17話 魔女さんと、俺の過去
「飲む?」
「ありがとうございます」
グラスを受け取ると、魔女さんが注いでくれた。
濃い黄色。とろりとした液体は、グラスで揺れる。
ふわりと香るのはローズマリー。ハチミツ酒ではあるけど、ハーブミードだったらしい。なんとなく、魔女さんらしいと思った。
魔女さんは自分のグラスにも注ぐと、ボトルをテーブルに置いた。
俺はグラスを傾けて一口飲む。
甘さにローズマリーがよく合っている。後口もいい。
どこのメーカーだろうと瓶を見た。
ラベルはない。ひょっとしたら自家製なのかもしれない。ハチミツと水があれば、ハチミツ酒は簡単に作れる。最近はビールに似た味が人気らしいが、こんな昔ながらのものが俺は好きだ。
「あの……」
「ん?」
魔女さんの緑の目。
もちろんガラスがはまっていて。
本人はその向こうにいるわけだけど。
この目は。
いつも優しい。
「……話をしても?」
じわり、と。
喉にぬくもりが広がる。ハチミツ酒の甘やかな酔いが、肩のこわばりを解いた。
「もちろん」
魔女さんは椅子に座り、俺を見上げている。
「徴兵されて……すぐに、軍人たちは俺がダウザーだと気づきました」
「井戸のさっくつ士だとは聞いたけど……。ダウジングができるんだ」
魔女さんの目がわずかに見開いたようだ。
「俺、養子なんです。本当の両親はどっかよその村にいるらしくて……。おじさんたちからは、『八番目の子』だと聞きました。おじさんとおばさんにはずっと子どもができなかったから、俺をもらったそうです。だけど……」
俺は肩をすくめ、ハチミツ酒をまた飲む。
「よくある話です。俺が6歳かそこらのときに、実子ができて。なんとなく、俺は早く家を……というか、村を出ないといけないような感じになってて……」
おじさんとおばさんから、はっきりと『出て行って』と言われたことはない。
実子が生まれるまでは、本当によくしてくれた。
だからこそ、早く家を出なければとずっと思っていた。
「たまたま、土木商会が村に来たことがあって……。俺、そのころから家にあんまりいないようにしていたので、ずっと土木工事を見ていたんですが、そこのダウザーと仲良くなって……。やってみたら、どうも素質があったみたいで」
その商会のダウザーからは、『お前ならどこでもやっていけるぞ』と言われたとき、ホッとしたのを覚えている。
これで家を出てもやっていける、と。
「これ、そのときのダウザーからもらったものです」
胸から吊るしている円錐形の水晶を引っ張り出して、魔女さんに見せた。
「16の時にそのダウザーが手紙をくれて……。それが縁で、土木工事商会に入会し、ダウザーとして働きました。いまから考えれば、たったそれだけの理由なんですが」
つい乾いた笑い声が漏れる。
「ノアリアが俺に興味を持ったのは、村を出たというそれだけの理由だったんです。彼女はこの村の小間物屋の娘で……。村の誰かと結婚し、ずっとこの村で生きていく。彼女はそれが嫌で……。だから、村から出た同い年の俺に興味を持っただけ」
「それが縁で婚約?」
魔女さんに尋ねられ、俺は頷く。
「俺は別に小間物屋を継いでもよかったんですが、彼女が反対をして……。結婚後は、街で生活する予定でした」
「すぐに捨てられるのが目に見えるよね。ようするに、足がかりが欲しかっただけなんでしょう、あの娘」
魔女さんが鼻を鳴らす。俺は笑った。
「当時はそんなこと、考えもしなかったですが……。そうでしょうね。だけど、その……」
俺は頭を掻いた。
「俺はずっとひとりだと思っていたので。彼女が俺を選んでくれたということに有頂天になっていました。俺はもうひとりじゃないんだ、って。こんなきれいな子が俺を選んでくれたって」
グラスのハチミツ酒を飲み干す。じわりとぬくもりが全身に広がった。
「結婚まで半年というころで、徴兵されました。1回目は免れたんですが、2回目は……」
「あの頃は、山間部では手あたり次第だったと聞くね」
「だと思います。ちょうど、あの。ほら、市場のおばさん。あのおばさんの長男さんの戦死直後でした。だから、『うちの子の分も頑張って』と言われたのを覚えています」
手を握り、泣きながらおばさんは俺の背を撫でた。
『うちの子みたいに立派に頑張るんだよ』と。
「戦地に行って。割とすぐにダウザーだとバレて。以降は、軍用犬とセットで地面に埋まった魔法陣の探知作業に従事していたんですが、部隊が急襲され……」
「捕虜に?」
「はい」
肺から空気が漏れたような返事。
「上官からは、捕まる前に死ねと言われました。それが名誉だ、と」
「違うね。情報が漏れるのを防ぎたかったんだよ」
冷淡な魔女さんの声。
俺はうつろに頷く。
「捕虜になってから知りました。当時、隣国はどうして埋めた魔法陣が感知されるかわからなかったみたいですね。尋問も、そればかりでした」
「捕まったのは、家政夫さんみたいな技官?」
「そうです。ダウザーは俺だけでしたが……。建設に関わる人とか、火薬師とか。部隊は違いましたが、みな、カササギの腕章をつけていました」
隙間風が吹き込む小屋に20人ばかりが詰め込まれていた。
毎日隣国の兵士が来て、みんなの目の前で尋問と言う名の拷問が始まる。
「全部話したら殺されるのは目に見えていたので……。少しずつ、情報を小出しにしました」
俺はぽつぽつと語る。
「というのも、軍人が真っ先に死んでいくのをみていたので……」
「軍人?」
「彼らは絶対に口を割らなかった。割らないとはた目に見ても分かった。だから、隣国の兵士は、これ以上は無用とばかりに殺した」
「……なるほどね」
「だから、向こうが欲しがる情報をちょっとずつ、ちょっとずつ……。そうやって、なんとか生きて帰りたくて」
なんとかして、村に帰りたかった。
ノアリアに会いたかった。彼女と家族になりたかった。
「だけど、軍全体に関わるような……例えば、水脈とか井戸とか。そういうことは絶対に言わないと決めていました。あそこに毒でも放り込まれようものなら大惨事だ」
「……だけど、言えと言われた?」
「ひどい拷問を受けて……。背中に焼きごてを当てられたり、鞭で肌が破れるほど打たれたりしましたが、違う情報を混ぜたりしてなんとかやり過ごしていたんですが。ある日」
俺はごくりと空気を飲み込む。
鉛のようにそれは胃に落ちて行った。
「捕虜のひとりが俺の前に引き出されて……。言わないとこいつを殺す、と」
「……よくある手段だけど……ひどい」
「その男は妻子を残して徴兵された男でした。俺の前で泣いて懇願して……。死にたくない、と。娘や息子にまた会いたい、妻を抱きしめたい、と」
それで、と。
俺はグラスを口に寄せようとして、空だと気づく。
そっと魔女さんが注いでくれた。
「俺は、井戸のありかを言いました。男は感謝してくれたのだけど……。以降、他の捕虜たちは口もきいてくれなくなって……。裏切り者だ、と。軍を……皆を殺したようなものだ、と」
ごくり、と飲み込んだハチミツ酒は。
まったく味がしない。




