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無職になった聖女はヤンデレ公爵の治療係にスカウトされる  作者: たまころ


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王太子と聖女

 王太子は初対面のはずのユミルに「見つけた」と声をあげて目を輝かせた。


 可愛らしいユミルの姿にニヤついていたクロードの目が瞬時に鋭くなる。

 彼は一瞬でユミルを自身の背後に隠し、あろうことか、王太子の目の前でエルサの目を自分の手で覆い隠してしまう。


「殿下、不躾に僕の光を見ないでいただけますか。これ以上彼女を視界に入れたら、たとえ次期国王であっても、その両目をくり抜かねばならなくなります」


 ユミルはクロードの突然のヤンデレ発動に(発作が出た!)と焦るが、彼の腕の中では身動きが取れない。


 王太子はクロードの暴力的なヤンデレ発言に顔を引きつらせつつも食い下がらない。


「彼女は俺の病を治してくれた本物の聖女だ。俺は神殿に騙されていたんだ!!」


 王太子の言葉に、クロードは眉間にしわを寄せて考える。

(殿下の病を治したのがユミルだとか神殿に騙されていたとか、気にはなるけどどうでもいい。だが、先ほどユミルを探していた神官のことも気になるし……)


「わかりました。話を聞きましょう」


 王太子はティム公爵家の応接室に通され、久しぶりに会った友人を待つことになった。

 恩人だかなんだか知らないが僕のユミルを不躾に見ないでほしいと、クロードは隠すようにユミルを部屋に送って行った。


 以前からクロードは付き合った女性に過剰に気を遣うところはあった。夜会や茶会で会った時は、お相手の女性を褒めたたえてくることはあっても、隠されたことはあっただろうか。

 幼馴染でもある王太子は、ユミルという存在がこれまでクロードが付き合ってきた女性たちとは明らかに違うと感じていた。

 そんな違和感の正体を考えていると、クロードが「お待たせしました」と部屋に入って来る。


「いや、こちらこそ突然すまない」


 クロードがソファーに腰かけると、王太子は切り出す。


「あの聖女はお前の恋人か?」


 その言葉に、クロードは初心な少年が裸婦像を見たかのように顔を真っ赤にした。


「彼女は僕の光で、癒しで、専属治癒師で、僕の恋人になんて、なってくれればいいけどまだ早いというか、でも逃がさないっていうか閉じ込めたりはしないけど僕だけを見つめてほしいっていうか……」


 クロードのその反応に『ヤンデレ』属性は変わっていないんだな、と少し遠い目をする。


「しかし、聖女なんて神殿か大きなイベントでもなければ出会わないだろう。どこで出会ったんだ?」


「夜の繁華街で拾ったんです」


「は?」


 クロードの言葉に王太子は目を丸くする。


「僕がミシェルに振られて夜の街をさまよっている時に偶然会って、雇用しました」


 治療の場以外では聖女なんて滅多にお目にかかることはないというのに、街で拾った上に雇うとはどういうことだと、王太子の頭はクエスチョンだらけだ。


「労働改革のあおりを受けて、聖女は解雇されるって新聞で出た当日にまさか無職の聖女を拾うとは僕も思いませんでしたよ」


 驚く王太子に、自分もだとばかりにクロードは頷く。


「ところで、シュベルツ殿下はご病気だと聞いていたんですが、ずいぶんお元気そうですね」


 シュベルツは成人とともに立太子したが、その立場はいまだ不安定だ。そんな中では急な病で倒れたことを世間に公表することは出来なかった。

 だから急病だと秘密裏に聞いていたクロードは見舞いに行くことも出来ずにいたのだが、目の前にいる王太子はみるからに健康そうだ。


「半年前、俺の体は自由に動かなくなりまともに口もきけなくなった。原因は俺を邪魔に思う一派が盛った毒だったが、その解毒薬は開発されていない。つまり、死を待つだけの状態になっていた」


 王太子の口からはお家騒動にまつわる極秘情報だった。

 彼の異母弟が王太子の座を狙っているとは噂に聞くことはあったが、そんな乱暴な手に出るとは。


「医者に診せても聖女に診せても、皆首を横に振った。祈祷師や呪術師にまで診てもらったが病状は変わらない。治る見込みもない俺を王太子から外そうと本格的に動きが出て来た時、ダメ元でと、俺を街で評判の治療院にこっそり連れて行ってくれた者達がいた。そこで、俺は彼女の治癒魔法で一瞬で回復することが出来た」


 つい先ほど目の前に現れたフワフワとした栗色の髪の聖女。

 あの日、朦朧としていた王太子は暖かい光に包まれ、目を開けると柔らかな微笑みを浮かべる聖女がいた。

 王太子は一言、彼女に感謝を伝えたかった。


「あの方は俺の命の恩人だ。彼女こそが『聖女』の称号に相応しい」


 クロードはグルルルと唸りそうな顔で、ここにはいないユミルを守るような気持ちで王太子を睨みつけた。


「しかし、さきほど聖女に診て貰っても治らなかったと仰っていませんでしたか?」


「そうだ。光の聖女には何度も診てもらった」


 『光の聖女』という聞きなれない言葉にクロードは眉を上げる。

 クロードはユミルを家に迎えてから神殿の動向に注意を向けていた。

 解雇されたと聞いたわりに、街でユミル以外の聖女に会うことも、会ったと言う噂すら聞くことはない。

 調べてみると、聖女の一部は『聖女』の称号を得て、それ以外の聖女は神殿に留まり時々有料で治療を引き受けているという。


「全て平等に癒す聖女という性善説を我々は信じすぎていたようだ。まさか王族の命に係わる治癒にイミテーションのような聖女を送り込んでくるとは疑いもしなかった。この国一番の聖女だと連れて来られた女は、確かに容姿も所作も美しく、聖女を具現化したような外見をしていた」


 しかし、そんな美しい女性が聖女の治癒力が高いとは限らなかった。

 神殿にとって重要なのは王家の一大事に聖女を何度も派遣したという事実。それだけで信頼は保たれるはずだった。


 折しも国が労働改革に全力を注いでいる中。極秘の依頼だったとはいえ聖女が王族一人救えなかった事実は波紋を呼んだ。

 治癒力の安定しない聖女よりも異国から仕入れた医療用魔道具のほうが信頼に値する。無償で行う手かざし治療なんて時代遅れだと公言する第二王子は、議会で聖女の解放を可決させたのだった。


 王太子を病死に見せかけ没させ、神殿との濃い癒着を断ち、母である側妃の出身国から安く輸入した医療用魔道具で懐を潤すことが第二王子の狙いだったのだろう。

 しかし、王太子が密かに下町の治療院でユミルの治癒を受け全回復したことでその計画は崩れ始めている。


「『光の聖女』は、俺やお前が会ったことがある聖女のことだ。多くが貴族や名家の出身で治癒力の高さよりも容姿や所作の美しい、いわば広告塔の役割をしている聖女だ」


「では、それ以外は……?」


「神殿では通称『日陰の聖女』と呼ばれ、普段から治癒院に通い無償で民を癒してくれている」


 『聖女』の称号を受けた者は通称『光の聖女』。普段から王家や高位貴族の治療にあたったり大きなイベントに出席していた聖女たち。

 ユミルのように日々無償で治療院で働き続ける聖女のことは『日陰の聖女』と呼ばれ、気軽に使えるポーションのような状態だった。


 クロードはゴクリと唾を飲み込む。

 ティム公爵家に来てから、食事の品数に驚き、 部屋の内装に驚き、服は二枚でいいと言っていたユミルは、これまで自分がわずかに接してきた聖女たちの印象とは違っていた。

 ユミルは『日陰の聖女』だったのだ。


「そんな聖女たちの労働環境を変えたいと改革を進めていたんだが、俺が倒れている間に急激に進められて、神殿が潤うような形で悪用されてしまっているんだ」


 神殿は独立した組織のため、王家も貴族院も安易に口出しが出来ない。

 王家や高位貴族が関わる聖女は、神殿で選ばれた元の身分が高く容姿も整った表向きの聖女たち。裏では日陰の聖女たちが無償の治療を一手に引き受けていたことはあまり世間には知られていない。

 治療院に訪れた者は、たいてい重い病気や酷い怪我を負っているので、目の前の聖女が腹を空かせてたり寝不足で倒れそうだったりしながら治療をし続けているなんて、治癒魔法をかけてもらっている短い間に気が付くわけもない。


 国民にとっては、国を挙げての一大イベントなどで見かける真っ白な絹のドレスに身を包んだ柔らかな笑顔の美しい、国民が困った時には無償で治療を施してくれる、それが聖女だ。


 実際の聖女の扱いのいびつさに気付いた王太子は、労働改革を進める中で、聖女の労働環境も変えていきたいと計画を進めていた。

 しかし、国の治療は一部の医者と薬師の他は、治療院で受ける無償の治療が多くを占めているため、急に変革することは難しく時間をかけるつもりだった。


 王太子が倒れている間に聖女の手かざし治療は禁止され、聖女の無償奉仕も廃止された。

 少しずつ医療は発展してきているし、異国から魔道具も入ってきてはいるが、この国はこれまで聖女に頼り過ぎていた。明日から聖女いりません、でやっていけるはずはない。

 これまで無償で患者を引き受けていた治療院が有料で患者を受け入れる体制に変化し、貧しい者には治癒の機会が与えられなくなった。

 聖女は治癒の量が減り、法改正のおかげかと神殿で笑いあう時間が増えたようだったが。


「俺が『日陰の聖女』の存在に気付いて、俺を救ってくれた聖女を捜していることが神殿の耳に入ったらしいと聞いてはいたが」


 街でユミルを捜していたのは、王太子の恩人がユミルであると突き止められたからだろうか。


 無言になった応接室にノックの音が響く。

 現れた執事が耳打ちをすると、クロードは立ち上がった。


「ユミルが攫われた!! 今から神殿を襲撃する!!」



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