15話 オリウルのパンツジョーク
「ぼっちゃん! こちらでよろしいですか」
「ああ、止めてくれ!」
馭者に言うや否や、扉を開けてオリウルさんは飛び出してきた。
「会いたかったよ、ぼくの小鳥ちゃん!」
「放せ!」
抱き着いたオリウルさんの顎に掌底をくらわすが、オリウルさんはものともしない。
「君も待たせて悪かったね! いやあ、長官がしつこいのなんの……。あ、そのことについてはまた、話をするよハイル」
「聞きたくない」
「仕事なんだから、そうわがまま言わず。だけど、わがままを言う君、好き♡」
「やめて!」
またもや抱き着かれるのを寸前で逃げ出し、魔女さんは俺の後ろに隠れた。
「それ、買った商品?」
オリウルさんが俺の持つ荷物を指さす。
「ええ」
「悪い! 馬車に積んでおいてくれ」
「承知しました、坊ちゃん!」
馭者がサムズアップし、馭者台から降りて荷物を運んでくれるので、恐縮する。
「すみません、たくさんあって」
「なんてこっちゃありませんよ! それよりうちの坊ちゃんと末永く、仲良くお願いします」
「いえ、あのこちらこそ……」
馭者たちにぺこぺこされ、俺も同じくぺこぺこする。
というか、ぼっちゃんと呼ばれていることといい、この馬車と言い……。
オリウルさん。何気にすごいんじゃ……。
それは俺だけの思いじゃなかったらしい。
店にも入らず、ヨナーンとノアリアもいぶかし気にオリウルさんを見ている。
正確には、オリウルさんと馬車を、だ。
「これはこれは、サクエス卿!」
どん、と。
ヨナーンを担当しているテーラーを突き飛ばすようにして、年配のテーラーが店から現れた。
「ご来店とは……! 恐悦至極にございます! ご連絡いただきましたらこちらからお伺いいたしますのに!」
年配テーラーだけではない。ぞろぞろと数人のテーラーが出てきてオリウルさんを取り囲んだ。
「急に決まったからね。今日はぼくのことじゃないんだ。彼なんだ」
オリウルさんが俺を指し示すからギョッとする。
テーラーたちも表面上は素で応じているが、「え、誰これ」と思っていることは確実だ。
「彼とぼくとは、同じパンツを共有している仲でね」
「やめて、その説明!」
つい口出しすると、オリウルさんは陽気に笑った。
オリウルさんが笑ったから、なにかのジョークなのかと思ったらしいテーラーたちが一斉に笑う。……どうしたらいいんだ、俺は……。
「だからね、彼の普段着から下着まで一式お願い。彼とぼくのものをちゃんと区別したいからね」
「承知いたしました。サービスで刺繍をしておきましょう」
承知されたら困る! とっさに俺はオリウルさんの腕をつかみ、早口に言う。
「お、お金がありません! とてもじゃないですが払えません!」
「そんなのぼくが払うよ」
「そんなわけには……!」
「いいの、いいの。君は知らないだろうけどさ。小鳥ちゃんが納品できたのは君のおかげでもあるんだ」
「納品……って、あの魔法陣?」
「そう。彼女、毎回仕上げてくるけど、そのたびにすごい暴れまわるんだよ。今回が小暴れですんだのは、君のおかげだろうし。ね? そのお礼」
ぱちりと片目をつむって言うオリウルさん。
……そ、そうなのか……? 本当に? それ、信じていいの? ……っていうか、でも少しは返さないといけないよな、社会人として……。
「あ、それと。今日持ち帰りたいんだ」
悶々としている俺を見て、「話は終わり」と思ったのか、くるりとテーラーたちに顔を向けてオリウルさんが言った。
「きょ、……今日、でございますか⁉」
テーラーたちの声が裏返っている!
「試作品とかでいいです! 既製品の古いやつで!」
すかさず俺は口を挟んだが、冗談だと思われたのか、ははははは、と笑われた……。
「あ。予約とかあった? だよね、彼らが先だよね」
オリウルさんは、ちらりとヨナーンたちを見た。
「騒がしくしてごめんなさいね。うちが急に来たから迷惑かけてるよね」
ぺこりとオリウルさんが頭を下げる。
その態度に嫌味なんてない。本当に「あー……。連絡をし忘れたぼくって最低」って思っている。
……その姿を見て思った。
真の金持ちは争わない、と。
余裕がある。なにごとにおいても。
「そのようなことはありません! サクエス卿はいつも通り特別室にてお話させていただきますので! いつ来ていただいても問題ありません!」
年配のテーラーが言い、それに従って数名のテーラーが動き出す。
「そう? ……ごめんね。無理をかなえてくれたこと、おじい様にも伝えておくね。あ、今度父上の誕生日に上着をプレゼントしようと思っているんだ。その相談にも乗ってくれる?」
「もちろんでございます!」
「じゃあ、店内に入ろうか。あ、そちらの紳士とご婦人、お先にどうぞ。ごめんね、小鳥ちゃんとセイファくん。待たせちゃったね。さ、いつもの3階に行こうか」
こうして。
ヨナーンとノアリアは、一階で。
俺たちは3階の特別室というところで服をあつらえたのだった……。




