30話 王女と魔女さん
「今日はね、相談したいことがあって来てもらったの」
ぱっと身を離した王女様は、魔女さんの顔を両手で挟み、小声で言う。
「さようですか。というか、お久しぶりです、王女」
「あら、挨拶がまだだったわね。ところで、この殿方は? あなたが従者を連れているんなんて珍しいわね」
「従者ではございません。セイファ・アルバルド氏です。戦で徴兵され、ダウジングを使って敵の魔法陣を発見し、自軍を救いました」
両手から逃れ出た魔女さんは、王女をにらみ上げるからハラハラする。
そんな挨拶いいです!
というか、俺は従者でもなんでもいいので!
「あら、そう」
王女は俺を一瞥し、にこりと笑った。
目がぱっちりした美女だ。
肌は透き通るように白いし、髪は凝った結い方で、いくつも髪飾りを挿している。
絞り上げられた腰は細く、大きく開いた胸元から見えるのは豊かな谷間。
かなり派手目の美人。
王女というより舞台俳優のようだ。
「お、王女様におかれましては、ごきげんうるわしく」
「こんばんは」
俺はオリウルさんから習った礼をするが……。ちゃんとできたのか心配だ。
それよりも。
あれ、と思った。
顔に施されたおしろい。それから、口に塗られた口紅。
……それは、マルベル商会のものじゃないのだろうか。
そういえば、王女様のお気に入りとかなんとか……。
「みんな、どうぞ楽しんでらして」
王女様は片手をあげ、ホールに向かって手を振る。
参加者たちは一様にあたまを下げて、足を引いた。
俺もそうしたのだけど。
「かせいふ……じゃない。セイファさん!」
魔女さんの声に顔を上げる。
王女様に手を引かれ、ズルズルと階の奥に連れて行かれている最中だ。
もう、ガンガンに引きずられている。なんなら両足で踏ん張ろうとしているけど、はきなれないヒールのせいでそれもままならないようだ。
「魔女さん!」
慌てて後を追うと、王女様はちらりと俺を見た。
「この男も一緒?」
「一緒じゃないと話を聞きません!」
魔女さんが断言し、王女様の手を振り払って俺にしがみついた。
「まあ、じゃあ仕方ないわね。じゃあ、仕切りを」
王女様が言うと、侍従たちは素早く動いて布製のパーテーションで取り囲んだ。
なるほど、目隠し……なのかな。夜会参加者たちからの。
侍従はひとつだけ椅子を置くと、俺達を残して立ち去った。
「実はね、このところ体調不良が続くのよ」
王女様は椅子に座ると、ひじ掛けに頬杖をついた。
……確かに。
さっきまでは貴族たちの前だったというのもあるのだろう。
溌溂とした感じでしゃべっていたが……。
声のトーンまでだるそうで、吐く息も重い。
「父上や母上に、医師の相談を受けたいと伝えたのだけど」
眉根を寄せる声には、確かに倦怠感がにじむ。
「実はとある国から求婚の申し出があってね。『いまは大事な時期だからうかつなことをするな』と。『王城内でじっとしていればいいから』って言われて……。腹が立つったらありゃしない」
王女様は椅子にもたれた気だるげな姿勢のまま、魔女さんを見上げる。
「だから、あんたを呼んだってわけ。ちょっとわたくしを診察してくれない?」
傲慢な態度でそう命じる。
その姿には、『ご学友』などという言葉はかけ離れていた。
「診察しても構わないし、なんなら原因も見当がついている。だけど、無報酬でするつもりはないの」
魔女さんも負けてはいない。
腕を組み、椅子に座る王女を睥睨している。
あわわわわ、魔女さん……。こ、言葉遣い……!
「珍しい。あなたがなにか要求してくるなんてね」
「王族だからという理由で搾取されるのはもうやめた」
ふぅん、と王女は足を組む。
ぎらり、と。どこか肉食獣めいた光を宿した瞳を魔女さんに向けた。
「別にいいのよ? あなたを反逆罪で捕縛させても。それでも報酬とやらにこだわるの?」
「こだわるね。それに、私以外の医者に診せてみな。十中八九、正しい回答にはたどりつけない。さっきの話なら、王宮侍医団には診てもらえないんでしょ? ならばなおのことね」
しばらくふたりは無言でにらみ合い、俺はそれを固唾を飲んで見守る。
「セイファさん」
口を開いたのは魔女さんだ。
「帰ろう。王女は私の力が不要らしい」
「え? あ、でも……」
戸惑う俺の腕をつかみ、歩き出そうとしたのだけど。
「わかったわ、あんたの要求を呑むわ」
気だるそうな声が背後から聞こえてくる。
俺と魔女さんは同時に振り返った。
そこには、根負けしたというより。
本当に具合の悪そうな王女が椅子に座っている。
「少し、肌に触っても?」
魔女さんは俺から離れ、王女さんの前でひざまずいた。
「ええ。構わないわ」
王女の許可を得、魔女さんは伸ばした手で王女の頬に触れる。
顎の下を触り、親指で目の下をこすっているように見えた。
「あ、あの……。俺、出ていましょうか?」
ひょっとしたら服を脱いだりするんじゃないのか?
「いや、平気。むしろ、いてほしい。証人として」
魔女さんはきっぱりと言い、王女様は鼻で嗤った。
「別に下々に肌を見られたとて」
……そういうものらしい。
「ずっと頭痛に悩まされておいでではないですか?」
魔女さんが言う。
王女様は少し目を見開いた。
「え……え、まあ」
なんとなく毒気を抜かれた顔で返事をした。
「頭痛は本当に毎日なの。ほかにも……」
「イライラも、気持ちの浮き沈みも、頭痛や体調不良によるものでしょう」
魔女さんは結構無遠慮に王女様の顔に触れたり、立ち上がって頭皮の状態を上から見たりしていた。
「最近、髪の毛も抜けるのでは?」
「……侍女に、ちゃんと隠すように言ったのに」
ちっと王女様が舌打ちする。
「じっくり見ないとわからない程度です。侍女の腕をほめてあげてほしいぐらい」
魔女さんは言うと、また手袋をはめた。
「いったいこれ、原因は何なの。知っているのなら、オリウル卿に伝えて彼に薬を調合させて」
王女はいらだった様子で言う。
魔女さんはそんな彼女を一瞥し、立ち上がった。
「それ、毒のせいかもしれません」
しん、と。
場が静まる。
水を打ったような、とはこんな感じかも。
そんなことを考えたが、すぐに我に返る。
「ま、ままままままま魔女さん⁉」
それとんでもないことですけど⁉




