19話 まじょさんは、どうしていつもカラスの恰好をしているの?
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それから10日ばかりが過ぎた。
生活は安定している。
日中、魔女さんは天気が良ければ中庭に出て、青空実験みたいなことをしているし、俺は俺で家中を磨き上げた。
おかげでステンドグラスから差し込む光は格別なのだけど、魔女さんは「まぶしい」と少しうっとうしそうだ。
そんな魔女さんは甘いものがお好きなので。
この前買いこんだ材料で、クッキーを作ったりマフィンを焼いたりしたら小躍りする。
これは比喩的表現ではなく、本当に小躍りする。
カラスの頭を振り振り、ローブをバタバタさせる様は、鳥類の求愛行動にさえ見えたりする。
俺としては。
食事改善と家の清潔さについての評価が欲しいところだが。
魔女さん的には、俺が来ることにより劇的に変わったのは、「風呂」らしい。
なにしろ水汲みが大変。
火はなんとかなるらしい。
さすが爆殺専門の魔女だ。火加減はお手のもの。俺には違いがよくわからないけど、とある羊皮紙をばさりと広げ、「これの火加減が抜群」と教えてくれる。
俺が来るまでは。
「あー、今日こそ風呂に入らなきゃなぁ」と三日に一度は重い腰を上げていたそうだ。
桶を持ち、井戸からバスタブまで数十回の往復。
そんなにかかります? と尋ねたところ、桶いっぱいに水を入れたら重くて運べず、1/3程度のものをえっちらおっちらやっていることが判明。
……それは、大変だ……。
で、湯を使ったら、今度は廃棄。
……だよなぁ。あのバスタブ、栓がないからなぁ。
ある程度掻きだして……。俺は畑の水やりとかに使うけど。
魔女さんは浴室の排水口に、桶でまたもやえっちらおっちら流していたらしい。
で、半分以下に減ったら、バスタブを傾けて排水。
……考えただけで、『風呂は三日に一回……いや、冬場は1週間……いけるか?』と思うのもわかる。
だから。
俺が来て、毎日風呂に入れるこの状況が、彼女的には天国らしい。
……俺としては料理を褒められる方が嬉しいけど、
まあ、彼女の生活が改善されたのならいいか。
そして。
家政夫になる前と、家政夫になった後で。
劇的に変化したのは……。
「あそぼー!」「家政夫ー。ぐるぐるやってー」「肩車してー、家政夫ー」
……子どもと日常的に遊ぶということだ。
市場に行くときに襲ってきた(?)あの子たち。
やつらが、魔女さん目当てに毎日遊びに来るのだ。
魔女さんも毎日相手ができるほど暇じゃない。
なので、魔女さんが相手できないときは俺が相手をして。ある程度満足したら帰すようにしている。
……というのも、魔女さん。
本音としては毎日子どもたちと遊びたいみたいで。
『それ、近日中に仕上げる仕事ですよね?』というのを後回しにしてでも出てこようとする。
魔女さん、そんなことをするから奇行に及ぶほどの締め切りに苦しめられるわけで……。
彼女のペースメーカーとなるべく、俺は子どもたちと適度に遊んでいるわけだ。
「まだ仕事中だから、だめ」
俺はいいながら、洗濯物をロープに干していく。
といっても、仕事優先。魔女さんみたいに、仕事を後回しにするわけにはいかない。
ぱんぱん、とタオルを広げ、ロープに引っ掛けていく。
いい天気だ。
昨日の、季節外れの豪雨がウソみたい。
顔を上げ、風の匂いを嗅ぐ。
湿気はあるが、昨日の残り香りみたいなもんだ。
この風と太陽なら一気にシーツも乾くことだろう。
そう思ったとき、ふと、鼻先を気になる匂いがかすめた。
土の匂い。
いや、腐葉土の香りというべきだろうか。
これ……。
「ねー、かせいふ。これ干せばいいの?」
山の方に首を巡らせようとした俺は、子どもの声に我に返る。
「やめろやめろやめろ!」
子どもたちが、絞って桶にいれたシーツにとりついてなにやらしようとしているから慌てた。
「えー。手伝ってあげようと思って」
「そしたら、おれたちとすぐ遊べるじゃん」
「ってか手際悪いんだよ、かせいふ」
なぜか俺が怒られる始末。
ため息をつき、仕方なく子どもたちにも手伝わせることにした。
「じゃあ、そっち持って。お前はそれ、そっちは……、おい、地面につけるなよ」
四隅を持たせ、広げる。
風が吹き、大きくシーツが膨らんだ。
よろける子がいたので、とっさに首根っこを掴む。
きゃきゃきゃ、と笑い、他の子たちも笑った。
「転ぶなよ」「ひっぱんなって!」「わわわわ! 膨らんだ!」
こんなことだけでも可笑しいんだもんなあ。子どもって面白い。
子どもたちは四隅を持って移動し、俺はそれを見守って……。
で、ばさばっさと何回か風を孕ませてから、俺が代表で受け取る。
まるで国旗掲揚でもするかのように子どもたちに見守られながら、俺はシーツを干した。
「終わった⁉ 遊べる⁉」「もう全部⁉ 洗濯おしまい⁉」
「……おわったなー……」
子どもたちとは真逆のテンションで答えると、背中に飛びついてきたり、腰を引っ張ったりともう……。
「なんだよ、格闘技か⁉」
ぶるん、と振り払うと、地面に転がりながらも、きゃきゃきゃと笑う。猿かよ、もう。
「ぶらん、ぶらんしてー」
一番幼いやつが両手を伸ばしてくる。
やれやれ。まあ、結構待ってたしな、と。
俺が腕をくの字にすると、ジャンプで飛びついてきた。
いつの間にか反対側にもひとり待機しているから、仕方ない。
両腕にこども二人をぶらさげると、ぐるぐるその場で回転。
遠心力で勢いがつくのか、子どもはこれが大好き。
そんなに常習性があるのか、順番までつくって待つんだからなぁ。
ある程度回転させると、「はい、おしまい」と声をかける。
すると次の子がいそいそと俺の腕にぶら下がる。
ああ、また今日も無限ループが始まった……。
こんなことを家事の合間にするもんだから。
オリウルさんが買ってくれた服なんて着れない。
怖い。
ぶち、といくんじゃないか、とか。
ずる、っととれちゃうんじゃないか、とか。
値段は結局教えてくれなかったけど、肌触りからして違う布だ。あんなもの……。子どもたちとの遊びに使えない。
下着やシャツはありがたく、そして大切に使用させていただいているが、上着とかズボンとか。「そんなの使いませんって!」というのに三つ揃いのスーツとか。
そんなのは大切にクローゼットに飾っている。
『着ればいいのに』と魔女さんは言うけど、いやいやもう、無理。なんなら、俺が離職するときにこれは未使用で返そうと思っている。
ということで。
オリウルさんにはちゃんと了承いただき、彼のお泊りセット用の衣服を一式いただいた。
というか、いくばくかのお金をお渡しして買い取った。……聞いたところによると大貴族の御子息である彼にとってははした金にもならなかっただろうけど。
それと、軍服。あれをそのまま普段着として使用している。……いまはまあ、戦時中じゃないけど、別に「着るな」とは言われてない。丈夫だし、なによりボロボロになってもなんの気兼ねもない。作業着にはもってこいだ。
「子どもたち! ジュース飲むか?」
腕につかまって振り回される遊びから、次は俺を悪党に見立てて戦いごっこに移行したころ。
魔女さんがトレイにいくつものグラスを載せて家から出て来た。
「飲むー」「魔女めー! とうとう登場したな!」「やっつけてやる!」
幼い子たちはまっしぐらに魔女さんに向かうが、年長組はややこしい。なんか架空の勇者になりきって型を披露してから魔女さんに突進するから、ある程度のところで首根っこをつかまえて止めた。
「すみません、騒がしかったですか?」
外用のテーブルにトレイを置き、ジュースを配る魔女さんに声をかけた。「やめろ、かせいふ!」「放せ!」と騒ぐ年長男子たちを、ぐい、と引き上げた。
「ジュース飲むなら、なんて言うんだ」
「ありがとう」「ありがとう」
「よし」
しつけ終了。
手を放すと、年長男子たちは年少組に交じってジュースを手に取った。
やれやれ、これでしばらくおとなしいだろ。
「いや。おかげではかどった。このあと子どもたちと少し遊べる」
ウキウキした調子で魔女さんが言う。
……ほんと、この人子ども好きだよなぁ、と苦笑い。俺はときどきでいいよ、こんなの。
「あれ。そういえば今日、タイラーは?」
子どもたちを見まわし、魔女さんがカラスの首を傾げた。
タイラー。
改めて俺はジュースを飲む子どもたちを見る。
言われてみれば、くせのある赤毛がいない。
「あいつ、ばあちゃんにダメだって言われたんだって」
「ジゼばあちゃんにバレたんだ。魔女のところに行ってるのが」
年長組の言葉に、ひやりと背筋が冷えた。
「おばさんのところの孫だったんだ」
呟く。
気づかなかった。
言われてみれば、おばさんの長男さんにどこか似ていた。
「あー……。市場の」
俺の様子を見て魔女さんも気づいたのだろう。互いに顔を見合わせ、なんとなく黙り込む。
結局あれ以来、市場にはいっていないし、向こうだって配達に来る気配はない。魔女さんが街に出かけたことにも気づいてもいるようだ。つかず離れずの距離感を保とうとしている。
「黙ってりゃわかんないって言ったんだけどさ」
「今日は市場が休みだからダメだって。また明日誘う」
年長組が言うのを、俺はあいまいに笑って受け流す。
「ねー、まじょさん」
ジュースのグラスを魔女さんに渡し、一番の年少さんが彼女を見上げた。
「なんだい?」
「まじょさんは、どうしていつもカラスの格好をしているの?」
舌足らずな声で尋ねた。




