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戦地帰りの俺。訳あって、魔女の家で家政夫をしています。  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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28話 オリウルの婚約者


 受付で名前を言い、俺たちは並んで夜会会場に入ったのだけど。

 規模からなにからに圧倒されている俺とは違い、魔女さんは慣れたもんだ。


「呼び出しは控えてもらえる?」


 扉前で名簿を確認している侍従に魔女さんはそう告げた。


 ……なんのことだ、と思ったのだけど。

 列になっているみんなが『◎◎家□□様と、そのご令嬢△△様ー』と侍従に呼ばれて室内に入っていることに気づいた。


 その名前の読み上げをやめてくれ、と魔女さんは伝えたらしい。

 まあ、俺、平民だしな。


「社交界に滅多に出ないから……。わざわざ挨拶に来るやつらがいるのよ」


 魔女さんが背伸びをして耳打ちしてくれた。

 ……あの兄ちゃん、そういえば屋敷に戻ってこい、って言ってたもんなぁ。


 魔女さん、カラスのかぶりものをかぶって村に閉じこもっているのはいろんな理由があったんだ。


「話しかけられても、にっこり笑って無視すればいいから」


 そんなアドバイスを魔女さんから受ける。

 というのも、だんだんと『あちら、エクセレーナ伯爵令嬢では?』『まあ、珍しい! あとでご挨拶を』『隣の殿方はどなたかしら』『ほとんどお出ましにならないのに……。今日はどういった風の吹き回しかしら』と言ったひそひそ声が聞こえてきたからだ。


 こういう詮索好きはどこにでもいるらしい。

 俺も魔女さんにならって、視線があってもにっこり笑って黙っておく。


 そうして、ようやく俺たちの番になり、一応二人そろって一礼して入室する。

 呼び出しがなかったから『あれ?』的な雰囲気になったけど、魔女さんも俺も平然と室内に進んだ。


 一番びっくりしたのは、部屋の明るさだ。

 村のどの家よりも広い室内。そこがまるで昼間のような光に満ちている。


「これ、ガス灯ですよね?」

 魔女さんに尋ねる。


「上の方だけね。あれは屋内でたくさん使うと酸欠になるから。シャンデリアを吊るして、それを鏡で反射させてるんじゃない? ほら」

「へぇ」


 魔女さんが仕組みを教えてくれる。


「こういうのも魔法でできないんですか」

「できるけど、そんなに時間はもたない。むしろ照明弾とかの目くらましのほうが効果的かも」

「あ、そういうの戦地で見ました」

「奇襲で使えないかと思ってね。兄上がドヤ顔で『いま新しく開発している兵器』とか言って紹介されたけど。ちゃんちゃらおかしい。あれの基盤を作ったのは私」


 へ、と人の悪い顔で笑う魔女さん。


 そんな顔を見て思うのも変だが。

 いつも通りの彼女が戻ってきて、ちょっと嬉しい。


 だからだろうか。

 改めて彼女を見つめる余裕ができた。


 ターコイズブルーのドレスだ。


 襟ぐりが大きくとられているから、鎖骨がはっきり見えるけれど、胸元はさりげなくレースで隠されている。ウエストを飾るのは細かな細工がほどこされた布ベルト。キラキラ光るのはひょっとしたら宝石か真珠か。そういえば髪留めもこれ、鼈甲? ひえ、さすが伯爵令嬢。俺の衣装だってこれ、なかなかの生地と仕立てだな、と思っていたけど。全然格が違う。


「なに?」


 魔女さんは、電気なるものを使って明かりをつける仕組みについて話してくれていたのだけど。

 不思議そうに小首をかしげて俺を見上げる。


「あ、いえ。きれいだな、と思って」

「ん? シャンデリア? そうだね。あの屈折率と……」

「いや、魔女さんが」 


 勘違いなことを言うので、割とはっきり言ってしまった。


 きょとんと。

 魔女さんはしばらく俺を見つめていたが。


 急に、ボンッと火でも吹くのかと思うほどに顔や首を真っ赤にするからこっちがうろたえる。


「え? あ、あの魔女さん?」

「こ、こここここういう格好するとあれだよね。見慣れない分、何割増し、というか……。いつもほら、カラスだから!」

「カラスの時も可愛いとおもってますよ。動きとか、ちょいちょい」

「………ちょ……あ、あの」

「でも人間……っていうのも変ですけど、ドレス姿、すごくきれいですよ」

「か、勘弁して……」


 魔女さんが顔を覆ってうつむいてしまう。……なんで?

 さらに困惑していたら。


「ハイル……嬢! セイファくん!」

 不意に名前を呼ばれて、ホッとした。


 この声はオリウルさんだ。

 顔を向けると、やはり彼だ。


 手を握っているのは……まだ年が二けたになるかならないかの女の子。


 ……妹? いや、彼は将来の妻をエスコートするとかなんとか。

 ちらりと魔女さんを見ると、ようやく立ち直ったものの、なんだかうんざりした顔になる。


「こんばんは、オリウルさん」


 とりあえず挨拶をする。オリウルさんも「ごきげんよう」とにこにこ笑顔で返し、魔女さんの手をとると、足をさげて礼をする。もちろん、手の甲にもキスだ。


「良い夜ですね、ハイル嬢」

「ごきげんよう、オリウル卿」


 対して魔女さんは棒読み。かなりの棒読みで、無表情だ。


「こちらは? オリウル殿」


 まだ幼さの残る声で、女の子が言う。

 なんというか……。大人のちいさい版だ。


 子ども、じゃない。

 大人を小さくしただけのように見える。


 開いた扇子で口元を隠し、小首をかしげるところなんて、ほほえましいというより大人そっくり。


「こちらはぼくの同僚で、エクセレーナ伯爵の妹君であらせられるハイル嬢。それから彼はそのエスコート役であるセイファ・アルバルド氏です」


 オリウルさんも大人のように扱うから、俺もおずおずと頭を下げた。


「セイファ・アルバルドと申します。初めまして」

「アルバルド? 聞かぬ名じゃな。いずこの家門か」

「えー……っと」


 普通の家、ですが。と言葉に迷っていたら、オリウルさんが口添えしてくれた。


「彼はダウジングの名手で、先の戦でも功をなしました。敵の魔法陣をいくつも見つけ、同胞を救ったのですよ」


 だいぶん誇張されているし、なんならそのあと捕虜になっていろいろあったのだけど。

 オリウルさんはそのあたりをざっくりいいように説明してくれた。


「おお、それは大変であったろう。わらわの騎士も戦争に行った……。つらかったの。養生したか?」 


 年端もいかない子に労わられたが……。


 それでもなんかこう、心打たれたのは、その言葉に偽りがなかったからだ。

『わらわの騎士』というのは、彼女の親しい人だったに違いない。目には悲しみがにじんでいた。


「その騎士さまはお戻りに……?」


 そっと尋ねると、女の子は首を横に振ってうなだれた。

 ……可哀そうに。全員が戻れるわけじゃない。俺はかなり運がよかったんだ。


「その方のご冥福を。あの……気を落とされず」


 女の子の右手は、オリウルさんとつないでいるから。

 俺は左手を握り、ぎゅっと力を込める。


 女の子は何度かうなずき、聖句を唱えた。

 俺も彼女に続けて聖句を唱える。


「わらわの騎士のためにありがとう。そして、国のためによく戻ってきてくれた」


 女の子はわずかに目を伏せた。礼を言ってくれたのだと気づき、つい彼女の頭を撫でようとして……。


「セイファくん、それでね。こちらは猊下の五女であらせられるミラ様」


 げ、猊下!!!!!! 猊下のお子さん!!!!!!

 手なんか握っていい相手じゃなかった!!!! 頭、撫でたら殺される⁉ 不敬罪⁉


 慌てて手を放し、魔女さんの隣に並びなおす。


「わらわは、オリウル殿の婚約者じゃ」


 胸を張り、誇らしげに言う女の子を、俺は言葉をなくして見つめる。


 こ、婚約者!?!?

 な、何歳? というか婚約者の意味、わかってる?


「児童婚か。この犯罪者め」


 小さな小さな声で魔女さんがオリウルさんに吐き捨てる。


「ミラ様。婚約は3年後。結婚はミラ様が20歳になられる8年後となりますよ」


 オリウルさんは聞こえなかったふりをして説明した。ミラ様は不満そうに眉根を寄せる。


「でも、わらわはオリウル殿の婚約者じゃ」

「ええ、さようですよ。ですが手順を踏まねば。まだそう口外なさってはいけません」


 オリウルさんは笑顔を絶やさずに言うのだけど……。さらにミラ様は不機嫌になってしまった。


「ミラ様」

 魔女さんが腰をかがめ、ミラ様と視線を同じにする。


「私は彼と同僚ですから、性根もよく知っております。この男は約束を絶対に守る男です。ですから、さように心配なさいますな」


 魔女さんはふわりと微笑んだ。


「あなたはゆっくり大人になればいい。それまで、この男はおとなしく待っていてくれます。ずっとね」


 ミラ様はしばらく魔女さんの顔をみつめていたけど。

 扇をおろし、オリウルさんと手をつないだまま、彼を見上げた。


「ほんと?」


 そう尋ねる声は、とても幼くて。

 村の子どもたちとなんら変わらない。


「ええ、もちろん。むしろぼくはその間にミラ様に見限られないかとハラハラいたします」


 オリウルさんも大きく頷く。


 ふふ、と。

 ミラ様は無邪気に笑ったけど。


 なにかを感じたようにちらりと瞳を動かした。視線を追う。……乳母、だろうか。侍女なのか。壁際からミラ様を見るふたりの女性がいた。


 ミラ様はすぐに扇で口元を隠し、さきほどのように背筋を伸ばした。


「わらわはすぐに大きくなり、オリウル殿を手玉にとりましょうぞ」


 そう言うのだけど。

 ……なんだか、もの悲しい。


 貴族の子たちって、きっと「子ども時代」ってないのかもしれない。

 この子たちはずっと「小さな大人」として扱われるのかもな……。


 オリウルさんも俺と同じような表情を見せたけど。

 すぐにいつもの柔和な顔に戻る。


「君たち、王女様にはもうご挨拶した?」



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