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戦地帰りの俺。訳あって、魔女の家で家政夫をしています。  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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33話 俺の忠告

 俺たちが衝立を出ると。

 一斉に視線が向けられて驚いた。


 ヨナーンやその周囲にいる貴族たち。

 階を降りる間も「なぜこんなやつらが王女様と?」という視線が……。


 矢のように降り注ぎ、ちくちく痛い。


「着替えてくる。待っててもらっていい?」

 魔女さんを連れて壁際に移動すると、そんなことを言われた。


「もちろん、ですが……。え、着替えちゃうんですか?」


 ちょっともったいない。

 そんな俺とは裏腹に、魔女さんは心底うんざりした顔だ。


「いつもの服を用意しているんだ。控室に行って来る」

「わかりました。……控室まで一緒に行きますか?」

「いや、いい。大丈夫」


 魔女さんは言うと、さっさと出口の方に歩いて行ってしまった。

 なんとなくその背中を見つめていたら、階の方が騒がしくなる。


 顔を向けると、衝立が撤去されたようだ。


 それだけではなく、王女様が侍女を伴ってホールの方に降りて来た。

 我先に話をしようと人が詰めかけているらしい。


 その中にはヨナーンの姿もあった。たぶん、新商品とやらを売り込むのだろうけど……。


 無理だろうな。もう、王女様が買うことはないと思う。 

 だけど、王女様は穏やかな表情を崩さず、ヨナーンに対応し、そのほかの参加者にも笑みを絶やさない気配り。


 ……さっきの魔女さんとの対応の差に、ほんと、びびる。


 だからある意味、ご学友、なのだろうな。

 気の置けない関係。


 あのだらしない態度や、きつい視線と言動が王女様の素なのかもしれない。


 ……そして『あら、そう』という言葉も。


 あれが王族の本音なのだろう。

 だから魔女さんは怒ってくれた。


 俺の代わりに。


 魔女さんの気持ちに、心が次第に温かくなる。

 なんというのか……ほどけてくる、というのだろうか。

 心の中でこんがらがって、きつく締まっていたなにかが、徐々に緩んでいく。


 それは。

 凍り付いて、固まってしまって。

 動けなくなった俺の代わりに、魔女さんが怒ったり発言してくれたりしているからだろう。


 魔女さんを通じて。

 俺は、だんだんとなにかを取り戻していっている気がした。


「ちょっと、あんたとあの魔女。王女様とどういう関係なわけ?」


 いきなり声をぶつけられ、我に返る。

 夢から覚めた気分で声の主を見る。


 ノアリアだ。


「ヨナーンさんは?」

 なんでひとりでいるんだ、こいつ。


「商品の説明に」

 あごでしゃくるようにして示す。


 ホールの中央はやはりまだ人だかり。

 中心にいるのはもちろん王女様で。

 その近くにヨナーンがいて、貴族の子女相手になにやら熱心に話をしていた。


「商品って、化粧の?」


 さっきあんな話を聞いたからか、落ち着かない気分になる。 

 真面目な顔でヨナーンの話を聞いている女性たちに、「使用頻度を守って!」と言いに行きたくなった。


「そうよ。ってか、なんであんたとあの魔女がいるのよ。場違いでしょ? ここ、王城よ? 王女様に招かれないと入れないのよ?」


 場違いというならお前もだろ、と口から出かけて飲み込んだ。


 というのも。

 目の前にいるノアリア。

 彼女は「自分はいても当然だ」という顔をしている。


 ……俺と同じ村の出身だよな、お前。


「……魔女さん、王女様のご学友なんだって。それでちょっと相談に乗ったらしい」

「あの女が⁉ ご学友!」


 へぇ、と。

 ノアリアがバカにしたように鼻を鳴らし、腕を組む。


 ……昔は。

 こんな感じじゃなかったけどなぁ。


 確かに勝気で、負けず嫌いで。

 いつも「ここじゃないどこか」を目指している子だった。


 向上心が強いというのか。

 男にはそういうやつが多かった。


 村よりも都市部へ。

 なにかで一発当ててやる。


 故郷に錦を。

 そんな熱に浮かされて都市部に出て行く男をたくさん見た。


 戦地でもそうだ。


 慣れない武器を握り締め、いきがる奴は多かった。

『武勲を立てる』『人生逆転』


 そう言って、敵地に突っ込んでいくやつら。

 人を殺して、それが勲章だと偉ぶるやつ。


 そんなのを見たからだろうか。


 いままでノアリアの美点だと思っていた「負けず嫌い」が、俺にはずいぶんと色あせて見える。


「なあ、ノアリア」

「なに」

「その化粧、ずっとつけているのか?」

「化粧?」


 不思議そうに目をぱちぱちさせ。

 それから、目をすがめた。


 少し前までは、「俺をにらんでいる」と思っていたが。


 違う。

 これは、まぶしいのだ。


 ベラドンナ。

 たぶん、王女と同じ薬液を目に垂らして、瞳孔を開かせているから。


「そうよ。すごいでしょ。ヨナーンがいくらでも使っていいって」


 ノアリアが胸をそびやかせる。


「高いのよ? この化粧品。ヨナーンが『モデルがいいから、みんな君のようになりたくて化粧品を買うんだ』って。見て、ほら。貴族の女たちがみんな、私を羨望の目で見ているの」


 ノアリアがこっそりと俺に耳打ちする。 

 ちらりと背後を見た。


 確かに貴族たちは壁際にいる俺たちを見ている。

 だけどそれは、ノアリアが言うように羨望じゃない。


 あざけりだ。


 『平民がどうしてここに?』『さあ』『ところであの化粧品、見た?』『王女様が使っておられるものでしょう?』


 そんな会話。

 ノアリアが使っているから使うんじゃない。

 王女様が使うから使っているんだ。


「……ノアリア」

「なに」

「その化粧品、毎日使わない方がいい」


 ついそんなことを言っていた。


「はあ? 妬いてるの?」

 案の定、返ってきたのはバカにしたような声と表情。


「悪いけど、私もうヨナーンの婚約者なの」

「俺も君に、ひとっかけらも未練はないんだけどね」


 一応、前置きしておくと、ノアリアは面食らったようにのけぞった。


「だけど、身体は大事にしたほうがいい。少しでも異変があれば化粧品をやめろ」

「なによそれ……」


 ノアリアが眉間を寄せたとき、「ノアリア!」と彼女を呼ぶ声がした。

 ヨナーンだ。

 早く来い、と手招きをしている。


「はぁい!」


 ノアリアは手を振り返し、足早に去っていった。

 ……一応、忠告はしておいたもんな、と。俺は自分に言い聞かせる。


 ノアリアはヨナーンに肩を抱かれ、貴婦人たちの注目を集めていた。


 ヨナーンがノアリアの顔を指さして何か言う。

 貴婦人たちは興味津々でノアリアの顔を見た。


 ノアリアは得意満面だが……。

 俺には『動く人形』に思えた。


 ヨナーンはノアリアを意のままに扱う人形師。

 ふと、市場のおばさんの言葉を思い出す。


『新商品の化粧やアクセサリーを見せびらかすモデルみたいなもんさね。本命は別にいるね』


 なんとなく、だが。

 あの貴婦人の輪の中に、本命とやらはいる気がする。


 そしてノアリアを鼻で嗤っている気がした。


『私が恋人なのにね』と。


 おばさん、あのとき市場の商人たちからからかわれていたけど……。

 やっぱり年の功らしい。


「待たせたね」


 魔女さんの声に顔を横に向ける。

 いつもの魔女さんがそこにいた。


 いや、さすがにカラスの頭はかぶっていない。

 だけど、華やかなドレスは脱ぎ捨て、アクセサリーなんて全部外して黒衣を着ていた。


「もったいない。もう着替えちゃったんですか」

「動きにくい上に苦しい」

「あ、そうなんですね」


 だよな。あんだけ腰だのなんだの締め上げていたら……。


「帰るときは王女様にご挨拶とか……いいんですか?」


 上座では、王女様が数人の貴婦人に囲まれてなにか話をしている。

 ヨナーンがチラチラと視線を送り、なんとか会話に入ろうとしているようだが、王女様の取り巻きが許さない感じだ。


「かまわないよ。そっと帰ればいい」


 魔女さんが歩き出す。

 そんなもんなのか。入室のときは随分大袈裟だったのにな、と思いながら魔女さんのあとをついて歩く。


「ハイル」


 だけど、俺達の背中を打ったのは、王女様の声だった。

 ぎょっとして振り返る。やっぱり、挨拶必要だった⁉


「帰るの? もっとゆっくりしていけばいいのに」


 王女を囲っていた輪がほどけ、彼女はまっすぐ魔女さんを見た。

 扇で顔を半分隠し、目だけで魔女さんを射抜いている。


 ……それだけでもう、俺なんて腰が抜けそうなのに。


「王女もお忙しいようですから」

 魔女さんは、しれっと答えた。


「さっきのお話、お忘れなく。調整が必要なのでは?」

「もちろん忘れてないわよ」

「新聞の見出しが楽しですね」

「大見出しはこうよ。『有名魔女、ダウザーと結婚!』」


 しん、と。

 ホールが静まり返る。


 1、2、3と。

 俺は無になったまま数字を数え……。


 そして一斉に参加者たちから視線を向けられて、毛が逆立った。


 ダウザー⁉ 俺のことじゃないよな⁉ 結婚⁉ 魔女さんが誰と!


「………王女」

「冗談よ。ご学友同士なら許される冗談」


 ころころと王女様は笑うが、俺は心臓が止まるやら動き出すやら……! 滝のような汗が背中を伝う。


「善処するわ。いい情報をもらったもの。さすが、持つべきものは優秀な友ね」


 王女様はそういうと、魔女さんから俺に視線を移した。

 ……と思った。


 いや、でも俺平民だし……。

 誰か俺の後ろにいる人を見ているんだろうか。 


 こっそり振り返ると、王女様が笑った。


「あなたよ、あなた。ハイルのエスコートさん」

「は、はひ⁉」


 変な声が喉から飛び出し、びし、と背筋を伸ばした。


「国のためにありがとう。わたくしから礼を言うわ」


 ……そういうと。

 呆然とする俺の前で、王女様はまつ毛を伏せた。


 それが。

 彼女の最大限の一礼なのだと知る。


 なにしろ。

 王女様に倣って。


 会場中の貴族たちが俺にむかって頭を下げたのだから……。


 もちろん貴族たちに意味などわかろうはずはない。

 国を動かしているのは自分たちだ。

 自分たちの考えるように動け。


 そんな風に考えていることだろう。


 ただ、王女様が頭を下げたから、それに続いただけ。『なんであんな平民に』と心の中では罵っている。


 それでも。

 俺の中で、なにかがすとん、と落ちた。


「行こう、セイファさん」


 魔女さんがそんな俺の肘をとって歩き出す。俺はうなずき、彼女と共にホールを出た。


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