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戦地帰りの俺。訳あって、魔女の家で家政夫をしています。  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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7話 大騒ぎの闖入者

「ちょ、ちょちょちょちょ……!」


 待って、止めてと言おうとしたら、それを打ち消す勢いで喚かれた。


「ハイル、いるんだろう? ぼくだよ、オリウルだよ! 君の愛しのオリウルが来たよ!」


 い、愛しのオリウル⁉

 そしてハイルって誰⁉ 魔女さんのこと⁉


 ってことはあれか! 俺が昨日お借りして、いまも履いている下着の持ち主⁉ 

 え! これ開けて大丈夫⁉ 俺、家政夫です、で通るよね⁉ 


「どうしたんだい⁉ どうして開けてくれないんだい⁉ あ! じらしているんだね、ぼくの可愛い小鳥ちゃん!」


 なんか執着っぽい相手だけど、俺、殺されない⁉

 あと、カラスって小鳥なの⁉

 魔女さんを小鳥って言ってるってことは、自分は白頭鷲かなんか⁉ 猛禽類⁉


「いじわるな君も好きだけど、ここを開けておくれ!」


 ドンドンガンガン。

 ドアを開ける勢いは増すばかり。

 このままでは突破される!


「あ、ああああの! すぐに開けますから!」

「その声、誰だい……?」


 ひぃ! 怒っていらっしゃる!!! 

 まだ見ぬ白頭鷲の方がお怒り⁉


「ハイル! 大丈夫かい⁉ 監禁⁉ 監禁されているのか⁉ 許せん! か弱い女性になんて卑怯な……! 待っていろ、ハイル! いまぼくが……!」


 やっぱりハイルって魔女さんのこと⁉

 ち、違います! 俺は監禁とかしてません! という言葉を口から発する前に。


 ドンっと重低音がした。

 てっきり玄関がけ破られたのかと思ったが、違う。


 音は背後。

 魔女さんの居室扉だ。


 振り返る間もなく、風のように俺の横を突っ切り、魔女さんは玄関扉を飛び蹴りした。


 文字通りの飛び蹴り。

 黒いローブの裾をはためかせ、横真一文字になって扉を蹴る……というか、なんか着地したぐらいの勢い。


 どぉおおん、と。

 ものすごい音を立てて扉は蝶番から外れ、ただの板と化した。


「ハイル! 無事か⁉」


 扉の下敷きになり、しかも扉の上に魔女さんが仁王立ちしているというのに。

 恋人を気遣う、まだ見ぬ白頭鷲の君。


 ……ちょっとすごい……愛、だ。猛禽類の本気をみた……。


「黙れ、この迷惑男! 毎回毎回毎回大騒ぎしやがって!」


 ドスドスと扉に乗ったまま地団太を踏む魔女さん。

 このままでは白頭鷲さんがぺったんこになってしまう!


「魔女さん! とりあえず、扉から降りて!」


 そう声をかけ、ついでに腕を引く。というのも、男を下敷きにしているから足場が悪いのか、ぐらぐらしていて……。


「つかまってください」

「これはどうも、取り乱してしまって……」


 そう言って魔女さんが俺の手につかまる。そうやって扉からおろしたら……。


「軽々しくぼくの恋人に触れないでくれたまえ!」


 下敷きになっていた男がはい出してきて、怒声を飛ばしてきた。

 ……いや、俺……。あなたを助けたんですよね……?


 そして。

 想像に反して、男は白頭鷲の頭をかぶってはいなかった。


 銀色の長い髪をひとつに束ねて、右肩に垂らした優男だ。


 着ている服はかなり上等なもので、雨や熱から身を守るため……ではなく、単なる装飾のために羽織ったマントがまた似合っている。まるで舞台俳優のようだ。


 彼はパタパタと手で埃をはたき、魔女さんに近づこうとしたのだけど……。

 魔女さんは仁王立ちで怒鳴った。


「黙れ、オリウル! そして帰れ!」

「なにを言うんだい⁉ 君を助けに来たんだよ!」


「助けなんていらないし!」

「また煮詰まっているんだろう⁉ さ、いまからぼくとまったりタイムといこうじゃないか。きっとその間に名案が……」


「近づくな、痴漢!」

「ち、痴漢⁉」


 思わず目を剥く。魔女さんは俺の肘をつかんだまま、ふよんと首を縦に振った。


「恋人じゃないんですか⁉」


 痴漢だったら全然話が違ってくるじゃないか!


「恋人だよ!」

「違う!」


 男は両腕を広げ、「さあ、おいで小鳥ちゃん」とか言ってにこにこしているが、魔女さんは羽根を膨らませて警戒モードだ。


「え、で、でもお泊りセットとか、置いてるんですよね?」


 俺がいま履いているパンツ……とまでは言えないが、そう声掛けをしてみると、ふたりはそろって俺に顔を向けた。


「私は持ち帰れと言っているのに!」

「お泊りセットは恋人の証だよね⁉」


 ……まあ、ふたりの発言をあわせると……。


「……非合法の恋人、ですか?」

「恋人じゃない!!!!」


 魔女さんが激しく拒否をしたけど、青年はさりげなく魔女さんに手を伸ばして肩を抱こうとした。


 もちろん、ばちこーんとその手を叩き落されているのだけど、にこにこ笑顔は崩さない。


 その顔よりなにより。

 俺は彼の肩口に縫い付けられた部隊識別章に釘付けになる。


 マントで隠れていたから見えなかったけど……。

 4つの翼を広げた鷲のマーク。


 それは……。


「魔術師……ですか」


 意外だ。

 のほほーんとした外見から貴族のぼんぼんだと思っていた。


 でもありうる話……ではあるよな。ちょっと考えたらわかることだ。


 魔女と魔術師の夫婦って多い。

 というか職場結婚、だもんな。


「こいつはこうみえて宮廷魔術師なんだよ」


 忌々しそうに魔女さんが腕を組んだ。ふすん、とこれまた不満げなため息がくちばしから漏れる。


「頭も顔も生まれもいいのに、性格だけ変なんだ。不憫な男でしょ?」

「そんなぼくの心をとらえる君。なんて悪い小鳥ちゃんなんだ」

「その呼び名やめて!」


 げし、と魔女さんが蹴りを入れるが魔術師は動じない。


「照れ屋さん♡」


 にこにこ笑顔だ。

 すごい。愛ってすごい。

 鳥類、すごい。


「ところで、これはポトフの香りかい?」

「あ!!!」


 魔術師が顔を上げてくんくんと匂いを嗅ぐ様子を見て、俺は慌てた。


「ポトフ!」


 急いで台所に行き、鍋の蓋を開ける。

 ぐつぐつ煮立っていたが、焦げたり煮詰まったりはしていなかった。


 塩コショウで味を調え、ついでに食品庫に吊るされていたソーセージを二本、放り込んだ。


 火かき棒をつかんで火を消す。

 ほとんど灰になっていたからこれで大丈夫。余熱でいい感じになるだろう。


 やれやれとリビングに戻ると、魔術師は俺の代わりに紅茶をサーブしてくれているところだった。


「あ、すみません」

「ハイルはジャム入りがお好みだ。君、ジャムを」


 魔術師に言われ、台所に取って返す。で、ジャムの入った壺を持って戻ると、魔術師は受け取って、割とたっぷりめにカップに入れた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう、家政夫さん」


 魔術師から受け取ったのに。

 魔女さんはカラスの顔を俺に向けて礼を言った。


 ……まあ、じゅ、準備した礼を言われたのかな。


「いえ……至りませず……」


 とりあえずそう言ってから、蹴り破られたままの扉を起こした。

 蝶番はあとで直すとして……外から丸見えというのは外聞が悪いからな。

 立てかけて、扉っぽくする。


「なぁんだ、君は家政夫かい」


 魔術師がもうひとつのカップに紅茶を注ぎ、椅子に座って飲み始めた。

 ……俺の、分なんだが。

 ま、いいか。


「はい。昨日雇われました」

「いまから魔術で尋問するところだったよ」

「お前の場合、拷問じゃないの?」


 物騒なことを魔女さんが言う。


「尋問と拷問となにが違うんだい」


 きょとんとした顔で魔術師が言うから「冗談ですよね」とも言えなくなった……。


「ぼくは宮廷魔術師のオリウル・サクエス。25歳だ。君は?」

「セイファ・アルバルド……です。23歳で。つい最近まで徴兵されて戦地に」

「ああ、じゃあ捕虜交換で? お疲れ様だったね。この国のためにありがとう」


 いたわるような声と視線。表情。


 なんだか。

 それが妙に心にぐっときた。


 よく考えたら……。

 こんな風に言葉をかけてもらえたのは初めてだったんじゃないだろうか。出征のときにあんなに盛大に送り出してくれたのはなんだったんだろう。


 村に帰還するなり、忌み嫌われ……。

 婚約者だったはずのノアリアには汚物を見るような眼で見られて……。


 つい。

 涙がこぼれて、慌てて顔を背ける。


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