20話 それはね……人間が大嫌いだからだよ!
おお、と。
俺は内心ドキドキした。
それは俺もずっと気になっていたことだ。
魔女さんと一緒に暮らして、3週間ほどが経とうとしているが……。
いまだかつて魔女さんの顔をみたことがない。
部屋や浴室ではさすがに脱いでいるのだろうが、ダイニングにいるときも、風呂からあがってきたときも、あのカラスのかぶりものを装着しているのだ。
年長組も興味津々でこちらを見ている。
「それはね」
受け取ったグラスをテーブルに戻し、魔女さんはローブを大きく広げた。
「人間が大嫌いだからだよ! うしゃしゃしゃしゃしゃ!」
彼女は奇声を発しながらいきなり走り出し、年長組は歓声を上げて逃げ出す。
あーあー……鬼ごっこが始まるよ。
俺は苦笑いし、さてグラスを片付けようと思ったら……。
「待って、まじょー」
年少さんが魔女さんに向かって駆けだす。
その声に多分に泣き声が混じっていて。
俺だけではなく、魔女さんや年長組まで動きを止めた。
「嫌い、いやー」
「え? え? え?」
戸惑う魔女さんに、年少さんは抱き着き、しくしくと泣き出す。
どういうこと?と、頭に?マークをつける魔女さんに、年長組は訳知り顔で腕を組んで見せた。
「ばかだなー。ショーン」「お前のことが嫌いなわけじゃねーよ」
その言葉を聞いて、なるほどと納得。
人間が嫌い=自分のことも嫌い、と判断したようだ。
「そうじゃないよ、ショーンのことは好きだよ」
オロオロと魔女さんが声をかけると、年少さんは顔を上げ、両腕を伸ばした。
「ハグ。そしたら人間のこと、好きになるよ?」
言われて魔女さんは腰をかがめて、ギュッと彼を抱きしめる。
「かわいいショーンの魔法にかかってしまったよ。あーあ、子どものことがさらに大好きになってしまった」
魔女さんが苦笑気味に言うと、年少さんは得意げに胸を張った。
「でしょ? これでもう人間のこと好きになった?」
「うーん。どうだろうなぁ、大人は嫌いかな」
肩をすくめて冗談めかす魔女さん。
だけど。
その言動に嘘は混じっていない気がした。
魔女や魔術師が、全員かぶりものをしているのかというとそうじゃない。
戦場でもそうだったし、そもそもオリウルさんがそうだ。
異端視される場合もあるし、目立つ行動は避けたいだろうに、彼女はカラスのかぶりものをして自分を「魔女」だと誇示する。
そこには。
『人間が嫌いだから』
そんな本音があるのだろう。
「じゃあ、かせいふのこと、きらいなの?」
目をうるませて年少さんが言うから、俺は我に返った。
狼狽えるのは俺だけじゃなく、魔女さんもだ。
「え⁉ え⁉ 家政夫さんは違うよ⁉」
なんかそれでは、俺が人間ではないみたいだが……。
「かせいふは人間だよ!」
ほら、言わんこっちゃない……。
「ハグして! そしたらまじょ、人間が好きになるから!」
年少さんが命じる。
「ハーグ、ハーグ!」
年長組がニヤニヤして両手を叩く。
……こいつらははやし立てたいだけだな、こりゃ。
「魔女さん」
なんとか年少さんを説き伏せようとする魔女さんに声をかけた。
「ハグしたほうが早いですよ」
「うむぅ」
むぐぐうぐぐ、と唸る彼女に苦笑いし、俺が両腕を広げると。
むすう、とした様子だけど、彼女は抱き着いてきた。
驚いたのは。
その背の低さ。
出会った時はもっと上背があった気がしたが、俺の鎖骨ぐらいにカラスのつむじ(?)が見える。
しかも、ほっそい!
長衣で気づかなかったが、抱きしめてみると中身スカスカ!
まさに鶏ガラ!
いや、俺だってそんなに女性のことを知っているわけではなく、ノアリアぐらいなんだが、それでも細すぎんか、これ!
「ちょ……家政夫さん! 放せ!」
「ぐは!」
ついぎゅ、ぎゅ、といたるところをさわったら、どかん、と顎に衝撃が来た。掌底をくらったらしい……。
「す、すみません。つい」
「最悪だな! ってかどこ触ってるのよ⁉」
「いやあの、痩せすぎじゃないですか? 魔女さん!」
「は⁉ 違うし! だからどこを触って……! 豊満ナイスバディだし!」
「えぇえー……」
「はあああ⁉」
頭を毛羽立たせて怒り心頭の魔女さんと、ずきずきする顎を押さえている俺。
それを見て笑う子どもたち。
……完全にあいつらのおもちゃにされている……。やれやれ、だ。
そう思って彼女を解放したとき。
いくつもの慌ただしい足音が聞こえて来た。
そろって顔を向けると、数人の村人だ。先頭に立っているのは、あの市場のおばさん。
「セイファ!」
大声で名を呼ばわれ、俺より先に魔女さんが反応する。
さっと俺の前に身体を滑り込ませた。
「何の用? 一応ここはわたしの敷地内だけど」
柵を超え、前庭部分にまでぞろぞろやってきた村人たちをものともせずに、魔女さんは低い声で言い放つ。
子どもたちは空気感におびえたのか、俺の足元に集まり、年少さんは魔女さんの腰にとりついている。
「あ、あんたんところにうちの孫、来てないかい⁉」
魔女さんと俺の顔を交互に見比べ、それから必死の形相で子どもたちの顔を順繰りに見ていくおばさん。
「タイラー? ……いや、来てないが」
戸惑いながら答える。というのも、魔女さんはうろんな目で村人を睥睨したまま無言で、年少さんの頭を撫でているからだ。
「タイラーなら、ばあちゃんが行っちゃだめだって。そう言ったんだろ?」
「だからここに来てないよ」
俺の背中から年長組が言う。
「だったらやっぱり……」「川のほうに人を回せ」
村人たちがひそひそと小声で会話をする。
その内容が耳に入ったのだろう。
おばさんは膝から崩れ落ちると、両手に持っているなにかを握り締めて聖句を唱え始めた。
「なにかあったんですか?」
数人はどこかに走り去ったが、まだ数人の村人が、座り込んだおばさんの肩や背を撫でて慰めている。そっと尋ねてみると、
「川で洗濯していたやつらが言うには、急に水が濁って水位が上がってきたらしい」
40代ぐらいの男性が代表するように話し出す。
「慌てて川から離れたんだが……。そのときに、この靴と釣り竿が流れてきてな」
男性は、おばさんが握り締めるものに視線を向けた。
俺も。魔女さんも。もちろん子どもたちもおばさんを見た。
「それ、タイラーの」
指をさして、舌足らずな言葉で告げたのは年少さんだ。




