25話 オリウルの頼み事
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熱が下がってから2日目。
俺は市場にいるおばさんに、スープ鍋を返却がてら、買い物に来ていた。
「ありがとうございました。魔女さん、美味しかったって。あの、これつまらないものだけど。俺が焼いたクッキー。孫さんと食べてください」
鍋と。それからさっき焼きあがったばかりのクッキーを詰めた紙袋を差し出す。
魔女さんと味見をしたけど、なかなかの味だ。というか、オリウルさんに差し入れしてもらったバターが。……かなり高級だ。あれだけで別格の味と香りになった。
「気を遣わなくてもいいのに。ってか、うちの孫の風邪だよね、あれ」
はははは、と陽気に笑い、おばさんは鍋と紙袋を受け取った。
まったく、そうだよ。えらい目にあったよ、とは言えない。 それが大人。
「あんたんとこの孫の命を救ってもらったんだから、スープぐらいで済ませるなよ」
「おまけにクッキーまでもらってんだからさ」
両隣の商人がかわりにおばさんに行ってくれたようだが、カエルの面に小便とはこのことなのだろう。
平気な顔でクッキーをひとつつまみ「あら、旨い!」と目を丸くしている。
「ったく、これだよ」「セイファ、お疲れ」
商人たちが肩をすくめ、買い物客たちが笑い声をあげる。
俺も笑う。
魔女さんはあきれ、「家政婦さんはお人よしだし、村の人間は厚かましい」というけれど。
こうやって何事もなかったかのように受け入れてくれるだけ、俺はありがたい。
「あんた、ずっとあの魔女のところで家政夫するのかい?」
クッキーはおばさんの食欲を刺激したらしい。二枚目に手を伸ばしながら、俺に尋ねる。
「まあ、こんだけ料理もできるんなら、あれだけど……。そうだ、あんた掃除もうまいよね。初めて魔女の家に行ったときなんか……えらいことになってたよ、あの家。そのあと、良いところのボンボンみたいな男が来てから、ある程度落ち着いたけどさ」
……オリウルさんかな。
ということは、俺が来るまではオリウルさんが家政夫みたいなことをしてたんだろうか。
「軍人恩給が出るまでは、魔女さんのところで働かせてもらって……。そのあとは、街に行ってまたさっくつ士として働こうと……」
思います、という言葉にかぶせ気味に、いくつもの声がなだれ込んできた。
「街に⁉」「私、そこの先で燻製を売ってるマーサって言いますぅ」「あたしは二日に一回、この市場に花をおろしているんですけどぉ。このあと、お時間とかありますぅ?」
いきなり俺はいろんな娘たちに取り囲まれて仰天した。
それぞれが口々に何か言うもんだから、もはや何を言っているのか全然だ。
ただ、互いを威嚇しながらも俺を中心にした包囲網を縮めてくるのだから恐ろしい。
徐々に締まっていく罠のようだ……!
「なにやってんだ、こら!」「散れ、散れ!」「仕事をせんか、ほら!」
とうとう複数の女子たちに襲われる……!
その瞬間、それぞれの父親だの兄だのがやってきて、首根っこ捕まえて引き離してくれた。
やれやれ。
ホッとしたのは俺だけで。
娘たちは男家族に引きずられながら、名残惜しそうに俺を見て、「またね!」「明日も来て!」と手を振っている……。なんだ、あれ……。
「あんた、気をつけなよ。第二、第三のノアリアだよ、あれは」
おばさんが、けッと吐き捨てる。
……なるほど。村から出て街に行きたい娘たちか。
俺は苦笑いし、おばさんの店が出している商品を見る。
「結婚とかもう……しばらく勘弁ですよ」
「魔女とは?」
「ん? 魔女?」
カブに手を伸ばした手を止める。不思議そうなおばさんと目が合った。
「男女の仲じゃないのかい?」
「は⁉ 違うよ!」
つい大声が出てしまう。
力いっぱい否定してしまったのは……。
熱が下がる直前のあの晩のことがあったからだ。
泣きながら抱き着いてしまった、あのバツの悪い思い出。
目が覚めて……。魔女さんが来てすぐに謝った。魔女さんは「気にするな」と言ってくれたけど。
……まったく、情けない……。いい大人が。
「なんだそうかい。そのスープ鍋を届けに行ったとき、なんとなぁく、そうなのかな、と。ま、これは長年の勘だよ? 勘」
「落ちたもんだな、おばさん」「ってか見舞いじゃなくてのぞきかよ」
両隣の商人たちが笑う。おばさんは手を払い、まるで蠅扱いだ。
「女を見る目のないあんただけど、あの魔女はいいよ。わたしゃ、そう思うね」
「は……あ、そうです、か」
「ノアリアなんて、どこがいいんだか。ただ若くてきれいなだけだろうよ」
途端に、「それが重要じゃねぇか」と商人たちに突っ込まれている。
「この前もさ、配達に行ったらもう」
おばさんは証人たちを無視し、俺にむかって眉をしかめてみせる。
「アクセサリー、じゃらじゃらつけて。布をひらひらさせて。今度、王都のなんだっけ。夜会? なんかすごいところに招かれたんだってさ。その準備で忙しいとかなんとか」
は、とおばさんは鼻で嗤う。
「呼ばれたのは、婚約者のあの男であって、あんたはただの付き添いだろ、って思うけど。まあ、化粧も濃いいのなんの。口紅なんて、べっとりだよ」
「あの化粧品、マルベル商会の目玉だろ?」「王都じゃすごい人気らしいぜ? うちのカカァも欲しいって言うけど、買えるかい」
商人たちが肩をすくめあっている。
へえ。そういえば、街で会ったときもそんなことを言っていたような……。
「ノアリアとは付き合いないんだろ?」
おばさんに尋ねられ、首を縦に振る。
「私の勘だけどね」
おばさんは身を乗り出して俺を見る。
「ノアリア、捨てられるね」
「……縁起でもないことを」
俺が苦笑いすると、おばさんはさらに俺に顔を近づける。なんか怖い……。
「マルベル商会みたいなでかいところが、ノアリアと本気で結婚すると思うかい? あれはね、広告塔だよ」
「広告塔?」
「新商品の化粧やアクセサリーを見せびらかすモデルみたいなもんさね。本命は別にいるね。で、それに気づいたらノアリアは、あんたに泣きついてくるだろうから。気を付けるんだよ」
おばさんは魔女さんより魔女っぽい顔で予言めいたことを言う。
「そんなことないと思いますよ」
俺は当たり障りのない言葉でいなし、それからカブとにんじん、ルッコラ、キャベツを買った。
両隣の商人さんからは、果物と香辛料、牛乳を購入して市場を出る。
街で購入した商品が底をつきかけていたので、こうやって市場で買い物できてうれしい。
『畑の野菜を使うがいい!』と魔女さんは豪語していたけど……。
……うん。春キャベツとじゃがいもね……。
じゃがいもは小さいままだし、春キャベツは、俺が寝込んでいるうちにモンシロチョウの幼虫にかなりやられたんだよな……。いや、ほんと。市場で買い物できるようになってよかった。人間の口に入る前に、虫たちの餌食になっている。
そんなことを考えていたら、魔女さんの家に到着。
門柵に、白馬がつながれているのを見る。
オリウルさんの馬だ。
小さめのにんじんをひとつあげて、家の扉を開ける。
「おお! セイファくん! どうやら元気になったようだね!」
やっぱりだ。
ダイニングの椅子にオリウルさんは座り、それを監視する……というか尋問する妖怪みたいに魔女さんが仁王立ちしていた。
「その折はお薬をいただいたみたいで……。ありがとうございます」
「いやなに、人として当然のことだよ!」
うんうんとオリウルさんは鷹揚だ。
テーブルを見るが、特にお茶とかが用意されている様子はない。
「お茶でも……」
「そうだね! 小鳥ちゃんもきっとぼくとお茶を飲みたいだろうし!」
「いや、帰れ。疾く帰れ」
魔女さんの突き放しっぷりは健在だ。
オリウルさんは「照れ屋さん♡」と言って、さらに冷たい視線を向けられていた。
「ちょっと待っててください」
俺は台所に行き、竃の火を熾す。
やかんをかけて……。湯になるまでに、買ってきた食材を片付けた。
おばさんへの手土産のクッキーがまだ残っているはず。魔女さんが食べていなければ、だけど。
ごそごそと棚を探ると、まだあった。……数は減ってるけど、まあ、いい。いける。
ティーポットに茶葉を入れて。……オリウルさん、レモン派だったな。レモンをスライスして……。
そんなころには、ぴーっと笛が鳴り、湯が沸いたことを知らせてくれた。
お湯を注ぎ、カップをそろえてダイニングに戻る。
「ありがとう、セイファくん」
お茶をサーブすると、オリウルさんが礼を言ってくれる。
黙っていたら礼儀正しい良家の子息なんだけどなぁ。
「魔女さんもどうぞ」
向かいの席にカップを置くと、いやいやながらにも魔女さんは腰を下ろし、クッキーに手を伸ばした。
「ところでさ、セイファくん」
さて、俺は台所へ……と思っていたら、オリウルさんに声をかけられて驚いた。
「はい?」
「ちょっとお願いがあるんだが」
「俺に、ですか?」
「ああ」
「魔女さんに、ではなく?」
「ハイルにもだが、今日は君にもお願いがあって来たんだ」
オリウルさんは、紫色の目を細めて微笑む。
銀色の髪は今日もゆるく束ねて右肩に垂らしてある。その髪を束ねたリボンも、実はすごく高い絹だと知る。……この前のあの店、高かったなぁ。
その……服を、買ってもらったんだしな……。
「俺にできることがあれば……」
なんだろう。さっくつ士としてのことかな。
「10日後にハイルは王女と拝謁する機会があるんだが……。そのときのエスコートを君に頼みたくてね」
……なんだろう。
音声としては全部耳に入ったのに、内容が理解できない……。




