23話 背中の傷
水流が一気に増えた。
膝までだったのに、太ももまで水位が上がる。
踏ん張る足が川砂にめり込んだ。
タイラーが悲鳴を上げる。
俺は彼を抱えて岩にさらに身を寄せる。
気持ち的には前に突進している感じなのだが。
実際はずるずると後ろに持っていかれている。
まずい。
耐えろ。
そんなに長いわけない。この水流だってもう少しすれば……。
顔どころか全身を水しぶきで濡らしながらこらえる。耳には魔女さんの声と、村の男たちの声。
祈って必死にこらえていたら。
思っていた通り、少しだけ勢いが衰える。
ほっとして足元を見た。
膝まで水量が減ってきた。よし。
「タイラー。しばらく岩にしがみついてろよ」
岩と俺でタイラーを挟み、俺は上着とシャツを脱いだ。タイラーはおとなしくしているが、さっきから顎をガチガチならせていた。恐怖もあるだろうが、低体温が進んでいる。
「魔女さん!」
袖を引きちぎり、シャツを裂き、それぞれを結ぶ。簡易ローブだ。
上半身裸になったせいで、一気に寒くなる。肌を打つ飛沫が不快だ。
「そっちに投げるから引っ張ってください!」
「わかった!」
魔女さんが両手を広げる。魔女さんの背後に到着していた村の男たちもうなずいてくれた。
俺は適当な石を袖の端っこにくくりつけ、魔女さんに向かって投げた。
長さが足りるかと案じたが、問題ないらしい。
魔女さんがキャッチしようとジャンプしたが、それより先に村の男が、服で作った簡易ロープの端を掴む。
「ああ! なにする!」
「よし! いいぞ、セイファ、来い!」
魔女さんが、むきーっと地団駄踏むが。
……まあ、正直誰でもいい。しっかりと引っ張ってくれたらそれでいいのが本音。むしろ魔女さんだと、力負けして一緒に流れて行かないか心配だし。
俺は心の中で、ごめん、魔女さんと詫びつつ。
タイラーを片腕で抱き、片腕に簡易ロープをくくりつけ。
何度か急流に足をとられながらも、なんとか川岸にたどり着いた。
「タイラー!」
「おばあちゃん!」
誰かがおばさんを呼びに行っていたのか、孫を抱きしめて彼女は泣いた。
俺もそれを見て力が抜ける。
やれやれ、とごつごつする地面に腰を下ろし、張り付く前髪を掻き上げた。
「お疲れ、大丈夫?」
魔女さんが腰をかがめてくれるから、苦笑いした。
「なんとか。服はダメにしてしまいましたが……。まあ、軍からの支給品でよかった」
「またわたしが買ってあげるよ」
「いいですよ、自分で買うから」
そんなことを言い合っているとき、ふと視線を感じた。
なんだ、と振り返る。
村の人たちだ。
じっと。
何かを見ている。
そのなにかが。
俺の背中だと気づいて、反射的に立ち上がった。
「彼は捕虜になって拷問を受けた。あんたたちがなにを聞いたか知らないけど」
魔女さんは俺の前に回り込み、村の人たちを睥睨する。
「彼は最後まで大事なことを隠していた。これだけの傷を負わされながら、同胞を守ったんだ」
魔女さんは一歩前に出る。
男たちに言い放った。
「これが真実だ。惑わされるな」
そう言うと、ぎゅっと俺の手を握った。
「帰ろう。風呂に入らないと風邪をひく」
そう言って、さっさと歩きだす。
俺は黙ってそれに従った。
魔女さんに手を引かれ、山道に向かって足を進める。
「セイファ!」
おばさんが俺の名を呼ぶ。
思わず足を止めた。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
おばさんがタイラーを抱えて深々と頭を下げる。
少し間をおいて。
周囲の村の男たちも、俺に対して頭を下げる。
「まずは謝罪だろ! 私はずっと覚えているからな」
舌打ちして魔女さんはいい、会釈をする俺に「そんなのしなくていいよ」と叱りつけて、歩き出した。
そうして。
俺と魔女さんは家に帰った。
手をつないだまま。




