40話 魔女さんが誘拐された!
その二日後。
「なんだい。あんた、どっか旅行でも行くのかね」
市場で商品を見繕っていたら、おばさんに尋ねられて、思わず「ひっ」と言いそうになった。
「え……。なんでそう思うんです……?」
「そりゃ、そんだけ干し肉だの瓶だのを用意してさ。油紙まで買ってたら、どっか遠出するのかなと思うわな」
おばさんからきゅうりとにんじんを受け取るのだが。
おばさんがさっきからじっと見ているのは、俺の買い物かご。
そこには、さっき別の商人から買った干し肉やドライフルーツ。それからマリネとかを詰めようと思って追加購入した瓶がいくつか。移動中に汁が漏れたら大変と、ついでに買った油紙も入っていた。
ちなみに、このきゅうりとにんじんも酢漬けにして持っていく予定だ。
「ちょっと……外出しようかな、とは思っています。魔女さんと」
まさか結婚相手から逃げるために別荘に行く魔女さん。それに同行するとは言えず、絶妙にはぐらかした……つもり。
「なんだい、婚前旅行かい。っかー! これだから近頃の若いもんは!」
おばさんは豪快に笑うから恥ずかしい。おばさんのテントの両脇の商人がにゅっと顔をだして、「お。そいつはいいね」「楽しんでくるといいさ」と囃すもんだからいたたまれない。
商人ふたりは「ご祝儀だ」と自分の商品を、ぽいと買い物かごに入れてくれた。受け取ってもいいんだろうか……これ。
「じゃあ、うちのチビたちに『魔女の家に行ってもいないよ』って言っておかなきゃね」
おばさんが言う。
そうだ、そんなのすっかり忘れてた。
「出発は明後日ぐらいになると思います。しばらく留守にするので……帰ってきたらまた市場に顔を出しますね」
「仕事かい?」
からかいつつも、おばさんは婚前旅行説を信じてなかったらしい。
俺は苦笑いしながら、うーんとうなる。
「仕事といえば……そうなるんでしょうけど」
なにしろ、魔女さんは別荘で長期構想中の魔法陣の仕上げに入るらしい。
オリウルさんから「これは時間がかかるからいつでもいいよ」と言われているものだそうだ。
「あんたさぁ」
おばさんは腕を組み、俺を見上げる。
「あの魔女と所帯を持つつもりはないのかい?」
受け取った商品を落としかけた。
「そ、そそそそんなの! だって、あの人、貴族なんですよ⁉ 俺みたいな平民!」
「え、そうなのかい⁉」「あのカラスの嬢ちゃん⁉」「なんだぁ、そりゃあびっくりだ!」
おばさんだけでなく、両隣の商人も驚いている。
……気持ちはわかる。俺だって当初は驚いたから。
「だけど普通の貴族じゃないだろうよ。あんなカラス女、貴族のボンボンの手に負えるのかね。貰い手ないんじゃないかい?」
それがあるんですよ、と言えずに口ごもる。
だけどなにか察したのか、両隣の商人がこっちまで出てきて、ぽんぽんと肩を叩いてくれた。
「そりゃあなぁ、血統書さえあれば欲しがるやつっているもんさ」
「結婚となると家同士のことだからなぁ」
それに対して憤慨したのは、おばさんだった。
「なんだい、魔女は家同士の結婚がいやで逃げ出すのかい? だったら話は早いじゃないか。あんたがかっさらわないかい! この甲斐性なし!」
か、甲斐性なしという言葉がぐっさり胸に……。
……そうなんだよな。
いまのところ彼女は俺の雇用主。
衣食住の面倒を見てもらっている上に、お給金をいただいている状態。
それなのに、「結婚が嫌なら断ればいいんですよ!」なんて言える身分じゃない。
一方で、おばさんが言うような「かっさらう」ということについては、さらにこう……混迷を深めている。
魔女さんは意に染まぬ結婚を迫られて逃げ出そうとしている。
それは大尉が嫌、というのもあるのだろうけど。
結婚自体が嫌なんじゃないだろうか。
それなのに、「その結婚を避けるために、俺と結婚しませんか?」なんて提案はこれ……。おかしくないか?
「……悪いけど、悩むのは家で悩んどくれ」
随分と俺は長い間店先に立ち尽くしていたのかも。
気づけば商人は自分の商売に戻り、おばさんも迷惑そうに俺を見ている。
「そ、そうですね。お邪魔しました」
そう言って立ち去ろうとした時、「かせいふー!」と幼い声がいくつも聞こえて来た。
なんだなんだと見やると、年長組が勢いよく俺にぶつかる……というか、抱き着いてきた。
「どうした? 魔女さんになにかして怒られたのか?」
最近、こいつら全力で魔女さんに挑んでるからな……。
魔法陣でかわしているけど、見てて怖い。魔女さんの中身は、結構華奢な女の人なんだぞ?
「違う! 魔女がゆーかいされた!」
「誘拐⁉」
俺とおばさんの声がそろう。
「ど、どういうことだね、タイラー!」
おばさんが店の奥から出てきて、自分の孫を問い詰めた。
「わっかんないよ! おれたちが魔女さんと遊んでたら、豪華な馬車がきて……! 魔女さんに『馬車に乗れ』って。乗らないって魔女さんが言って……。魔法陣を出したら、チビが捕まったんだ、男に!」
とっさに見回す。
確かに年少さんがいない。
血の気が引いた。
「おれたちに、かせいふを呼んで来いって……」「だから、この時間なら市場にいるかと思って!」「どうしよう……。チビも魔女さんもつかまった……」
豪華な馬車。
年少さんを捕まえたのは男。
一番に頭に浮かんだのは、ヨナーンだ。
オリウルさんが『気をつけろ』と言っていた。
復讐に来たのだろうか⁉
「マルベル商会の馬車だったか⁉」
腰をかがめ、年長組に尋ねる。
年長組は互いに顔を見合わせたが、一斉に首を横に振る。
「あれは貴族!」「マルベル商会のマークじゃない!」「ヨナーンさんなら顔、知ってる!」
……じゃあ、あれだ……。
大尉だ。
「軍馬だったか⁉」
再度尋ねるけれど、軍馬はわからないらしい。「馬は馬だよ!」と一斉に言われた。
「セイファ、とりあえずあんた……。家に帰った方が……」
おばさんが不安な色を目に宿し、孫を腕に抱いた。
そうだ。
年少さんのこともある。
すぐに魔女さんのところへ……。
「みんなーぁ! かせいふー」
舌足らずな声に振り返る。
年少さんだ!
転びそうになりながらも、必死に足を動かし、腕も無意味にバタバタさせながら、市場を駆けてくる。
「よかった! あいつら帰ったのか⁉」
年長組が駆け寄るが、年少さんは泣きながら、ぶるぶると首を横に振った。
「まじょさんは馬車で連れて行かれたぁ。家にはまだおじさんがいて、かせいふをよんでこい、って」
聞くや否や、俺は買い物かごを放りだして走り出した。
背後から「セイファ⁉」「かせいふ!」と声が聞こえるけど、頭の中は真っ白だった。




