41話 あんたたちに魔女さんは任せられない
魔女さんが捕まった。
連れて行かれた。
逃げ出そうとしていたのに。
その矢先に……。
胸に渦巻くのはどうしようもない後悔だ。
俺がもっと早くに動いていたら。
形だけでもいいじゃないか。
おばさんの言う通り、俺が魔女さんに結婚を申し出ていたらどうだったろうか。
なにも本当の夫婦になる必要なはない。結婚を断るために結婚をすればいいのだ。
そして、いつも通り暮らす。ずっと。
そうしたら。
少なくとも矛先は俺に向いたんじゃないか?
彼女と離婚をしろ、と迫られたのは俺なんじゃないか?
暴力をむけられるのも、さらわれるのも俺だったんじゃないか?
俺が。
ぐずぐずと生産性のない不毛な自問自答ループに陥っていたから。
だから年少さんは捕まって怖い思いをし、魔女さんは誘拐された。
俺は、はあはあと荒い息を漏らしながら走る。
通り過ぎる村人が「セイファ?」「どうした」と声をかけてくれるが、無視して走る。
こんなに全力疾走したのはいつぶりだろう。
隣国兵に追われたときだろうか。
あのときは捕虜になってしまったが……。
今度は絶対にミスできない。
絶対に、絶対に魔女さんを取り返さねば。
そんな思いで必死に足を動かし、腕を振った。
ゆるやかな坂道を上る。
息が上がって喉が痛い。かすかに血の味がしてきたころ、魔女さんの家が見えて来た。
敷地を囲う柵に、白馬が一頭つながれていた。
従者はいない。馬具を見る限り軍馬だ。
大尉だろうか。
倒れこむようにして玄関扉を押して中に入る。
「遅かったな。もう帰ろうかと思ったところだ」
腕を組み、立っていたのは大尉じゃなかった。
いや、軍人というくくりでは同じだろうか。
「……伯爵……」
口から言葉が漏れる。
魔女さんを誘拐したのは、兄上である伯爵だった。
「いままで好き勝手させていたが、もうそれもおしまいだ。連れ帰り、エクセレーナ伯爵家にふさわしい令嬢として、友人のところに送り届けようと思う」
伯爵は汗だくの俺を睥睨し、淡々と告げる。
「別に君に説明をする義理などないのだが……。誘拐されたと騒がれ、それがまた新聞にでも掲載されてはかなわんからな」
「ゆ、誘拐ではなく、なんだというのです!」
俺は顎を伝う汗を拭ってこぶしを握り締めた。
「魔女さんの意見を聞きもせず! 子どもをたてにして連れ出すなど、誘拐以外になんと表現するのですか!」
「娘が実家に帰る。それだけのことだろう。婚約者がエスコートしているのだから問題ない」
「……大尉もいらっしゃったのですか」
「馬車と共に先に出発した。わたしもこのあと追う」
伯爵は腰ベルトに挟んだ乗馬手袋を外し、手にはめる。
「君、家政夫としての契約期間があるのだろう? その期間中はこの家に住んでもらってかまわない。退職金代わりにこの家を君にくれてやってもいいが……。まあ、そのことは追って話そう」
「魔女さんの意見を聞いてあげてください!」
「聞いた結果がこれだ!」
怒鳴られたが、俺はひるまない。
かなりの距離でにらみ合う。
「妹には昔から手を焼いている! 母が甘やかすから付け上がり、女だてらに魔術学院など……! それだけならともかく、結婚もせずにいかれた格好で村を歩き回る……! しかも貴様のようなものと噂され……! 我が家がどれだけ迷惑をこうむったかわかるか⁉」
「我が家ではなく、あなたが恥と思っているだけではないのですか」
俺は伯爵をにらみつける。
「魔女さんは魔術師たちの中でも別格の腕をお持ちとか。王女様にも格別のお引き立てをたまわっている! あなたに尋ねたいが」
俺は一歩伯爵の方に踏み出した。
「魔女さんが妹じゃなく、弟なら自慢したんじゃないですか? 魔術学院に入れたんじゃないですか? 魔術師として認めたんじゃないですか⁉」
俺は魔術師のことについてくわしいわけじゃない。
だけどオリウルさんは貴族だ。
貴族で魔術師。
あの夜会でも軽んじられているわけじゃなかった。猊下の五女と婚約までしている。
魔術師だから侮られるわけじゃない。
実際、魔法陣は軍で重用される。
なのに。
魔女さんが魔術学院に入ろうとしたらいらぬ噂を立てられ、在野で活動するしかない。
王女様がお召しになるにも、体裁をとりつくろう必要があった。
その違いは。
ひとえに性別だ。
「魔女さんは素晴らしい。誰よりもすごい! それを家族なのにどうして認めてやれないんです! 評価してあげない!」
「女の価値はそんなところにないからだ!」
牙を剥く勢いで凄まれる。
「男ができることを女がする必要はない! 女にしかできないこと、すなわち両家をとりもつ子を産むことこそが女のなすべきことだ!」
「そんなのあんたがすればいいだろ!」
怒鳴り返してやる。
「あんたの子種を勝手に撒け! それはいやなのか⁉ 自分は結婚相手を選ぶのに……! 抱く相手を選ぶのに、魔女さんに選択権はなしか!」
返事は言葉じゃなく、拳だった。
右からのフック気味のストレート。
反射的に背中をそらして避ける。
勢いが良すぎて伯爵は前のめりになった。だから、足をひっかけてやる。簡単に態勢が崩れたので一撃を食らわせてやろうかと思ったけど……。
やめた。
屈辱は十分に味わったらしい。
まさか避けられると思わなかったのだろう。そのうえ、足をひっかけられるとは。
言っておくけど、俺は戦場にいた。ただ、ぼーっといたわけじゃない。
伯爵は顔を赤くしてさらに殴りかかろうとしたけど。
手を伸ばして胸倉をつかむ。
ぐい、と顔を近づけた。
「魔女さんをこの家に帰してくれ」
望むのはただひとつ。
それだった。
彼女の自由。
浮かぶのは、なにげない姿ばかりだ。
中庭の一角にうずくまっている背中とか。
ダイニングのタイル床に寝そべる姿とか。
空気の噴き出る魔法陣で子どもと遊ぶ姿とか。
そんな毎日を、彼女にはこれからもずっと過ごしてほしい。
すくなくとも。
誰かの意思で動かされる姿を見たくない。
「貴様……!」
伯爵が俺の手を払いのけ、後ろによたつく。
佩刀の柄を握り締めたときに、俺の背後から音が聞こえた。
それは伯爵も同じだったらしい。
蹄の音。
しかもかなり速度を上げている。
互いに顔を見合わせ、同時に家を出た。
「モジュル!」
栗毛の裸馬に乗っていたのは、大尉だ。
軍服を着てはいるが、肩口のモールは乱れ、なにより蒼白でかなり慌てている。
「ルークス⁉ なぜここに……? 妹と馬車で先着しているはずでは?」
いぶかしむ伯爵のところに、大尉が駆け寄る。
「馬車が襲われた!」
「は⁉」
伯爵と声がそろう。大尉は俺のことなど眼中にないようで、伯爵の両腕をつかんだ。
「彼女と一緒に馬車に乗って移動中、馬車が襲われたんだ! 彼女が連れ去られた!」
「連れ去られたって……! お前……お前はなにをしていたんだ!」
伯爵が怒鳴る。
「多勢に無勢だ! あんなもの相手にできない!」
伯爵が大尉を殴る。
今度こそ、彼の拳は親友とやらの頬にヒットした。
「それでおめおめとよく来れたものだな……! 貴様……!」
倒れこんだ大尉に馬乗りになろうとする伯爵を俺は引きはがした。
「そんなことより! 魔女さんを探す方が先です!」
伯爵を突き飛ばし、地面に転がって殴られた頬を押さえる大尉を引きずり起こした。
「どこの誰に襲撃されたんです! 家紋は⁉ なにか手掛かりは……!」
だけど大尉は呆然と首を横に振るばかりだ。
これでは年長組の方が役立つじゃないか!
「マルベル商会ではないんですか⁉」
「マルベル……? なんだそれは!」
伯爵は全く知らないらしい。俺は力が抜ける。
俺やオリウルさんが知っていることさえ気づかないなんて。わからないなんて。
「魔女さんのこと、そこまで知らずによく家族だなんて言えますね! 家門の役に立てですって⁉ あんたたちが足をひっぱってんじゃないか!」
役立たずめ、という罵りは必死に飲み込む。
「あんたたちに魔女さんは任せてられない。預けられない」
俺は言うと、魔女さんの自室に飛び込んだ。
魔女さんの部屋には、掃除で何度か入ったことがある。彼女自身からも「これは魔法陣」と何度か説明も受けた。
内容のわかる羊皮紙をひっつかみ、丸めて腰のベルトに挿した。
家から飛び出し、戸惑う伯爵と大尉をよそに、首から円錐形の水晶を引っ張り出す。
頼む!
額に押し当て、魔女さんのことを思い出す。
ペリドットの瞳とか。月光色の肌とか。
ぱたぱたと飛ぶように動かす腕とか。
すばしっこそうに見えて実は運動音痴なところとか。
「魔女さんは、どっちだ」
革ひもを握って、水晶を垂らす。
ふわり、と。
水晶はすぐに反応を見せた。
いける!
「馬、借ります!」
俺は返事も聞かずに、白馬に飛び乗った。




