第5話「理を支配する者」
連れてこられたのは、石造りの巨大な建物だった。
高い天井。静まり返った空間。
壁一面に刻まれた、見たことのない文字列。
(……これ、魔法の“式”か?)
「ここが、我々の拠点だ」
黒ローブの男が言った。
「魔法統一組織――“アナグラム”」
「アナグラム……?」
聞き慣れない単語だ。
だが、その響きには妙な違和感があった。
(言葉の組み替え……か?)
男は振り返る。
「この世界の魔法は、我々が管理している」
「体系化し、統一し、逸脱を排除する」
「それが秩序だ」
(やっぱりな)
俺は小さく息を吐いた。
「非効率ですね」
一瞬で空気が凍る。
リリーニャが小さく息を呑んだ。
男はしばらく無言で俺を見つめた後、口を開いた。
「……お前は、やはり危険だ」
フードの奥から、ゆっくりと顔が覗く。
冷たい目。
感情の読めない表情。
「俺のコードネームは“トリコワ”」
「アナグラム支部長だ」
(トリコワ……)
一瞬考える。
(“ことわり”の並び替えか)
つまり――
(理を扱う側の人間、ってことか)
「試させてもらう」
トリコワはそう言って、杖を構えた。
「お前の“理”とやらが、本物かどうかをな」
空気が変わる。
今までとは明らかに違う圧。
(来るな)
「拒否権は?」
「ない」
即答。
まあ、だろうな。
俺は軽く肩を回した。
「じゃあ、始めましょうか」
---
次の瞬間。
トリコワの姿が消えた。
「――っ!」
横から衝撃。
咄嗟に腕で受けるが、体が弾き飛ばされる。
(速い……!)
さっきまでの連中とは、比較にならない。
距離を取り、体勢を立て直す。
トリコワはすでに次の詠唱に入っていた。
「対象指定、複数。範囲拡張。出力強化――」
(無駄がない)
短い。
正確。
洗練されている。
(こいつは……理解してる側か)
炎が展開される。
逃げ場を塞ぐような配置。
(だが――)
俺は冷静に観察する。
(まだ“枠”の中だ)
「その構造、完全じゃない」
俺は言った。
トリコワの目が、わずかに細くなる。
「何?」
「条件が固定されすぎてる」
「柔軟性がない」
「だから――読める」
炎の隙間を縫うように、一歩踏み込む。
「対象:一点」
「優先順位:最短距離」
「出力:瞬間集中」
俺の魔法が走る。
トリコワはそれを、紙一重で回避した。
(避けたか)
だが、それでいい。
(詠唱中は――)
一気に距離を詰める。
トリコワの視線が、初めて揺れた。
「なっ――」
腕を取る。
重心を崩す。
(ここだ)
地面を軸に、力を流す。
「――っ!」
投げる。
空中で体勢を崩されたトリコワが、床に叩きつけられた。
鈍い音が響く。
静寂。
「……」
トリコワはそのまま動かない。
リリーニャが、震える声で言った。
「い、今の……」
「ジュードーだ」
俺は答えた。
「じゅーどー……?」
聞き慣れない言葉に、首を傾げている。
トリコワが、ゆっくりと起き上がった。
その目は、先ほどまでとは違っていた。
「……魔法ではない、か」
「身体操作と力学の応用……」
「興味深い」
(分析してるな)
さすがに支部長ってところか。
「結論が出た」
トリコワは静かに言った。
「お前は危険だ」
「だろうな」
俺はあっさり認める。
「だが――」
トリコワは続けた。
「排除するには惜しい」
「その思考、その技術」
「どちらも、既存の枠を逸脱している」
「つまり――価値がある」
(評価された、ってことか)
トリコワは杖を下ろした。
「佐々木透」
「お前を観察対象とする」
「アナグラムの監視下に置く」
「……拒否権は?」
「ない」
やっぱりか。
俺はため息をついた。
だが――
(悪くない)
むしろ都合がいい。
この組織の内部に入れるなら、情報は取り放題だ。
「分かりました」
そう言うと、トリコワは小さく頷いた。
リリーニャが不安そうにこちらを見る。
「トオルさん……」
「大丈夫だよ」
俺は軽く笑った。
「面白くなってきただけだ」
その言葉に、リリーニャは少しだけ安心したようだった。
(アナグラム……)
(魔法を管理する組織)
(そして、“理”を歪めている連中)
視線を上げる。
刻まれた無数の文字列。
(全部、暴けるな)
そう思ったとき。
俺の中で、確信が生まれていた。
この世界の理不尽は――
“壊せる”




