37話 魔女さんと俺と新聞記事
「だとしても連絡もなしに来るのは失礼だ」
「待って待って待って!」
傷心に浸る間もない!
魔女さんがバタンと扉を閉めるから、慌てて開ける。
目の前には、驚いて言葉もない大尉が立ち尽くしていた。
ですよね⁉
ふつうの伯爵令嬢、こんなことしないですよね⁉
すみません、カラスの伯爵令嬢はこんな感じなんです!!!!
「あ、あの! まずは現状を整理するためにお話を聞いてはどうですか⁉ ちょうどお茶の準備をしていたことですし!」
「閉めて、セイファさん」
「まずは対話を!」
「対話もなにもない。見ず知らずの男と結婚などしない!」
きっぱりと言い切る姿にあからさまにホッとした。
そうか、魔女さん。まだ結婚するつもりはないのか、と。
「ですがわたしとしても体面というものがあります」
苦笑気味に大尉は言い、ずい、と一歩家の中に入ってきた。
「あなたのお兄様とわたしは士官学校からの付き合いでね。同じ釜の飯を食った仲でもあります。それもあってこの縁談をもちかけてくれたというのに……。会えませんでした、ではわたしも帰れません」
ですよね……。
俺は魔女さんに顔を向ける。
「お話だけでもうかがったらどうですか?」
魔女さんは腕を組んで大尉を睥睨していたけど、するりと腕を解いた。
「そうだな。大尉を追い返しても、第二第三の見合いが来そうだし」
……それもあるな。ってか、言い方が暗殺者……。
「どうぞ。セイファさん、悪いけどお茶を」
仕方ないなという雰囲気をガンガンに漂わせ、魔女さんは大尉をまねきいれた。
大尉はさっさと入室すると、魔女さんの向かいに座る。いつもは俺が座っている席。
……オリウルさんなら全然問題ないのに。
なんか大尉が座ると嫌な気分になる。
それは魔女さんも同じみたいだ。
「で? 早く終わらせよう。兄はなんと言っているの」
不機嫌マックスで尋ねている。
俺は台所に行き、やかんを竃にかけた。
火はさっき準備していたからすぐに湯が沸くだろう。
ティーポットやカップを用意して……。お菓子は、昨日作ったクッキーでいいかな……。魔女さん、好きだし。あの大尉が食べるかどうかはわからんしな。
「なんだこれ!」
突如ダイニングのほうから悲鳴が上がる。魔女さんだ。
俺はトレイを持って慌てて駆け付けた。
「どうしました⁉」
「これを見て!」
テーブルに広げられたのは新聞だ。
魔女さんはそれを指さし、わなわなと震えている。
俺は邪魔にならないところにトレイを置き、見開きの新聞を見た。
「あ! 王女様、声明文を出してくれたんですね! 『すべての帰還兵に感謝を』って書いてますよ!」
「セイファさん、そっちじゃない! ここ!」
ん? なんだ、と魔女さんが指さす記事を見る。
そして仰天した。
「なんだこれ!」
不覚にも魔女さんと同じ驚き方をしてしまう。
というのも。
そこに書かれた記事は『エクセレーナ令嬢、戦地の英雄と結婚⁉』という見出しが……。
「魔女さん、もうすでに婚約者が⁉」
「そこじゃない!!! いやそこかな⁉ とにかく、この記事では私とセイファさんが結婚することになっている!」
「はあ!?!?」
目を丸くして再度記事に戻る。
『魔術学院もその才能を認めるエクセレーナ伯爵令嬢であるハイル嬢が、このたびめでたく結婚するとの情報をつかんだ。
相手は先の戦争で帰還した兵士セイファ・アルバルド。
戦地ではダウジングで数々の功績を立て、捕虜になるものの同胞のために尽力した。
ふたりはそろって王女の夜会に参加し、馴れ初めを報告。結婚も間近とみられる。
なお、エクセレーナ伯爵家に真偽を問い合わせたところ、期限までに返答はなかった。』
「こ……この、俺と同姓同名の戦争の英雄……。なんか境遇が似ていますが……」
「どっからどう考えてもセイファさんだよ!!!!! くっそー、あの王女め!!!」
魔女さんが立ち上がって地団駄踏む。
「お、王女様⁉ 王女様がなんか関係してます⁉」
「私の言いなりになって声明文を出すのが癪に障ったんじゃない⁉ それでこんな記事をリークしやがって!!!!」
「あ!!!! なるほど……」
あの王女様ならやりそうなことだ。
俺は呆然と記事を見つめる。
うかつだった。
魔女さんも新聞をとっている。
だけど、村で新聞をとっているのは、村長と魔女さんだけ。市場が近いせいで識字率は高いんだが、この村ではちょっとした貴重品だからだ。
だから、新聞屋も毎日運んでこない。
1週間分をまとめてごそっと配達する。
魔女さんは「いつ声明文を出すか」と念入りに新聞を見ていたけど……。
テーブルに乗るこの新聞。
日付は5日前。
きっとあと数日でまとめて配達される新聞の内容だ。
「この新聞が出るや否や、血相を変えて君の兄上が我が家にやって来てね」
大尉が言う。
俺も魔女さんも我に返った。
ちらりと大尉がトレイを見るから、俺は慌ててカップをサーブし、魔女さんは忌々し気に舌打ちして椅子に座った。
「一応、耳には入っていたらしい。いろんな新聞社からも問い合わせがあったが、エクセレーナ伯爵はすべて『嘘だ』ともみ消したらしいのだが……。この新聞社だけ強引に掲載したようだね」
……期日までに回答がなかったと記入してあるから、新聞社側を信じるならば「返事が遅かったから掲載した」ということかもしれないが。
「ここはそうでもないようだけど。王都の君の実家、いま大変な騒ぎでね。祝いが届いたり、記者が突撃したり……。あの伯爵があそこまで怒り狂うのを初めて見たよ」
愉快そうに大尉は笑う。
「それに王都では、この『戦争の英雄セイファ・アルバルド』がどんな男なのか、そりゃあもう取材合戦だ。軍部にまで問い合わせが来ているが、君、捕虜交換で戻ってきているだろう? 機密扱いだからさ、大変だよ」
……ど、どうしよう……。これがきっかけで軍人恩給が出なくなったら……。
いや、そんなことどうでもいい!!!!!
「魔女さん、新聞社に行きましょう! そして訂正記事を!」
「いや、そんなことをしなくていい。伯爵が狙っているのは、『結婚は正しいが、相手が間違っている』ということらしい」
「……セイファさんじゃなく、大尉との結婚だ、これは誤報だ、としたいわけね」
あっけにとられる俺。
余裕の表情で微笑む大尉。
それをにらみつける魔女さん。
「ということで、どうだい? わたしとの結婚は」
大尉は言うと、ジャケットの内ポケットから封筒を差し出した。
「一応経歴書はここに。伯爵位は兄が継ぐが、わたしも一部領地をもらっている。わたしは退役するまでは軍にいるつもりだから、領地経営や財産管理は君にしてもらうつもりだ」
魔女さんはじっと大尉を見つめたまま、なにも言わない。
カラス頭にはまっている緑のガラスは微動だにしない。
「あ、あの……」
だから、魔女さんに代わって俺が身を乗り出した。
というか。
このまま話が進むのに不安が募った。
「貴族は管財人を置くと聞きますが……。領地経営とか財産管理を魔女さんがする……んですか?」
「現在は管財人に任せているが……。高等部でのエクセレーナ令嬢の成績を拝見させてもらった。十分な能力がおありだ。それなのに人を雇うこともないだろう?」
大尉はふっと笑った。
「君は優秀だからね」
「ということは、魔女さんが魔術の読み手としてすごく優秀だということはご存じですよね? そのお仕事を続けてもいいんですよね?」
魔女さんが何も言わないから、俺はそこを念押しする。
だが。
大尉さんは声を立てて笑った。
「貴族の妻としての仕事とは、子を産むことと家を守ることだよ。それにわたしの給料と領地からの収入でここよりも贅沢な暮らしができるはずだ。なぜ妻が働く必要がある?」
「魔女さん、落ち着いて―――――!」
とっさに魔女さんに抱き着いて押しとどめる。
というのも。
カップをつかんで大尉に投げつけようとしたからだ。
「帰れ! 二度と来るな!」
魔女さんは怒鳴る。
カップにはお茶が入っていて。
当然だけど、カップを投げるために握り締めると、だばだばと漏れて魔女さんの手を濡らす。魔女さんはそんな些末なことは気にもせず、怒りに小刻みに震えてさえいた。
「兄にはこちらから断りの連絡をいれる!」
「君もそろそろ大人になったらどうだい」
大尉はのんびりとカップの把手に指をかけ、お茶を飲む。
「貴族の娘がなすべきことは、家のために良縁を結ぶことだ。そんなカラスの頭をかぶって魔術師ごっこをすることじゃない」
「家のためというのなら、私は私の力で貢献している! 軍にも王城にもね!」
「そんなの、誰だってできるだろう」
大尉はお茶を一息に飲み干すと、ソーサーに戻して肩をすくめた。
「優秀な読み手? そりゃいまはね。だけど10年後には? きっと別の若手が現れて、その男が優秀な読み手としてまつりあげられているだろう? ということはさ、君がいましている仕事は互換性のあるものなんだ。君にしかできない仕事。それは、エクセレーナ伯爵と我が家をつなぐ子を産むことだ。これは君にしかできない」
大尉はじっと魔女さんをみつめる。
「そしてこれはそのへんの娘ができることじゃない。大義あることだ。それなのに、いつまでも子どもみたいにへそを曲げて……。わたしはね、君の兄君であるエクセレーナ伯爵に同情を禁じ得ないよ。君のような妹を持って彼は大変だ」
そう言って、大尉は立ち上がった。
「彼との友情に免じて君を迎えようというんだ。この国ひろしといえど、こんな男は二度とあらわれないと思うね。頭を冷やして考えなさい」
大尉はそういうと、俺に会釈をした。
「ごちそうさま。また来るよ」
「……お疲れさまでした」
大尉は振り返ることもなく家を出て行く。
同時に。
魔女さんは身体を震わせて俺から身を離すと。
自室に駆けこんでしまった。




