39話 魔女さんと一緒に高飛び
それから三日が過ぎたころ、オリウルさんがやってきた。
「じゃあ、ゴシップ通りなんだ」
オリウルさんは椅子に座ってお茶を飲み、それから目を丸くする。
向かいに座る魔女さんは苦々しい顔で、カップを口元に寄せた。今日もカラス頭をかぶっているので素顔は見えないわけだけど……。たぶん、苦々しい顔をしている。そしてカップの端っこをガジガジと噛んでいる。
「絶対、結婚なんてしないからな!」
「あー……。でも、こういっちゃなんだけど、大尉は優良物件ではあると思うよ。待って! ハイル! カップを投げないで! これは一般論だから!」
立ち上がろうとした魔女さんを俺はとっさに止め、オリウルさんは頭を腕で隠して小さくなる。
「どこが優良物件だ! あんな女性蔑視野郎がいままで婚約者もいなかったのは当然の帰結だ!!!」
くちばしを、くかーーーーっと広げて魔女さんは怒る。
おびえるオリウルさんには申し訳ないけど。
元気な魔女さんを見てちょっとほっとした。
大尉が来たあの日。
魔女さんは結局一日部屋から出てこなかった。
次の日は顔を見せ、リビングでなんか書き物を仕事をしていたけれど、しおしおのカラスだった。
めちゃくちゃしぼんでしまった、というか。雨に濡れた鳥ってこうなるよな、というぺたんこ感で……。俺は必死に料理を食べさせようとしたり、お茶を飲ませようとしたのだけど、「……ちょっとだけでいい」という始末。
いつもならこの3倍は食べるのに!!!!
こんな食事量じゃ、ふくらまない!!!!
俺も愕然とし、そんなに心にダメージを受けたのだろうかと悩んでいたのだけど。
三日経った今日、ようやくいつも通りのふくらみを戻したという感じ。
「それがさ、大尉。いたんだよ、婚約者」
オリウルさんは片手で頭をかばいながら、右手でクッキーに手を伸ばした。ぽい、と口に放り込み、「あ。今日も美味しいね、セイファ君」と言ってくれる。
「婚約者!!!! あの男に!!!! それは気の毒だね!!!! 婚約破棄されて当然だよ!!!」
魔女さんは椅子に座り、かぱかぱくちばしを動かして怒鳴る。
「まあ、婚約破棄されたのは、女性の方だけどね」
「女性の方が?」
俺は目を丸くする。破棄されたのは大尉じゃないのか。
「なんだ。浮気されたか、あの大尉。軍人には多いな。留守中に浮気される」
……まあ、カラス頭だからわからないけど。
魔女さんはきっとニヤニヤ笑っている。
「違う。女性の方がさ、結核になったんだ」
「……結核」
死病だ。
感染したらかなりの確率で死んでしまう。そのうえ、この病の厄介なところは、「治ったとみえて治っていない」ところ。おまけに、感染したからといって、すぐに発病するわけでもない。
「婚約自体は、大尉が16歳で、その女性が10……いくつだったかな。そんなに年が離れてなかったよ? それぐらいのときに婚約してて……。で、士官学校を出て、中尉に上がったころかな。さて、それじゃあ結婚しましょうか、というときに、女性が結核かも的な症状を呈しはじめてね」
「結核、だったのか?」
魔女さんが尋ねる。オリウルさんは小さくうなずいた。
「進行自体はかなり遅いし、なんなら緩解状態にもなったりしているけど。結核は結核、かな」
「それで婚約破棄?」
魔女さんの声に怒気が混じる。
「数年間も婚約しておいて、結核になったからポイってわけ」
「健康な子を産むことが難しいだろうからって」
「最悪ね」
魔女さんが吐き捨てる。俺もそう思う。
だけど、オリウルさんは「仕方ないよ」と緩やかに首を横に振った。
「貴族にとっては家を継続させることが最優先だからね。実際、女性もその家族も納得している」
「それがおかしいと言っているの!!!!」
魔女さんがこぶしでテーブルを叩いた。かちゃりとカップが揺れ、オリウルさんはそれをそっと抑えた。
「というわけで。由緒正しき貴族の次男が独身に戻ったわけだ。当然、『次はうちの娘を嫁に!』という家が数多いるなかで、彼が選んだのは親友の妹だったというわけ」
「私は絶対に結婚などしないから!」
「そうは言うけどさぁ」
オリウルさんはため息をつき、パリっとクッキーをかじる。
「向こうはかなり練ってるよ? 病のために泣く泣く愛する婚約者と別れた傷心の大尉。それを慰めるために親友の伯爵が開いたパーティーで、大尉と妹が出会う。惹かれあうふたり。そして……」
「なんの話よ、それは!!!!」
「エクセレーナ伯爵家が流布しようとしている結婚話だよ」
驚く俺と魔女さんの前で、オリウルさんは続ける。
「大々的に新聞発表するのも間近らしい。だからこうやって忠告に参上したというわけじゃないか」
「……そりゃどうも」
ぶすっとした態度で魔女さんが言う。オリウルさんはにっこり笑った。
「かまわないよ。ぼくに結婚話が持ち上がろうと、君が初恋の人であることには変わらないからね。君には幸せになってほしい」
「……どうしたの、オリウル。やばい薬でも飲んだ?」
「ひどいな、君は。本当に心配しているのに。あ、そうだ。あとさ」
オリウルさんはお茶を一口飲み、魔女さんを見た。ちょっと目に真剣さが見える。
「マルベル商会のことなんだ」
「マルベル? 化粧品?」
魔女さんが言う。俺も目をまたたかせてオリウルさんを見つめる。
「そう。王女様が化粧品の購入を見送られた余波がかなり広がっている。貴族たちはいっせいに購入を見送り、結果的にかなり大打撃だ」
「……市場に出回りそう?」
「魔術師たちも動向を見ている。健康被害が出る前に警告するつもりだ」
オリウルさんは肩をすくめた。
「ハイルがずっと危険性を訴えていたのにね。こうやって王女が犠牲にならないと腰を上げないんだから……。でね?」
なんだろう、まだなにかあるのかと思っていたら、オリウルさんが身を乗り出してきた。
「マルベル商会が、ハイルのことを逆恨みしているんじゃないかって情報がある」
「逆恨み? なんで」
いぶかる魔女さんだが、俺でさえわかる。
「気づいたんじゃないですか⁉ 魔女さんが王女様に忠告したのを! それで⁉」
「十中八九そうだろうね。かなりの怒りようらしいから、しばらく身辺に気を付けた方がいいよ」
大変だ、家の武装力を高めた方がいいんだろうか。
塹壕掘る⁉ 有刺鉄線ってどこに売ってるんだろう!
そんな風に考えていたら、魔女さんに名前を呼ばれた。
「なあ、セイファさん」
「な、なんですか⁉ 鉄条網を張りますか⁉」
「はらないよ。それより、どっか高飛びする? しばらく」
ぽかん、と俺はカラス頭を見つめてしまう。
「た、高飛び?」
「それ、いいかもよ」
オリウルさんがまさかの賛同! ぱちんと指を鳴らす。
「兄上に押し付けられた意に染まぬ結婚! そこでふたりは手に手を取って愛の逃避行! いいね! 世間ウケしそう!」
「単純に兄からもマルベル商会からも身を隠したいだけ」
魔女さんが淡々と言う。
「私がおばあさまから遺贈された別荘があるの。そこにでもしばらく行かない?」
「ま、魔女さんがよければ」
俺はおずおずとうなずく。
うなずきながら、ホッとしている俺がいた。
魔女さんは結婚に乗り気ではない。
そして。
魔女さんが逃げる場所に。
ほかでもない、俺が同行させてもらえる、ということに。




