42話 《ハイル視点》誘拐されて
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ハイルが連れてこられたのは、王都に近い郊外だ。
馬車が襲撃され、従者や馭者どころか、大尉まで散り散りに逃げた。
ハイルも逃げようとしたのだが、あっさりと捕獲される。
『カネならない!』
強盗なのだろうか、とハイルは自分を肩に担ぐ男に怒鳴る。
途端に、いっせいに賊たちは笑った。
『逃げたやつらならともかく、あんたはなさそうだ』『こんないかれた格好の女にカネなんてあるもんか』
なら、どうして自分はつかまったのか。
そもそも、カネ目のものを持っていそうな従者や大尉をなぜ追わず、彼らはどうして自分を捕まえたのだろう。
『いや、カラスだからきれいなものは集めているかもよ』
ひとりの男が黒衣の裾をめくった。
途端に、はやし立てる声が上がる。ハイルが足をばたつかせて抵抗した。
『やめろ』
リーダーらしき男が不埒な男の手を鞭で打ち、男は悲鳴を上げた。
『依頼主は、きれいなまま連れてこいと仰せだ。価値が下がるようなことはするな。わかったか』
鶴の一声とはこの声のことなのだろう。
以降、ハイルは荷馬車に押し込まれ、そのままだ。
一見、農夫が使いそうな幌付きのもの。
腕と足を縛られたものの、猿轡はできなかったらしい。それはそうだ。くちばしをしばったところで、ハイルは喋れる。
『大声を出したら刺すぞ』
そう言って脅されたが、さっき言っていることと矛盾している。
たぶん、ハイルを傷つけることはしないだろう。
だが、この人数に囲まれて逃げ出すことは困難だ。
黒衣の中に、念のためにと魔法陣は一枚隠し持っている。だが、それを取り出し、呪文を詠唱する時間がない。
しかたなく、ハイルは黙って彼らにうなずいてみせた。
そして、2時間ほど移動してついたのが、この平屋だった。
もうすぐ夕方になろうかという時間帯。
ハイルは馬車の速さとその時間を計算し、そこから『王都に近い郊外』と推測した。
貴族が住むような家ではない。
倉庫に毛が生えたような平屋だ。
マルベル商会の倉庫なのかも。
実際、中に入ると梱包されたままの木箱が山と積まれている。出荷待ちか、それとも荷ほどき前なのか。
ハイルはカラス頭の下で口をへの字に曲げる。
実家に帰らなくてよくなったと思ったら、マルベルにつかまってしまった。これでは意味がない。
そうして、ようやく椅子に座らされ、やっと縄をほどかれたと思ったら、椅子のひじ掛けと脚に縛り付けられる。
「脱走しない。ほどいてよ」
ハイルは言うが、男たちは笑った。
「飛んで逃げられちゃあ、わっしらが困るんだ」
「飛びもしないし」
あきれてそう答えたとき、扉が開いて入ってきたのは。
案の定、ヨナーンだった。
「王女に化粧を使うなと言ったのはお前か!」
怒りに目を吊り上げてヨナーンは怒鳴った。
夜会で会ったときとはずいぶんと様相が違う。
タイはだらしなくほどき、襟もゆるめている。髪だってそうだ。乱れ、ぼさぼさだ。
「別の化粧品に変えてはどうですか、とは進言した」
ハイルが答えると、ヨナーンは激怒した。
「やっぱりお前か! そのせいでうちは大損害だ!」
ヨナーンが胸倉をつかんでくるが、ハイルはくちばしをパカパカさせた。
「大損害も何も……。いままで大儲けしたんだ。潮時だと思ったらどう?」
「なにを⁉」
「大した経費もかかっていないのに大層な値段で販売しているじゃない。まあ、あなたのところも商売だ。買う人間がいるのならそれでもかまわないけど……。健康被害が表ざたになる前にきりあげるのが商売人ではないの?」
ハイルは小首をかしげる。
「裁判が頻発したらもつの? あなたの商会は」
チッと舌打ちし、ヨナーンは突き飛ばすようにしてつかんだ手を放した。
がたりと椅子が揺れ、危うく転倒するところをハイルは必死にこらえる。
「ノアリアに入れ知恵したのもお前だろう⁉ あいつ、おれと子爵夫人との関係のことを持ち出して慰謝料を請求してきやがった……!」
「それは……知らないけど、まあ、不貞を働いたのなら仕方ないんじゃない?」
なんだセイファさんは人が良いな、とハイルは内心で肩を竦める。
手ひどい仕打ちを受けただろうに、なんでもかんでも許してしまう。
ハイルなら、村ごと焼き討ちするところだ。
「なあ、ところでこんなことをしてどうなるのかわかっているのか?」
ハイルはヨナーンだけではなく、周囲の男たちも見回す。
「こう見えても伯爵家の娘だ。王女殿下の学友でもあるし、魔術師たちの間でも顔は知れている。そんな私を白昼堂々誘拐し、タダで済むわけないでしょ? そこのところはわかっての狼藉?」
賊たちは「このカラスが?」という顔をしたが、ヨナーンは鼻で嗤った。
「化粧品はもうこの国では売れない。売れたとしても利益が出ない。ノアリアのことも面倒だ。だからお前が言う通り、ここで区切りをつけて隣国に飛ぼうと思っている。お前を連れてな」
「私を?」
「当然だろう」
ヨナーンが凄む。
腰を折り、すごい形相で椅子に縛られているハイルをにらみつけた。
「俺を邪魔したこと、後悔させてやらなきゃ気がすまん。隣国で娼館に売り飛ばしてやる」
「娼館!」
ハイルと賊たちはそろって素っ頓狂な声を上げた。賊たちは「こんなカラスが売れますか⁉」といぶかし気に。ハイルは「バカなのかな」とあきれて。
だが、ヨナーンは自信満々だ。
「賊とおれの接点はない。お前は金目当てに誘拐され、そして隣国に売り飛ばされるんだ」
「売り飛ばされた先で、私がいろいろ話すと思わないの? 『誘拐されました。犯人はヨナーン・マルベルです。誘拐だとわかっていて買うとあなたは処罰されます』って言うよ? 『顔も覚えてます。賊はこんな奴らです』って」
「しゃべれないように舌を切って、目をつぶしてやる!」
「それじゃあ、娼婦としての商品価値がさがるでしょうよ。お前、自分でこの男たちに『無傷で』って言ったくせに。自分で商品の価値を落とすの?」
ヨナーンは歯ぎしりをし、ハイルはため息をついた。
「それに高飛びするには商会が大きくなりすぎ。もっと小さな商会で……それこそ小間物屋ぐらいだったらそんなことも可能だろうけど。お前、どこにいても手配されるよ?」
「なぜ!」
「雇用人をどうするつもり? みんな連れて隣国に行くの? 行けないでしょ? 放置でしょ。だとしたら、給料未払いで訴えられるし。隣国に渡ったことが露見したら、国際手配だよ。商売なんてムリムリ。そもそも家族はどうする気?」
「もう隣国に移動済みだ!」
「長期滞在するにはビザの問題があるよ。とったの? というか、まさか本名で取得してないよね。即身バレするし」
ちょっと考えたらわかることだろうに、とハイルは椅子の背もたれにもたれる。
「悪いことはいわない。あの化粧品はあきらめたら? 別の商品を開発したらいいじゃない。私が手を貸してあげようか?」
「黙れ!」
ヨナーンが唾を飛ばして怒鳴り、ハイルを張り倒した。
カラス頭のおかげで痛みはないが、衝撃が来る。今度こそハイルは横倒しになった。
「殺してやる!」
「ちょっと、旦那!」
「あんたが殺すなとか傷つけるなって言ったんじゃないか! ちょ……リーダー、大丈夫なのか、この男!」
男たちがもみ合っている。
視界が悪い。
転倒してカラス頭が少し回ったのかもしれない。
困ったな、と首だけねじっていたら。
小屋の天井部分に作られた明り取りの小さな窓から、布が垂れ下がっていることに気づいた。
最初は窓隠しの布が垂れているのかと思ったが。
よく見ると羊皮紙だ。
しかもあの筆跡は自分のもの。
ちらり、と窓から誰かがのぞく。
セイファだ。
彼はすぐに頭をひっこめた。
だが魔法陣の描かれた羊皮紙は窓にぶら下がったまま。
男たちとヨナーンはまだもめている。
いける、とハイルは思った。
窓からぶら下がるあの魔法陣は、遠隔操作ができるものだ。しかも爆破系。
顔を窓からひっこめたということは、もうセイファも建物から離れただろう。彼には以前魔法陣の説明をした。内容がわかっているからあの魔法陣を垂らした、と信じることにする。
ハイルはヨナーンを押しとどめる男たちに顔をねじった。
「ねぇ、いますぐ私の縄をほどいてくれるのなら、見逃してあげるわ!」
「この期に及んでこいつ、なにを……! 自分の立場がわかってんのか!」
ヨナーンが男たちを振りほどき、ハイルのところにまでやってきた。
どし、と腹を蹴りつけられるが、椅子に固定されていたのが幸いした。彼が蹴った大半は椅子の背もたれだ。
案の定ヨナーンは盛大に悲鳴を上げる。そのまま足の甲をつかんで床を七転八倒した。
ハイルは男たちを再度見る。
「どうする⁉ 縄をほどく⁉ このバカにつく⁉」
「貴様、もう許さん!」
ヨナーンがよろよろと立ち上がる。懐から短剣を取り出すのを見て、ハイルは呪文を大声で発した。
ぶぅうん、と。
蠅の羽音のような低い音が屋内に響く。
え、と男たちだけではなくヨナーンも顔を上げて音の方を見た。
ハイルだけがカラス頭の中で首を縮める。
閃光が室内を満たす。
同時に空気が押し出された。
床に椅子ごと横倒しになっていたハイルだったが、それでも氷上のように滑って壁際に移動したほどだ。
立っている彼らなどひとたまりもない。
どおおおおん、と。
腹に響く重低音は雷鳴に似ていた。




