ち上げた。

 

 「面白いじゃん」


 「乗ってくれるの?」


 「うちの親、よく言うんだよね。『技術ってのは、困ってる人間のために使うもんだ』って。……まあ、これは半分いたずらだけど」


 作美は棚の奥から、去年壊れて捨てるはずだったという型落ちのスマホを一台、無造作に取り出した。手のひらの上で、ぽんぽんと軽く弾ませる。


 「中の壊れた基板抜いて入れ替えた後、重さと厚みを本物に合わせれば、ぱっと見じゃ分からないダミーができる。真鍋さんの今使ってるスマホ、機種なんだっけ?」


 「……なんで私の機種、前提になってるの」


 「文野さんの企画書に、対象生徒の欄が真鍋理乃って書いてあったから」


 理乃は、恨めしそうに栞を見た。栞は素知らぬ顔でノートを開き、何やらメモを取っている。


 「まあ、いいや」


 「任せて。うちの工場、精密部品の下請けもやってるから、この程度の偽装なら朝飯前」


 分かってはいたが、こういう「モノを実際に作れる人間」の存在は、理系女子として素直に心が躍る。


 「鍵のほうは私が。戸棚の暗証番号、去年から変わってないのは確認済み」

 

 「理乃、そういうところ妙に詳しいよね」


 「電子工作の授業で、たまたま似た型の電子錠を扱ったことがあって……いや、それは今関係ないな」


 栞が笑いをこらえながら、また新しいメモを取り出した。


 「役割分担は決まったね。理乃が設計と情報、作美さんが製作、私が――」


 「栞は何するの?」


 「言葉で人を動かす係。今回みたいに仲間を集めたり、あとで言い訳を書いたりする係」


 「言い訳係って、堂々と言うことじゃなくない?」


 「大事な役割だよ。何かあったとき、一番先に頭を下げるのは、たぶん私だから」


 その妙に落ち着いた物言いに、三人は思わず顔を見合わせて笑った。放課後の技術室に、木くずの匂いとともに、小さな共犯者の輪が広がっていく。

 だが、作美にはひとつ、気になることがあった。使い終わった工具を片付けながら、ぽつりと呟く。


 「ねえ、こういう『見た目』が命の仕掛けなら、もう一人いたほうがいいんじゃない? 偽装というか、目くらましというか、そのあたりが上手い人」


 「心当たり、あるの?」


 「いる。ただ……あの人を誘うの、ちょっと気まずいんだよな」


 作美の表情が珍しく曇る。今まで淀みなく喋っていた分、その一瞬の間がやけに重く感じられた。理乃と栞は思わず顔を見合わせた。


 「気まずいって、どんな関係の人?」

 

 「それは……明日、話す。今日はもう部品の準備しなきゃだし」


 作美は明らかに話をはぐらかしていた。

 理乃はそれ以上追及せず、栞と目配せをして、その日は解散することにした。

 技術室を出る間際、理乃はふと振り返った。作美は工具箱に向かいながら、何か思案するような、少し困ったような横顔をしていた。

読んでくださりありがとうございます!

面白い、続きが気になる、と思っていただけたら、高評価お願いします!

頑張ります!

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