44話 恩人との再会
それから1時間……いや、2時間弱だろうか。
日がとっぷり暮れる頃に魔女さんの家についてみると。
家の前柵にはなんだか豪華な馬車が一台停まっていた。
「なんだ、あれ」
「大尉のじゃないんですか?」
俺が先に馬から降り、魔女さんの腰をつかんでおろす。
魔女さんは、てててと警戒心もなく馬車に近づいた。
馭者がちょっと驚いた顔をしたが、魔女さんと俺に目礼をしてくれる。
「……あの紋、侯爵だ」
少し離れたところに伯爵の白馬をつないでいると、魔女さんが戻ってきて小声で教えてくれた。
「こ、侯爵⁉」
なんでそんな人が魔女さんの家に⁉
っていうかいろんな人、大集合しすぎだろう、この家!
俺はドギマギしながら、魔女さんのあとをついて家に行く。
「ま、魔女さん。なんて挨拶したらいいんですか、侯爵に」
「こんばんは、でいいんじゃないの?」
そうなのか⁉ 本当に⁉
「それより、兄と大尉がいてくれるとありがたいな。二人の前で言ってしまおう。セイファさんと結婚するって」
そのこともあった!!!!!!!
心臓が脈打ちすぎて、確実に半年分は消費したんじゃなかろうか。
俺は左胸を押さえながら「妹さんをください」と言う練習を脳内で繰り返す。
「ただいま」
がちゃりと扉を開いて、いつも通り魔女さんが家に入った。この人の心臓はどうかしている……。俺はふらふらしながらそのあとをついて行った。
「ハイル!」
「無事だったのか!」
伯爵と大尉が魔女さんに駆け寄ってきたけど、彼女は手のひらをパーにして突き出す。
そうやって近づくのを拒絶した。
「セイファさんに助けてもらった。まずは彼に礼を言ってほしい」
毅然とした態度で魔女さんは言うが。
伯爵も大尉も憮然とした態度で俺を見るばかりだ。
「こちらも捜索の手配はした」
「いま、軍のやつらに声をかけて人を集めている最中だったんだ」
伯爵と大尉は魔女さんに言うが……。
まあ、実際、後手に回っている上に何もできていないので言い訳にしかならない……ところではある。
「あと、兄上。私はセイファさんと結婚することにしたから。大尉とは結婚できない」
いきなり言った!!!!
爆弾放り込んだ!!!
「さ、さきほどご紹介にあずかりました、セイファ・アルバルドです!」
もう、ままよ、と魔女さんの隣に並ぶ。
伯爵と大尉を交互に見て。
ついでに、ひとりだけダイニングテーブルの椅子に腰かけている人を見つける。
ん? と思ったものの。
もういい。それはあとだ。
「いまは無職ですが! 早急に仕事を見つけて……」
「無職ではなく、我が家で家政夫をしてるじゃない」
「結婚したら家事は仕事じゃなく、共同作業になりますから!」
「共同作業……」
ぼそ、と魔女さんがつぶやく。
共同作業……。伯爵の顔がどんどん怒りでゆがんで……!
「結婚を前提としたおつきあいですので! 清く正しい男女交際です!」
まだなんもしてません!
「徴兵されるまではさっくつ士として働いていました! すぐになんらかの職につきます! なので、交際を許してください!」
ぺこりと頭を下げる。
続いて魔女さんも俺の隣で頭を下げたようだ。
だけど。
室内は無音。
しばらく無音。
無音だから、ふたりとも動けない。
「おれは認めない」
ようやく伯爵が声を絞り出した。
そっと顔を上げる。
そこにはもう……。憤怒ってこんな表情なんだろうな、という顔の伯爵が仁王立ちしている。
その隣に並ぶ大尉も冷ややかだ。
「奇妙奇天烈な格好をしていようが、周囲から何を言われようが、妹は妹だ。エクセレーナ伯爵家の娘だ。それを平民になど嫁がせられるものか! せめて同家格か貴族でないと俺は許さん!」
「私は結婚しても仕事がしたい。魔術師仲間の依頼は受けたいし、薬が欲しいという人には薬を販売したい。だけど貴族の誰がそれを許してくれる?」
魔女さんは冷静な目で伯爵を見つめる。
「セイファさんはすべて許してくれる。私の理想の結婚相手よ」
「わがままもたいがいにしろ! お前だけではなく、我が一門すべてがバカにされるのだぞ!」
伯爵がこぶしを振り上げる。
とっさに俺は魔女さんを引き寄せ、見兼ねた大尉が伯爵の腕を握る。
「ようするに、セイファ・アルベルト氏が貴族なら問題ないわけだ」
ふと。
聞き覚えの無い声が割って入った。
誰もが同時に声の主を見る。
ただひとり、椅子に座っている男性。
年は30代前半ぐらい……だろうか。着ている者や髪形が若々しいから、実際はもう少し上かもしれない。
「侯爵。大変お見苦しいところを……」
苦々し気に伯爵が頭を下げた。
こうしゃく! これがあの馬車に乗ってきた人!
「アルバルド氏。わたしを覚えていますか?」
男性は立ち上がり、柔和に笑うから戸惑った。
あの夜会で出会ったのだろうか。
だけどあのときは緊張しまくりで……。誰が誰だか。
「この格好ではわかりませんか」
戸惑う俺を見て、侯爵は怒るどころか、愉快気に笑った。
「あの捕虜収容所で。命を助けていただいた者ですよ」
「え……?」
全員が絶句した。
まじまじと侯爵を見る。
無礼だとは思うけど、思い出すためにはやむを得ない。
背格好、年齢。それから透き通るような青い瞳。
少し太めの。意志が強そうな眉。
右眉。
そこに、くっきりとした刃物傷。
脳裏に浮かんだのは、顔を半分血まみれにし、隣国兵に押さえつけられている男の姿。
『妻と子に会いたい! こんなところで死ねない!』
頼む、知っている情報があるなら言ってくれ! そう言って泣き叫ぶ捕虜。
「あのときの……」
そう。
俺が井戸の情報を教えるきっかけになった捕虜。
「砲兵隊所属ではなかったのですか?」
「従軍されて大変な目に遭われたというのはお聞きしていましたが……。まさか捕虜に」
伯爵と大尉がうろたえる。侯爵は頭を掻いた。
「当時は情報部にいたんだ。で、潜入していたんだが捕まってね。スパイだということはバレなかったが……。そのかわり、殺されるところを彼に救われた」
「あのときの……」
驚きすぎて、ようやく出たのはそれだけ。
「解放され、あの恩人を探そうとしたのだけど。当時の捕虜たちに聞いても、誰も知らぬ存ぜぬでね」
捕虜交換を終え、自由の身になった途端、それぞれがバラバラになった。
みんな、捕虜のことなど忘れたかったし、なにより俺は裏切り者のレッテルをはられていたから、誰からも声をかけられることなどなかった。
「なんとか恩人を探せぬものか、と調べていたら……。なんと新聞に載っているじゃないか」
侯爵は笑い、それから俺にむかって手を差し出した。
「ようやく言える。あのときはありがとう。おかげで妻にも子にも会えた。感謝している」
差し出された手。
伯爵や大尉のように手袋をしていない手。
節くれだち、がさがさとしていて。
手のひらにはまめもある。
軍人の手。
俺はおずおずとその手を握る。
侯爵はぎゅっと握り返してくれ、そして抱擁してくれた。
「妻からも『なにか恩返しを』と言われていてね。どうだい、伯爵」
侯爵は俺の肩を抱いたまま、くるりと伯爵に向き合った。
「君がそんなに地位にこだわるのなら、私がアルバルド氏に貴族位を与えよう」
「……へ?」
え、そんなに簡単にもらえるの?
「よくあることだよ、アルバルド氏。例えばどこかで農夫の娘を見初める。結婚したい。だけど彼女は平民。だから、知り合いの貴族に頼んで養女にしてもらい、それで貴族の娘にしてから結婚する」
にこにこ笑って侯爵は言う。
……そういうの、聞いたことはあるけど……。
「あくまでそれは女性の場合ですよね⁉」
伯爵が素っ頓狂な声を上げる。……うん、俺もそう思う。
「女でも大丈夫なら、男ならなおのこと大丈夫だろ。なあ、エクセレーナ伯爵令嬢?」
「そうですね、はい」
侯爵と魔女さんがうなずきあっている。
……そう、なのか?
「うちの知り合いで、子どもができずに断絶寸前の伯爵がいる。そこの養子にしよう」
「そんなこと陛下もお許しになるはずがない! 男子の爵位については陛下の許可がいるはず!」
伯爵が金切り声を上げる。大尉もぶんぶんと首を縦に振って同調するが、侯爵はポンポンと俺の肩を叩いて笑う。
「陛下もお許しになる。わたしが生きて帰ったこと。そして、とある情報を持ち帰ったことを陛下は大変評価してくださっている」
一瞬だけ、侯爵は気の良い笑みではなく、凄みのある笑みを見せた。
「それほどのことをアルバルド氏はやってくれたのだ。それを評価せよ」
笑みだけではない。
低く、どすの利いた声に伯爵と大尉は押し黙り、目を伏せた。
「さて。今日のところはこれで帰らせていただくが、後日我が家への招待状をお出ししよう。そのときに、爵位について改めてお話させていただく」
侯爵はそう言って、俺と魔女さんに丁寧に頭を下げ、去っていった。




