34話 魔女さんとかんぱーい
1時間後。
俺と魔女さんはダイニングテーブルに向かい合って座り、「かんぱーい」とグラスをかち合わせていた。
王城を出ると、オリウルさん家の馭者さんが待っていてくれた。
魔女さんが礼を言って乗り込もうとするから、慌てる。
『お兄さんが迎えにくるんじゃなかったですか⁉』
『迎えに来てないから、この馬車に乗る。セイファさんもこれに乗って帰るんだろう? だったら一挙両得じゃないか』
えー……。それ、あとでもめない?
そんな顔で俺と馭者さんはしばらく見つめあったのだけど、
『夕飯、買って帰ろう。馭者さん。安くておいしいお店を何軒か教えて! テイクアウト専門ね!』
魔女さんがウキウキしながら言うと、合点承知!とばかりに馭者さんが馬を走らせてくれた。
……いいのかな、本当にいいのかな、とドギマギしていた俺も。
馭者さんが連れて行ってくれた店で商品を選んでいたら、どうでもよくなった。
つくづく、料理の匂いと温度って偉大だ……。
で。
無事家にたどり着き、俺は用意していたマフィンを馭者さんに。『つまらないものですが』とお渡しすると、『あなたのお菓子のファンですよ』と嬉しそうに受け取ってくれた。……いい人だ。
家に入ると、魔女さんが、
『私はもう着替えているから、夕飯並べるよ』
そう言ってくれたので、彼女に任せるとして……。
俺は自室に入って、オリウルさんから借りた衣装を脱ぐ。
いっつも思うけど、こういう服って着るときはめちゃくちゃ時間がかかるのに、脱ぐのは一瞬なんだよな……。
で、普段着に着替え、エプロンを巻いて部屋を出る。
ダイニングテーブルにはさっき買った料理が所狭しと並び、魔女さんが涎を垂らさんばかりにそれを見ていた。急いだつもりだったけど、遅かったらしい。いかんいかん。
椅子に座ると、魔女さんがグラスを渡してくれる。
互いにワインを注ぎっこし、そして『かんぱーい』だ。
「あの馭者さん、いい店いっぱい知ってたね」
牛の串焼きを早速手に取り、ぱくりとかぶりつく魔女さん。俺は彼女にそっとナプキンを押しやりながら、フライドポテトをつまんだ。
「今度一緒に飲み歩きとかどうです?」
「オリウルには内緒ね」
「可哀そうですよ」
「あいつを誘うと、私が可哀そうなんだよ!」
断言し、カラスのようにむきーっと肉を引きちぎる。……うん。今日はカラス頭じゃないのに、なんだろう。オリウルさんの話を出すと、カラス……というか猛禽類感が増すなぁ。
「あ、でもオリウルさんを誘うならミラ様も誘った方がいいですかね。婚約者だし」
「……来れるかな? 猊下の娘でしょ? 馭者さんが恐縮するんじゃ……」
そ、そうか……。猊下のお宅がなにを召し上がっているのかはわからないが、串焼きとかフライドポテトとかは食べないかな……。
「このソーセージ、肉汁はんぱない!」
魔女さんも伯爵令嬢のはずなんだけど……。
うまいうまい、ともりもり食べる魔女さん。
……もう少し、毎日の料理でも肉系のものを増やそうと反省。
いや、量は多いんだよ? 結構、魔女さん、食べるから。
家政夫として雇われた直後は、その食事量に驚いたんだけど。
『女子が小食なんて嘘だよ。あいつら男の前で喰わないだけ』
そんな風に男子の幻想を打ち砕いてくれた。……そうだよな。ノアリアだって、きっとデートが終わったら家で山ほどなにか食べていたに違いない。
「ノアリアとあのあと、なにか話したの?」
手をナプキンでぬぐいながら、魔女さんが尋ねる。俺は口をへの字に曲げてワインを飲んだ。
「魔女さんと王女様の関係を知りたいみたいでしたから、『ご学友らしいよ』とは伝えました」
「化粧品のことは?」
そっけなく言われる。彼女の手はプレッツェルに伸びる。
「……体調が悪くなるなら控えれば、とは言いましたが。きょとんとはしていました」
実際は、『妬いてるの?』と言われたんだが……。
「人によって許容量は違うからね。まあ、まだ害がないならいい。そのうち使用することもなくなるでしょ」
「え?」
手酌でワインを注いでいた俺は、手を止めて彼女を見る。
魔女さんはプレッツェルをちぎり、ぽいと口に放り込んだ。
「王女がもう使わないからね。貴婦人たちは、王女が使う化粧品が欲しいだけ。あのおしろいと口紅が欲しいわけじゃない」
「……例えば、在庫一掃のために値段を安くして平民に売ったりしないですかね……」
そうなると、毎日化粧をする人とか……出てくるんじゃないか? そして王女様のように体調不良者が……。
「ブランドというものがあるからねぇ。ある程度のところで線は引くだろう。大特価大安売り、なんてことはならん、と思う。もしし始めたら、要注意商品として規制をかければいいだけ」
ちびり、とワインを飲み、魔女さんは肩をすくめた。
「それまでは貴婦人相手にせいぜい金を儲けるといいさ。カネを出さなくなった王女の代わりにね」
「……王女様、良い人でしたね」
「はああああ⁉ どこが!」
目を剥いて怒鳴られた。
「セイファさんに謝ったこと⁉ あんなもん小手先だよ! どうせ新聞に掲載するつもりなんてないのさ! だからあんな芝居かかったことやりやがって!!!!」
あああああ……。怒りに火をつけてしまった……。
俺はスコーンにキイチゴジャムをたっぷり乗せて、魔女さんの皿に置いた。
「美味しいですよ、これ」
「あの女は昔っから……!」
うきぃぃぃぃぃと言いながら、もごもごとスコーンを咀嚼する。
「もう会わない。二度と会わない」
呪文のように繰り返しながら、魔女さんはスコーンとプレッツェルを交互に食べ、そしてワインをがぶりと飲んだ。




