14話 元婚約者と魔女さん
「わたしと彼はここで知人と待ち合わせをしていただけよ。それを『待ち伏せ』だなどと……。自意識過剰も甚だしい」
「まあ!」
ヨナーンではなくノアリアが怒りを宿した声を上げた。
「失礼よ、カラスのくせに!」
「誰がカラスだ!」
魔女さんが憤る。
ま、まあ……カラスなわけだけど、中身はカラスじゃないし、と。
俺は慌てて魔女さんの隣に並んだ。とりあえず、手に持っていた荷物は一旦地面に置く。
「ノアリア、彼女は俺の雇い主だ。今日は彼女の買い物につきあって街に来ただけで……。君たちとここで出会ったのは本当に偶然だ」
ヨナーンにも、ぺこりと頭を下げた。
「彼女から聞いてはいるでしょうが、セイファ・アルバルドと申します。復員してからこちら、彼女のところで家政夫をしています」
「家政夫」
噴き出すようなノアリアを、ヨナーンは「これ」と苦笑いして、たしなめた。
「そうか。これは婚約者が勘違いを……。私はマルベル商会で会長を務めているヨナーンだ」
ヨナーンはわずかに胸をそびやかせて言う。
俺は会釈をしたのだけど、魔女さんはヨナーンのように胸を張った。
「へぇ。あのヨナーン商会」
「おや、カラス業界でもうちの名はご存じかな」
はは、とヨナーンは笑う。魔女さんも笑った。
「王城で有名だね。あなたの連れがつけているそのおしろいと口紅。いまじゃどの貴婦人もつけている」
魔女さんは黒手袋をはめた手でノアリアを指さした。
へえ、と。
俺はちょっと意外だった。
ヨナーン商会は輸入業で有名だ。
俺は戦地に行くまで主に土木工事を請け負っていたが……。そこでも、ヨナーン商会が持って来るタイルや石は特に高価で有名だった。
「化粧品なんかも扱っているんですね」
魔女さんに尋ねる。
「うちの化粧品は、貴婦人どころか王妃様の心もわしづかみさ。おかげでヨナーン商会の名は王城にとどろいている」
答えたのはヨナーンだ。しかも聞こえよがしに大声だった。
だからか、通りすがりの人たちが「あら、あれが……」「へえ。まだ若い男じゃないか」と噂をし始める。
「我が商会の株を買うならいまのうちですぞ」
芝居がかった仕草でヨナーンが言う。ノアリアが口元に手を添えてくすくす笑い声をたてた。
「カラスにそんなお金が?」
「おや、知らないのかね、ノアリア。カラスはキラキラしたものが好きでね。意外に金目のものを持っているんだよ」
「彼女はカラスじゃない」
ふたりの態度に、ついムッとして俺は言い放つ。
さっきからカラス、カラスと……。連呼しすぎだ。
「彼女は魔女さんだ」
きっぱりと断言したものの……。
ふたりは目をぱちくりさせ、俺も「ん?」となった。
そういえば。
彼女の名前を知らない……。
そういえばオリウルさんが「ハイル」とは呼んでいたっけ。
「ハイル・エクセリーナだよ。魔女をしている」
魔女さんは言い、俺に向かって肩をすくめた。
「そういえば本名を言っていなかったね」
「そう……ですね」
俺たちは顔を見合わせて、互いに笑いあった。
「まあ、誤解は解けたが。できれば今後はノアリアの視界に入らないでもらえるかな、元婚約者くん」
ヨナーンがちらりと俺を一瞥した。
「は? あの女、婚約者だったの? あ! 例の婚約破棄された?」
合点がいったらしい魔女さんが俺とノアリアを見比べる。
「ええ、まあ……」
「……言ってはなんだけど、どこに惚れたの」
あきれたような声は、だけど小声でノアリアの耳には届かなかったらしい。
俺も肩をすくめた。
「俺が戦場に行くまではもう少しマシだったんですが」
「カネに目がくらんだとたん、あれ? まあ、結婚しなくてよかったね」
「ちょっと! なんの話をしているの⁉」
内容は聞こえなかったが、自分のことを言われていることはわかったらしい。
ノアリアが肩を怒らせている。
「なんでもない。あんたの視界に入らないよう努力するよ」
魔女さんが笑う。
「じゃあ、いますぐ消えてよ!」
ノアリアが怒鳴る。
「あんたたちがこんな店の前にいたら迷惑だし、店の格が落ちるわ!」
言ってから一転、笑顔でヨナーンを見上げる。
「ね、ヨナーン。この店はあなたみたいな人のためにあるんですものね」
「まあ、私のためにあるのかどうかはわからないが……。彼には少しハイクラスなのではないかな」
ヨナーンが苦笑いして俺を見る。
言われなくても重々承知しているし。
なんなら、通行人にまで笑われている始末。
「……魔女さん。オリウルさんが来るまでどこかに……」
「そうだよ! オリウル、あいつなにやってんだ!」
声をかけたら、魔女さんが怒り始めてしまったと口をへの字に曲げる。
なんとかなだめようとしていたら、店のドアが開いた。
騒ぎすぎたかと焦ったのだが……。
「これはこれは、マルベル様! ようこそお越しいただきました!」
まだ俺とそんなに年の変わらないテーラーがもみ手で出て来た。
「ノアリア様も! 今日はまた一段とお美しいですね!」
褒められ、ノアリアはようやく機嫌を直したようだ。
こっちもやれやれだよ……。
「すぐに気づかず、申し訳ありません」
「とんでもない。こちらもちょっと挨拶をしていたのでね」
「ご友人様でしょうか?」
「いや、違う」
「ええ、違うわ」
ふたりはやけにきっぱりと言い切った。
……まあ、いっそすがすがしいよ。
俺は地面に置いた荷物を持ちなおそうと腰をかがめる。さて、魔女さんを連れてどこかに移動を……。
そう考えたとき、けたたましい車輪の音が近づいてきた。
馬が暴走したのか、と、とっさに身構え、魔女さんの腕をつかんで引き寄せる。
「遅くなったね、ハイル! いやはや、申し訳ない!」
だけど、ド派手に登場したのはオリウルさんだった。
馬車の窓から上半身を乗り出し、魔女さんに手を振る。




