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戦地帰りの俺。訳あって、魔女の家で家政夫をしています。  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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29話 家政婦さんは、タラシな気がしてきた

「……いまから」

 ぶっすーとした顔で魔女さんが答える。


「もうねぇ、上座のほう、すごいよ。マルベル商会の新商品紹介場みたいになってる」


 オリウルさんが肩をすくめる。俺は目を丸くした。


「マルベル商会? そういえば馬車回しで会いましたが……」

「王女様が、あそこの化粧品にはまっててね……。今回、新作を持ち込んだらしくて」

「わらわも使っておる」

「ミラ様も!」


 子どもまで、と凝視した。……けど。

 まあ、かなーり薄く、だ。言われなきゃわからん。


「わかってるよね?」


 魔女さんがオリウルさんに視線を送る。オリウルさんも無言でうなずいた。


「わらわも口紅をしてみたいのじゃが、オリウル殿が許してくれぬのだ」


 ミラ様が俺に言うからちょっとびっくりした。

 化粧、いらんだろ。


「必要ございませんよ。だってミラ様、可愛いから」

 俺が率直にミラ様にそう伝えると、彼女は目を丸くしてから、ぱ、と笑顔になった。


「そうかの?」

「ええ。俺、嘘はいいませんから」


 請け負うと、ミラ様はそっとオリウルさんを見上げる。

 オリウルさんは膝を折ってミラ様を見つめ、笑いかける。


「そのままのミラ様がぼくは大好きですよ」

「……仕方ないのう、婚約者殿にこう言われてしまっては」


 テレテレしながらも、ミラ様は「仕方ないふり」をするから可愛いのなんの。


「……家政夫さんは」

「はい?」


 なんだろう、と魔女さんを見ると。

 彼女はなんか呆れた顔だ。


「実はかなりのタラシなんじゃないかと思い始めた」

「え? 俺が? なんで」


 どこをどうとったらそうなるのだ、と混乱していると、魔女さんはするりとまた俺に寄り添う。


「さて、王女様へご挨拶に行こうか」

「は、はい」


 気を引き締め、それからオリウルさんとミラ様にご挨拶をして。


 いざ、謁見のための列にならぶ。

 入ってきた扉とは真向かいになる形。


 ようするに上座。

 その一段高いところに王女様は座っている。


 その前には列ができていて。

 王女様にご挨拶を、という人たちが順番を待っていた。


「王女様とお知り合いなんてすごいですね」

 俺がそっと声をかけると、魔女さんは憚らずに顔をしかめた。


「作られたご学友よ。王女と私は同い年でね。王立学院の初等科からずっと一緒なわけ」


 あ。なるほど。

 王族が学校にはいるときには良家の子女で周囲を固めると言うもんな。


「高等部になって専攻が分かれたからヤレヤレだけど……。ときどき思い出したかのように連絡が来るから困る」

「頼られているんですね」

「使われているの。パシリだよ、パシリ」


 その表現に、つい吹き出してしまう。

 会話が聞こえていたのか。

 それとも俺の笑い声に興味がわいたのか。


 前に並んでいた二人組が振り返る。

 魔女さんを見て深々と頭を下げ、それから俺を見た。


 見て。

 会釈もなく前を向く。


 それはなにも彼らだけではない。


 そっと周囲をうかがう。

 魔女さんには熱烈な視線を向けているが、俺には無関心だ。


 入室する前は違った。

 誰だろう、どこの殿方だ。そんな感じで興味津々だった。


 それがいまは、道の石ころほどにも興味をもたれていない。


 あ、と。気づく。

 オリウルさんとミラ様の会話が聞こえたのだ。


 というか、聞いていた。

 そして俺がどこの家門のものでもない、ただのダウザーだとわかったのだろう。


 そう考えると……。


「ミラ様っていい子ですね」


 つい魔女さんに言ってしまった。

 猊下の子だから、貴族というより宗教色の強い教育を受けたのかもしれないけど……。


 戦地帰りの俺をねぎらってくれたし、「良く戻ってきた」と言ってくれた。

 俺たちの会話が聞こえたのなら、貴族たちだって「よく戻ってきたな」「ごくろうさん」と言ってもいいぐらいだ。


「この中で戦地に行った奴なんていないくせにね」

 俺の考えを読んだように、魔女さんが吐き捨てる。


「誰の戦争だよ。だいたい……」

「魔女さん、そこでストップです」


 だんだん声が大きくなりそうで、俺は苦笑いして止めた。

 魔女さんも騒ぎを起こしたいわけはないから口を引き結ぶ。


 そうやって列に並び、あと2組かなというところで歓声が上がった。

 見ると、王女様の座る階の下に人だかりができていた。


「品切れのときはお声掛けください。特別にご用意をいたしますから」


 ヨナーン・マルベルだ。

 それを令嬢淑女たちが取り囲んでいる。


 ヨナーンの隣にしなを作って立っているのはノアリア。

 しきりに「その口紅素敵ねぇ」とか「おしろい、自然だわぁ」と言われている。


「新作らしいよ」「へぇ。あとで話を聞いてみようか」


 列からはそんな声も聞こえた。

 ミラ様も欲しがっているとかいう口紅。


 俺はさっき見たノアリアを思い出す。

 艶めいて、潤んだ口紅だった。


 ふと。

 ノアリアと不意に目が合う。


 若干いぶかし気に俺を見る。

 そして俺の隣に視線を移動させ……。


 仰天したように目を丸くする。


 慌ててヨナーンの肘を引っ張り、「どうした?」といぶかしがられ……。

 彼もノアリアの視線を追って、俺の隣にたどり着く。


 あんぐり、と。

 口を開けて呆然としている。


 ……気持ちはわかる。

 魔女さん……だよな。


 うん。

 まさかあのカラスの中身がこんな美女だなんてなぁ……。


 こっちは度肝抜かれたりびっくりしているのに。

 当の本人はどこ吹く風、だ。


「あいつら、騒がしいよね」

 ヨナーンたちを一瞥しただけ。


「まったく厄介ごとを持ち込んでくれて……」

 ただ、魔女さんはため息をつきながらそう独り言ちた。


「厄介ごと?」


 俺がおうむ返しをしたとき、前が開けた。

 どうやら。

 拝謁の順番が回ってきたらしい。


「エクセレーナ伯爵令嬢と……」


 椅子の背後にいる男性が耳打ちしたけれど、そんなものは必要なかったらしい。


「わたくしのハイル!」


 椅子から立ち上がり、赤いドレスを着た女性が駆け寄ってきて魔女さんに抱き着いた。


 周囲からは「まあ」とか「やはりご学友の前では心やすいご様子」とか。

 なんとなく、ほのぼの感があるのだけれど。


 身長差のせいか、王女様の抱き人形状態の魔女さんの顔。

 それは、さっきよりも、ぶすーっとした顔だった。



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