第8話「混ざり合う理不尽」
アナグラムを後にした俺たちは、そのまま街を追放された。
理由は単純だ。
「厄介事を呼び込むな」
それだけだった。
(分かりやすいな)
理不尽だが、今さら驚きはしない。
問題は――
(こっちだな)
ちらりと後ろを見る。
リリーニャとリドウ。
二人の間には、微妙な距離があった。
(まあ無理もないか)
片や奴隷側。
片やアナグラム側。
思想も立場も、真逆だ。
「……」
「……」
会話はない。
気まずい空気だけが続く。
(そのうち何かきっかけが必要だな)
そう思っていた矢先だった。
「やめてよっ!」
甲高い声が響く。
視線の先。
子どもたちが、一人の少女を囲んでいた。
「気持ち悪いんだよ!」
「その耳!」
少女は地面に座り込んでいた。
庇うように、頭を押さえている。
(……いじめ、か)
リリーニャの尻尾が、ぴくりと動く。
リドウの拳が、わずかに握られる。
「……行くぞ」
リドウが低く言った。
「ああ」
俺も頷く。
次の瞬間、二人は同時に動いていた。
「そこまでだ」
低い声が響く。
リドウが前に立つ。
その圧に、子どもたちが一瞬で黙る。
「大人数で一人を囲う」
「それ、楽しいか?」
リリーニャも、少女の前に立つ。
その目は、いつになく強かった。
「や、やべぇ……!」
「逃げろ!」
子どもたちは一目散に逃げていった。
静寂が戻る。
少女が、恐る恐る顔を上げた。
「……大丈夫か?」
俺が声をかける。
少女はこくりと頷いた。
そのとき、気づいた。
(耳……左右で違う?)
右耳は紫に黒い丸の斑点。
左耳は黄色に茶色いダイヤの斑点。
明らかに、この世界では異質な見た目だった。
「私、フウカっていいます」
少女は小さく名乗った。
「ありがとう……助けてくれて」
「気にするな」
リドウが短く答える。
リリーニャは、フウカの耳をじっと見ていた。
「……その耳」
「うん……」
フウカは少しだけ俯く。
「変、だよね」
「そんなことない!」
リリーニャが即座に否定した。
その声に、フウカが驚く。
「……私も、似たようなものだから」
そう言って、自分の耳に触れる。
少しだけ、寂しそうに笑った。
その瞬間。
リドウがぼそりと呟いた。
「……理不尽だな」
リリーニャが、はっとしてリドウを見る。
視線が合う。
一瞬の沈黙。
そして――
「……そうですね」
小さく、同意する。
(埋まったな)
完全じゃないが、きっかけはできた。
「よかったら……うち、来ますか?」
フウカが遠慮がちに言った。
「宿屋なんです」
――ダムステルの街。
そこで俺たちは、フウカの家でもある宿屋に泊まることになった。
「いらっしゃーい!」
元気な声が響く。
現れたのは、狐の獣人の女性だった。
「私、カタリーニャ!この子の母です!」
明るい。
とにかく明るい。
(いい意味で、この世界っぽくないな)
「助けてくれたんですって?ありがとうね!」
勢いに押される。
だが、悪くない空気だ。
その日の夜。
フウカの話を聞いた。
「お父さんね……異世界から来た人だったんだって」
(転生者、か)
「だから私……ちょっと変なんだって」
耳を触りながら言う。
「この世界では、珍しいみたい」
「異世界の人と交わると、特別な体質になるって」
(なるほどな)
だから狙われる。
異物だから。
理不尽そのものだから。
――数日後。
ダムステルを散策していた俺たちのもとに、異変が訪れる。
「……来たか」
リドウが呟く。
視線の先。
黒いローブの集団。
見覚えがある。
「アナグラム……」
その一人が口を開く。
「確認した」
「異世界転生者の血を引く者がいる」
「排除対象だ」
空気が凍る。
「理由は?」
俺が聞く。
男は即答した。
「異世界転生者は“理不尽そのもの”だからだ」
(……なるほどな)
自分たちの枠を壊す存在。
だから排除。
分かりやすい。
「宿にいるな?」
その言葉で、嫌な予感が走る。
「……行くぞ」
俺は言った。
リドウも、リリーニャも頷く。
一度、宿へ戻る――
いや。
違う。
(逃がすべきだ)
俺たちはそのまま街の外へ向かう。
だが――
「助けてー!!」
女性の悲鳴。
聞き覚えがある。
「……カタリーニャさんだ!」
リリーニャが叫ぶ。
声の方向。
フウカたちの宿。
(やられたか……!)
俺たちは一斉に走り出した。
宿に飛び込む。
そこにあったのは――
「フウカ……逃げなさい!」
カタリーニャが、フウカを庇っていた。
その背中に、魔法が叩きつけられる。
「ぐっ……!」
血が飛ぶ。
それでも倒れない。
「お母さん!!」
フウカの叫び。
周囲には、アナグラムの連中。
冷たい目。
感情のない動き。
(間に合ったな)
俺は一歩、前に出た。
「その行動――」
静かに言う。
「論理的に破綻してるぞ」
空気が変わる。
リドウが隣に立つ。
リリーニャも、震えながら前へ出る。
(ここからだ)
理不尽があるなら――
壊すだけだ。




