第6話「理の裏側」
アナグラムの内部は、外観とは違い妙に静かだった。
人の気配はある。
だが――誰も笑っていない。
「ここにいる者たちは、元々“はみ出し者”だ」
前を歩くトリコワが、淡々と言った。
「差別。偏見。排除」
「この世界は、それで成り立っていた」
(……意外だな)
俺は少しだけ考える。
(支配する側の組織かと思っていたが)
「違うのか?」
「元はな」
トリコワは短く答えた。
「だが今は違う」
廊下の奥。
数人のローブの人物がこちらを見ていた。
その目には、共通した感情があった。
警戒。
そして――
「……反発、か」
俺が呟くと、一人の男が口を開いた。
「当然だろ」
低い声だった。
「俺たちは、理不尽が嫌いでここにいる」
「だがそのために、また別の理不尽を生んでいる」
(なるほど)
完全に“綺麗な組織”ではない。
「アナグラムの目的は二つだ」
トリコワが言う。
「魔法の統一」
「そして――復讐」
その言葉に、空気が重くなる。
「復讐?」
「かつて我々を見下し、踏みにじった者たちへのな」
トリコワは振り返る。
「お前が見てきた奴隷たち」
「あれは元々、富裕層や名のある種族だ」
「……は?」
思わず声が出た。
「立場が逆転しただけだ」
「過去、我々に“無礼”を働いた」
「それが、戦争の引き金になった」
(無礼、ね)
どうせ大した理由じゃないだろう。
だが――
(それで戦争か)
スケールが違う。
「そして敗北した者たちは、今の立場に落ちた」
トリコワは淡々と続ける。
「奴隷としてな」
俺は思い出す。
あの現場。
首輪をつけられた人間たち。
(あいつら……元は上だったのか)
「猫人もその一つだ」
トリコワの視線が、後ろへ向く。
俺も振り返る。
リリーニャが立っていた。
小さく、震えている。
「……そうなのか?」
俺が聞くと、彼女はゆっくり頷いた。
「はい……」
声が、かすかに震えていた。
「私たちは……昔は、もっと自由でした」
「でも……」
言葉が止まる。
俺は何も言わず、続きを待った。
「アナグラムの長に……“無礼なこと”をしてしまって……」
「それで、戦争になって……」
「負けて……」
リリーニャの尻尾が、ぎゅっと縮こまる。
「今は……この通りです」
静寂が落ちる。
「私は……奴隷の中で生まれました」
「生まれたときから、ずっと……この立場です」
(奴隷二世、か)
どの世界も、やることは変わらないな。
「それでも……」
リリーニャは続ける。
「私は、仕方ないって思ってました」
「だって……私たちが悪いって、ずっと言われてきたから」
(洗脳に近いな)
「でも……」
彼女の手が、わずかに震える。
「昔、一度だけ……」
「逆らったことがあるんです」
空気が変わる。
トリコワも、黙って聞いていた。
「幼い頃……」
「仲間が処刑されるところを見て……」
「嫌だって……やめてって……言ってしまって……」
声が、掠れる。
「オールマインズ一族に……」
「処刑されました」
「……は?」
思わず言葉が漏れた。
(今、“された”って言ったか?)
リリーニャは静かに続ける。
「そのとき、私は一度……死にました」
「でも……気づいたら、生きていて……」
「それから……」
彼女は顔を上げた。
その目には、はっきりとした感情があった。
「権力者が、怖くなりました」
「でも同時に……」
「許せなくなりました」
沈黙。
重い空気が流れる。
(なるほどな)
全部、繋がった。
この世界の構造。
アナグラムの思想。
そして――
リリーニャの目。
「……歪んでるな」
俺は率直に言った。
トリコワがこちらを見る。
「どこがだ?」
「全部だろ」
俺は肩をすくめる。
「差別されたから復讐」
「復讐したら、また差別が生まれる」
「それを“秩序”って呼んでるだけだ」
誰も何も言わない。
だが――
何人かの目が、わずかに揺れた。
「……だが、それが現実だ」
トリコワが静かに言う。
「理不尽は消えない」
「だから、我々が管理する」
「それが最適解だ」
「違うな」
俺は即答した。
「何?」
「それ、ただの諦めだろ」
空気が張り詰める。
だが、俺は続ける。
「理不尽は消えないかもしれない」
「でも、減らすことはできる」
「少なくとも――」
リリーニャを見る。
「こんな形じゃない」
沈黙。
長い沈黙。
やがて――
「……面白い」
ぽつりと声が漏れた。
さっきの男だった。
「お前の言ってること、嫌いじゃない」
他にも、何人かが小さく頷いている。
(やっぱりな)
この組織、完全に一枚岩じゃない。
「佐々木透」
トリコワが言う。
「お前は、何をするつもりだ?」
俺は少しだけ考えた。
そして答える。
「決まってるだろ」
視線を上げる。
アナグラムの中枢へ。
「全部、論理でぶっ壊す」
その言葉に。
誰かが、息を呑んだ。




