18話 魔女さんと俺の傷
「背中の傷はひどく膿み、蛆がわいてひどい臭いを放ちました。『背中がへこんでいる』『腐っている』と捕虜に言われ……。焼きごての……火傷のせいなのか熱もずっと出てて……。だけど捕虜仲間からは『自業自得だ』とか『気持ち悪い、くさい』と放置され、そこから時間感覚はありません。気が付けば馬車に乗せられ、捕虜交換所に連行されているところでした」
「そうして、この村に戻ってきたのか?」
「はい。だけど」
はは、と笑う。
「噂は百里を走ると言いますが……。俺が情報を漏らして生き延びたことを村の人間はみんな知っていました」
「……それで村のみんなはあの態度なのね。婚約破棄も?」
「婚約破棄については……ひょっとしたら二股かけられていたのかもしれませんね。彼女の実家は小間物屋ですから。マルベル商会とはどこかでつながっていたのかも」
今から考えれば、だが。
俺に会いに街に来ていたノアリア。
だけど、彼女は早めに街に来たり、『今日は用があるからここで別れましょう』と言っていた。
きっと。
俺以外の誰かに会っていたのかもしれない。
そして。
醜い傷を残し、悪評を引き連れて戦地から戻ってきた俺は、あっさりと用済みにされた。
「よし、家政夫くん」
「はい?」
「脱げ」
そう言う魔女さんはもう立って、俺の背後に回っていた。
「え?」
「傷を見ようじゃない」
「いやあの……。俺の話聞いてました? 火傷と……」
「傷跡でしょ? 私、これでも爆殺専門なの。傷跡なら山ほどみている」
「だけど」
「想像でしかないが、火傷のあとはそこまでない気がする」
「……え?」
「火傷というのは広範囲であればあるほど、死ぬ確率が高い。背中というのは広いからね。そこにまんべんなく焼きごてをあてようものなら、家政夫さんはもう死んでいたと思うよ。皮膚の再生ができないからね。だけど、隣国の兵士は情報が欲しい。死なせるわけにはいかない。それなのに、背中全体を焼くような真似をするわけがない」
魔女さんは続ける。
「それにさっき、蛆がわいたと言っていたでしょ。蛆は消毒や傷の手当てができないとき、最高の治療をしてくれるの」
「……蛆が、傷をえぐるんじゃないんですか?」
「蛆は壊死した皮膚しか食べないよ。ようするに、不要で、むしろ放置していたらそれが化膿して悪さする部分しか食べないんだ」
俺は魔女さんを見た。魔女さんは説明する。
「よく蛆にたかられて皮膚がへこんだと言われるけど、違うね。もともと褥瘡で穴が開いていたところに蛆がいるんだよ。家政夫さんの場合、褥瘡ではないから、蛆は不要な壊死部分を食べて救命につとめてくれたと考えるべきだ」
どれ、と。
魔女さんはまるで暖簾をめくるようにして俺のシャツをめくった。
「あ⁉」
驚き、振り返ろうとしたけど。
さわり、と。
背中になにかがふれて動きを止める。
すぐに。
魔女さんの手だと気づいた。
いまは手袋をはめていないのか。
彼女の。
陶器のような指先が俺の背中を撫でていく。
「思った通りだ」
「……え」
「焼きごての跡がここにふたつ」
右の肩甲骨を、彼女の冷えた指が撫でる。
「左肩甲骨から脇にかけて斜めに。みっつ、大きな裂傷跡があるな」
つるり、と。
魔女さんの指が俺の背中を斜めに滑る。滑らかに。
「きれいな傷というと語弊があるかもしれないし、これが今後完全に消えるかというと疑わしいけれども……。二目とみれないわけではないよ。いままでの動きを見ても、筋肉や骨に後遺症もない。隣国の兵士もそのあたりはよく考えていたのかもね」
魔女さんの声が、背中越しに過っていく。
「よく耐えたと慰められこそすれ……。石を投げるなど言語道断」
怒りににじむ声に。
気づけば俺の目から涙がこぼれていた。
「見てみる?」
穏やかに尋ねられ、俺は数分答えられなかった。
ボロボロと涙をこぼし、嗚咽を漏らし。
その間、魔女さんはただじっと待っていてくれた。
「はい」
ようやくそう返事をすると、魔女さんは一旦自室に戻り、手鏡を持って戻ってきた。
俺はシャツを脱ぎ、魔女さんに誘導されて姿見の前に立つ。
そうして、魔女さんから手鏡を受け取る。
合わせ鏡にしたそこを。
息を止めてのぞきこんだ。
「………」
そこにあったのは。
くすんだ橙色の丸いあざがふたつ。
おなじく黒みがかった赤の長い傷跡がよっつ。
確かに傷跡はあった。
火傷のあとと、傷跡。
だけど。
想像したような。
侮蔑されたような。
汚らわしいものと忌避されたような。
そんな傷ではなかった。
「おおっぴらには言われていないけど」
じっと。
鏡を見つめる俺に、魔女さんは静かに言う。
「我が国も魔法陣の検知方法が隣国に知られることを、もちろん予想していたし、知っていたんだ。捕虜が話すであろうことも想定内。家政夫さんは、井戸のありかを言ってしまったことを気に病んでいるようだけど、軍もばかじゃない。家政夫さんが捕虜になったと知った途端、対処はしているよ。大丈夫。井戸に毒薬が放り込まれて被害を被った部隊はいない。少なくとも私は聞いていないし、家政夫さん自身が調べてみてもいい。そんな部隊はないよ」
ようやく。
鏡の中にうつる背中を見つめ。
俺は。
久しぶりに、ゆっくりと息が吐けたような気がした。




