32話 魔女さんがのぞむ報酬
「で? マルベル商会の化粧品にはヒ素が?」
「はい。口紅に関しては、あの粘度と色からして水銀だろう、と」
「わたくしの御用達などとんでもない! すぐに使用停止に……!」
王女様が硬い声を発する。俺も、ぶんぶんとうなずくが、魔女さんは軽く首を振る。
「さっきもお伝えしたとおり、使用頻度の問題です。このおしろいと口紅の値段を王女はご存じで?」
「さあ。高いの?」
きょとんとした顔。
……王族なんてそりゃ値段も確認せずに購入するんだろうなぁ……。なんか怖い……。
「そんな……高いんですか」
だけどノアリアはずっとつけてたような……。まあ、婚約者だし。特別待遇というか。自社製品のモデルでもあるんだろうし……。
「貴族でもためらう人はいると思う」
「そうなんですか? でも、あの人だかり……」
衝立の向こうでは、まだヨナーンの声が聞こえてきている。商品を紹介しているんだろう。
「王女のお気に入りということで、とりあえずひとつ買ってみようという程度では? それを特別な日にだけ使用する。つまり、年に数度。王女のように毎日使用されているわけではない」
魔女さんは腕を組みなおした。
「事実、国民からはいまのところ被害届は出ていない。上位貴族たちでさえ、だ。マルベル商会がこのまま高値で売り続けるのなら、魔術師は経過を見守ろうと思っている」
限度を超えなければいい……ということだろうか。
本当に?
だが、毒だからとなんでもかんでも使用禁止にしていたら、確かに困ることもでてくるだろう。
薬だって使用限度量を守らなければ毒。
それと一緒だということだろうか。
「人体というのはうまくできていて、異物が多少入ろうが、排出できる。問題は、排出限度を超えて入ってくる毒物だ」
「つまり、毎日たくさん使用しなければ毒にはならない、と?」
俺が尋ねると、魔女さんは「そう」と応じた。
「毎日、しかも過剰に、ね。だけど困ったことに、このおしろいは『毎日』『過剰に』使用しないと、肌が白くならない」
「そ……それは、病気のために肌が白くなるんじゃ……」
美のために身体を悪くするなんて。本末転倒じゃないか。
「体調不良を直したければ、いますぐその化粧品を使わないことです」
突き放すように魔女さんは言う。
「わかった」とか「そうね」というような言葉を、もちろん俺は予想していた。
だって普通そうだろう?
だけど、王女様はかなり迷っている。
……おい、まじか。冗談だろ。
だって使い続けたら毛、抜けるんだよ? 死ぬんだよ?
それでも肌が白くなったり、目がぱっちりするほうがいいってこと?
「そんなことだと思った」
魔女さんは、あきれたように口をへの字に曲げた。
「これは、東国から取り寄せたものですが」
魔女さんはため息交じりに腕を解くと、ドレスのポケットに手を突っ込んだ。
そしてぞんざいに手を突き出す。王女様へ。
「これは……?」
王女様が目をまたたかせた。
俺も視線をたどる。
魔女さんが手のひらに載せているのは、凝った細工がしてあるコンパクトだ。
「おしろいです」
ぱち、と。
魔女さんが蓋をあける。
それは確かにおしろいに見えた。
わずかに光沢を帯びた白。いや、金に近い白。
きめ細やかな粒子に、息を止めさえした。
「マルベル商会のおしろいと同じぐらいの値段でしょうか。これは真珠をつぶして粉にしているものが混ぜられています」
「真珠!」
王女様だけじゃなく、俺だって目を剥いた。
宝石と同じ価値があるじゃないか!
「このおしろい。主原料は、オシロイバナの種だったり、タルクや石灰岩だったりしますが、それに加えて多量の真珠を入れています。東国は真珠の原産国でもありますから、粒たちの悪いものを粉砕して混ぜているのです」
王女様は目が釘付け。
俺だって、あっけにとられた。ふ、粉砕⁉ 真珠を⁉
魔女さんは続ける。
「東国の民、全員がこれを使えるわけじゃない。限られた高貴な方にだけ使用される特別製品です」
ゆっくりと王女様が顔を上げ、魔女さんを見た。
「マルベル商会はいずれ値段を下げ、あのおしろいを販売し始めるだろう。そもそもが、かなりふっかけた商品だ。値を下げたってかなりもうかる。そうなると『王女様が使っているものと同じ品』が世にあふれ出す」
魔女さんは小首をかしげた。
木の上から人間を見下ろすようなしぐさ。
「そんなの、嫌じゃないか? このおしろいなら無害だし、肌も白くなる」
……ようするに。
魔女さんは、王女様の『特別』を欲する心を刺激しているのだ。
「それ、買うわ」
ぱちん、と。
王女様が指を鳴らした。
するする、と。
侍女がバッグを持って衝立の向こうからやってきた。
「これは別にいい。販売ルートを教えるから、次から自分で購入してください」
魔女さんはコンパクトの蓋を閉じると、侍女に手渡す。
「いいの?」
王女様が不思議そうに目をまたたかせる。
魔女さんはふん、と鼻から息を抜いた。
「かまわないわ。あなたほどじゃないけど、カネには苦労してないし。マルベル商会の化粧品を止めれば体調不良は治るだろうけど……。しんどいのなら、しばらくはオリウルに薬の調合を頼んでおくけど」
「ありがとう」
「でも、忘れないでよ。私への報酬」
さっさと立ち上がろうとした王女様を遮るように魔女さんが一歩踏み出す。
ハラハラする!
ご学友とか言ってたけど、絶対仲悪いし! こんなの、「無礼な!」で斬り捨てられたって文句言えないんじゃ……⁉
「ああ、そうだったわね。お金は不自由してないんだっけ? だったらなにが欲しいの?」
立ち上がった王女様は、侍女から扇を渡される。
それをぱちぱちと、開いたり閉じたりしながら魔女さんの返事を待つ。
「感謝とお礼」
魔女さんがきっぱりと言う。
俺も王女様も「え?」と、つい声がそろった。
「感謝と礼を各新聞社に掲載しろ」
「お礼って……なんの。え? 『ハイル、ありがとう』って?」
はは、と王女様が笑う。
魔女さんはその彼女を冷淡に見つめた。
「国のために戦った人たちに、よ。いまもまだ、隣国に囚われ、捕虜交換を待つ兵士に。その兵士を待つ家族に。王から、とは言わない。だから、王女に言っているの。国のために戦ったこの国の人に、あんたたちは、感謝すべきだ」
王女様の顔から笑みが消えた。
俺もそうだ。
「あんたたちは戦争の間もずっとこの王城にこもって贅沢三昧。戦地に行きもしない。見もしない。王女のあんたはまだしも、王も、王子もだ。私の兄は軍に所属しているから戦地派遣もされたが……。だが大半の貴族は戦地を避けて別荘に行く始末。その間、戦ったのは国民よ」
魔女さんは仁王立ちになったまま。
こぶしを握り締め、怒りのために奥歯をかみしめた。
「あんたたちが始めた戦争に巻き込まれたのは国民。その国民に、少しでも感謝した? あんた、さっきセイファさんになんと言った?」
「……」
「『あら、そう』。あんたは、あんたたちのために戦った国民に『あら、そう』と言ったのよ」
無言の王女様を、魔女さんはにらみ続ける。
「平和に暮らしていた人を戦地に送り込んでおいて、謝りもせず、感謝もせず。いいか」
魔女さんは、立てた人差し指を王女様に突き立てた。
「あんたたちは王城にいてしらないだろうけど、この国はいま、不満だらけよ。いまはいい。隣国への敵意となっているからね。だけど、その矛先が王室に向いたらどうする? 国民が気づいたらどうする? そもそもどうして自分たちが王族のために戦うのか、と」
魔女さんは王女様と対峙したまま、一歩も引かない。
毛を逆立て、怒りに狂う獣のようだ。
「民に選ばれたものが特別なだけで、あんたが特別なわけじゃない。特別であろうとするなら、努力しろ。頭を下げろ」
それだけ言うと、魔女さんはくるりと王女様に背を向けた。
「行こう、セイファさん」
「え……、いやあの……」
「もう話は終わったから」
「ですが」
戸惑い、王女様と魔女さんを交互に見ていたのだけど。
魔女さんは、ぐい、と俺の手をつかんで早足に歩き出してしまった。
こうして俺と魔女さんの。
王女様への謁見が終わった。




