8話 魔法陣の秘密
「あ、そうだ。ハイルに依頼した品を受け取りに来たんだ」
表情を取り繕っていると、魔術師……オリウルさんは見なかったことにしてくれた。
紅茶をゆっくり一口飲んで、のんびりした様子で魔女さんを見る。
この人。
確かに言動や行動は変だけど、常識人ではあるのかもしれない。
「もちろんできているよね、ハイル。納期は今日なんだし?」
笑顔を崩さずにオリウルさんは魔女さんを見た。
ぎくり、と。
魔女さんの肩が露骨に跳ね上がる。
それだけじゃない。かくかくと頭が小刻みに揺れ、くちばしは、パカッと開いたまま。
……カラスって、体内温度が上がった時口を開けるんだけど……。あれにそっくりだ。なんだか、はぁはぁと聞こえる呼吸音まで似ている……。
「発注ってことは……オリウルさんが依頼主なんですか?」
魔女さんが気の毒になって、助け舟を含めてオリウルさんに声をかけた。
オリウルさんは頷き、カップをソーサーに戻した。
「まあ、正しくは王国からの、なんだけどね。ハイルはさ、ものすごい天才なんだよ」
「天才……」
なんのだろう。
っていうか、朝一番に見た衝撃映像からは想像つかないけど……。
芋虫ダンスとか、壁激突選手権とかだろうか。
「……そんなこと言っても無駄だよ……。私の情熱もひらめきも枯渇したんだ」
ずおおおおおん、とひとりだけ雨雲を背負ったかのように魔女さんが落ち込む。
あれだ……。
朝の再演だ……。第二幕開始の予感……。
「そんなことないよ。ハイルは素晴らしい読み手じゃないか」
「読み手?」
おうむ返しに問うと、オリウルさんは足を組んで俺を見た。
「魔法陣についてどれだけ知ってる?」
「ほとんどなにも。戦場で見た程度です」
俺は首を横に振る。
見た、といっても不発のやつだ。
地面に埋め込まれていたものを犬と俺が発見し、掘り起こしたのだ。
なんで不発だったのかはわからないけど、そのときはじめて魔法陣というものを見た。
「戦場で見ましたが……。羊皮紙に幾何学模様や古代文字が書き込まれている感じでした」
「魔法陣って2種類あってね」
オリウルさんは親指と人差し指を立てた。
「ひとつは術師本人のオリジナル。模様も文字も自分で組み込んで、呪文と共に術式が発動するように組み立てるものと……。もうひとつは、古代に作られたものを復活・再利用させるもの」
「古代?」
「そう。魔法陣の原型は、何千年も前に作成されたものが発掘されたことによる。だから当時は考古学の分野だと考えられていた。古語が使われているし、現在では意味が失われている幾何学模様が描かれているからね」
オリウルさんの話し方は、まるで教師のようでもあった。
「何千年も劣悪な環境にあったため、発掘された魔法陣のすべてがどこか欠けている。その欠けているピースを想像し、あてはめ、完全なるものとするのが〝読み手〟だ」
オリウルさんの手がするりと魔女さんに向けられた。
「彼女は素晴らしい読み手だ。欠けたピースをぱちりとあてはめ、完璧な魔法陣を再現する」
「……それは過去の話だよ。もう無理。預かった魔法陣が解けない」
うめくように魔女さんが言う。
あ、と。
小さく俺は声を上げる。
朝のあの騒動。
なにかの発作かと驚いたが……。
思いつかない、とか。単語がわからない、とか言っていた気がする。
ようするに欠けた魔法陣のピースが解けないということだったのか。
「新しい魔法陣を想像するのもいいんだが……。まあ、所詮は既存の焼き直しと組み合わせ。魔法陣を見ると、なんとなーくわかるんだよね。あ、これ火と風を混ぜたやつね、とか。それと、どうしても術者の能力に左右されてしまう」
オリウルさんは深く息を吐き、椅子の背もたれに上半身を預けた。
「戦場にいたのなら君もわかるのでは? 隣国では術者を大量生産している。そのせいでうちの国民がどれだけ失われたか……」
そう。
歩兵と騎馬。それと火薬が基本の俺たちが最も恐れたのは、魔法陣と術者だった。
「そのかわり、隣国では術者が使い捨てだ」
吐き捨てるように魔女さんが言う。
「そう……らしいですね。魔法陣を使える回数が人によって違うとか」
俺はこの国の魔術師や魔女しか知らなかったからあれだが……。
隣国では、兵士と同じぐらい術者が最前線で死んでいる。
というか、術者だと最初、わからなかった。
隣国の兵士というより、異国人だったからだ。
奴隷が最前線で戦わされているのだと思ったが、それにしては変だ。
武装してない。
これはなんだ、誰だ、どうして戦場にいるんだと職業軍人まで首をかしげていたが……。
のちに彼らは術者であり、そもそもが隣国の戦争捕虜で奴隷だとわかる。
「術式に生命力が紐づけられているんだ。誰でも魔法陣が使える代わりに、命が削られる。生命力が強ければ幾度か使えるだろうが……。弱ければ、一撃必殺。術の発動とともに術者も死ぬ」
忌々し気に魔女さんが言った。
ようするに、地雷の魔法陣が発動したら、術者は死ぬ。
「戦争にどっちが正しいか、とか。武器を比べて、こっちが有能だというのは憚られるが」
言葉を選ぶオリウルさん。
それは、つい最近まで戦場にいた俺を慮ってのことだろう。
「古代魔法陣を中心軸に据えている我が国の魔法陣は、術者を選ぶ。だから少数で使い勝手が悪いが、死なない」
それが隣国との大きな違い。
そう言いたいのだろうが……。
戦争奴隷が死ぬのと、自国の非戦闘員が死ぬのとどっちがどうなのだろう。
「古代魔法陣を復活させることこそ、この国を守ることにつながる。我が国の上層部はそう考えていてね。当初は大学とかお偉方ばっかりが頭をひねって解読にあたったんだけど……。最近では在野の術者や魔女にも功労金を渡して解読を依頼しているんだ」
「あ。なるほど、それで魔女さんが」
ようやく話がつながってきた。
オリウルさんはにっこり笑ってうなずいた。
「ハイルほどの読み手はそうそういない。大学や高等魔術院が『ぜひうちの専属に』と言っているのに……」
「私はたまたま読み解けただけ。あんなところは努力した人が行くべきだよ。それに私は嫌われている」
「そんなこと……」
「実際、解けないし! 今回の魔法陣、解けないし!」
わしゃわしゃとカラスの頭を掻きむしって魔女さんが叫ぶ。
解けない!と叫んでいるのだろうけど。
とけーい! とけーい! と叫んでいるようで……。これはこれで鳥の鳴き声のようにも聞こえる。
「早朝からずっと床を転がりまわっていましたもんねぇ」
俺が言うと、魔女さんは両手で頭を抱えたまま、前後に激しく振る。
……怖い。やっぱり発作だ。
「壁から壁に転がっても! 頭をぶつけても! 身体に衝撃を与えてみても! あそこに当てはまるものがわからない! 無理! もう無理!」
「納期をずらすよ?」
「そういう問題じゃないの!」
「紅茶いれましょうか?」
「飲んだとて! 飲んだとて! 飲んだとて!」
がうがうと吠え立て、地団太を踏む魔女さん。
「なんかあれみたいですね。鉄の靴を履かされて踊る童話みたいですね」
ついそんなことが口からこぼれ出る。
ぴたり、と。
魔女さんが動きを止めた。
ゆっくりとカラス頭をこちらにむけるから、どきりとこちらもこわばった。
え。怒った? 不用意なこと言ったよな、俺。
「あ……あの、魔女さん。ごめんなさい」
「鉄の靴? 踊る? それなんの童話だったっけ」
「え……。継母にいじめられる……」
「違う。それの大本の話は川から流れてくる革靴を見て、その装飾に王子が惚れて……。あの装飾。星と雫の回転が二度続き、そこから……」
正直、聞き取れたのはそこまでだ。
あとはぶつぶつ言いながら、魔女さんは空のカップをわしづかみにして自室に入ってしまったのだから。
「おお。これであと1時間ばかりしたら出てくるだろう。いやあ、よかったよかった」
「え? あれが『よかったよかった』になるんですか⁉」
めでたしめでたし、からかなりかけ離れているようだが⁉
「いつもこんな感じだからね。あとはそっとしておこう」
ところで、とオリウルさんは、もうひとつの椅子を示してにっこり笑った。
「朝食といこうじゃないか。ポトフがもういい感じでは?」
「あ! また忘れてた!」
鍋は火からおろしているから大丈夫だろうが……。危うくその存在すら忘れるところだった。
「パンはあるのかい?」
「ええ。昨日の残りが」
ただ、いつ購入されたパンかはわからないが『昨日の時点で残っているパン』はある。
「じゃあ、そのパンとポトフでいいよ」
で、いいよ、じゃねぇよ、とツッコみたいが、魔女さんの客人でもあるしな……。
最悪、俺のぶん、なくてもいいや。またお昼になにか作れば……。
「その朝食をいただきながら話を聞こうじゃないか」
「話?」
なんの、と続けようとしたら。
オリウルさんの鋭い視線がぐっさり刺さった。
「ぼくの可愛い小鳥ちゃんとしばらく一緒に住むようだし? 素性、素養、性格等を把握するのが当然のことと思うのだが、君はどう思うだろうね?」
「え……いやあの、なので。俺は家政夫……」
「だとしても男には違いない! それとも君はあれかな⁉ 同性愛者⁉ 性的志向はどうなんだい⁉」
「いやあの……」
「そこんところはっきりさせよう! だいたい、君、絶対ぼくのパンツ履いてるだろう!」
「……」
「まずはぼくにパンとポトフを提供するように! 話しはそこからだ! 空腹だとろくなことにならないからね!」
……オリウルさんの言う通りだ。
空腹ほど怒りを過熱させるものはない。
俺は粛々と彼の朝食を用意することにした。




