22話 タイラー、発見
「やっぱり山か」
魔女さんが言う。
そう。
水晶は迷うことなく、山を示している。
やはりまだ本人は流されずに、山にいる。
……いや、ダウジングは100%ではない。もちろん外れる場合もあるし、本人がいたとしても、生きているとは限らない。
俺は無言で足を動かす。
魔女さんもそうだ。
ぱたぱたぱた、と。
長衣の裾がはためく音だけが聞こえる。
まるでカラスの羽音。
そんな風に感じながら、俺達は山道に入った。
「匂いが……」
入ってすぐはなんとも思わなかったが、木々が茂り、細い山道を川に沿って昇っていくにつれ、土の匂いと葉の腐ったようなにおいが充満していた。
顔をしかめ、まとわりつきそうで顔を振る。
「たぶん、それ、ダウザーだけにしかわからない。私は特になにも」
魔女さんが言うからちょっと驚いた。
そうか……。そういえば水脈を探るときも、甘い水の香りを嗅ぐのは俺だけだった。
「あ、家政夫さん」
魔女さんが水晶を指さした。
かなり激しく反応している。
タイラーは近いのかもしれない。
「あそこ、小枝が折れているよ」
魔女さんが目ざとくみつめる。
川へ降りる道はまだ先にあるのだが……。
確かに、彼女が言う通りに低木の枝が折れ、下草が踏み固められているところがある。
子どもたちだけが使っている近道なのかもしれない。
俺と魔女さんは無言でうなずきあい、近づいた。
下を覗き込む。
割と急な坂道を下ると、川がすぐそこだ。
いつもよりかなり早い濁流。
その中州に……。
「タイラー!」
見つけた!
普段は中州ではないのかもしれない。
浅瀬になっていて、多少濡れるが、川岸から川岸が歩いて渡れるのかも。
いまはそこに大岩が転がり落ちて、中州のようになっている。
大岩の周囲にはせき止められた木っ端や草、泥といっしょに流れて行った植物が固まっている。
そしてなにより。
タイラーがしがみついていた。
「まじょー! かせいふー!」
タイラーは全身ずぶぬれになりながらも、叫ぶ。
「まずいね、低体温……」
見つかって安堵したのもつかの間。
魔女さんの言葉にひやりとする。
そうだ。
遠目でもタイラーの顔が蒼白なのがわかる。震えてもいた。
春とはいえ、山はまだ寒い。木々のせいで光が遮られている。それなのにタイラーはずぶぬれで、かつ、ずっと水に濡れ続けている。
「家政夫さん⁉」
魔女さんの素っ頓狂な声が耳に届いたころには、俺は小道を駆け下りて川岸まで走っていた。
小石とコケで滑りかけ、何度か態勢を崩したが、ざぶり、と川に足を突っ込んだ。
深さは……大丈夫だろう。
もともと浅瀬だった。いきなり陥没しているところなど……ないと思いたい。
むしろ問題は濁流の勢いだ。
かなり早い。
俺はタイラーの靴を放り出し、水晶を首にかけた。
「じっとしてろ!」
「うん!」
ゆっくりと彼のほうに歩く。
慎重に足を動かしているのに、それでも流れに足を持っていかれそうだ。
時折、急に水量が増えてひやりとする。そこだけ深いのかと思ったが、違う。シャツの中で水晶がバタつく。腐葉土の匂いが濃い。
ひょっとしたら、また鉄砲水が来るのかも……。
川の飛沫だけではなく、じっとりと背中が汗で湿る。早くタイラーを救出してここを出なければ……!
「ここだよー! タイラーはここにいる!」
魔女さんの声。
顔を向けると、彼女も川岸にいて。
上にある山道にむかって、黒衣をバタバタさせていた。
なんとなく巣から落ちたカラスのヒナのようだが。
「本当だ! おい、子どもは無事だぞ!」「こっちだ!」「セイファ! 無理するな!」
念のため、俺たちを追ってきたのだろう。
村人たちの声が複数聞こえて来た。
ホッとする。
これでなんとかなるだろう。
俺は慎重に岩に近づく。
「かせいふ!」
タイラーが岩から手を放して抱き着いてきた。よかった。
俺はしっかりと抱きしめる。タイラーはよほど安心したのか、途端に泣き出した。
「釣りに来てたのか?」
ぎゅっと抱きしめて、できるだけ普段の声音で尋ねてやる。タイラーは、顔をくしゃくしゃにして泣き、そして首を縦に振った。
「ここ、いつもなら浅瀬で……。晴れてるし、大丈夫だと思ったのに……。急に水が濁って岩が流れてきて……!」
運よくタイラーの近くで止まったらしいのだが、そのあと鉄砲水が来たのだそうだ。
たぶん、あの岩がせき止めていた水流だったのだろう。
タイラーは岩にしがみついて難を逃れたが、その折に靴を片方と釣り竿が流れて行ったという。
「そうか。よく頑張ったな。一緒に帰ろう」
そう言うと、タイラーは何度も首を縦に振って、さらに強く抱き着いてきた。
俺はそのまま川に足を踏み出そうとしたのだが。
ぱくん、と。
心臓がひとつ跳ねた。
ついで、むせ返るような腐葉土の匂い。
「家政夫さん!」
魔女さんが叫ぶ。
とっさに俺はタイラーを抱えて岩に身を寄せた。
どう、と。
轟音に近い振動が来て、岩が揺れる。地震?
違う。
鉄砲水だ。




