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戦地帰りの俺。訳あって、魔女の家で家政夫をしています。  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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38話 俺とノアリア

 あれから2時間。

 夕飯の準備が出来上がったのだけど、魔女さんは相変わらず自室にこもったまま……。


 声をかけたほうがいいのかどうしようか迷っていたら、夕方になってしまった。


 ドアをノックしてみようか。

 迷いながらも「放っておいて!」と言われるのが恐ろしくて実行に移せない。


 そうだ、シーツを干してたんだっけ、と理由をみつけて、俺はまた先延ばしにする。家の前庭に移動した。


 外はきれいな夕日だった。

 魔女さんの家は、村からちょっと外れたところの、小高い丘の上にある。


 だから村の家々が橙色に染まる様子が一望できた。

 いつもなら、「魔女さん、夕日がきれいですよ」と声をかけ、「本当だ!」と彼女もはしゃいだだろうに……。


 俺は夕日色とは裏腹の色に染まった心で、竿上げ棒を掴む。

 いつもは物干しざおの最上段を使わないのだけど。


 今日はシーツを洗ったから、竿を竿上げ棒のY字に挟んで、一番上の段に干したのだ。


 さて、これを竿にひっかけて……と、思っていたら。

 ふわりとシーツが揺れた。


 風か、と思ったけど違う。

 シーツをめくって現れたのは、ノアリアだ。


 両腕を広げて抱き着いてこようとするので、とっさに竿上げ棒を構えた。


「セイファ! ぎゃあ!」


 ノアリアが悲鳴を上げる。

 Y字部分がさすまたのようにうまくはまったからだ。


 おお、うまい、俺。と感動している目の前で、ノアリアが激怒している。


「なにするのよ!」

「いや、だって……。抱き着いてこようとするから……」

「それでもこれはひどいんじゃない⁉」

「君、婚約者がいるんだろう? 誤解されるような態度は困るだろ」

「……なによ、冷たっ。元婚約者でしょ、あなた」


 ことさら冷たい態度をとったわけではないけど……。

 もう他人同士何だし、と俺は警戒しながらも、竿上げ棒を手放さない。


「なんか用? いまからシーツ取り込んで、夕飯の準備するんだけど」

「……この前の夜会でさ」


 棒を警戒しているのか、ノアリアも一定の距離を保ったまま近づいてこない。

 もじもじとワンピースのスカート部分をいじっては、上目遣いに俺を見た。


「セイファ、化粧品のこと……言ってたじゃない?」


 思わず彼女をじっと見てしまった。

 今日はすっぴんだ。


 いつもと感じが違うなと思ったのはそのせいかもしれない。

 あどけない、というか。

 素の。いまでは懐かしささえ覚えるノアリアの顔。


 不自然なほどに大きかった目は小さく、そばかすの浮いた頬は年相応だ。

 なにより。

 とても健康で、溌溂とした感じに見えた。


「どこか悪いのか?」


 どうしても比較対象が王女様なので、あれだが。具合が悪そうには見えないが……。


「ううん。……でも、どうだろう。最近、お腹はずっと緩いかな……。それでね、サイファが言ってくれたことを思い出して……」


 ノアリアはきょろきょろと周囲を見回し、人目がないことを確認して小声になる。


「この化粧品さ、やばいの?」


 なんと答えようと迷った。

 毎日使い続ければ「やばい」のかもしれない。だけど、月1回程度なら問題ない気もする。いや、俺は専門家じゃない。不用意になにか言うべきではないだろうし……。


 なにより、この商品を売って広めようとしているヨナーンと彼女は婚約者だし……。


「王女様がさ、購入を見送っているのよね。あれだけたくさん買ってくれたのに」


 あ。王女様、やっぱりやめたんだ。


「そしたら途端に貴婦人たちも興味を失っちゃって……。うち、在庫が増えてるみたいなの」


 ……そうなるよな……。あとは値段を下げて市民に売る……のだろうか。

 だとしたら魔女さんの言うように「特別感」がまるでなくなる。


 廉価品バージョンだとうたって……それで一般に頒布しはじめたら。

 魔術師たちが健康被害について警告を出すと言っていたけど……。


「あとさ。気づいたんだけど」

 ノアリアが腕を組み、眉根を寄せた。


「ヨナーンのお母さんと妹さん、化粧しないんだよね」

「え?」


 つい問い返す。ノアリアはさらに眉根を寄せた。


「化粧はしてるのよ? なんかうっすいおしろいと、ぱさぱさした口紅。だけど、あの化粧品はしてないの。おかしくない?」


 俺はおずおずとうなずく。ノアリアは続けた。


「最初はさ、特別感があったわけよ。私にだけ使わせてくれるんだって。しかもかなり無尽蔵に。で、化粧をした私をヨナーンはいろんなところに連れて行ってくれるし……。とにかくうれしかったの。だけど」


 ふいっと。ノアリアは顔を背け、見るともなしに橙色に染まったシーツを見る。


「セイファに言われて……。王女様が購入を見送られて……。よく考えたら、姑や義妹だけじゃないのよね。愛人も使ってないのよ」

「愛人、知ってたのか⁉」


 俺が驚くと、ノアリアはあきれた。


「当たり前じゃない。女の勘、バカにするんじゃないわよ」

「そ、そうか……」


 なんかよくわからないけど、知ってて納得しているのなら……。いいのか? 悪いのか? どうなんだ?


「なんかさぁ、腹立ってきて」

「……え? 愛人?」

「それだけならいいんだけど」

「いいんだ」

「金持ちに女が群がるなんて常よ。問題は、そこから頭一つでなきゃいけないってこと」


 ノアリアは子どもにでも教えるように俺に言う。


「ヨナーンは私を婚約者にしてくれたから、私もいろいろ飲み込んできたけど……。あいつさ、最近結婚を延期したいとか言い出して」

「延期……」

「ちょうど繁忙期でもあったから、そういう意味かなと思ったけど……。違うわね。どうも私と結婚する気はないような感じ。折を見て婚約破棄を言い出しそうな気がして」

「そうなのか⁉」

「だって私、小間物屋の娘よ? 美貌だけしかないんだから、いつ捨てられてもおかしくないわよ」


 いっそすがすがしいな……。美貌だけしかない、って言いきるノアリア……。


「で、こっちも時期を見計らっていたのよねー……。婚約破棄なら破棄で、たっぷり慰謝料をもらわなきゃだし。だけど、ヨナーンの会社が転覆するんじゃ意味ないのよねー……」


 ……慰謝料、もらえないからなぁ。


「まあ、とにかく。セイファの顔を見たらわかったわ」

 ノアリアは肩をすくめる。


「身内や愛人に使わせないのに、私にだけ勧めるって……もうそこで終わってるしね? なんかうまい理由をみつけて婚約破棄させるわ」


 婚約破棄する、と言わないところがノアリアらしい。あくまで瑕疵はあちらにあると思わせるのだろう。


 つい、ぷっと噴き出すと、続いてノアリアも笑った。


「ねえ、セイファはどうするの?」

「俺? どうって?」

「街に出るの? うちの家は新聞取ってないからあれだけど。すっごい人気なんでしょ?」

「それは俺じゃない」


 戦争の英雄なんて……。

 それはあの戦地に行ったみんながそうだ。


「ふぅん。ま、あの魔女と一緒に生活するのもいいかもね」

 ノアリアは、肩にかかる髪を指にまきつけ、小首をかしげる。


「結婚するの?」

「まさか! 貴族のお嬢さんだよ⁉」

「だよねぇ。びっくりしたわよ。あのカラス頭がね」 


 ノアリアはケラケラと笑ったものの、「でもね」と続けた。


「セイファと魔女、お似合いだったわよ。あんた、昔から見栄えはよかったから」

 ……それはどうも、というべきなのだろうか。


「ありがとう。いきなり来てごめんね」

 魔女さんにもよろしく、とノアリアは来た時と同じぐらい唐突に帰って行った。


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