31話 魔女さんと化粧品
俺は調子っぱずれの声を上げて彼女に駆け寄った。
そんなことを指摘して、罰せられたり首を刎ねられたりしないのだろうか⁉
「びっくりね。発言に責任がもてるの?」
王女様がすい、と目を細める。
そりゃそうだ!
毒を盛られてるとわかったら……犯人探しが始まる! 食事の提供者か、差し入れのお菓子か……。それとも……。
「言い方がよろしくなかったですね。失言です。王女」
魔女さんは肩をすくめる。
「その症状は、身体に合わない化粧品を使い続けた結果かと思われます」
魔女さんはまるで「明日の天気は晴れです」ぐらいの気軽さで言う。
……が、俺達はまだ反応できない。
「……化粧品?」
王女様が、俺より早く態勢を立て直した。
「はい」
魔女さんは自分の目を人差し指で示して見せた。
「王女は目薬を使用されているのではございませんか? 目がパッチリみえるような」
「ええ。まぶたがこう……重く見えるものだから」
「貴婦人の目薬ですよね」
「そう」
「それはベラドンナという植物のしぼり汁なのです。この植物には、アトロピンという成分が入っておりまして、そのために瞳孔が大きく拡大し、目が大きく見えるのです」
「瞳孔……というと、この瞳の?」
俺は自分の目を指さした。
魔女さんはうなずいた。
「そう。瞳部分が大きくなり、白目が少なく見えるから、目がパッチリしたように見えるのですが……。瞳孔とは本来、明るさや暗さに反応して、大きくなったり小さくなったりする。猫のように」
「ああ……。野戦では闇に眼を慣らすためになるべく光はみないようにと言われたような……」
呟くと、魔女さんは我が意を得たり、とばかりに嬉し気に笑う。
「そう。だが、王女はそれを薬の作用によってずっと開きっぱなしにしている状況だ。現在、とてもまぶしすぎる状況なのです」
この部屋……夜でもこんなにまぶしいのに。
ということは、王女様はいつも「まぶしい」状態で暮らしている、ということか。
「人というのは、太陽や、明るいものをずっと見ていたらどうなるか……」
「そういえば、幼い頃太陽を見て、目の奥がツンと痛くなったことが……」
王女はつぶやき、ハッとする。
「そうだわ。あの頭痛にとても似ている……」
「そう。このまま使い続けると危険です」
それと、と。
魔女さんは続けた。
「王女の化粧品」
「化粧……品」
「その口紅とおしろい。マルベル商会のものではないですか?」
「ええ、そうよ」
王女様はきょとんとした顔で答え、衝立のむこうに視線をむける。
もちろん布で遮られているが……。その向こうに、ヨナーンとノアリアがいることは察せられた。
「高位貴族の子女たちが使っているのをみて……。ほら、肌が白くなるでしょう? 口紅だってこんなにつやつやで、うるうる。ベラドンナだって、マルベル商会のヨナーンから聞いて、買ったの。あの人たち、おしゃべりもほら、面白いでしょう?」
王女様はちらりと衝立の向こうを見やる。
ちょうど笑いがはじけたところだ。
「余興ついでに最近は招いているの。わたくしの御用達が欲しいようだけど……」
「こちらのおしろい。使い始めてから、お腹が壊れたり、髪の毛が抜けたりがし始めたんじゃありません?」
あ、と。
王女様は動きを止めた。
思い当たることがあるのだろう。
逡巡したが、悔し気に口を開く。
「だ、だけど! このおしろいを使い始めてから肌が白くなるのよ⁉ 髪はこの慢性的な疲れのせいでで抜けたり、艶がなくなったのではないの?」
「このおしろいと、紅のせいだと私は思います」
魔女さんははっきりと告げる。
「王女の症状から推察するに、おしろいにはヒ素が。口紅には水銀が入っていると思われます」
「ヒ素⁉ 毒じゃないですか……!」
俺は唖然と魔女さんを見る。王女様の顔色はさらに青白くなる。
魔女さんだけが淡々としていた。
「このおしろいは、酢と石灰、ヒ素を混ぜて作られていると思われます。口紅については……さて。アカネ、黄土、コチニール、朱。つまり硫化第二水銀が入っているでしょうか」
こてん、と首を右に傾ける。
かぶっていないのに、俺の目にはカラスの頭が見えた。
魔女さんは続ける。
「ヒ素は皮膚から吸収されます。結果、頭痛、嘔吐、下痢、胃痛、毛が抜けるなどの症状が次第に現れ、口紅に含まれる水銀についても身体に悪影響を与えるでしょうね。ですが」
魔女さんは愛らしく肩をすくめて見せる。
「一気に死ぬような量ではございません。ヒ素には肌を白くみせる効果がございますし、水銀に朱を混ぜるとこのようにつややかさをいつまでも発揮させます。そのため化粧品に使われることが多いのです。王女がおっしゃるとおり、この化粧品を使っている貴婦人は多数いらっしゃいます」
「毒ではない、ということ?」
王女様が眉根を寄せる。
魔女さんはにっこり笑った。
「毒です。ですが、少量であれば死なない。ただそれだけ」
「ど、どういうことなの?」
「毒と薬は紙一重。容量が多ければ死ぬ。少なければ薬として重宝される」
ふと。
魔女さんの家を思い出した。
中庭。
あそこに多種多様に植えられた植物。
すべて美しい花を咲かせ、心を和ませるけど。
間違って摂取したら命に係わるものばかり。
だけど。
魔女さんは「薬にもなる」という。
「王女は、肌の白さと引き換えに寿命を縮めていらっしゃる。私はそう言っているのです」
「……使うな、ということ?」
王女様は剣呑な光を目に宿した。
……俺はわからないけど。
それほど、劇的に違うのだろうか。化粧と化粧前では。
「ベラドンナはおやめになるほうがいいでしょうね。おしろいと口紅については、どうしても使用したければ頻度をお控えになれば?」
「そんなのでいいんですか? だって毒なんでしょう?」
つい俺が口を挟む。しまったとすぐに口を閉じたが、魔女さんも王女様も特に機嫌が悪くなったわけじゃなかった。
むしろ王女様なんて、「確かに」と興味深げに魔女さんを見ている。
「マルベル商会がこの化粧品を売り出した時、魔術師たちの中でもちょっとした話題になったのです。効果や効能、見た目からしてこれはあぶないものが混ざっている、と」
そう言われて気づく。
ミラ様が「化粧したい」と言った時、魔女さんとオリウルさんは目を交し合ったし……。
なにより魔女さんはいつもマルベル商会をうさんくさそうにしていた。
あれにはそんな理由があったのかもしれない。
「実際、ひとつ買って……。検査してみたんだよ。オリウルと」
「検査……。ああ、俺も掘った井戸にヒ素が含まれていたら使い物にならないから……。銀を使ってましたね」
だから貴族は食器に銀を使うのだとか。
魔女さんは「そう」とうなずく。
「ヒ素は意外に検知しやすいの。亜鉛塊を容器に入れ、希硫酸を注ぐと水素が発生する。これにヒ素化合物だと思われる試料を滴下。するとヒ素化合物は水素に還元され、水素化ヒ素を発生する。それを置換したものを白色磁器に淹れ、炎にふれさせると、磁器表面にヒ素鏡が生じる。まあ、真っ黒になるんだよね。これは生成した水素化ヒ素が熱分解して単体のヒ素が生じるためなの」
へえ、と。
なんとなくわかった風に返事をしながら、冷汗書いた。
俺もさっくつ士として仕事をしていたから、割とヒ素には詳しいつもり、でいた。
けど。
ちょっとスケールが違った……。




