9話 魔女さんとお買い物
その日の午後。
「今日はすまなかったねー……」
前を歩く魔女さんがちょっとだけ振り返ってそんなことを言った。
周囲の様子にばかり気を取られていた俺はとまどう。
「え。あっと……。なにが……?」
なんか前後の会話で聞き逃したことがあるだろうか。
買い物かごを握り締めて頭を巡らせるが、家を出てからこちらというもの、天気の話と、まだ市場に行っても品物あるかな、という話を断続的にしていただけのような気がするけど……。
「オリウル!」
忌々しげに。
なんかこう「滅せよ!」って感じで言われた。
カラスの目部分にはめ込まれた緑のガラスが、日の光にきらーんと輝くところも怖い……。
「いやあの……。俺は別に……」
なんてったって、昨日まで着ていた服が乾くまでは、彼のお泊りセットに頼るしかない生活……。
多少の『君誰⁉』『ハイルのなに⁉』は全く問題ない。むしろ……。
「魔女さん、愛されてますね」
「は⁉ 執着されていると言って!」
魔女さんはきっぱりと言い捨てた。
……いっそ、すがすがしいな。
そしてこんな態度の彼女を追いかけるんだからその熱量たるや……。
そんな彼は魔女さんから魔法陣の書かれた羊皮紙を受け取ると、王城へと帰ってしまった。
昼ごはん時に魔女さんが言うには、いつもなら一泊して帰るのだそうだが、今回は納期ギリギリになってしまったので、そんな余裕もないのだろう、ということだ。
「でもあいつが粘るおかげでこんな時間に買い物になってしまったよ。市場にはまだ商品があるかなぁ……」
魔女さんはちょっと首を横にかしげ、そして再び歩き出した。
「魚なんかはなくなっているかもしれませんが……。野菜とかパン、卵なんかはあるんじゃないですかね」
俺がまだ村にいたころは、昼から出す商人もいたような気がする。
夕ご飯用の総菜とかを売るためだ。
生鮮食品は早朝に売り切って、午前中のうちになくなる印象があるが。
そのほかは結構長い時間居座って、商人同士だべっていたような気が……。
それより気になるのが……。
「あの」
「なに?」
「俺、このあたりにいるので……。魔女さんだけ市場に行ってもらったほうが……」
そっと申し出る。
市場は、この道をあとちょっと進んだところにある。
俺は野ざらしになったベンチを指さした。
「あそこで、待ってます」
仕事を終えた商人とか。
家まで待てずに買った商品をこのベンチで食べる村人も多いのだが。
昼間の2時という時間帯のせいだろう。
ベンチには誰もおらず、朽ちた感じで傾いでいた。
魔女さんはこてんと首を右にかしげる。
「なんかずっとそうやって言ってるけど……。なんなの? どうしたの?」
「その……いや、俺と一緒にいると、あの」
魔女さんにまで迷惑をかけるんじゃないか。
そうはっきり言いたいのだけど。
喉の奥で詰まって出てこないのは。
言ってしまえば。
説明してしまえば。
俺に対する村のみんなの態度を知ってしまえば。
職を失うかもしれない。
そうなったら。
軍人恩給が出るまで俺は野宿だ。
それが嫌で。
そんな卑怯な理由のために。
俺はただ言葉を詰まらせて買い物かごを握り締めてうなだれる。
「家政夫さん」
魔女さんが声をかけた。
その語尾に。
「いたな! 見つけたぞ!」
甲高い子どもの声に、心臓が止まる。
顔を向けると、まだ年端もいかない子ども数人がまっすぐにこちらに駆けてくるところだった。
いずれも知らない子だ。だけど心臓が早鐘のように鳴った。
俺はこの子たちを知らない。
だけど。
この子たちの親は、俺を知っている。
そして。
なんらかのことを吹き込まれているのではないのか?
例えば。
俺の噂とか。
「性懲りもなく、この小童どもが!」
くわ、と吠えたのは魔女さんだった。
え、と。
俺はあっけにとられる。
言葉を失うとはこのことだった。
絶句する俺の目の前で、魔女さんは黒いローブを広げてくちばしをパカパカさせた。
「かかってくるがいい、愚か者ども!」
「退治してやるー!」
きゃきゃきゃきゃ、と笑いながら子どもたちは突進してきた。
魔女さんはすかさずローブの下から羊皮紙を取り出すと、ぱらりと自分の足元に広げる。
途端に。
ぼやりと羊皮紙に描かれた魔法陣が光を帯びた。
子どもたちはまっすぐに。
魔女さんというか。
むしろ魔法陣へと駆けていく。
誰かはわからないが、子どもの一人が、影踏みのように羊皮紙を踏む。
「よせ!」
悲鳴が喉から迸った。
とっさに俺は耳をふさいでうずくまる。
心臓が止まった。
確実に。
だけど。
俺の悲鳴は子どもたちの歓声に搔き消えている。
気づけば。
子どもたちは笑い声をあげて宙に浮いていた。
「………え?」
どすん、と。
尻餅をついて子どもたちを見た。
耳をふさいだままだからだろうか。
自分の心音がやけに低く鈍く聞こえてくる。
子どもたちは相変わらず楽し気に笑っていて。
「くそー! 魔女め!」とか「おろせー」ともがいていた。
羊皮紙からは……。
いや魔法陣からは絶えず風が吹きあがっていて。
だからだ。
子どもたちは、その風に乗ってふわふわと浮いている。
髪をなびかせ、服をはためかせながらも、羊皮紙のうえ。空中をバタバタと泳いでいた。
「ごめん……。そういえば戦地帰りだったよね。配慮がいたらなかった……」
どどどどーんと。
重ぐるしい声に我に返る。
耳から手を放して魔女さんを見ると。
彼女はまるで子どもたちと正反対だった。
頭に雨雲を引き連れてうなだれている。
「きっと地雷と勘違いしたんだよね……。ごめん」
うめくように魔女さんが言い、うつむいたままだけど、くちばしがパカパカした。
「いえいえ! いやあの……! こっちこそ!」
慌てて立ち上がり、買い物かごをつかんで尻を叩いて埃を払う。
「す、すみません。いつも村の子と遊んでもらっていたんですね」
「退治してやる!」「魔女めー」
子どもたちがまだ騒いでいるから、「こら」と俺は声をかけた。
「魔女さんに失礼だろ?」
だけど子どもたちは笑って、宙をバタバタするばかりだ。
たぶん。
最初、村に登場したカラス頭の黒衣を着た魔女に子どもたちは興味津々だったのだろう。
それがいつしか度胸試しに発展した。
誰が一番に魔女さんにちょっかいをかけたのかは知らないが。
魔女さんは受けて立ち、こうやって毎度遊んでくれているのだ。




