『ヤンデレ』は根が深い
クロードが待機させていた馬車に乗り、着いたのはユミルが見たこともないような豪邸だった。
「ここは、お城? まさか王様ですか!?」
驚きのあまり立ち尽くすユミルの様子がおかしくて、クロードはクックッと笑う。
「ティム公爵家だよ。僕は公爵家当主、クロード。改めてよろしくね」
クロードはお城のお姫様にするように、膝を折ってユミルの手に口付ける振りをする。
普段は姦しい聖女仲間と口うるさい神官、街の治療院の人たちとしか関わらないユミルは、男性に傅かれたことなど初めての経験だ。思わず「ヒィ」と小さな悲鳴を漏らすが、その声はクロードには届かなかった。
出迎えた執事は繋がれたままの二人の手を見て、惚れっぽい当主がまた新たな恋に落ちたのかと眉を顰める。言い寄られるとすぐにその気になるのはクロードの悪い癖だが、それにしても夜中に女性を連れ帰るのは非常識だ。
「クロード様、そちらのレディは?」
「彼女はユミル。解雇されたばかりの元聖女だよ」
「聖女様!?」
滅多にお目にかかることのない聖女に驚く執事の様子に、クロードは満足そうだ。
「彼女には俺の専属治療師になってもらった。今日から屋敷に滞在してもらう」
「クロード様、どこか悪いんですか!?」
これまで健康優良児だったご当主が専属治療師を雇うほど患っていたなど思ってもいなかった執事は、さらに驚き目を丸くする。
「僕の『ヤンデレ』を治療してもらうんだ。僕の愛は重過ぎて簡単には治らないからね」
「あとは頼んだよ」とクロードは言い残して、ユミルを置いて行ってしまう。
「ヤンデレを治療できるんですか!?」
目が零れ落ちるのではないかというほど驚き、執事はユミルを見る。
その様子に、やはりヤンデレとは治療が困難な病気なのだとユミルは思った。
「治癒魔法はかけたんですけど、たぶん治せていなくて……でも、わたし神殿を追い出されたから行くところもないし、治癒魔法以外に出来ることもなくて、何でもするからここに置いてくれませんか!?」
ユミルの必死な様子に、執事は己の主の意向を読み取った。
国のホワイト化により騎士に政務官に、ついに聖女までもが静粛対象になったとは聞いていた。その流れ弾により突然聖女を解雇されて行き場を失った少女を、どんな経緯かはわからないが哀れに思ったクロードは屋敷に連れ帰ってきたのだろう。
惚れた相手を怯えさせるほど重い愛情を持つ若き公爵家当主クロードの『ヤンデレ』は聖女の治療魔法で治せる代物ではないのだから。
「今日はもう遅いから、ゆっくり休んでください。詳しい話は明日、落ち着いてからにしましょう」
元来の好々爺の顔を出して、執事はメイドに命じてユミルを客室に案内させた。公爵家では、常に複数のお客様が滞在できるように部屋を整えている。しかし、当主の専属治療師となれば、明日からは特別な部屋を用意する必要があるな、と執事は己の鬚に手をあてて考えた。
翌朝、レースのカーテンから柔らかく入る日の光の眩しさで、ユミルは目を覚ました。
神殿では日が昇る前には起床し、空が白見始める頃には治療院へと出向いていたから、日が昇ってから目覚めたことなどない。
(寝坊してしまった!!)
ガバリと起き上がると、優しそうな女性と目が合う。
「おはようございます。ユミル様」
きょとんとしたユミルに、女性は優しく話しかけてきた。
「マニエラと申します。本日からユミル様のお世話をさせていただきます」
世間慣れしていなさそうなユミルのために、クロードは侍女頭のマニエラを彼女の専属に指名していた。
「起きられますか? お時間があえば朝食をご一緒にと、クロード様から言付かっております」
その言葉に、ユミルはやっと状況を飲み込んだ。
(そうだった! わたしは昨日無職になって神殿を追い出されて、クロード様の治療係に雇ってもらったんだったわ)
一気に目が覚めたユミルは、マニエラに手伝ったもらいながら、クロードを待たせるわけにはいかないと朝の支度を超特急で終わらせた。
食堂に入ると、すでにクロードは食卓につき執事と今日の予定を確認していた。
「おはよう、ユミル。よく眠れた?」
「おはようございます。ベッドがフカフカで布団もフワフワで、一生目覚めなくても良いとさえ思う程深く眠れました」
神殿は質素剛健。硬いベッドにペラペラの布団にガサガサの毛布が支給される。人々の寄付で運営されているので文句なんて言えるはずはない。それにユミルは孤児として神殿に拾われたので、そこ以外知らなかったので何の不満も抱くことはなかった。
「ユミル様、卵はどうされますか?」
執事の言葉に、ユミルは元気よく答える。
「食べたいです!!」
「……オムレツがよいでしょうか? それともスクランブルエッグ、ゆで卵、ポーチドエッグもご準備できますが?」
ユミルは驚く。まさか、食べるかどうかの選択ではなく、調理方法を尋ねているというのか。神殿では出された食事は残さず食べる、それだけだった。
「お、おすすめで」
迷ったユミルは相手に選択を委ねることにした。
「じゃあ、僕と一緒にオムレツにしよう」
その後も籠に入った数種類のパンにそれに塗るバターやジャム、飲み物は紅茶とコーヒー、ミルクにオレンジジュース、選ぶ物はたくさんあった。
「僕は出掛けてくるから、夕食後に治療をお願いしようかな。それまでゆっくり過ごしてて」
そう言ってクロードは出掛けて行った。
「ユミル様、本日のご予定がなければ屋敷内を案内してもよろしいでしょうか?」
ユミルは、執事の言葉に一も二もなく頷く。行くところもなければやることもない。これまでは言われるがまま治療院に行き帰ってきて眠るだけだった。
応接室に客用寝室は複数あり、図書室やビリヤードなどが置かれた遊戯室に楽器が置かれた部屋、ダンスホールまである。クロードの私室と執務室は許可がなければ立ち入らないよう教えられる。神殿とは違う煌びやかさにユミルは目が回りそうだ。
今朝の朝食の豪華さと美味しさに感動したユミルに、普段は立ち入らないだろうけれどご案内しましょう、と執事は厨房にも案内してくれた。
「ここで、あの夢のようなお食事が作られたんですね」
ユミルは厨房の中を見回す。朝食はこれまで食べたどんな食事よりも美味しかった。驚くべきことに、ティム公爵家ではあれが普通だという。むしろ、初めての食事がこんなものですまないと、わけのわからないことをクロードは言っていた。
一年に一度、誕生日などの特別な日だけでも嬉しいだろう豪華さだったというのに。
「痛っ!!」
若い料理人が握っていた包丁を落とす。
「大丈夫か!?」
「救急箱を持ってこい」
手に当てた布巾がみるみる赤く染まっていく。仕込みの途中で誤って指を切ってしまったようだ。
ユミルは集まった料理人の後ろから声を掛けた。
「よかったらちょっと見せてもらえませんか?」
ユミルは振り向いた彼らの間をすり抜け、若い料理人の前に行く。血に染まった布巾に覆われた患部に両手をかざした。
温かく柔らかな光が彼の手を包む。
「良かった。力は無くなっていないみたい」
「痛くない」「血が止まってる」と騒ぐ料理人たちに構わず、ユミルはホッと胸を撫でおろす。
昨日はクロードの『ヤンデレ』を治療することが出来ず、もしかして聖女職を解雇されたことで治癒魔法が使えなくなってしまったのかと不安になっていたが、今回はちゃんと治療出来たことが自分でもわかった。
「『ヤンデレ』は手強そうね……」
自分の両手を見つめながら、専属治療師になったからには必ず治してみせるとユミルは決意した。
「クロード様の『ヤンデレ』は根が深いですからね」
執事の言葉にユミルは顔をあげた。
「クロード様はご両親を十年前に亡くしています。二年前に後継人から引き継ぎ若いながらも公爵家当主として立派に務めていらっしゃいますが、まだ中身は幼い少年のままで」
十四歳の年に両親を事故で無くしたクロードは親戚に助けられながら公爵家を継いだ。愛情深い両親が突然いなくなってしまった影響か、彼は好意を向けられるとそれに応えずにはいられない。誰にでも優しい言葉をかけ、持てる物は与えてしまう。
特に恋愛面では酷いという。まだ独身の公爵家当主。道ですれ違えば思わず振り向くような美男子で、話をすれば親切で、気前もいい。
次から次へと彼の見た目や地位に惹かれてすり寄ってくる女性は後を絶たない。しかし、両親を突然亡くしてしまったからかクロードの愛情は常軌を逸していた。
彼は相手の女性がいつか消えてしまうのではないかという不安が強い。その不安から逃れようと、いつでも相手の居場所がわかる魔道具や、いつでも相手の声が聞こえる通信魔道具などを贈る頃には『愛が重いヤンデレ』として毎回振られてしまう。
いつも始まりは相手からのアプローチだというのに、最後は泣かれたり罵られたりと自分が傷つく形でしか、クロードの恋愛は終わらない。
「坊ちゃんは簡単に『愛している』などと女性に言っておられますが、本当のところは初恋もまだな尻の青い若者です」
「では、わたしが『愛情』という治療薬をあげましょう」
ユミルは元々孤児として神殿に引き取られた。最初に預けられた孤児院では修道女たちが寂しがる子供たちに惜しみない愛情を注いてくれた。
クロードにもそんな無償の愛が必要だろうと、ユミルはすぐにわかった。
「本当? ユミルが僕を愛してくれるの?」
出かけているはずのクロードの声に振り向く。
「クロード様、お戻りは夕方の予定では?」
「先方の都合が悪くなって予定が変わったんだ」
執事との会話をおざなりに切り上げ、クロードはユミルの前に立ち、重いヤンデレをぶつけた。
「僕だけを見つめて、僕だけを愛してくれる?」




