24話 俺を受け入れてくれてありがとう
その日の晩。
夕飯の片づけを終えたあたりから、言いようのない寒気とだるさに襲われた。
異変を察した魔女さんによってベッドに運ばれ、そこから4日間、発熱した。
あの川での救出劇が影響した……のではなく。
魔女さんから聞いたところによると、家に遊びにきていた子どもたちは全員、風邪にかかって俺と同じ状態になったらしい。
ようするにあの子どもたちの誰かが保菌者だったのだ。
魔女さんはカラスのかぶりものをかぶっているからか、風邪菌から守られたのだろう。
捕虜になったときは、最悪な環境下のために何度も熱を出したり……。それこそ、拷問の傷のあとは死ぬか生きるかの状態だったのだけど。
子ども経由でもらった風邪は特別しんどかった。
だるくて、熱くて、眠くて……。
ひたすら眠り、トイレに行き、また眠る。
その繰り返しだ。
目を覚ました時は、なぜか必ず魔女さんがいて。
俺はそれが魔女さんだとわかっているのに、口から出てくるのは、「カラスだ……」という言葉。
そうだよ、と魔女さんはそのたびに笑い、俺の額に手を当ててくれる。
「まだ熱いね。子どもたちは1日で熱が引いたらしい」
そう言って、身体を起こすのを手伝ってくれて、薬湯を飲ませてくれた。
「オリウルはあんなやつだけど、調合の腕はピカイチだから。これで治る」
「魔女さんは? ご飯は……?」
初めて食べた時の彼女の料理。
あれをまた食べているのかと思うと切なくなる。
可哀そうだ。俺がなにか作ってやらなきゃ……。
「おばさんが、鍋を持ってきてくれた。スープだ。食べる?」
「おばさん?」
「礼だってさ。随分と家政夫さんの調子を気遣っている。たぶんだが、保菌者はタイラーだね」
魔女さんがくちばしをあけて、けけけ、と笑う。俺も少し笑った。
あいつめ。元気になったら、こづいてやる。
「スープだけじゃなくて、パンも食べて、魔女さん」
「人の心配より自分の心配して。もう少し眠ればいい」
そんな繰り返しを何度かして……。
あるとき。
寒気がして目が覚めた。
頭痛がして、身体の節々が痛い。
目を開ける。
暗い。
夜だった。
珍しく魔女さんがいない。
目を覚ますといつもいてくれたのに……。
妙に寂しくて、毛布に手を伸ばす。
そして気づいた。
寝返りを打った拍子か。あるいは熱くて、なのか。
毛布はベッドの下に落ちていた。
のろのろと手を伸ばして毛布を掴む。
引き寄せようとして関節が痛み、うめいて態勢を崩した。
どん、と床に落ちる。
痛い。
寒い。
ふ、と。
捕虜になったときの記憶がよぎる。
背中が熱い。
焼きごてを当てられ、鞭うたれたところ。
もう傷も癒えているのに。
じくじくと痛み、薄暗い視界になにかが飛ぶ。蠅だ。背中に蛆が……。
「すごい音がしたけど、どうした⁉」
扉が開き、人が入ってきた。
「落ちたの?」
床に横たわる俺の側で片膝突き、顔を覗き込んでくる。
「カラスだ」
魔女さんだとわかっているのに、つい口から出てきてしまう。
くすり、と。
やっぱり魔女さんは苦笑いしたようだ。
「つかまって。立てる?」
彼女は俺の腕を引っ張り、自分の首に回す。
熱が、上がっているからだろう。
俺の足元はおぼつかない。
あの川底に足をとられているかのように、ぐにゃぐにゃする。
「魔女さん」
「なんだ?」
「俺を受け入れてくれてありがとう」
村に帰れば家族ができる。
待ってくれている。
そう思っていたのは。
俺だけだった。
「家に迎え入れてくれてありがとう」
戦場よりも。
捕虜収容所よりも。
この世のどこよりも。
あのとき、俺は孤独だった。
「こちらこそ。家事を手伝ってくれて助かってるよ」
嗚咽を漏らして泣く俺。
魔女さんはぽすぽすと背中を撫でてくれる。
気が付けば俺は魔女さんを抱きしめて泣いていて。
そのあとの記憶が、ぷつりと途絶えている。
俺はそのまま眠りこんだようで……。
目覚めたとき。
ちゃんとベッドに寝かされていた。
そして、あれだけしつこかった熱はすっかり下がっていた。
涙と一緒に。
憑き物のように落ちたらしい。




