無職聖女、ヤンデレ公爵の治療係にスカウトされる
全8話の短い連載です。
よかったら読んでください。
鳥の囀りも聞こえぬ真夜中、フラフラと神殿の階段を上る少女がいた。
名はユミル。孤児院生まれ、神殿育ちの聖女だ。
ユミルは早朝から深夜まで無償で働く平民聖女。だが、そんなブラックな地獄の日々は突然終わることになる。
「ユミル、きみは今日限りでクビだ」
人々が寝静まった頃にやっと帰宅するユミルの帰りを、欠伸を噛み殺しながら待っていた神官。彼はこれで今日の業務は終わったとばかりにため息をついた。
聖女ユミルの朝は早い。
日が昇りきる前には神殿を出て、王都の治療院を回るためだ。
聖女の治癒能力は神からの加護のため利益を得てはいけないという不文律がある。そのため、神殿管理の治癒院に行けば無料で聖女から治癒魔法をかけてもらえるので、どこの治癒院も朝から行列が出来ている。
ユミルが今日訪れた治療院も多くの患者が聖女を待っていた。
長年の腰の痛みが取れたと喜ばれ、治療方法がないと言われた奇病の母を救ってくれたと泣かれた。中には、聖女に会ってみたいし無料だしと、紙で出来た切り傷を治癒してもらいに五時間も待っていた物好きもいたけれど。
特に最後の患者の状態が酷く、ここ数年でも一番というほどの聖力が必要だった。数人の男性たちに囲まれて連れて来られた男は声も出せないほど衰弱していたが、意識だけははっきりしていて、治療を終えたユミルと目がしっかりあったので、きっともう大丈夫だろう。
重病人から軽症者まで休む間もなく治癒魔法を掛け続け、高く上った月が雲に隠れた頃、ユミルはやっと神殿に帰ってくることが出来た。
聖女とは治癒魔法を使える女性を差すが、自分自身に魔法をかけることが出来ないため、重い体も痛む腰も癒すことは出来ない。
今にも死にそうな男に最後の聖力を振り絞ったおかげでいつも以上に疲れ切ったユミルは、清潔なベッドに倒れこむことだけを目的に足を動かす。
しかし、そんなユミルに突き付けられたのは、一方的な解雇通知。
彼女の帰りをわざわざ待っていたのだろう、真夜中だと言うのに正装姿の神官は眠そうに目をこすりながら説明した。
「我が国はホワイト国家へと生まれ変わった。効率の悪い聖女による手かざし治療は廃止し、今後は最新の魔道具と最先端の医療で対応する」
近年、この国では労働改革の嵐が吹き荒れていた。騎士団の残業は禁止、政務官は有休消化が義務付けられ、そしてついに……。
「解雇、ということですか?」
神殿での生活を保障される代わりにお給料もなしに朝から晩まで働き通しの聖女は、やる気搾取のブラック職として密かに『歩くポーション』なんて呼ばれていたりする。
けれど、幼い日に神殿に保護されてすぐに聖女の力に目覚めたユミルは、ここ以外で生きたことがなかった。
「荷物は纏めておいてもらったので、速やかに退去するように」
いつもは軽口を言い合う仲のデッド神官だったが、今夜は話し合う余地はないとばかりにはっきりとした口調だ。ユミルの返事を待たずに段ボール箱を一つ、押し付けるように渡された。
傷を癒すことしか知らない聖女が、どうやって生きていけばいいというのか。
ユミルは途方に暮れたまま、段ボール一つを抱えて夜道に放り出された。
「さっさとこの国を出て、自由になれ」
神官の小さな呟きは夜の星空に消えて、ユミルの耳には届かなかった。
◇
「お貴族様のヤンデレには付き合ってられないわ!!」
先ほど贈ったばかりのプレゼントは包みも解かれることなく、男へと投げつけられた。
美しき想い人は同僚と思われる女性たちから守られるように囲まれて、足早に彼の前から消えた。
クロードは呆然と立ち尽くす。ただ愛する人に贈り物をしたかっただけなのに。
病気だと言われて振られるのは、もう何度目だろう。
友人に連れられて初めて訪れた高級クラブ。
ミシェルと名乗った彼女は、クロードが何を言っても「すごーい、素敵!」と瞳をうるうるさせて聞いてくれた。彼女が欲しいと言ったバッグをプレゼントすると「愛しているわっ」と抱き着いてくれたのが嬉しくて、毎日会いに行って数えきれないほどプレゼントも贈った。
しかし、三日前に仕事が忙しいから店には来ないでほしいとお願いされてしまう。それでも毎日、朝昼晩と手紙を送っていたが忙しい彼女からは返事がなく、クロードの寂しさは募っていく。だから、どんな時も彼女の存在を感じられるようにと位置情報がわかる魔道具をプレゼントしようと店の前で待った。
店の正面の灯りが消えて、裏口でミシェルが出てくるのを今か今かと待つのは心躍って楽しい。
しかし、同僚たちと楽しそうに外に出て来た彼女は、クロードの顔を見ると顔を顰める。贈り物の内容を説明している途中で、ミシェルは大声をあげて取り乱してしまった。
山のようなプレゼントも底のない愛の言葉も、どれも常軌を逸していると涙目で訴える。
挙句はどこにいても居場所が知られるなんて地獄だわ。そう言ってミシェルは体を震わせた。
愛していると囁いた女性が、自分のことを病気だと言って離れていくのは、いったい何人目だろう。
二十四歳という立派な成人男性だというのに、悲しみの涙が溢れてくることを止められない。
クロードは「うっうっ」と声を押し殺しながらも泣き声を漏らしてしまう。
「どうしました? どこか痛いところがあるのなら治療しましょうか?」
若い女性の声にクロードが顔を上げると、小柄な少女が真夜中だというのに大きな段ボールを持って立っていた。
神殿から当てもなく歩いてきたユミルだった。
「痛いところは無いけれど、胸が苦しいんだ。僕は病気なんだって」
ヒックヒックとしゃっくりをあげながら、クロードは喋る。
「ヤンデレっていう病気で、愛が重すぎるから僕とは付き合えないって振られちゃうんだ」
その男は暗闇でもわかるほど仕立てのよい服を身に纏っていた。涙を流していた成人男性だというのにやけに堂々としている。
幼い頃から聖女の力を発揮して様々な病を治してきたユミルだったが『ヤンデレ』という病気は聞いたことがなかった。けれど、身なりがよく、一見したところ大きな怪我も負っていないように見える若い男が泣くほどとは、病は深刻に違いない。
(どんな病気かわからないけれど、病と名が付くなら治して見せるわ!)
ユミルはいつも患者さんにするように、明るくゆっくりと笑顔で断言する。
「病気と言われてはご不安でしょう。大丈夫、わたしが治してさしあげます!」
そう言って、ユミルは段ボールを地面に置き、クロードに向かって両手を開く。高貴な身なりの彼に触れないように気を付けながら、ユミルは治癒魔法を発動させた。
自慢じゃないが、ユミルは聖女になって以来、治療できなかったことは一度もない。だから、病名がわからなくても治療できると確信していた。
「あれ? おかしいわね」
これまでは病名も症状もわからなくても治癒魔法をかけると、フッと軽くなる瞬間が訪れて、完治したことがユミルには伝わったきた。
けれど、治癒魔法をかけ続けても一向に変化は訪れない。
「どうしたんだい?」
ユミルが首を傾げる様子に、クロードは彼女の顔を覗き込む。
真夜中の繁華街、ほとんどの店が閉まって街頭の僅かな灯りが二人を照らす。
心細そうな少女の顔が思いのほか可愛らしくて、クロードはドキリとした。
「いえ、治療できたかどうかわからなくて。こんなこと初めてだわ」
「僕のヤンデレはとっても重いらしいからね」
もとより治ることを期待していなかったクロードは諦めたように笑う。
「おかしいわね。病気を治せなかったことなんてないのに……」
自分の両手をいぶかしく眺めるユミルに、クロードも首を傾げた。
「治せない病気がないなんて、まるで聖女みたいなことを言うね」
クロードの言葉に、ユミルはパッと顔を上げる。
「さっきまでは聖女だったんですけど、え、解雇されたら聖女の力ってなくなるの!?」
嘘でしょ!? とユミルは半泣きで慌てだす。
神殿に拾われた孤児のユミルは、これまで聖女として生きてきた。聖女の治癒魔法が使えない自分なんて知らない。
「今朝の新聞で聖女は国のホワイト化事業の一端で全解雇って出てたような……」
話をしながらクロードはユミルがさっきまで抱えていた大きな段ボールを見る。
本来聖女は神殿に帰属しており、彼女たちに会えるのは神殿管理の治療の場か、国が絡む大きなイベントくらいだ。
そんな聖女が真夜中に荷物を抱えてとぼとぼ歩いていた様子をクロードは察した。少しの間考えこみ、軽く提案したように聞こえるよう明るい声を出す。
「僕のヤンデレはすぐに治せない重い病気みたいだから、よかったら僕の治療師になってよ」
「え?」
突然のスカウトに、ユミルは顔を上げる。
「条件は一日一回、僕に治癒魔法をかけること。住み込み可。もちろん三食保障、どう?」
「一日一回の治療でいいんですか!?」
これまで朝から晩まで働き通しだったユミルは、信じられないほどの好条件な求人に驚く。
「昼寝し放題でおやつもつけよう」
「喜んで!」
思わず食い気味で返事をしたユミルに、クロードはニッコリと笑う。
「そうと決まったら、行こう!」
先ほどまで泣いていたとは思えない明るさで、クロードはユミルの段ボールを勝手に持って先に進んでしまう。
全財産を確保されたユミルは慌ててクロードの後を追うのだった。




