21話 ダウジング
「あいつ……山に行ったのか?」「そういや、釣りが好きだったもんな」
俺の近くにいた年長組の声も硬い。
「昨日の豪雨が山のどこかに溜まっていて……鉄砲水か?」
俺もつぶやく。
さっき嗅いだ匂い。あれは地震や鉄砲水の前兆だ。地面が深くから移動するために、土の匂いが濃く香る。
「あの子まで……! あの子まで奪われたらどうしたらいいの!」
おばさんが叫び、むせび泣いた。地面に伏せ、うめくように泣く。
その背を男は撫で、他の村人は言葉もなく立ち尽くす。
タイラーは。
戦死した長男の子なのだ、と。忘れ形見だったのだ、と。
おばさんを見て気づく。
「川の方に人手を回そう」「俺たちも行くか」「おばさん、どうする? おれらと行くか?」
村人たちが声をかけている。
タイラーが川に流されたかもしれない。はっきりとは言わないが、子どもたちも気づいたのだろう。ひそひそと「大丈夫かな」とか「わかんないけど、大丈夫だよ」と言い合っている。
「……本人がまだ、見つかったわけじゃないんですよね?」
年長組の頭を撫でてやりながら、俺は村人に尋ねた。村人たちは顔を見合わせる。
「まあ……うん」「だが、タイラーが山に行ったのをみたというやつもいるし。実際、川に靴と釣り竿が流れて来たしな」
「まだ、山にいるかもしれませんよね」
俺の言葉に「そうだよ!」と言ったのは子どもだけだ。
あとは疑わし気に、そしてどこかムッとした顔で言う。
「気持ちはわかるが、希望を持たせても残酷なだけだ」
「だけど、本人はまだ見つかってない」
意固地になっているという自覚はあった。
だけど、足をすべらせただけかもしれない。
釣り竿を流してしまっただけかもしれない。
なにより。
救助を待っているのかもしれない。
あの日の俺のように。
戦地に取り残されて、震えていた俺のように。
味方がやってきてくれるかもしれない。
ここから救い出してくれるかもしれない。
そんなかすかな願いにすがりついていた、あの日の俺のように。
「おばさん、その靴貸してくれないか?」
俺は地面にうずくまるおばさんの前で膝をついた。
涙でぐずぐずになった顔が上がり、おばさんが俺を見る。
「靴?」
「ああ、それタイラーのなんだろう?」
「どうするんだい」
怪訝そうなおばさん。
「なるほど、ダウジングか」
俺より先に応えたのは魔女さんだ。
「ダウジング?」
村人とおばさんが戸惑う。俺は首元に手をつっこみ、紐に通した円錐形の水晶を取り出した。
「普通は水脈を見つけるんです、道具で」
村人に対して、魔女さんが簡潔に説明する。俺もうなずいた。
「俺がさっくつ士として働いていたのは知っているだろう?」
「ああ……、そうだな」
「この水晶の揺れで水脈を探してたんだ」
「じゃあ、わかるのは水脈だけなんじゃ……」
村人が眉根を寄せるが、俺は首を横に振った。
「水脈ほどはっきりとした反応はでないけど……。特定のものもいけます。戦地では、敵国が埋め込んだ魔法陣の地雷を見つけてた」
俺の口から発せられた「戦地では」「魔法陣」「地雷」という言葉に、村人たちは如実にギョッとしたようだ。
俺もその反応に石を投げられたことや、ノアリアの態度がフラッシュバックしたが……。
「今回の戦争で、敵国は地雷を多数仕掛けていた。徴兵された兵の半分が地雷で吹き飛んでいる。この村でも被害にあったやつはいるんじゃないの?」
魔女さんが言うが、みな、押し黙ったままだ。
「はっ。これはあきれた。ひょっとして、ここにいる殿方は戦地にも行かずに、みんなして彼をバカにしていたってこと?」
魔女さんが嘲笑したが、誰もがバツが悪そうに顔を背けるだけだ。
そう。
徴兵逃れは簡単だ。
わいろを渡せばいい。
有力者の誰かに媚をうればいい。
自分や、自分の息子の代わりに誰かを売ればいい。
俺みたいに家族がいない者や。
そしておばさんの長男さんみたいに、自分の代わりに誰かを差し出せない優しい人が戦地に行く。
「彼は前線で、味方のために自分の力を使って地雷を撤去していた。そんなことも知らずによくあんな態度をとれるわね。言っとくけど私はまだ、彼に小石を投げ続けたことをしつこく覚えているからね」
魔女さんが念を押す。
そういえばカラスは自分に意地悪した相手を数年も覚えているとか。なんとなく俺は苦笑し、それからおばさんに手を伸ばした。
「貸してくれませんか? ひょっとしたらタイラーの居場所がわかるかも」
おばさんはしばらくじっと俺を見つめていた。
その目にあるのは、複雑な感情。
素直に頼りたい判明、頼っていいのかという迷い。
なにより。
自分が俺に対して発した言葉や態度がよぎっているのかもしれない。
「はい、かせいふ」
膠着状態だったところに現れたのは、年少さんだ。
彼はおばさんから、いともたやすく靴を引っ張りぬくと、俺に手渡した。
「タイラー、探して」
俺を見上げて頼む。
その後ろで。
おばさんは肩を震わせてうなだれた。うなだれたまま、何度も首を小さく縦に振っている。「探して」。そう言っているようで。
「わかった」
俺は年少さんから靴を受け取る。
革靴だ。
古びているが、よく手入れされたもの。
いまは水を吸ってしまって変色しているが、きっとおばさんの長男さんも履いていた、そんな年代を感じさせる。
俺は靴を握り、その上に円錐形の水晶をかざす。
「この持ち主」
呟いた。
この持ち主を探せ、と。
「いけそう?」
魔女さんがそっと俺に近づく。
どうだろう。
じっと水晶を見ていると……。
不意に縦揺れを始めた。
「きた」
ホッとして俺は魔女さんを見てうなずく。
「反応があります。ちょっと行ってきます」
「私も同行する」
俺たちも!と子どもたちが言うが、危ないからと村の男たちに預けた。
水晶が揺れるほうに向かって、俺と魔女さんとで走る。




